【落書き:伊紙「あり得ない」 日本の厳罰処分に】
【ローマ藤原章生】「教員、大聖堂に落書きで解任の危機」--。
イタリア・フィレンツェの大聖堂に落書きをした日本人が、
日本国内で停学や務めていた野球部監督の解任など厳しい処分を受けていることに対し、
イタリアでは「わが国ではあり得ない厳罰」との驚きが広がっている。
イタリアの新聞各紙は1日、1面でカラー写真などを使い一斉に報道。
メッサジェロ紙は「集団責任を重んじる日本社会の『げんこつ』はあまりに硬く、若い学生も容赦しなかった」と報じる。
フィレンツェに限らず、イタリアでは古代遺跡はスプレーにまみれ、アルプスの山々には石を組んだ文字があふれる。
その大半がイタリア人によるものだ。
同紙は「日本のメディアによる騒ぎは過剰だ」と、日本人の措置の厳しさに疑問を投げ掛けた。
コリエレ・デラ・セラ紙も「行為はひどいが、解任や停学はやり過ぎ」と論評した。
一方でレプブリカ紙によると、大聖堂の技術責任者、ビアンキーニ氏は
「日本の出来事は、落書きが合法と思っているイタリア人にはいい教訓だ」
と語った。
毎日新聞 2008年7月1日
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080702k0000m040123000c.html
『マテオの掟』に見られるように、
イタリアも昔は『げんこつ』が硬かった。
監督解任はちと厳しいような気がするが、
女学生の停学は当然だろう。
寛容主義は現代社会に大きな弊害をもたらした。
厳罰主義は必ずしも悪い事とは思わない。
【マテオの掟】
地中海にコルシカという島があります。
そう、ナポレオンの故郷です。
マテオ・ファルコネも、コルシカの生まれです。
このコルシカの人間の気質は、マフィアの故郷と言われるシチリアの人間の気質ともよく似ていると思うのですが、
頼るべきものは自分だけであるという考え方をするようです。
例えば、泥棒に入られても、官憲に届け出るようなことはしない。
むしろ、泥棒に入られることを恥とする気風がある。
なぜなら、泥棒に入られるということは、泥棒が報復を恐れなかったということ、
つまり、泥棒に見くびられたということになるからです。
自分に加えられた侮辱に対しては血を以て報いるのが当然だとコルシカの人は考えます。
マテオ・ファルコネは、そういうコルシカ人の気質を体現したような、しかも銃の名人でした。
だから、誰ひとりとしてマテオと事を構えようとはしませんでした。
或る日、マテオは妻を連れて仕事に出かけました。
フォルチュナトという十歳になる息子が留守番に残されました。
そこに、ひとりの男が官憲に追われて逃げてきたのです。
足を撃たれていて、走ることが出来ません。
匿ってくれと言うのをフォルチュナトは断っていたのですが、五フラン銀貨を見せられて、干し草の中に隠してやるのです。
そこに、曹長に率いられた兵士たちが追いついて来ました。
そして犯人はどこへ行ったかと尋ねます。
フォルチュナトは、とぼけたことばかり言って取り合いません。
曹長は怒って、牢屋に入れてやるとか、拷問にかけてやるとか言って脅すのですが、フォルチュナトは少しも動じません。
脅しが何の効果もないことを悟った曹長は、十フランはする銀時計を見せて、
犯人の居る所を教えてくれたらこれをやると約束します。
フォルチュナトはまだ十歳の子供なのです。
その高価な銀時計が欲しくて欲しくて、とうとう追われている男の隠れている干し草の山を教えてしまうのです。
帰って来たマテオ・ファルコネは、息子の持っている銀時計を見て全てを悟ります。
そして妻に尋ねるのです。「おい、この子は俺の子か?」と。
妻は顔を赤くしながら、「当たり前やないけ、わたしの畑はあんた以外に耕したことはないのよ」、
と言ったかどうかは知りませんが、
とにかく、マテオは息子を近くの空き地に連れて行き、ひざまずかせ、お祈りをしろと言います。
息子は知っている限りのお祈りをするのですが、やがてそれも途切れた時、
マテオ・ファルコネの銃口が火を噴いたのでした。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/yaziuma/kowa6.html
「皆がやってるからよかろう」は理由になりませんね。
一罰百戒ということもありますし、
ここは硬いゲンコツは致し方なしですね。