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マケドニア国名変更について思うこと

2018年06月20日 | 日記

マケドニア共和国の国名を北マケドニア共和国に変更することで
ギリシャと合意が成立したという。
アレキサンダー大王時代の古代マケドニアは多くがギリシャに所属していた
というのがギリシャの反対の理由。
昨年マケドニアに行ったが、アレキサンダー大王ゆかりのものは期待でき
なかった。

それでも、首都スコピエの中心地マケドニア広場にはアレキサンダー大王の
像が聳え立っていた。

   

むしろ、マケドニアはマザーテレサの国だった。
マザーテレサ生誕の地は広場の直ぐ傍だ。

  

直ぐ近くにはマザーテレサ博物館がある。

  

  

マザーテレサの像はマケドニアだけでなく、バルカンの小さないくつかの国々(旧ユーゴスラビア
だった)でも見られた。

マケドニアの国旗はとても印象的だ。

  

この付近はスコピエの中心地であるが、典型的なヨーロッパの雰囲気が漂っている。

ギリシャのいうような事情があるにしろ、やはりマケドニア地域の一部ではあったのだから
アレキサンダー大王だ。

  

改名の理由は、EUやNATOに加盟するための障害となっているギリシャの合意を取り付ける
ためだ。EU加盟すると財政支援を受けられるので、中欧・東欧の小さな国々はEU加盟志向
なのだ。

ヨーロッパ、特にバルカンの国々を旅すると、国家とは何か、特に国民との関係で、を考え
させられる。
ギリシャ、ローマ帝国、ローマの東西分裂の影響、オスマントルコの支配、ロシアの影響、
ソ連の影響、ユーゴスラビアの解体、バルカン戦争、そして国境の線引きに対する
ヨーロッパ大国の干渉などなど、国民の意思や利益などとは全く関係のないところで、
ある日突然に支配者が変わる、所属する国が変わる・・・
天照大神の時代から(と言っていいと思うが)日本という国は一貫して日本列島の国である。
そういう日本人には理解ができない。

だからというか、ヨーロッパの街は共通の雰囲気があるのかもしれないと思う。

これらの国は貧しいかもしれない。
それでも、私は、大きさ、重厚さ、広さに日本にないものを感じる。


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