YO's Blog♪ 天才ミュージシャン 加納洋の問わず語り 

全盲のジャズピアニスト加納洋の
音楽、NYの暮らし、仲間、旅、福祉活動…
~☆大切なものとの出会い☆~

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サムの残したもの

2009-09-12 | 問わず語り
年を重ねていくということは、
得るものもたくさんあるが、
失うものもある。

この数年、僕の親しい友人が若くしてこの世を去る。

今日、秋が深まりゆくニューヨークの街を歩いていて
(hummm なんとなく格好いいな)
ふと、今年の5月に亡くなったサムのことを思い出した。

サムは僕の10年来の友人で、60歳で亡くなった。
音楽家ではないが、音楽が大好きで、
レコードやCD、DVDのコレクションはものすごい。
芝居や美術も大好きで、
彼と最後に一緒に観た芝居は、
日本の歌舞伎のニューヨーク公演だった。

勉強家でもあった彼は2つの修士を持ち、
50歳になって司法試験にも合格していた。

物静かだが、ユーモアのセンスもあって、
いつも大笑いしながら食事をしていた。
この数年、料理にも凝っていて、
何度か彼の手料理をご馳走になった。

ボランティアで
ライトハウス・ミュージック・スクール(Lighthouse Music school.
僕が教えている視覚障害者のための音楽学校)の
コーラスメンバーにもなっていた。

彼は仕事場でもみんなに慕われていたようだ。
葬儀は平日に行われたが、
サムが勤めていた会社の社長は
その日、会社を休みにして、社員全員が葬儀に参列した。

友人を亡くすことは悲しいことだが、
サムの素晴らしい生き様と、素晴らしい人間性を
僕も見習って生きて行きたいと思う。
これがサムが僕に残してくれたものだ。
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マナーを教えるのは小さいうちに

2009-09-12 | 問わず語り
2週間ほど前、
友だちのスーザンのところに遊びに行くと、
彼女のいとこの家族が遊びに来ていた。
いとこの夫婦には子どもが3人。12歳と9歳の女の子、6歳の男の子。

そこで驚いたのは、子どもたちのマナーの良さ。
子どもだから退屈になって、スーザンの家の物で遊ぼうとする。
その時、いちいち彼女に許しを得に来るのである。

6歳の子がいけないことや危ないと思うようなことをすると、
両親がすぐ注意し、子どもたちも言うことを聞く。
最近あまり見ない親の姿だ。

僕が彼らに、
「3人の子どもをちゃんとしつけるのは大変だと思うけど、
この子たちはマナーがとてもいいのは、
あなたたちの教育がいいからですね」
と言ったら、
「親父から、孫(僕の子どもたち)にちょっと厳しすぎるんじゃないか
って言われるけど、大変でも、
子どもは小さい時に親がしっかり教育するべきだと思う。
それが親の責任でもあると思う」
と答えた。

僕もライトハウスで土曜日に子どもたちを教えているが、
マナーを教えるのはなかなか難しい。
でも、真剣に怒ったり、真剣に話していけば、
子どもたちはわかってくれる。
僕は、週に1度だが、親は毎日だから大変だろうな。

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新政権発足後100日は…

2009-09-12 | 問わず語り
基本的に私は文章を書くのが苦手である。
そこで、ブログを書く手も止まりがちになって、
何ヶ月もご無沙汰ということになってしまうのだが、
じゃ、なんでブログなんか始めたかって? 
文章を書くのは嫌いでも、意見や言いたいことはたくさんあるからだ。

ところで、
なんでも新しい政権が発足した時、
まあ、お手並み拝見といきましょうか、ということで、
マスコミやジャーナリストも
とにかく3ヶ月は、批判や野次や突込みを入れずに
じっとやることを見ていてやるのが祝儀代わりなんだとかいう話を聞いた。
ホントかウソかは知らないが、
日本も、政権交代と言っても組閣もまだ固まっておらず、
推測や憶測で評価や批判はできないのは当然で、
マスコミやジャーナリストの矜持とも言えるだろう。
3ヶ月もたってくれば政策手腕や実行力もちらほら見えてくるはずで、
3ヶ月は見守っていてやる、というのは
確かに祝儀として妥当かもしれない。

ところで、アメリカでも、
オバマ氏が大統領に就任して100日もたつと、
彼が経済対策や教育、医療保険に金を使い過ぎ、
その結果は出ていないという批判が出てきた。

ブッシュが何の意味もないイラク戦争に莫大な予算を使っても
あまり批判する報道や意見は聞かなかったのに、
オバマ氏は大統領になって100日もたつと、
もう批判の矢面に立たされている。

ブッシュは最初の100日でいったい何日休みを取ったのか調べてみたい。
僕の記憶では、彼はいつもテキサスの家にいて
ほとんどホワイトハウスにはいなかったような気がする。
ま、そんなこと調べても時間の無駄だな。もう過去のことだしね。

日本の民主党新政権発足の100日後の評価はいかに?
今から楽しみだ。

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加納洋ベーシストデビュー

2009-09-07 | 問わず語り
今年6月6日にライトハウス・ミュージック・スクール
(Lighthouse Music school.僕が教えている視覚障害者のための音楽学校))で
子どもたちのリサイタルが行われた。

僕の生徒のヤコ(16歳)とマークの生徒のマシュー(7歳)は「セントトーマス」を演奏し、
僕がベーシストとして一緒に演奏した。





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シンバルプレーヤーと報道陣のマナー

2009-09-07 | 問わず語り
今年4月17日にメトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art)で
13回目のライトハウス・ミュージック・スクール(Lighthouse Music school.僕が教えている
視覚障害者のための音楽学校)のコンサートが行われた。

僕が教えている子どもたちのアンサンブルは、
現在のアメリカ国歌の前に国歌だった「プレジデント・マーチ」を演奏した。

会場は、エジプト部門のデンドゥール神殿(Temple of Dendur)。
演奏曲目の選び方はちょっとユニークで、
デンドゥール神殿に展示してあるアートにちなんだ音楽を選ぶ。

当日は、まず、そのアートの紹介ナレーションがあり、
そのあとライトハウス・ミュージック・スクールの生徒たちが中心となって演奏する
という趣向である。
「プレジデント・マーチ」は
ジョージ・ワシントンの絵の紹介のあとに演奏された。

加納洋もシンバルプレイヤーとしてのデビューを果たした。




ところで、この映像を見ていて思い出した。

このコンサートの最後の全体リハーサルの時、
“アメリカン・アイドル”という
素人のど自慢のようなTV番組で勝ち進んでいる
盲人の男の人がライトハウスを訪問した。

人気番組なのでたくさんの報道陣を引き連れてきた。
それはいいとしても、
僕たちがリハーサルをしている時の
報道陣のマナーの悪さにはあきれてしまった。

べらべらしゃべったり、勝手にカメラで撮影したり、
彼らは周りの状況を判断する能力はほとんどないと言っていい。
取材するなら、
“コンサートのリハーサルがどういうものかぐらい勉強して来いよ”
と言いたい。
勉強しなくても、少し頭を使えばわかることだ。

ああ、そういえば、
こういう芸能記者やテレビのリポーター、週刊誌の記者は
脳みそがなくてもできる仕事だったんだっけ、忘れてたよ。
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僕の大恩人、宮城まり子さん

2009-09-03 | 問わず語り
今回の日本滞在中(2009年7月10日~8月25日)、
10年ぶりに宮城まり子さんのねむの木学園を訪ねた。

まり子さんは、
28年前の僕のニューヨーク留学の際に
大変にお世話になった、大恩人である。

10年もご無沙汰して
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいであったが、
ねむの木学園に着くと、
まり子さんも子供たちも大歓迎をしてくれた。
まずは、みんなに僕の演奏を披露、
みんなも僕に歌ってくれた。

皆さんもご存知だと思うが、
まり子さんは40年も前に
障害を持つ子供たちにとって
絵画や音楽、ダンス、詩や作文、お茶や工芸など
感性を育てる教育こそが大切
という考えでねむの木学園を創立した。

当時、福祉の世界では
”絵や音楽は遊びや趣味であって教育ではない”
と考える人が多かったと思う。

当然、まり子さんに経済的援助をするところも少なかったと思う。
それに、まり子さんは芸能人だから、
マスコミや世間からは“売名行為”だのと
批判をさんざんに受けてきた。


僕が奨学金を愛の輪(※)から頂いた時も、
音楽を勉強しに留学したい僕を
ほとんどの審査員は、
「音楽を勉強することがほかの障害者の役に立つのか?」
などとバカな理由で僕を落とした。
そこで審査員の一人だったまり子さんが、
「音楽を勉強することが何が悪い」
と彼女の考えを訴えた。
そのおかげで僕は留学することができ、現在がある。

宮城まり子さんは僕の人生で大変な大恩人である。
そのまり子さんに10年もご無沙汰していた僕は
なんて恩知らずか!と反省


財団法人「広げよう愛の輪運動基金」
ダスキン企業グループの社会貢献活動として、障害を持ちながら自立を目指す若者を
海外に研修派遣する事業「ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業」を1981年
にスタート。現在までに350名を超える若者が海外で研修を受け、障害者リーダーとし
て各方面で活躍している。加納洋はその1期生の一人。
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まり子お母さん、がんばれ!

2009-09-03 | 問わず語り
ねむの木学園には8月5日、6日と、2泊したが、
その間、まり子さんには
僕の大好きな鰻やお寿司をご馳走になったり、
としみつ君にお茶を立ててもらったり、
学園の中をみんなと話をしながら散歩したり、
僕がみんなにブルースを教えて、
みんなで2曲もオリジナルブルースを作って、
踊って、歌って、大騒ぎの楽しい時間を過ごした



まり子さんは、時には車椅子を使うこともあったり、
動くのも大変そうな時もあるが、
子供たちの前で踊ったりして
相変らず精一杯、子供たちのためにがんばっている
すばらしいお母さんであった。

まり子さん!
いつまでもお元気で長生きしてください
心から祈ります。


今年、2009年12月20日に静岡市で
ねむの木学園の皆さんといっしょに
コンサートをすることになっています
これも実は10年ぶりのこと。
ねむの木のみなさんとのコンサートに
皆さんもぜひ来てください

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良い事ばかり聞いた後は、良い事をしてもらいますよ

2009-09-03 | 問わず語り
今回、7月の都議会議員選挙の直前に来日したが、
その後、衆議院も解散になり、
毎日のようにテレビでは各党の代表の討論会をやっていた。
選挙戦中は相変らず、みんないいことしか言わない。
1、2回見ただけで飽きてしまった

彼らの話を聞いていると、
所詮、自分たちが当選し、権力を握り、
自分たちがいい思いをしたいようにしか聞こえないのは
僕がひねくれ者だからだろうか。

予想通り、民主党圧勝
勝った民主党の君たちに言いたいが、
名誉も財産も捨てて、
国民のために働く政治家になって欲しいものである。

君たちが、テレビで何度“国民のため”と繰り返しても、
僕の目には上から下を見て語っているようにしか見えない。

僕の人生で出会った立派だと思える人たちは、
自分の財産も身体も人のために使って生きた
無名の庶民といわれる人が多い。
自身も決して生活は楽ではないのに、
近所のお年寄りを面倒見ていたり、
地域のために仕事の合間に活動していたり。
お金だって持ち出しでやっている人が少なくない。

こういう人たちから政治家も
本当に人のために生きるということの意味を学び、
成長してほしいものだ。
銅像を建てるだの、勲章をもうらうだの、
100年早いんじゃないの?
コメント

先生♪ 先生♪ それはセンセイィィ~~♪♪

2009-09-03 | 問わず語り
そう言えば、
よく政治家を先生とみんなが呼んでいるが、
これはやめたほうがいいんじゃないのかな。

僕も経験があるが、
彼らを僕が先生と呼ばないと
機嫌が悪くなる馬鹿者も数名いた。
こういう程度の低い人間が政治家になっちゃ困りますね!

むしろ彼らが国民を先生と呼ぶべきだ。
国民から学ばずして、国民のために働けないじゃないの?

僕は、彼ら(代議士先生)から先生と呼ばれたくないけどね。
なぜかって?
僕は先生と呼ばれると、
昔ピアノを弾いていたキャバレーを思い出す。
「先生、“長崎は今日も雨だった”を伴奏してくれよ、俺が歌うから」
人のことを先生と呼んでおいて、
やたら偉そうな客が多かった。
僕が先生と呼ばれると思い出すのはこんなことばかり。


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海外で本当に日本を代表してるのは、誰?

2009-09-03 | 問わず語り

8月にはクリントン元アメリカ大統領が北朝鮮に行き、
囚われていた2人のジャーナリストを連れて帰って来た。
その後、韓国企業の現代グループ玄貞恩会長が
北朝鮮を訪問して金正日総書記と会談し、
社員を連れ戻した。

日本にはこういうことができる政治家はいないのだろうか?
ま、僕の知っている限りでは、
海外に出て交渉ができる能力のあるような政治家はいそうもないね。
むしろ日本企業や一般市民の中に
こういう人材がたくさんいるような気がする。

外務省から駐在でくるお役人は、
その国のことを現地の人から学ぶ努力をしないという話を
昔、聞いたことがある。

何年駐在しても
「俺は日本代表だ」みたいな姿勢で暮らしていては、
その国のことは何もわからないまま帰国することになる。
その国の食べ物を食べ、言葉を覚え、
何人もその国の人たちと友達になる努力をし、
彼らから本当の気持ちを聞き出せるような人間関係を作る。
こういうことこそ駐在中に一番しなければならないことじゃないの?
日本食なんか食ってる場合じゃないよ!
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