「ご子息さまがお亡くなりになったのは…スペイン風邪でしょうか」
「そなた様にそれを告げても、苦しいだけではないのかな」
月の大巫女がみまかったのち、葬儀に参列していた関係者がつぎつぎに同じ病で命を落とした。
そのため、月の大巫女が冥途の道連れにしたのではないか、悪しき神の呪いではないか、との詮無い噂がひろがった。姫宮神社が主亡きあと、急速に衰退したのも、邸が取り壊されたのも、その謂われなき風評のせいであったのではないか。千歌音にはそう思えてならない。姫宮家が直面していた商事における課題、存亡をかけた政治的駆け引きなど、十五の娘には理得しがたいことである。そして、姫宮家はその風評に乗じて寄進を取りやめ、巫女たちは離反し、姫宮神社は廃社へと追いこまれたのだ。千歌音は、ぐ、と唇を噛みしめた。
「ご子息さまのこと、まことに悼み入ります。ですが、私はもはや月の大巫女の継嗣ではありませぬ。ご当主さまの気慰みで姫宮の御本家に貰われただけの、ただの娘。しかも無益の病の身。大神様がいかに有り難いご高説を下されましょうとも、私には馬の耳に念仏の事でございます。ご承知おきください」
だって、どうせ、だめ、できない、誰も…それは禁句なのだと教えてくれた人がいたはずだ。
あれは誰だったのだろう。頭を下げながら、千歌音はうすらぼんやりと思い至った。面をあげることなどない。この部屋でずっと痩せた青っちろい手を見下ろしながら、器に盛られた食の変化だけが楽しみな、甲斐もなく過ごす日々だけが千歌音には待っている。この姫庫(ひめぐら)にある贈り物といっしょで、贈った相手の気散じのみに此処(ここ)に存在し、やがて時の移ろいとともに忘却されていく。目前にいる老残のお方が、自分のすぐ明日の姿のようにさえ思えた。私はこうやって絶望だけを糧にして、やがて独りで老い衰えていくのだ。
「そなた様は、ご自分も大巫女さまと同じ病を得て、儚くなってしまえばよいとお思いなのかの。だが、残念ながら、スペイン風邪のういるすとは異なるもののようじゃ」
そんなことは分かっている。分かっているのだ。
独逸帰りの最先端の医学を学んだ医学士ですら匙を投げた。誰も千歌音の病状に原因を言い当てられない。
「わしはの、そもそも、ひとの病に名前など付けられぬのではないか、と思っておる。小刀をもって原因を求めるために、肉体を切り裂き切り裂きしても、わからぬことはあろう。傷口がふさがっても、我が身に残ってしまうものがある。そうした得体の知れぬ泥のようなものに、一生付き合っていかねばならぬ。大巫女さまは、いつもそう仰せであったな」
千歌音は黙りこくっている。
肉体に原因の得られぬ病は、たいがい気鬱から生じている。そのように判断する者は多かった。その言葉にはもううんざりしていた。他人に手をさしのべてひっぱりあげようとしないで、ただ側で、がんばれがんばれと連呼することだけなら、誰だってできる。