YO's Blog♪ 天才ミュージシャン 加納洋の問わず語り 

全盲のジャズピアニスト加納洋の
音楽、NYの暮らし、仲間、旅、福祉活動…
~☆大切なものとの出会い☆~

加納洋の渡世日記~青春編11 料理訓練@鶏の唐揚げ~

2011-02-08 | 問わず語り
僕はセンターの寮に入る前から
もう一人暮らしもしてきているし、
料理は子どもの頃から好きだった。
できない料理もあるにはあったが、
まあ不自由はしてなかった。

ある時、生活訓練のオバサン先生が
僕に料理を教えてくれると言う。

「何か覚えたい料理、ない?」
と聞かれたので、
「そうですね、揚げ物が作ってみたいですね、鳥の唐揚げなんか」

別に揚げ物が作りたいわけでもなかったし、
一人住まいでは揚げ物なんかしないと思うけど、
たまたま今夜の飲み会のつまみに
鳥の唐揚げがいいなと思っただけである。

「あ、そう、じゃ1,000円あげるから、
自分で肉屋を探して買ってきなさい」
とオバサン先生。
肉屋の場所ぐらい教えてくれてもいいのに
と思ったが、
部屋の仲間に話をすると、
「池袋の西武百貨店だったら、
寮のまん前からバスに乗れば、
西武のまん前で下りられるよ」
と教えてくれた。

彼らは、つまみの唐揚げも期待しているようなので、
僕もたくさん作ることにした。
バスに乗って西武百貨店に行き、
地下の食料品売り場に行くと、
店員さんが買い物を手伝ってくれた。

「唐揚げ用の鶏肉が買いたいんですが」
と言うと、店員さんが
「今日、ちょうど安売りをしていますよ」
と言った。
「じゃ、1,000円分ください」
と頼んだ。

今から30年以上前である。
1,000円の鶏肉の量は、びっくりするほど多かった。
お釣りを10円ちょっともらって
施設に帰り、
オバサン先生にお釣りを渡すと、
「信じられない! 全部使ってきたの?」
「1,000円くれたから、全部使ってもいいと思って」
「あなた一人分でいいのよ」
「だってみんながつまみに唐揚げがほしいなって言うから、
みんなの分も買ってきました」

オバサン先生、
僕にはいいかげんあきれたみたい。

しかし、僕も、
このたくさんの鶏肉を唐揚げにするのは大変な作業でした。
疲れた、疲れた!
でも、みんなは喜んで食べてくれましたよ。

加納洋の渡世日記~青春編10 生活訓練のオバサン先生~

2011-02-08 | 問わず語り
この手の施設には、
生活訓練(料理や洗濯、掃除等々)を教える
意地悪そうなオバサンがよくいる。

ある時、その生活訓練のオバサン先生が
いきなり僕を呼びつけ、僕の部屋に一緒に来て、
「あなたのベッド、ナニ! 
パジャマは脱ぎっぱなし、
ベッドメイキングもしてないじゃないのッ!」
と怒られた。

僕「あのう~、先生に男のお子さんいます?」
先生「いるわよ、それがどうしたの?」

僕「おいくつですか?」
先生「あなたと同じぐらいの年の子が二人いるわよ」

僕「その子たち、パジャマを毎日きちんとたたんで、
ベッドメイキングもします?」

先生「とんでもない、そんなことしないわよ」
僕「そうでしょう! 

僕がパジャマをたたまなかったり、
ベッドメイキングをしないのは、
目が見えないからではなく、
貴方の息子さんと同じ若者だからですよ」
と教えてあげました。

ちょっと生意気だったかな?

加納洋の渡世日記~青春編9 障害者とどう接するか?~

2011-02-08 | 問わず語り
よく「障害者の人とどう接していいか、
何を話していいか、わからない」
と言う健常者の人がいるが、
僕にはその気持ちがよくわかる。

寮に入ったとき、まわりは障害者ばかり。
僕も障害者なのに、彼らに慣れていない僕は、
どうやって接していいかわからなくて、
緊張の連続だった。
だって、こんなにたくさんの障害者の人、
見たことないもん。

加納洋の渡世日記~青春編8 盲人の酒盛り2~

2011-02-08 | 問わず語り
酒盛りといえば、僕が寮に入った最初の夜。
僕は当時24歳。
僕の部屋には40代の男性(全員が中途失明者)3人がいた。
一人は印刷会社の社長、
一人は大学教授、
一人は銀行の支店長。

みんな、なかなかおもしろい人たちであった。
消灯になったので僕はベッドに横になる。
しばらくして、一人のおじさんが
「そろそろやりましょうか?」
と言った。

みんな、真ん中のデスクのまわりに集まった。
「加納さんもおいでよ」
と言われたので行ってみると、
印刷会社の社長が
田舎から送ってきたという焼酎を出してきて、
みんなで飲み始めた。

「加納さん、ついであげるからコップ出しなよ」
と言われたので、コップを差し出したが、
誰も取ってくれない。
そうだ、この人たち、目が見えなかったんだ、
と気づき、デスクの上をコップで軽く叩くと、
それを取って酒をついでくれた。

その瞬間、
その人が焼酎の瓶の蓋を落とした。
これは大変である。
4人とも目が見ないから、
蓋がどこに転がったかわからない。
4人で10分ほどコンクリートの床を舐めるように探した。
本当に目が見えないって大変だと実感した。
特に、悪いことをしている時はね。

加納洋の渡世日記~青春編7 盲人の酒盛り1~

2011-02-08 | 問わず語り
一人で外を歩ける快感はなんとも言えず、感動的だ。
なにしろ4年ほど一人で外を歩いたことがなかったから。
用もないのによく出歩いた。
寮の同室の人に買い物を頼まれると
喜んで行ってあげた。

ある時、
隣の部屋の人がウイスキーを買ってきてほしいと言うので、
近くの酒屋で買ってきてあげた。

これが大変な事件になった。
ある夜、消灯後(盲人の寮で消灯とは冗談みたい)、
隣りの部屋の二人の盲人の男性が酒盛りを始めた。

タバコを吸っていたため、
スモークアラームが鳴り出し、大騒ぎになった。
彼らはまだセンターの外の歩行訓練をしていなくて、
外に買い物に行けないはず。

そこで職員が僕を追及してきた。
当然、僕しかいないのはわかっていたけど、
最後までシラを切ってやりました。
みんな、いい大人なんだから、
酒ぐらい飲んだっていいじゃないの。
禁止するから、こそこそ飲んで
スモークアラームなんか鳴らすことになるんだ。
訓練センターの中にバーか飲み屋を作るくらいの
粋なはからいができないものかなぁ。

加納洋の渡世日記~青春編6 加納洋、信号を渡る~

2011-02-08 | 問わず語り
いよいよ、歩行訓練が始まった。
まずは杖を持たず、
部屋の中、建物の中を行ったり来たり。
次に杖を持たされ、
廊下を行ったり来たり。
数週間後には、その施設の敷地内を歩く。

さあ、いよいよ施設を出て近所を歩き回り、
横断歩道の渡り方などを習う。

ちなみに、よく
「どうして信号が変わったのがわかるの?」
という質問をされる。

では、お答えしましょう!

まず、自分が渡る道路の車が止まり、
次に、自分が渡る方向と平行に走る車が
走り出したと同時に渡り始める」

絶対に隣りの人が歩き出しても、
一緒に渡ってはいけません。
赤なのに車が来ないと言って渡る人もいるからね。
ニューヨークなんか、こんな人ばかりです。

加納洋の渡世日記~青春編5 やっぱり一人で歩けなきゃ~

2011-02-08 | 問わず語り
それから4年が経過した。
なんとか点字を覚えて、
時計も使えるようになり、
東京で1年ほど一人暮らしもしていた。

しかし、いまだに一人歩きができない。
すると、僕のボランティアをしてくれていた近所のおばさんが
「都立障害者センターというところが高田馬場にあり、
歩行訓練をしてくれるらしいよ」
と教えてくれた。
歩行訓練とは、
白杖(はくじょう)を使って一人で歩く訓練のこと。
早速電話し、訪ねることにした。
このセンターでは、
最初は寮に入らなければならなかった、
3ヶ月ほどで、だいたいの人が訓練を終えるという。

3ヶ月ぐらいだったら、
仕事を休んでもなんとかなりそうだ。
まず面接に来てほしいというので、行ってみると、
いろいろ聞かれた。

「全盲になって4年間も何をしていたのですか? 
まだ若いのに訓練を受けて自立する努力をしたほうがいいでしょ」
と説得された。

「今までですか? 
ミュージシャンとして
全国をまわって演奏活動をしていて、
1年前に上京し、
今一人住まいをして、
都内を中心に音楽の仕事をしています」

すると面接の人が
「見えないのに、どうやって一人でやってこられたのですか?」
と聞かれた。

僕は、
「あなた、盲人施設で働いていて、
いろんな盲人を訓練してきていたら、
僕に聞かなくてもわかるでしょう?」

すると
「わからないから聞いているんです」
と偉そうに言われたので、
「まわりの人にお世話になって
ここまでやってこられたんですよ」
と教えてあげました。
参考になったかな?

加納洋の渡世日記~青春編4 点字と格闘~

2011-02-08 | 問わず語り
点字は、
中途失明者のための点字の教科書なるものを手に入れ、
自力で覚えた。
点字も読めなくて、
全盲なのに、
そんな人のために教科書があるなんて、
と最初は笑ってしまいました。
どうやって読むの?

皆さん、ご存知かどうかは知りませんが、
点字はカタカナ文字しかないのです。
漢字はありません。
ということは、基本的に50音覚えれば、
点字をマスターしたことになるはず。
これは簡単と思った僕は、
この教科書を使い、勉強しました。

この本は、まずさわってわかるように
アイウエオがカタカナで
浮き上がった字で書いてあり、
下に点字が書いてある。

とりあえず50音は覚えたけど、
これを指で読むのは至難の業。
1文字ずつ追って読んでいくと、
3つ4つ前の字をもう忘れている。
つまり、文章、いや単語の意味が、
読むスピードが遅いとさっぱりわからないのです。

加納洋の渡世日記~青春編3 盲人用腕時計と出会う~

2011-02-08 | 問わず語り
ともかく杖の使い方と点字ぐらいは習わないと…
と思い、調べまくった。

ほとんどの盲人施設は、
寮に入り、1年間の訓練を受けるというものであった。
仕事をやめるわけにはいかないので、
これらの訓練施設に入るのは無理だった。

すると、友人が
映画で、目の見えない人が時計の蓋を開け、
指でさわって時間を調べていた
と教えてくれた。

早速、時計屋に行って聞いてみると、
そこにはなかったが、
「調べてみましょう」と言って、
数日後に取り寄せてくれた(福祉課よりはるかにましだ!)

でも、最初は時計の針にさわっても、
なかなか時間がわからない。
あまりわからないので、
近くにいる人によく時間を聞いていた。

加納洋の渡世日記~青春編2 障害者手帳1級1種になった~

2011-02-08 | 問わず語り
とりあえず
できないことから一つずつ解決しよう
と思うが、
とにかく当時は情報がない。
盲人はどうやって
白杖(はくじょう)を使って歩くんだろう、
時間はどうして知るのだろう、
点字はどうやって覚えるのか、
などなど。

市役所の福祉課に行くと、
50cmぐらいの長さの杖と
点字板(てんじばん)というものをくれたが、
何も説明はなかった。
とりあえず
障害者手帳が1級1種になったので、
「1」「1」と続けば
何かいい気分にもなった。

当時の田舎の福祉課の職員の勉強不足には驚いた。
相談に行っても、
何も知らない。
調べてもくれない。
困ったものである。