妄想ジャンキー。202x

あたし好きなもんは好きだし、強引に諦める術も知らない

『青春そのもの』

2007-07-13 01:17:02 | ○ひとりごと
大崎の事務所に異動が決まり、私は相変わらず満員電車に揺られている。
効きすぎて気持ち悪い暖房、澄んだ青空、風にすさぶ木、冷たい水。
相変わらずいろんなものに冬の感動を覚えながら、それでも春を待ちわびている。

青春はなんでこんなにキラキラしているんだろう。
帰り道はいつだってそう思う。
今に何の不満があるわけじゃない。
結婚間近な恋人も、腹を割って話せる友人も、懐かしい学生時代の仲間も、理解ある厳しい上司も、優しく暖かい故郷の両親も。
このうえないほど全てが揃っている。それでも無性に不安になったときは、アルバムの表紙を開いてしまう。
克雄、あんたの声を聞いてしまう。

横浜を過ぎてゆっくりと流れる車窓。
田園地帯の夜は真っ暗だ。
あの地平線のぼんやりと光る丘、光の丘に確かに私の青春はあった。
春も夏も秋も冬も、私はずっと克雄のことを想っていた。

克雄、あんたが私の全てで、私の青春そのものだったんだよ。
ねえ聞いてる?――何がそんなに楽しいのか、私だって滅多に見たことない笑顔のあんたに聞いてみても、あんたはいつだって同じことしか言わない――何しょぼくれてんだって。



克雄を見掛けたのは数日前だ。
西新宿の業者へ挨拶しに行き、社への帰り道に小さな時間がとれたので喫茶店に入ってみた。
窓際のカウンター席でぼんやりと外を眺めていた。
――克雄。
あの声、あの笑い皺、あの目、あの背中。克雄に間違いない。
――克雄。
学ランをスーツに着替え、汗くさいスポーツバッグはビジネス鞄。
ねぇ、自転車はどこに乗り捨てたの。
ねぇ、克雄、克雄ってば。
私を置いていかないで。
また頭ポンって叩いて。
手握りしめて。

青春が目の前を過ぎ去った。
外見上の私は何もおこらなかったかのようにコーヒーを味わう。
苦味が喉に凍みて、ゆっくりとゆっくりと落ちていく。
カフェインが吸収されて足へ、手へ、脳へ、目へ、耳へ。
じわりと目に何か粒が――克雄、あなたは私の青春そのものだったんだよ。

二度と来ることのない輝いた季節を回想してみると、やっぱりただひたすらにキラキラしている。
春の日差しであり真夏のアスファルト、秋の夕暮れ落ち葉、冬の初雪。
忘れえぬ思い出は青春だ。
それを糧に明日も生きていく。
人混みに流されて、進んだり戻ったりしながら、克雄、私はあなたのことを忘れない。

またいつか出会ったらその日は


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