モルファス構造体の随想録

なんとなく始めたオーボエのこと、音楽のこと、積読の方が多い本のこと、たまには社会のことなども・・・

ミルバ(Milva)・・・Uno come noi(太陽の勝利)

2019年10月15日 | カンツォーネ
前回まで1966年のサンレモ入賞曲を取り上げました。1964年から盛り上がりを見せた日本でのカンツォーネですが、1966年、67年と年を追うごとにラジオでは盛んに放送されるようになってきました。
ヒットチャートにもジリオラ・チンクゥエッティやウイルマ・ゴイクの名前を聞くことがありました。勿論、ビートルズの新曲が出ればあっという間にトップ・・・の時代ですし、やはりアメリカやイギリスのロックグループの曲は強かったですけれど。ただ、メロディアスな曲もまた同じように受けていましたしチャートに並んでいました、そのあたりは今・・・どちらかというとリズムが重視されていて、言葉も軽く旋律はほとんど埋没しているように感じる(古いかなあ)・・・とかなり違うかもしれません。

ミルバは当時若者に受け入れられていたカンツォーネよりもさらにダイナミックな歌唱や曲調などから、どちらかというと私より少し(5歳以上?)年長の方にファンが多かったかもしれませんね。当時の5歳の違いは今となっては「同世代」としてくくられる幅だろうと思いますが。

さて、今回からは1967年のサンレモ音楽祭の参加曲と入賞曲を下の方から順にご紹介します。

まず、残念ながら入賞(14位以内)を逃した曲です。
ミルバとロス・ブラボーズが歌った「Uno come noi」(邦題:「太陽の勝利」)。ロス・ブラボーズは1965年に結成されたスペインのグループですが、1966年に出したシングル「Black Is Black」はイギリスのヒットチャートでは2位、アメリカでは4位となり、ミリオンセラーとなりましたから皆さんもよくご存じだと思います。

日本では、レモ・ジェルマーニが歌って13位に入賞した「E allora dai」(邦題:アローラ・ダイ)とのカップリングでレコード発売されています。この頃はとにかくサンレモの曲なら、日本人が知っている歌手なら、どんな曲でもレコードを出したようですね、ジャケットの帯には『入賞曲』とあります。入賞していないミルバの曲名の上に『参加曲』と書かれていますが・・・。今となってみればいささか乱発気味でしたね、今では想像も出来ません。今カンツォーネ(イタリアンポップス)のCDを見かけることがあるのでしょうか?

まあ、とにかくミルバを聞いてください。はつらつとした当時としては若々しい曲ですが、ミルバらしい曲調からはちょっと遠く、余り印象に残らないな・・・というのが私の感想です。

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コンサートは中止・・・スラヴ舞曲第3番

2019年10月10日 | クラシック
超大型の強い台風19号が接近中です。
市の中央公民館で13日日曜日に開催予定だった秋のコンサートは中止になりました。
大変に下手くそな私なのですが、パートの若い皆さんと指導してくださっている先生のお情けで、スラヴ舞曲第3番の2ndパートを吹く予定でした。
メインの曲はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」なのですが、これもお情けで本来は不要の2ndのアシスタントと言うことで乗せて頂く予定でした。

しかし、台風のため・・・公民館は避難所としても使用するため・・・中止となりました。残念と言えば残念ではありますが、みっともない演奏を披露しないですんだから良かった・・・といえばそうかもしれません。

なので、ちゃんとしたスラヴ舞曲を・・・ヴァーツラフ・ターリッヒの素晴らしくも土臭い歴史的な演奏で・・・



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クリスティーヌ・ネラック(Christine Nerac)・・・Septembre est venu

2019年10月07日 | フレンチポップス(シャンソン)
「Septembre est venu」のタイトルのとおり、この曲は9月にこのブログで取り上げるつもりでしたが、気づいたら10月になってしまいました。
スローなバラードの美しい曲です。私はとても好きな曲なんですが、どうでしょう?

クリスティーヌ・ネラックは日本ではほとんど知られていない歌手です。蘆原英了さんの番組で放送されたことがきっかけでファンになりましたが、残念ながらいかにもレコードが少ないようですね。なかなか印象的な良い曲を歌っているともいますが、資料はレコードのライナーノートくらいですし、当然生年月日や音楽的に変遷も掛かれておらず、髪の毛の色や目の色なんて情報が最初に乗っています・・・写真を見ればわかります。

ということで、彼女に関する事柄はぜひご存知の方からご教示いただきたいと存じます。

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ジュリー・バタイユ・・・Pas Besoin D'Education Sexuelle (もう大人よ)

2019年10月04日 | フレンチポップス(シャンソン)
この名前を思い出した方も多いかな?ジュリー・バタイユは一時期日本のテレビのCMに沢山出ていましたね。「Chantez, Chantez, Pinkish」という歌。カネボウのルージュでしたか?カネボウ 1977年の春のキャンペ-ンソングです。これを歌っていたのがジュリー・バタイユです。
この当時の化粧品のキャンペーンソングはフレンチポップスがとても多かったですね。例えば、アラン・シャンフォー 「ボンジュールお目、目さん。」とか、なんと和製フレンチポップス?のデイヴという 「ギンザ・レッド・ウィ・ウィ」(1976)このデイヴは、実はフランスでナンバーワンのヒットも記録したオランダ出身の歌手、本名はウーター・オットーレーベンバッハです。彼はオランダではほとんど知られていない・・・とウィキにありますがヨーロッパの複雑さがにじみ出るようです。

このジュリー・バタイユも日本では最初にお話したカネボウのCMで大変に有名になりましたが、その後勢いをかって第10回世界歌謡選手権・・・ヤマハが主催1970年の第1回から1987年の第18回まで続きました・・・に「Bizarre」で出場し、本選に進みましたが、入賞には至りませんでした。ちなみにこの年のグランプリ・歌唱賞はクリスタルキングの「大都会」です。

1959年生まれ、1975年の「Pas Besoin D'Education Sexuelle」(邦題:もう大人よ・・・直訳では、『性教育はいらないわ』)が日本とフランスでヒットしました。どちらかというか日本での人気が高かったようですね。先ほどのCMソングを含めたアルバム「春風の妖精/ジュリー・バタイユ」が1977年に日本で発売されています。

では、懐かしいジュリー・バタイユをどうぞ。

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表現の自由について

2019年09月27日 | 今日の話題
「あいちトリエンナーレ2019」に対する文化庁の補助金が、補助事業として採択されたのちに不交付とされました。(余談ですが、萩生田大臣の人となりにつては、2018年3月9日号の週刊ポスト誌で評論家の有馬晴海氏は「萩生田氏は安倍首相が白いといえば黒でも白というほど忠誠心が厚い。」と評していますが、これまでの発言などを見てみると相当の保守派だなという印象です。本音の部分で、自らの思想と異なるから補助金不交付の決定がなされたのではないように祈ります。)また、ニュースでも、トリエンナーレの芸術祭実行委員会に届いた脅迫電話などの録音が放送されました。政治情勢が分かっていないのか・・・という電話もありました。

私の感想は、ああ、これでは、日本や日本国民は韓国や韓国国民の了見の狭さや反日の物差しでしかものを見られない偏見、韓国政府の反日世論誘導などを批判する権利を失ったな・・・というものでした。
右翼的な思想も左翼的な思想も持つことは個人の良心の自由に属することですし、犯罪に及ばない限りどのような思想を発表することも「表現の自由」として保護されていることを理解すべきです。
すなわち、自分の考えは正しいと主張することは自由ですが、他の人も同じように考えており「貴方の考えは間違っている」と主張することも当然ありうることです。人が100人いれば思想も事柄の受け止め方も100通りあるわけで、それぞれが異なる考えを持っていることを認容することで、自分もまた保護されていることに気付くべきでしょう。つまり、他人を圧殺しようとする人は、自分もまた圧殺される存在なのだということです。

たとえ自分の考え方とは対立するものであっても、あるいは不快に感じるものであっても、それを認容する「度量の深さこそが日本であり日本人である!」ことを示す絶好の機会を失いました。日本は韓国と同じように了見の狭い人がリードしているんだということになってしまいました。レーダー照射の問題の時は、多少なりとも日本に度量のあるところも垣間見えたのですが・・・。

日本の教育で最も不足していること・・・自分自身の力で考えること、自分以外の人が異なる考え方を持っていることを理解すること、そうした様々な考え方を持つ人を互いに尊重すること・・・が民主主義の基本であることを「考えさせる」こと。
日本は「非国民」と叫ぶような人たちが充満する国家・・・個を圧殺する全体主義国家(戦前の日本、スターリン主義ソビエト連邦など)・・・への道を歩んでいるように感じます。
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