陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

NHK夜ドラ「VRおじさんの初恋」

2024-07-28 | テレビドラマ・アニメ

今年に入って療養がてら、かつては避けていたテレビ視聴をするようになりました。
なかでもよく観てるのがNHKとEテレ。

NHK総合の月曜から木曜の22時45分から15分間の夜ドラ枠があるのを知ったのも最近。
「作りたい女と食べたい女」の再放送と続編を視聴した流れで、次作の「VRおじさんの初恋」へ。最初はもちろん、百合っぽさ目的でした。

以下、ネタバレありの感想です。

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主人公は、野間口徹演じる冴えない中年サラリーマンの遠藤直樹。
いわゆる就職氷河期世代の孤独な弱者男性(と言いましても、妻子がいないだけで、正社員な分は救いがあるのですが…)。年下の有能上司からは退職勧奨を迫られ、隣席のおせっかいなお喋りおばさん社員には絡まれ、無節操な若手の女性からは呆れられながらアシストされる日々。ぼんやりと考え事をしていて、コンビニのコーヒーのサイズの押し間違えも日常になっています。自分に自信がなく人付き合いに積極的でない彼は、誰とも特別の仲良しになろうとしませんでした。

そんな直樹のゆいいつの楽しみは、VR(ヴァーチャルリアリティ・仮想現実)世界トワイライトでのひとり散策。ツインテールの女子高生【ナオキ】をアバターに、誰ともつるまずに現実逃避を楽しんでいたのですが、【ホナミ】というセクシー美女のアバターに付きまとわれることになって…。

VR空間では先輩格の【ナオキ】ですが、どこか気品があり教養もありげな【ホナミ】との逢瀬にのめりこんでいき、特急列車ツアーへの招待券をきっかけに親睦を深めていきます。
VRといえば、アバターは現実には二次元の萌えキャラ。なのですが、このドラマではなんと実在の女優がしっかり演じていて、ツアーで訪れた先も、日本の観光名所。ゲーム画像っぽさがありません。

【ナオキ】は【ホナミ】に恋愛感情を抱いていることを自覚しはじめますが、そんな矢先、【ホナミ】はもう会えないからと強制的にログアウト。
【ホナミ】恋しさに動き出す直樹。誰かを追いかけることがなかった男がはじめて動き出す。個人情報をたどって探しだしたのは、閑静なお屋敷にひとりで住む富裕層の老人・芦原穂波だったのです。最初は釣りバカ日誌よろしく、趣味を通じて格差のあるおじさんが交遊を深めるコメディドラマなのかと思いきや…。

板東彌十郎演じる穂波は、余命数箇月の不治の病を抱えた身でした。
穂波の病状を知らず、中の人の素顔を見てしまった直樹は一度は幻滅し、距離を置くものの、穂波の懇願をうけて、VRでの逢瀬を続けることになります。穂波は完璧主義で何でもできるがゆえに妻とも別れ、近所とも行き来がない。孤独な直樹ともやがて意気投合し、屋敷に直接招かれるほどの親友に。

ところが、その現場を穂波の孫息子の葵に目撃され、さらには絶縁状態にあった娘の飛鳥にも知られることになって…。自分の父や祖父がこういう遊びをしていたら、さすがにショックかも…。

直樹と穂波は現実界では男の友情を、VR世界では親密な恋人ぶりに。
他人の心に踏み込むことを臆していた直樹が、穂波のために、長年こじれていた父と娘の修復に乗り出すことになります。そこに葵くんのアバター【アヲイ】も関わることになるんですね。

さらに【ホナミ】との交際を通じて、直樹の現況にも変化の兆しが。
パワハラ気味の上司や、ゆとり世代の後輩女子、陽気なしっかり者のコンビニスタッフの青年たちなど、周囲の人間も心境の変化から新たなチャレンジへと向かいます。リストラ候補だったはずの窓際族の直樹が花形部署への栄転はさすがにご都合主義だとは思いましたけども、就職氷河期世代へのエールなのかもしれません。この世代は自分の能力に蓋をして成長することをあきらめていたのだと。

最終ラスト二話時点で、VR世界の果てに辿り着いた【ナオキ】は【ホナミ】がウェディングドレスをまとって指輪交換するシーンは圧巻です。泣きたくなるぐらいに美しい。
「作りたい女と食べたい女」のラストもそうでしたが、NHKは実写でここまでやるのかと驚きました。

最終的に【ホナミ】=穂波は旅立ってしまい、直樹はまたVR空間にひとり取り残され、さらにサービス終了することで初恋相手の記憶も消えてしまうかと思いきや、葵くんと母親による助けがあって、希望が見えることに。

VR世界を楽しむ愛好家のことを美バ肉おじさん(美少女のヴァーチャル人格を受肉化した男性)といい、海外の研究者も注目しているそうです。
個人的には、あのゴーグルも重たそうだし設備投資も高そうなので、庶民が気軽にできそうな娯楽ではなさそうですよね。最近はVチューバ―という存在が人気を博していますけども。ひと昔前でいえば、オンラインゲームのパーティーとか、なりきりのチャット仲間みたいなものでしょうか。

ある意味、個人サイトやブログ、いまならばツイッター(X)での交流もそうで。
文字だけでのやりとりをするうちに親密になって、悩みをうちあけたりするうちに友情を深めたり、ひいてはあらぬ恋情を抱いてしまう、そんな危うさはつきものでした。相手の素性もわからぬうちに、美化してしまうわけですね。

ただこのドラマ、および原作漫画が言いたいことは。
ありきたりな、仮想空間を脱して現実回帰へだとか。あるいは空想世界での禁断の恋愛だとかではなくて。性別だとか年齢、職業、容姿などのしがらみをはぎ取ったうえで、他人を愛することや受け入れることの難しさを、いっけんキワモノっぽい設定にしながら、哲学的なテーマにして訴えたことなのかもしれません。タイトルから想像するよりもはるかに大人向けなドラマです。

主題歌や挿入歌が感情を揺さぶるビートで聞き心地がよいゆえに、アバターを演じた女優さん(【ナオキ】の倉沢杏奈さん、【ホナミ】の井桁弘恵さん)もお若いのに演技力がかなり高くて素晴らしい。外の人と中の人がきちんとシンクロするように演じ分けていて目を見張ります。セーラー服のツインテールだとか、うさ耳の露出高めなコスチュームとか当初はいかにもアニメというか特撮っぽいので、学芸会みたいなSFっぽいドラマだろうと思っていたら、見事に裏切られました。

原作は暴力とも子作の同名漫画。
もともと漫画アプリで連載され、さらにnoteで発表されていたものが口コミで話題になって単行本化し、さらにボイスコミックが発売されたりとじわじわ反響を呼んでいたようです。現在は「VRおばさんの暴力」という作品がウェブ連載されているのですが、非正規で働く女性の怒りや嘆きをゲームで晴らすという内容で、おそろしく共感できます(笑)。何者にもなれなかった、得ることを許されなかった世代だからこそ、ひそかにくすぶらせている破滅的な願望あるあるですね。

なお、このドラマは最終回で好評を得たらしくギャラクシー賞を受賞。
原作漫画の絵はコミケ作家らしい癖があるのですが、主人公の造形が原作よりも若々しくスマートなので安心してご覧になれます。独身男性のわりには、部屋があまりヲタクぽくないし、バイク趣味でアクティブだし、社会から孤立してこじらせている人でもなさそうですが。そもそもこの世代で正社員で長年と勤められているだけで「成功体験がない」と卑下する必要もなさそうなのですが…。バブル期以前の恋愛の呪いから抜けられず、現実の女ががめつくて、わがままで付き合うのが煩わしいから、二次元でいいや、って諦観している紳士諸兄は多そうだな、と感じました(苦笑)。

このドラマは定期的に再放送してほしいですね。名作だと思います。
人生の締めくくりに積年の家族のわだかまりが解け、思い残すことなく逝けるのって幸せですよね。どんなに富を積んでも、周囲に人の数を集めても、得られないものです。

(2024.07.10)




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