派遣切り:60人が抗議 刈谷で緊急集会、実情訴え /愛知
「派遣切り抗議!緊急集会in刈谷」が28日、刈谷市で開かれ、県内外から約
60人が集まった。不況で解雇され、刈谷ハローワーク前で知り合った16人が実
行委員会を設けて主催した。
解雇された男性3人が実情を報告した。2月に自動車部品会社を雇い止めになっ
た元期間社員(41)は「市役所に雇用や生活の相談に行ったら、担当者から
『なぜ今まで貯金しなかった』と説教された。行政はあまりに冷たい」
と涙ながらに訴えた。昨年10月に解雇された元派遣社員(46)は「失業保険が
切れるため、市に生活保護を申請したら、障害者の妻が使う軽自動車を手放さない
と認められないと言われた。障害者をもっと思いやれないのか」と憤った。4月1
0日で雇い止めという派遣社員(38)は「うつ状態で医師に入院を勧められてい
るが、自分が入院したら病弱な子供を抱えて家族が生活できなくなる」と語った。
意見交換では「求人で年齢不問とあっても高齢者はほとんどはねられる」などと
企業や行政への不満や要望が相次いだ。最後に「働く者の生活優先」を求める集会
アピールを採択し、市内をデモ行進した。【安間教雄】
毎日新聞 2009年3月29日
まったく冷たくない。
むしろ暖かい助言だといえる。
41歳にもなって預金も無ければ、
『何故預金しなかったのか?』とは
父親でも訊ねるだろう。
それを『冷たい』と言って泣くなど、、、
この男に比べれば
インドのチャイのほうが
はるかにしょっぱい。
「派遣切り抗議!緊急集会in刈谷」が28日、刈谷市で開かれ、県内外から約
60人が集まった。不況で解雇され、刈谷ハローワーク前で知り合った16人が実
行委員会を設けて主催した。
解雇された男性3人が実情を報告した。2月に自動車部品会社を雇い止めになっ
た元期間社員(41)は「市役所に雇用や生活の相談に行ったら、担当者から
『なぜ今まで貯金しなかった』と説教された。行政はあまりに冷たい」
と涙ながらに訴えた。昨年10月に解雇された元派遣社員(46)は「失業保険が
切れるため、市に生活保護を申請したら、障害者の妻が使う軽自動車を手放さない
と認められないと言われた。障害者をもっと思いやれないのか」と憤った。4月1
0日で雇い止めという派遣社員(38)は「うつ状態で医師に入院を勧められてい
るが、自分が入院したら病弱な子供を抱えて家族が生活できなくなる」と語った。
意見交換では「求人で年齢不問とあっても高齢者はほとんどはねられる」などと
企業や行政への不満や要望が相次いだ。最後に「働く者の生活優先」を求める集会
アピールを採択し、市内をデモ行進した。【安間教雄】
毎日新聞 2009年3月29日
まったく冷たくない。
むしろ暖かい助言だといえる。
41歳にもなって預金も無ければ、
『何故預金しなかったのか?』とは
父親でも訊ねるだろう。
それを『冷たい』と言って泣くなど、、、
この男に比べれば
インドのチャイのほうが
はるかにしょっぱい。
この前、一人の毎日記者を、Pさんがちょっと褒めてやっていましたよね。
疑り深い私はどうかなあと思いましたよ。(苦笑)
で、すぐこれですよ!
>>『なぜ今まで貯金しなかった』と説教された。行政はあまりに冷たい」
と涙ながらに訴えた。
「わたくし安間教雄は、行政は説教なんかしちゃいけないとおもう。行政は冷たいぞ。」とはm絶対言わない。
どこかの馬鹿がとんでもないこと言ってるのを「こうおっしゃっている方がいる。」というスタイルにして、己の責任を回避しながら、しっかり行政批判、非難を繰り返す。
この野郎!
会社が赤字でも平均(平均だよ!平均!)給与1,500万円もかすめ盗ってく新聞大手、キーTVのセレブ様・・・善人面するなよ!
弱者の味方面するなよ!
バカ相手に親身に相談に乗ってやってる公務員のおじさんに申し訳にとは思わんかい!
文句たれ、いちゃもんつけがはびこって、こつこつ頑張ってる人が小馬鹿にされる世の中なんてまっぴらだ!
ああ、いやだいやだ。
われわれ日本人はこんな奴等に知りたい情報を握られて、こいつらの恣意に捻じ曲げられた情報にしか接することができない、「不当な社会」に住んでるんです。
日本中の新聞社が、コロコロ倒産してくれることを願ってやみません。
あはは、いやいや一本とられましたね(笑)
毎日の記者は、私の感触ですが、
どうも人権と韓国関係におかしな記事を書くことが多いですね。
ところが、国内政治に関しては、
毎日新聞客員編集委員、岩見隆夫氏が
『WILL』に下記のような論説を述べています。
============
「検察は乱暴」こそ乱暴
小沢代表の公設第一秘の逮捕を「国策捜査」と
検察批判をする週刊誌やテレビが多いが、おかしなことである。
『週刊朝日』の「小沢VS検察の全面戦争」と見出しをうっていたが、
そういう位置付けでは全くない。
田原総一朗氏は検察について「なんでこんな乱暴をするんだ」と発言していたが、
検察を乱暴と言うほうが乱暴だ。
政権交代が行われる選挙が近づく時期にやるのは乱暴だというのは全く逆だ。
危ない人物が総理になってしまう前に捜査すべきというほうが筋が通っている。
検察には小沢政権の誕生の危機感があったのかもしれない。
ロッキード事件の田中角栄逮捕や脱税での金丸信逮捕は
検察権力によるある種の軌道修正が機能していると言える。
今の政党には自浄能力がない。軌道修正するとしたら検察しかない。
この一件で、小沢氏が民主党代表を辞任するのは時間の問題である。
私はこの勝負はもうついたと思っている。
だからこそ、「小沢政治は何だったのか総括しなければならない。
分断、乗っ取り、奪取
小沢氏はよく「壊し屋」と評されるが、そんな単純なものではない。
小沢政治は「分断(B)」、「乗っ取り(N)」、政権の「奪取D)」の「BND戦略」である。
彼は自民党幹事長になってからの20年間、この三つを繰り返し行ってきた。
●1993年新生党を結成して宮澤政権を分断。
●細川、羽田政権で政権奪取。
●海部俊樹を引き出して分断成功にするも村山政権に持っていかれる。
●95年新進党党首、98年新進党を解体し自由党党首に。
●99年小渕自民党との自自連立で乗っ取りに乗り出すも小渕氏の急死で挫折。
小渕氏は小沢氏に追い詰められたショックで倒れたともされている。
●03年小沢自由党は民主党と合併。自由党30名、民主党174名で小が大を食った。
●乗っ取りに成功し、06年民主党代表に。
●07年福田自民党との大連立を画策するが失敗。
この20年間で分断2回、乗っ取り3回、奪取2回の計7回の政略を行った。
小沢氏は和製スターリン
小沢氏は権力奪取が自己目的化してしまっていて、
ともかく権力を握りたいということに人生をかけている。
総理になって何かしたいということではなく、
総理大臣を使う権力を手中におさめたいという彼は
民主主義の衣をまとった「和製スターリン」だ。
和製スターリンが一国のリーダーになれば、国家国民は不幸でしかない。
小沢氏は田中角栄、金丸信に続く蓄財型の金権政治である。
政治理念は相当に曖昧で場当たり的にモノを言う。
彼が本心から日本という国をよくしたいという気持ちは、ほとんど伝わってこない。
小沢時代は幕を閉じた。」彼が政治の世界に入って来なければ日本の政治はいろんな意味で、ずいぶん平和だった。
二十年間を振り返った政治記者としての実感である。
=============
私は朝日を止めて毎日を購読しておりますが、
時々はまともな事を書くようですよ。(笑)
1本取っただなんて人聞きの悪い!(笑)
Pさん相手に1本なんか取れるもんですか。(再笑)
老いても、師匠と仰ぐPさんに、「3歩下がって師のかげを踏まず」との思いだけは失うまいと思っておりますぞ。
さて、岩見氏がそんなこと書いてましたか。
こういう記事もしっかり目を通しておられるところが、底の浅い私なんかと全然違うところです。
感謝とともに心から敬意を表するゆえんです。
おっしゃる通り、時々はまともなことも書くんですね・・・。
でも、新聞は嫌いです!(呵呵大笑)
いや、正確に言えば、新聞と言うものはそれなりに大事なものだと思っているんですが、新聞記者が嫌いと言った方が正確です。
年頃の娘がいたなら(いませんが)、毎朝晩かならず「新聞記者みたいな性悪な奴といい仲になってはいけない!」と言って聞かせます。
万一、親の言うことをっかない風であれば、座敷牢に閉じ込めて、一切外に出しません!(再爆笑)
あはは、大兄らしい一刀両断ですね。
新聞記者を打ち並べてマシンガンでなぎ倒していくような迫力ですよ。
その気概は私なども学ばねばならないと思うところです。