陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「夏の花」(十二)

2008-10-06 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


「姫子!ほんとうに…姫子、貴女なの?!」
「うん、姫子だよ。千歌音ちゃんの姫子だよ」

姫子を前にしているのに、名前を呼んで確かめないと気が済まない。それぐらい、私は気が動顛していた。予想だにしない異国での逢瀬。あまりに期待どおりで、そして幸せすぎて、その幸せにめまいを覚えてしまうほど。これは一体どんな奇跡なのだろうか。

「でも、姫子。貴女は今日、花火大会で、日本にいて…そうして」

その先を紡げなかった。そう、事故に巻き込まれたはずだ。
なら、この姫子は…もしや…。
私は姫子の足もとを覗きこんだ。姫子も私の意を得たのか、スカートの裾をもちあげてひらひらさせてみせる。かわいらしい膝小僧がのぞいていて、足はちゃんと床まで伸びていた。

姫子は、私の手をとって、両の頬を包ませるように押しあてた。自分の顔を捧げるように。大きな菫いろの澄んだ瞳のなかで、私が歪むことなく映じられていた。姫子の頬はまぎれもなくあたたかく、ほんのり桜いろに色づいた唇からは弾んだ息が洩れている。まぎれもなく彼女は、ほんとうだった。声だけでなく,彼女のすべてがここに在った。

「ほら、見えるよね?聞こえるよね?感じるよね?わたしはここにいるよ」
「うん、姫子を感じる…感じるわ」
「ほんとうのわたし、届けにきたよ」

私は姫子の存在を腕のなかに迎えて確かめた。変わらない肌の温もり。やわらかなまなざし。甘い調子の声づかい。ぎゅっと抱きしめあっていると、ここがどこなのか忘れそうになってしまう。
ホテルウーマンが「ごゆっくり」と言いたげにウィンクを寄越して、軽く会釈して離れた。そのことで、ここが人の行き交うロビーであったことを思い出した。これ以上ここにいては人目に触れてしまう。再会の抱擁も名残り惜しいけれど、姫子だって遠出の旅で疲れているだろう。

私は姫子の手をとって、自室に案内した。
創作に集中するため、お父様ですら通したことのない秘密の部屋に。その部屋はグランドピアノが置いてあって防音設備もととのった特別な誂えルームだった。
ルームサービスを届けにくるあの受付嬢を除いては誰にも、入室を許したことがなかった。そこは今や、いわば私たちにとって縁深い逢瀬の場所、あの薔薇の園そのものと化したのだった。

夜にそなえてやや絞った照明が、室内をノスタルジックに演出していた。姫宮邸も一日だけで百万円単位の光熱費がかかるので、夜会などの催しものがないかぎり、夜間のライトは極力抑えている。だから広い部屋の薄暗さには肌が慣れていて、逆に夜に痛々しいほどの眩さのある照明だと、気分が落ち着かない。
姫子はもの珍しそうに、きょろきょろと部屋を眺め渡した。あんなにもうすら寒く暗いと感じられた部屋が急に明るくなったように感じられる。たったひとつの光りを招き入れただけで。そう、姫宮邸でも、彼女さえいれば、どんな豪奢なシャンデリアもいらなかった。

子どものように無邪気な好奇心の笑顔を浮かべて観察をつづける姫子を、あたかも野放しにした仔猫を眺めやるような微笑ましい気持ちで見まもっていた。姫子が移動するたびに、キャンドルの灯りに照らされて浮かび上がってくるように、室内のオーナメントが輝いて生じてくる。この一箇月、それらはまったく魅力をうったえることはなかったのに。これから、姫子とおなじ時間を過ごすこと、おなじ場所にいられることを思うだけで、私の胸は幸せでふくらんだ。

だが、あれほど望んだ存在のすがたであるのに、拭いきれない違和感がじわじわとたちのぼってくる。そのまぎれもない根拠を、姫子の痩せた後ろ背に発見して、私は驚きの声をあげた。

「姫子、貴女、まさか……?!」



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2 Comments

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こんにちは (kuu)
2008-10-22 18:39:52
神無月関連の記事、拝見させていただいてます!

もちろん、二次創作小説の方も読ませていただいてます。

この続きが非常に気になり、思わずコメントいれちゃいました(笑)

更新をたのしみにしています。
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ごきげんよう! (万葉樹)
2008-10-22 19:31:02


ごきげんよう、kuuさま。
拙文にコメントありがとうございます。たいへん励みになります。
ところで、kuuさまは以前、コメントくださったくう様でしょうか?

>神無月関連の記事、拝見させていただいてます!

ええっと、恥ずかしながらの作が多いものですが、楽しんでいただけますと幸いです。シリアスものよりもお笑い企画のほうが浮かんでしかたがないので、また性懲りもなく出そうかとたくらんでいます(殴)

>この続きが非常に気になり、思わずコメントいれちゃいました(笑)

細々と書きつづっている二次創作小説ですが、定期的にお目通しくださっている方がいらっしゃるようで、嬉しいです。

姫子と千歌音については各人いろいろと思い描くパターンがあって、それはそれで楽しいものですね。アニメでは悲しい別れをしたので、個人の妄想では幸せにしてあげたいというのはファン冥利というもの。
うちではちょっと鬱な内容もありますので、読む人を選ぶかと思われます。おおげさないい方ですが、自分の救済のために書いてるようなものですので、あまり読者の目は意識していないです。ですので、楽しみにしてくださる方がいらっしゃるというのは、嬉しかったです。

この続きですが、あまりご期待なさらないでください、とだけ申し上げておきますね。

あと、とうしょ十五回完結予定だったのですが、どんどん加筆したくなった(あと、他に書きたいことも同時並行で書いているため)ので現段階で二十話は超す予定です。一話ぶんが短いですのでやきもきさせて申し訳ございませんが、気長にお待ちくださいませ。

では、神無月も残り十日ほどですが、kuuさまの神無月ライフが充実することを祈願しております。


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