3月の新刊、
趙景達さん著『近代朝鮮の政治文化と民衆運動』(本体7800円+税)
のカバー・オビが刷り上がってきました。
この本は400ページを超えますが、、ほぼ全編書き下ろしという力作です。そして、政治史でも文化史でもない、政治文化史の本ということになります。
政治文化史というのは聞き慣れないかもしれません。西洋史ではリン・ハントが書いた『フランス革命の政治文化』という本は出ていますが、朝鮮史・日本史における政治文化史の本というのは殆どないと思いますから、野心的かつ新しい挑戦です。
序章には、
「政治文化はヘゲモニーそのものではないが、一般には支配層と被治者層の間で長期にわたって共有され、共有されない場合は、国家や政府は安定性を欠き、危機的状況となる。政治文化は単に上から作られるものではなく、下からも作られるものであり、国家や知識人の視座だけから解析されるべきものではない。その意味で政治文化研究というのは、すぐれて民衆史的視点を持つものなのである」
とあるように、政治を政治家・官僚たちの関係だけから解析するのではなく、政治を民衆の視点から見ていくという事が何よりも基本です。
新しい歴史学を切り拓く試みだと思います。
3月上旬の刊行予定です。
詳しい内容はこちらを。

趙景達さん著『近代朝鮮の政治文化と民衆運動』(本体7800円+税)
のカバー・オビが刷り上がってきました。
この本は400ページを超えますが、、ほぼ全編書き下ろしという力作です。そして、政治史でも文化史でもない、政治文化史の本ということになります。
政治文化史というのは聞き慣れないかもしれません。西洋史ではリン・ハントが書いた『フランス革命の政治文化』という本は出ていますが、朝鮮史・日本史における政治文化史の本というのは殆どないと思いますから、野心的かつ新しい挑戦です。
序章には、
「政治文化はヘゲモニーそのものではないが、一般には支配層と被治者層の間で長期にわたって共有され、共有されない場合は、国家や政府は安定性を欠き、危機的状況となる。政治文化は単に上から作られるものではなく、下からも作られるものであり、国家や知識人の視座だけから解析されるべきものではない。その意味で政治文化研究というのは、すぐれて民衆史的視点を持つものなのである」
とあるように、政治を政治家・官僚たちの関係だけから解析するのではなく、政治を民衆の視点から見ていくという事が何よりも基本です。
新しい歴史学を切り拓く試みだと思います。
3月上旬の刊行予定です。
詳しい内容はこちらを。
