「そのヒナコちゃん、すぐ見つかるわ。だって、マコちゃんにだけわかること、教えてくれたんでしょう? マコちゃんに見つけてほしいから、内緒で言ってくれたのよ。とてもいいお友だちね」
その祖母のひと言だけで、その写真をこれまで大事に大事に持ち歩いてきた。
受験のときもお守り袋に入れていた。歯を食いしばって部活も続けて、中学生で新記録を打ち出した。いつか逢える、そのときに胸を張っていられる自分になりたいと思って走ってきた。だが、それも必要なかった。祖母のあの寂しそうな言葉がよみがえる──「おばあちゃんにはね、もう、待っていたい人がいないの。どんなに遠くに離れていても、あの人が帰ってくるかもしれないという望みだけあれば、それで幸せなのよ」
写真の折り目を丁寧に広げたうえで、真琴は仏壇の引き出しの奥にしまった。
けっきょく、待ち人はもう二度と帰ってはこない。乙橘学園にわざわざ進学したのに、あの女子寮にわざわざ入寮したのに。手がかりはいくらでもあったのに。
あの人はなぜ、そのことを知らせてくれなかったのだろう。
あんなに毎日、顔を突き合わせているのに。なんで、そんな大事なことを打ち明けてくれなかったのだろうか。…いや、違う。あの人はおそらく知っていたのだ、あの真実を。だから何も言わなかった。学校で、プール場ですれ違っても、女子寮であれだけ同じ時間を共有してきたのに、他人のようなふりをしていたのだ。あの人は鬼だ。何も言わずに、あの視線だけであたしを責めてくる。その怖さから逃れるために、あたしは相部屋の姫子とつるんでるだけだ。あの人は鬼だ。そして、あたしはその鬼から隠れんぼした、ずるい鬼だ。
ヒナコを永遠に帰ってこない水のなかに追いやってしまったのは、このあたしなんだ。
ばあちゃんのくれたおまじないの写真が利かなかったのは、やっぱり、あたしに原因があったからなんだ。ヒナコは言った──「マコには、また会う。きっと、会う」って。あの子はたしかに戻ってきた。あたしの居場所近くまで。でも、あたしが望んでいたのは、こんなかたちじゃない! もういちど逢って、ちゃんと握手して、そしてあの夜のことを謝るべきだったんだ。もっと早くに探し出して、こっちから逢ってればよかったんだ。なのに…。ちくしょう、早乙女真琴のばかやろう。
奥の間を後にした真琴は、廊下の真ん中で顔をはたいた。
とにかく、どこかの部屋にとどまっているべきではない。迷ったら動くこと。そして、顔を叩くこと。林檎みたいに真っ赤に膨れるまで。気合いを入れる時によくやる作法だ。腕や足までばしばし叩くことがある。健康的な血色のいい小麦いろの肌はすっと朱が差すが、その色もすぐに引いてしまう。陸上選手らしく痩身で無駄のない筋肉には、傷一つ残らない。筋肉に刺激を与えると、心がきゅっと引き締まる。