陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「夜の滸(ほとり)」(四)

2009-09-15 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


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──まだ七月の末。夏休みがはじまって間もなくのことだった。
夏休みの宿題なんだけどさ、いちばんやっかいな自由研究からやっつけよか。なにせ、自由になんでもやってよろしい、という課題ほど気が緩んで、気がついたら八月三十一日になってたりするもんだ。あたしと共同研究にすりゃ、労力は二分の一ですむぞ。こんなうまいハナシはないぞぉ、乗らないと損だぞ~。そう言葉たくみに真琴に誘われた姫子は、二人で、この村にある大きな川の支流域に足を運んだ。

太陽の高度が高すぎる真っ昼間は厳しいので、真琴としては部活のない日の午前中をあてこんでいたのだが、姫子が寝坊してしまい、その日の午後四時ごろを選んで出かけた。夕方が近いとはいえ、まだまだ、夏の暑さがからだには酷な時節だった。だが、水の澄んだせせらぎが、その潤いのある清らかな響きこそが、高い湿度と熱気に精力を吸いとられたからだをしっとりと包んで癒してくれるのだった。

村の取水源となっているその河川は、地図で眺めれば、ところどころで八つに分かれているのだという。
その昔はひとつの大きなだだっ広い川であったのだが、たびたび氾濫が起きて被害をもたらしてきたので、治水工事の技術が進んだ中世以降、川の流れを八つに裂いて勢いを緩めたらしい。昭和初期にはコンクリートでがっちり固めた堅牢な堤防もでき、徹底した水流量管理が行われてきた。それ以来、よほどの大きな台風による津波かゲリラ豪雨にでも見舞われない限り、この川が暴れ回ったことはないらしい──…と、真琴は学校の図書室で調べあげたメモ書きをおさらいしておいて、物知り顔で説明してくれた。

「てことは。ここはいちばん下流の支流だから、八番目の川なのかな?」
「いんや。九番目さ」

真琴は得意げになぜか、そう言い張った。
姫子はきっと本流の川をふくめて数えるのだと勝手に納得して、それ以上、詮索はしなかった。姫子が求めていたものは、鳥の目で眺めわたしたパノラマではなかったのだから。姫子が求めていたのは、漠然と切り取られた景色などではなく、きらめく奔流のなかに息づく生きものたちの躍動そのものだった。

用意していたショートブーツタイプの雨靴に、ひんやりとした冷水が忍び込み、足さばきもおっくうになる。
濡れた足の指先で、かえるの子が鳴くような小気味わるい音が鳴った。細かな小石や砂が流れこんできて、踵をざらつかせていた。姫子はそんな不自由さすら、皆目気にしていなかった。

「実はさ、ここだけの話さ。この川はいろいろあったらしい」
「いろいろって?」

姫子は、その生返事をレンズの向かう水中へさらりと捨てていた。
姫子のひたむきなまなざしは、まっすぐにファインダーの枠のなかにとどまって、息を潜めて仰ぎ見ている魚の小さなビーズのような瞳に吸い寄せられていた。

中学生のときから奨学金でいただくおこづかいを貯め、生活費をなんとか工面して、この夏休み直前になってやっと購入できた念願の一眼レフのデジタルカメラだった。高校生になって寮住まいだからと、奨学金を割増してもらったのがありがたかった。以前にも安いカメラを持ってはいたのだが、今はもう使ってはいない。あのカメラ、そういえば、どこにやってしまったのだろう。



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