「それで、わたしと千歌音ちゃん以外の皆さん。ずっと、ここに?」
「そうね、姫宮の屋敷には客室がありますから。お好きに使ってくださっても」
「わあい。それは大賛成です」
これに乗じて、万歳をしたのは来栖守妹と、ひみこだった。
ひみこはどうやら、この豪邸が気に入ったらしく、もう少しスケッチをしておきたいらしい。しかし、愛しの相棒に視線を投げると、かおんはといえば、縛られた女神について気が気でないようで。一刻も早くに帰りたがっている気配がうかがえるのである。そりゃそうだろう、このやんちゃ女神が次に狙うのは、自分のパートナーに違いないのだから。
「お言葉に甘えたいところなのですが、私たち、すでに帰る手立てはあるんです」
「…と言いますと」
「カップ焼きそばと食い合わせのよくないものを口にしてみればいいらしいのです。それも全員一斉に」
「へえ、そこまで調べてたんだあ。さすが、千歌ねえちゃん」
ぱくぱくとお菓子を食べまくる来栖守妹。
もうおさらばなのだから、手土産においしいお菓子を余すところなく味わっておきたいらしい。リスのように頬を膨らませて、はぐはぐと食べている。甘いものに目がないのは姫子に似ていて、姫宮千歌音はそこが可愛いなと思ってしまう。姫子ラブなのだから仕方がない。
「それで。その食べ物ってなんなの? お姉ちゃん」
なんとなく呼吸が重なってか、一同揃って、ティーカップをもちあげた。
会話の息継ぎで同時に盃を飲み干すような絶妙のタイミング。だが、次の言葉がそれをぶち破るだろう。
「あの女神様の生き血、蛇の皮のすり下ろし、それから青汁とイルカの胎盤の出汁、クジラの目玉、豚の睾丸、ヒグマの爪の垢、岡山の吉備団子、広島のもみじ饅頭、水戸納豆。これらにリポビタンDとポカリスエットをかけて調合したもの、…あとは植竹須美男の万年筆のインク──。みんなもう飲んでるわ。お味はいかが?」
ぶひゅうううううううう!!
いっせいに盛大に紅茶が噴かれたではないか。かおんの手のひらのなかで、ティーカップは破片と化し、ひみこはふやけてしまったスケッチブックへと恨めし気に目を落としている。この世界で描いたことは、元の世界へ持ち帰れそうにない。姫子は中身をごくんと飲み込んでしまい、後でまずそうに舌を出している。千歌音はハンカチでなんとか口を押さえていたが、胃に流れたものが逆流しそうだった。来栖守の妹といえば、ズダダダン、とパイのレーズンを壁に盛大に打ち込んでいた。また壁の修理が…。こういうときこそ、やはりマスクはあった方がいいのだろう。姫宮千歌音、あんた、どっちやねん。
「あらあら、ごめんなさいね。皆さん、驚くかと思って黙っていたの。ごめんなさいね」
悪の女幹部然とした来栖守千歌音がにこにこと笑っている。
さすが、世界を滅ぼし女神を抹殺しようとしたほどの策士である。目的のためなら手段は択ばない、けれども、妹にだけはめっぽう弱い。お姉ちゃんは最強だ。地球を割るどころか、宇宙の真理すらつくりかえてしまいそうである。アルティメッド千歌音ちゃん誕生だ。
「なるほどね。どおりで、うちの侍女がさっきから様子がおかしかったわけね」
如月乙羽がドア入り口前で給仕を運んできたときに、なぜか目を合わせなかったのはそのためだったのか。主のためを思えば、どんな苦い良薬でも差し入れしてきた彼女である。ちなみに、律儀な乙羽は片時もマスクを離さない。しかし、この部屋、一気に不衛生度がマックスになってしまった。どうしてくれよう。クラスター発生、天火明村の姫宮邸から──なんてスクープされたら、姫宮家への風評被害も高まるだろう。まあ、いつもの宮様スマイルで打ち消すのだけど等々と頭の中で算段。さすが、姫宮千歌音、絶望を絶対に変えてしまう女である。
「ええ。彼女にもすまないことをしたわ。こちらが用意したお茶菓子で是非にとお願いしたの。ちょっとした押し問答でね、でも、最後には貴女のためだからで通してくれたわ。いいメイドさんね」
実際は、あの乙羽にしたり顔で姫宮千歌音然として、命じたのだろうに。
さきほど、お夜食不要を断固として言いつけて、侍女の気持ちを台無しにしたにもかかわらず、自分激似の他人にはことさら厳しい宮様である。
まったく、この女。
もし同世界に存在したら、確実に刀を相まみえる敵になっていたかもしれない。千歌音は愛想の薄れた笑いをこぼすしかなかった。眉がひきつれていた、ぴくり、ぴくりと…。やはり千歌音が許すのは、いつなんどき、どの世界でも姫子似だけなようである。
【目次】神無月の巫女×姫神の巫女二次創作小説「召しませ、絶愛!」