ガーデニングと野菜作り

初めての野菜作りとガーデニングに夢中な私。花や、収穫した野菜の写真を紹介するブログです。

世界ふれあい街歩きを見て2

2020-10-20 17:36:01 | 日記
勉強をするという事、世界を知るという事は究極、自分の魂を解放してやることではないか
と私は思い始めた。
この12月で私は還暦になるが、養父が亡くなって3年、専業主婦を脱し仕事を始めて丸2年。
かつて私はたくさんの精神活動をしてきたが、それはすべて何かを解かりたかったからである。
いまさらながら、幼稚な私を恥じる。
所詮どんなに本を読んでも悟る事なんてできないのだ。
また誰も操作することもできないのだ。なぜなら私たちは機械ではなく生身の人間だからである。
何度も河合隼雄や、ジョーゼフキャンベルのユーチューブを視聴して来た。
そして神話の力や、日本人の特性や宗教についても色々考えた。
今コロナ禍と並行して更なる自分の家族の病気に不条理を感じている。
以前にも書いたが、大切な事は、本を読むことでも、書くことでもなく、つまり単調な毎日を生ききる事だと身に染みている。断捨離をした後につくづくそれを実感した。
今朝「世界街歩き絶景アルルの旧市街巡り」を観た。
このごろテレビはあまり見ないが、BSの番組は自分の心が癒される。
番組中に心に残った言葉がある。
アルルの老婦人たちに「いつまでも美しくいられるコツは何ですか」と聞いたところ
「自分にも他人にも敬意を払う事よ」と言った。
日本人なら、こうは言わないだろう。おしゃれや趣味を持つ事だと言うだろう。外国人の尊敬するところは、個性を大事にするところだ。やせていようが太っていようが。
日本人は、つまり自分はこうあらねばならない、そうでないと世間に取り残されると思っているのだ。
正直言って私がそれだ。
河合隼雄さんが「日本人はもうちょっと好きな事をしたらよいのに」と言っておられた。
私たちはみんなと同じようにせねば、あらねばと悩むのである。
そこには大きな差別や自己否定が出現してくる。個を尊敬できないから生きにくいのも当然だ。
体が不自由でも、心が病んでも、ジェンダーでもそれは個性だとまで考えられれば
もう少し気が楽になるのではないかと思う。
親であれば、子どもはこうあってほしい、こうあらねばと追いたて、結局子どもの心を蝕んでいる。
「子どもは一つの世界、星である。操作は出来ないのだ」と河合隼雄さんは言っている。
「コンストレーション」とは星座という意味らしい。
私は今「コンストレーション」について学びたいと思っている。
人はたいていみんな因果関係で物事を解決しようとする。
それを横に置いて「コンストレーション」という視点でまた自分を変えていきたい。




コメント
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