喜寿から始まる

気づき・観察・発見・元気キレイ・自分らしく・生きる

モラー特別検察官報告と民主党の新しい戦い

2019年04月09日 | 日記

モラー特別検察官の要約版が出て以来、米連邦議会の民主党の
面々の騒ぎは大変だ。
4月中旬には塗りつぶし版が議会に送られ、同時に公表される
ことになっている。

少なくとも議会には完全版を出せ、
大陪審の資料も全部だせ、出さなければ、法廷闘争も辞さない
と民主党は脅している。

塗りつぶしというのは、機密事項、現在捜査進行中に関するもの、
その他無関係の第三者の記載などということなので、塗りつぶしは当然
と思う。400頁もあれば時間がかかるのもわかる。

しかし、ビル・クリントンとニクソンの弾劾のときの特別検察官の報告書と同じ
ようにすべきだなどと大騒ぎだ。

ロシアとの共謀がないなどと予想もできない結果報告に納得できない、
調査報告書の隅を突けばどこかには何かあるはず、特に大陪審の資料・証拠には
絶対に決定的な証拠があるはずとでも思っているのだろう。
要するに、なんとしてもトランプを引きずり下ろしたいというわけだろう。
何か騒ぐきっかけがあればいいというわけであろうか?

どうやら、特別検察官といっても、ビル・クリントンとニクソンの弾劾の際の
特別検察官は特別の法律に基づく独立したものであったのに対し、
モラー特別検察官は司法省が依頼したもので、要するに司法省の特別・臨時の
職員というようなもの。日本でも最近、内部調査をするために外部者による
特別調査員会をつくるのがスターダートになっている。
そう言う意味で、モラー特別検察官の報告というのは司法省の内部調査報告
なのだ。だからバー司法長官に提出することになるのだ。
バー司法長官は司法省のルールに則り塗りつぶし等の処理をすることになるので、
特別扱いをする理由はないことになる。
(こういうことから見ると、そもそも捜査開始にあたりコミー元FBI長官や
司法省幹部のバイアスぶりがあったことは間違いないように見える。)

また、大陪審の資料・証拠(膨大な量)については別途考察の必要があるようだ。
大陪審というのは同じ陪審というが、裁判を行う陪審(小陪審ということもある)
とは異なり、捜査・検察段階で起訴するかどうかを決めるもの。
一般の国民から選任されるが、彼らは検察官の言いなりに誘導?されるようで、
どうやら検察官が公正らしさを演出するために利用されるのが実態のようである。
わかりやすくいうと陪審員(国民の声)のもと、検察官が好き勝手に誘導する
というわけである。
大陪審の不明朗な運用については、あちこちで指摘されているところではある。
(それでも証拠不十分というのだから、そもそもこのような手続きをすべきだった
かどうか確かに疑問のあるところかもしれない。)

ところで、大陪審の証拠については、厳格な連邦規則があり、他の手続きに利用する
場合は限定されている。
つい最近も、全く別件で、裁判があり、規則で規定された場合以外に、裁判所でも
例外を認めることはできないという従来の判例・実務が確認されたという。
議会が大陪審の証拠を見るためには、司法手続きに伴うもの、すなわち弾劾手続を
前提とする場合以外にないということだ。
(民主党のペロシ氏らは弾劾手続きはしないもよう。特別な根拠もなく、選挙により
適法に選任された大統領について、大統領に相応しくないとして弾劾するというのは
民主主義の死というしかないと思われる)

そういうことがわかりながら、なおも、全部を引き渡せという民主党の議員さんたち
というには、どういう人たちなのかと、自分たちには通常の法律には縛られない、万能
とでも思っているのだろうか。

こういうドタバタ劇のようなものをみると、アメリカ型民主主義には疑問をもつ。
二重基準で、ルールは相手を攻撃するためにだけあるとでもいうようだ。

弱肉強食の社会、ごり押しした方が得というような社会では、どのように収束していくの
だろうか。

いい悪いは別に、じっくりと見定める必要がある。


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。