放浪日記

刮目せよ、我等が愚行を。

万里の長城でラーメンマンに出会う(後編)

2005年01月08日 | 半死的中国旅行
バスは万里の長城を目指し、順調に走っていた。
前席の優しい中国人家族が教えてくれたことによると、この「長城一日遊」ツアーは、万里の長城のほか、明の時代の皇帝たちが眠る十三陵、そして九龍ダムと呼ばれるダムに寄るという。ラーメンマンに会うためだけに万里の長城へ向かっている我々にとって、ほかの2か所はまったくの余計であったが、ツアーバスに乗っている以上、団体行動は我慢しなければならなかった。

市内を抜けると、バスは高速道路に乗り、まるで蒙古騎馬軍団のような猛スピードで北上を始めた。ネジが緩んでいるのか、もともとこういうものなのか、スピードの出しすぎなのかわからないが、とにかく揺れた。窓ガラスもカタカタカタカタと不気味な音をたてて、いつ落ちてもあかしくないほど震動している。
我々は座席に座っているのに精一杯だった。にいやは力いっぱいふんばり揺れを耐えていた。その横でしんたろーは昨夜の睡眠不足がたたり、震動に身を委ね爆睡していた。

あまりの揺れで腰の骨がはずれそうになったころ、地方都市のドライブインのようなだだっ広い駐車場にバスが止まった。周りには数十台の同じようなバスが止まっている。乗客たちはいっせいに降り始め、親切中国人が我々に「着いたよ」と教えてくれた。
ついにやって来たのだ、我々は。
にいやは「ラーメンマンに会えるぞ!」と叫びながら、デスマスクのような顔で寝入っているしんたろーを叩き起こし、中国人のあとについて車外に飛び出した。熟睡中に起こされ不機嫌指数400%のしんたろーは、まだこの状況が理解できないらしく、頭をボリボリかきながら、のっそりとバスから降りた。

目の前に広がる大パノラマ。テレビで観たことしかなかった万里の長城の本物が今我々の目の前に広がっていた。肉眼で確認できる山の稜線という稜線に連なる壁、壁、壁。世界の果てまで続いているのではないかと思うほど長かった。
「万里の長城とはよく言ったものだ」にいやは感動していた。しんたろーは、ようやく自分が万里の長城にいることに気付き、「おおっ!」と感嘆詞を発すると、「♪遠くと~お~く どこまでも と~お~く」とCHAGE&ASKAの歌を口ずさんでいた。にいやはそれが長城ではなく『万里の河』であることをツッこんでいいいのか、放置しておけばいいのか迷っていた…。

親切中国人が列になって長城へと向かって行く。あとに続きながら、我々の鼓動も高まっていた。中国4000年の歴史の神髄、宇宙から見える地球唯一の建造物(註:これはガセらしい)、そしてあのラーメンマンの修行の地、万里の長城に近づいているのだ。いざ行かん! 夢のグレート・ウォールへ!! …と意気込んでいると、壁の前方に見えたのは料金所。かつて蒙古民族の襲来を恐れ、延々と築いかれた軍事的要所も、2000年の時を経て、あわれ観光名所に成り下がってしまっていた。
「こんなところでも料金を取るのか!」にいやは激高した。昨日も天安門、紫禁城と高い入場料を取られたばかりなのに、このままでは今日も払わなければならない。しかも中国は学割なんてものは存在せず、挙げ句の果てに外国人料金が設定されており、中国人でないという理由だけで、2倍の値段を払わなければならないのだった。
なんとかならないか?と考えた末、にいやはひとつの名案を思い付いた。入場料を踏み倒すわけにはいかないし、学生料金という概念のない中国人にその意味を伝えても理解してくれるわけもない。となれば、安く入るための方法はひとつ。
にいやはしんたろーの肩に手を置き、今までにないほどの真剣な眼差しで言った。
「いいか、しんたろー。今から俺がいいと言うまで何ひとつ喋るな。喋ったら置いていくぞ。中国の地でお前ひとりっきりにするからな!」
しんたろーは仰天した。にいやが万里の長城を目の前にして何を言い出したのか、まったく理解できなかったが、とりあえず置いていかれるのはヤバいと思い、とりあえずうなずいた。
「よし。行くぞ」
にいやはしんたろーの手を引っ張り、勇ましく料金所に向かって行った。
映画館の窓口のようなチケット売場に、見るからに愛想悪そうなお姉ちゃんが座っている。化粧っ気のないその顔からは、まったくやる気が感じられない。中国人によくある「売ってあげるのよ」的高飛車風態度だ。
日本を旅立ってはや1週間。ヒゲもほどほどに生えてきて、いい感じで日焼けをしているにいや。どこから見ても中国人労働者だ。
まだ寝ぼけているのか、寝ぐせ髪をボリボリかいている、顔に生気が感じられないしんたろー。どこから見ても搾取されている地方農民だ。
「それと…、笑うなよ。歯を見せるな。不愛想でいろ。俺に任せれば大丈夫」
にいやの言葉にしんたろーは再度うなずいた。
会得して大正解の中国人民列横入りの術を使って、にいやは窓口に、中国人料金2人分のお金を突っ込み、「両个人」と怒鳴った。
一瞬ジロリとにいやを睨み付ける窓口女。その視線を視線で相殺し、窓口女を睨み付けるにいや。すると、窓口女はフンと軽蔑するようにあごを突き出しながら、にいやの手からお金を奪い取ると、長城入境票と書かれたチケットを2枚放った。
勝った。買った。勝った。
我々は勝利した。革命的勝利だった。にいやが考えたもっとも安く入場する方法、それは中国人になりきるということだった。とりあえず勝利の喜びを隠しながら、足早に料金所から遠ざかった。目の前に広がるのは、今度こそ正真正銘の万里の長城だった。

うだるような暑さだった北京とは違い、山の上にそびえる万里の長城には涼しい風が吹き、避暑にやってきている人もたくさんいるように思えた。
列になって、ゴキブリのごとく長城に登る人民たちを呆然と眺めながら、我々のボルテージは上がり始めた。しんたろーもようやく自分が万里の長城にいることを自覚し、感動のあまり涙を流していた。そんなしんたろーの涙を見ながら、にいやは、第1回超人オリンピックの3位決定戦でラーメンマンとテリーマンが行なったチェーンデスマッチでのラーメンマンの血の涙を思い出していた。玄人好みのいい試合だった…。
「おい、ラーメンマンを探そうぜ」
しんたろーの一言で我に返ったにいやはあたりを見回した。人、人、人! 城壁が重みで崩れ落ちそうなほどの人だかりだった。このような場に、人見知りの激しいラーメンマンがいるとは思えなかった。仕方なく我々は、ラーメンマンリスペクトの証として、万里の長城で筋トレをすることにした。もちろん超人オリンピックに向けての修行にリスペクトだ。
人込みのなか、突然城壁によじ登り、その上で腕立て伏せをするにいや。長城のド真ん中で、腹筋をはじめたしんたろー。周りの人民たちの冷たすぎる視線。「見ちゃいけません」と子供をたしなめる母親。それでも我々は筋トレをやめなかった。二人で一緒にやったヒンズースクワット。瞬発力をつけるための坂道ダッシュ。リスペクト、ラーメンマン! 彼のほかに万里の長城へトレーニングを行なうためだけにやってきたのは、我々ぐらいしかいないであろう。
思う存分汗を流したあと、我々は長城に大の字になって倒れ込んだ。こんなにすがすがしい気持ちは久しぶりだった。お互いのほどよく紅潮した顔を見て、笑い合った。青春の青臭い1コマだった。ラーメンマンに会えなくっても、こんなにいい気持ちになれたのだからいいじゃないか。我々は、バスの集合時間も忘れて笑いあっていた。

その後、集合時間に遅れた我々は、こっぴどく注意された。次の観光地である明の十三陵において、しんたろーはミネラルウォーターを買ったが、騙されてペットボトルに詰められた水道水をつかまされた。帰りの高速道路のバスの中で、異常なまでの腹痛がしんたろーを襲撃するとは、このときはまだ誰も知らなかった。


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