以前はあり余るほどあったのに、今となっては貴重なオフの平日が今日だった。
週のど真ん中の平日が、まるまる一日休みになるのはありがたかった。
リビングの窓辺から流れた午後一時過ぎの光りが、部屋のなかにうずくまっていた影を払って、あまりにまぶしかった。
回したブラインドを止めたのは、陽あたりの良すぎる室内の光量をきっちり三〇パーセントオフにする角度。テレビ画面の反射が和らいで、像がくっきり浮かんできた。最初の映像には興味を惹かれなかった。
チャンネルを次々にいじっていたあたしは、ブラウン管に映しだされたその映像に釘付けになった。
ビー玉を含んだようにぽっこり膨らんだ片頬がゆるむ。うっかり口にふくんだチュッパチャプスを落としそうになった。
テレビはある音楽プロデューサーの逮捕を報じていた。
巨額の借金を抱えて、その穴埋めのために詐欺を働いてお縄にかかったのだ。ブランド物のパーカーを着て、プリン頭の金髪にサングラスの男。そいつを囲んで、何重ものフラッシュが焚かれている。
「あいつだ…最近見かけないと思ったら、チンケな地中海料理のレストランの経営に手を出して失敗してたのか」
思えば大きな理想を語るのが好きな男だった。
あたしの裸の肩を抱いて、男は紫煙をくゆらしながら遠い目をして、お伽噺を思いついたように夢を話して聞かせた。来年はアメリカに別荘をもつとか、夏にはクルーザーで一箇月バカンスを楽しんでるとか。初心な女の子みたいに顔をかがやかせて、そんな話をうっとり聞いていたのが、数年前のあたしだった。いま戻れるんだったら、あたしはあの頃のおバカな自分をしばき倒してやりたいぐらいだった。
当時は売れっ子の音楽プロデューサーで全国から美少女を掻き集め、アイドルユニットを組ませてどんどん売り込んだ。
あいつのつくる楽曲はおもしろいようにヒットしたけど、どれもどこかの歌謡曲のサビをサンプリングして日本人の耳に合うように調整したものばかりだった。
地方ののど自慢で声はもちろん顔にも多少なりとも自信のある女の子たちは、みんなあいつの事務所にはいってデヴューするのを夢見ていた。あたしもそんなちっぽけなドリーマーのひとりだった。夢があっけなく弾け飛ぶのに時間はかからなかったけど。あたしの夢は、雨に降られたしゃぼん玉のように脆かったのだ。
でも、いい気味…。
バカなオトコにはいいクスリってものだ。
あの男に泣かされた女の子は数知れないんだから。
中学を卒業したばかりで上京したあたしは、男というものをあまりにも知らなさすぎた。
上等なスーツを着て、映画俳優のように煙草を口にくわえ、カードで買い物をする。たったそれだけで、あたしはその男を自分の残りの人生を預けてもいい、信頼できる大人の男だと勘違いしたのだ。手足がひょろりと長く、全身から馬糞くささや汗にまみれた埃っぽさが漂ってはこない。原宿や渋谷をうろついてる女子高校生たちも、あたしと年は変わんないにのにどこかあか抜けていて、近寄るとほのかにいい匂いがした。都会というところは、人間のつくりを種族が違ったのかと思うくらい根本から変えてしまうようなマジックがある。とにかく、都会は人を大きくこぎれいに育ててしまうのだ。あたしも必死になって、その都会ッ子に負けまいとした。
【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」