陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「FFF Project」 Act. 1

2006-09-05 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

新暦0078年の6月が三度めの日曜日を迎えたその日、午前9時半を回った頃。
ザンクト・ヒルデ魔法学院の上空には、すがすがしいほどまぶしい青い空、そして洗い立てのように真っ白な雲が広がっていた。二日前までの梅雨しぐれを忘れたかのような、あっぱれな快晴である。

この日の朝、高町ヴィヴィオが学友ふたりと、肩に背負ったランドセルのベルトを鳴らせて通り抜けた校道を、ひとりの男が歩いていた。
彼がこの道を通ったのは、ほぼ十数年ぶり。久しく訪れないあいだの学校の変貌は、建築基準や建材のファッションが進化し、耐久性がありながらおしゃれな外観の建物が増えたことによって知られた。

聞くところによれば、彼の目指す棟、すなわち初等科校舎の位置はさほど移動してはいないはずだった。
しかし、彼はもう忘れてしまっていた。平素は、あのだだっ広い次元をわたる巡航船の艦内をあちらこちらへと闊歩しつつ、執務を行っているのだからして、男は方向音痴というわけではなかろう。しかしである。男は彼の指揮する船が次元嵐に遭えば、どの方角へ面舵を切ればいいのかはものの数秒といううちに判断を下すことはできても、家庭のキッチンの戸棚にある皿の種類や、調味料についてはまったく覚えがなかった。彼が家庭においていじってよいと許されたのは、わずかに冷蔵庫と寝室のベッドぐらいなものであっただろうか。この十数年というもの、生活に馴染まない空間感覚を彼はもう手放しているのだ。習慣とは恐ろしいものである。艦の船窓からみえる次元宇宙の星の海よりも、もはや遠い昔すごした地のほうが、いまの彼にはよそよそしかった。

みごとに晴れ渡った空模様であったが、彼の頭は時おり、鈍く雲が垂れ込めたかのように重かった。
なにせ、昨日まで、遠く第七管理世界での任務にあたっていたのだから。時差ボケならぬ、時空差ボケは、多くの海を渡るこの男の職業病だった。事後処理の調書作成のため、昨晩遅くまで残業をした。時おり波打つような軽度のめまいが彼を襲う。

「まいったな、迷ったかもしれん」

ふむ、ときれいに剃りあげた顎に手をやりながら、男は困ったという気がいくぶん感じられない、呑気な独り言をつぶやいた。約束の時間には、まだたっぷり余裕はあったのだ。

幼い双子の兄妹を車で敷地内にある別の校門近くまで送り届けたあと、彼はしばらく寄り道して時間を潰していたのだ。二時限目がはじまるのは10時過ぎ、まだ30分もある。

袂からとりだしたペンに、ふと彼は小さな笑みをこぼした。
出掛けに妻のエイミィに渡されたものだった。ペン先に内蔵された隠しカメラは、フラッシュも焚かれないので、迷惑も起こさない優れもの。このアイテムで、こっそり双子たちの勇姿を写す。それが、この日、多忙を極めるここ数年において珍しく個人的な事由にて休暇を取った、戦艦クラウディア提督クロノ・ハラオウンに課せられた小さな任務だった。



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