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二十二、ご主人様、出番です。
第三ラウンド、『魂入れ替わっちゃった劇』は、脚本:早瀬、出演:お嬢様(深雪先輩)、貧乏青年(早瀬)、魔法使いのメイド(俺)で構成されるドタバタ喜劇である。
後日知ったことだが、早瀬がこの部に入部した動機は、俺に『こういう』コスプレさせることができるかもしれないという、深雪先輩のささやきのためらしかった。
おかげで俺も巻き添えを食ったわけだが、ついでに他人の金でアイスも食ったわけで、あまり文句は言えない。
「先輩、このシーンでサスをつけてください。消すのは他のと同じタイミングで」
「おう分かった。」
照明係の部長と最後の打ち合わせをする早瀬の鼻の穴に、真っ赤に染まったティッシュペーパーが詰まっている。
なぜか着替えた俺を見たとたん、早瀬は出血多量で死ぬんじゃないかというほど鼻血が出始めたのだ。
早瀬の『貧乏青年』衣装が汚れては大変、と、慌てて詰めた次第である。まったく、マンガじゃないんだから。
「あと十分で開始だ。全員持ち場に直行ー!」
部長の掛け声で、うーす、アイサー、へーい、はいでゲス、と全員まとまりの無い返事をして散っていった。
「う、うそ!どうなってるの!?」
驚いたような表情で口を開く早瀬の口から、明らかに女と分かる深雪先輩の声が飛び出した。(と、観客は思った。実際は全て事前に録音された声だ。)
こちらもびっくりして自分の体を眺める深雪先輩は。早瀬の声で
「あれ!?なんでボクがリリーにっ!?」
と名演技。
「やっちゃったぜ☆」
と言って片目をつぶりながらペロッと舌を出す俺のセリフは、なぜか部長の声である。
実はこの劇、セリフを覚える必要が無いから簡単と思いきや、自分ではない人の声に合わせて演技するということの難しさを俺たちにとっくりと教えてくれた。
なにしろ、間の取り方から微妙なイントネーションの個性の一つ一つが俺たちを翻弄する。どうしても不自然さがぬぐいきれなくて苦労した。とくに感情が高まる場面では。
それと俺は、つい客席に背を向ける癖を何度も指摘された。
「も、もももしかしてっ!なにかタチの悪い呪いか何かにおかかりになりやがったのではありませんかお嬢様っ!?」
どもり気味の海野の声に合わせて、俺…メイドも、オタオタ動き回る。もちろん魔法をかけた(そして失敗した)のは自分だ。
「なんてことだ!ボクのリリーをこんな目に合わせた奴、許せないっ」
深雪先輩扮するお嬢様に腕組みして言われ、メイドは大げさに後ろを振り返って、指を鳴らしながら舌打ちをする。
ちなみに俺は指パッチンができない。録音したのは新道先輩の指パッチンだ。
「と、とにかくどうにかして元に戻らなきゃっ」
すっかりかわいい声の早瀬こと貧乏青年が、上品に口元に手を当てる仕草。
一歩間違えると『キモイゾーン』に入るとこだが、なんとかギリギリで踏みとどまっているのが見ものだ。観客が爆笑している。
何かを決心したかのような表情で、メイドは再び二人を振り返り、人差し指を突きつけて完全な上から目線で宣言する。
「全ての呪いを打ち砕き、魔法にかかったものを解き放つ方法…それを使えば、二人の呪いは完璧に解けるはず!この私めが何をおっしゃりたいか、お分かりでしょうね?」
お嬢様と貧乏青年は、同時に顔を見合わせ、はにかんだ。
「そ、それはもしかして…」
「ボクはリリーに…」
「キ…」
「キッ…」
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二十二、ご主人様、出番です。
第三ラウンド、『魂入れ替わっちゃった劇』は、脚本:早瀬、出演:お嬢様(深雪先輩)、貧乏青年(早瀬)、魔法使いのメイド(俺)で構成されるドタバタ喜劇である。
後日知ったことだが、早瀬がこの部に入部した動機は、俺に『こういう』コスプレさせることができるかもしれないという、深雪先輩のささやきのためらしかった。
おかげで俺も巻き添えを食ったわけだが、ついでに他人の金でアイスも食ったわけで、あまり文句は言えない。
「先輩、このシーンでサスをつけてください。消すのは他のと同じタイミングで」
「おう分かった。」
照明係の部長と最後の打ち合わせをする早瀬の鼻の穴に、真っ赤に染まったティッシュペーパーが詰まっている。
なぜか着替えた俺を見たとたん、早瀬は出血多量で死ぬんじゃないかというほど鼻血が出始めたのだ。
早瀬の『貧乏青年』衣装が汚れては大変、と、慌てて詰めた次第である。まったく、マンガじゃないんだから。
「あと十分で開始だ。全員持ち場に直行ー!」
部長の掛け声で、うーす、アイサー、へーい、はいでゲス、と全員まとまりの無い返事をして散っていった。
「う、うそ!どうなってるの!?」
驚いたような表情で口を開く早瀬の口から、明らかに女と分かる深雪先輩の声が飛び出した。(と、観客は思った。実際は全て事前に録音された声だ。)
こちらもびっくりして自分の体を眺める深雪先輩は。早瀬の声で
「あれ!?なんでボクがリリーにっ!?」
と名演技。
「やっちゃったぜ☆」
と言って片目をつぶりながらペロッと舌を出す俺のセリフは、なぜか部長の声である。
実はこの劇、セリフを覚える必要が無いから簡単と思いきや、自分ではない人の声に合わせて演技するということの難しさを俺たちにとっくりと教えてくれた。
なにしろ、間の取り方から微妙なイントネーションの個性の一つ一つが俺たちを翻弄する。どうしても不自然さがぬぐいきれなくて苦労した。とくに感情が高まる場面では。
それと俺は、つい客席に背を向ける癖を何度も指摘された。
「も、もももしかしてっ!なにかタチの悪い呪いか何かにおかかりになりやがったのではありませんかお嬢様っ!?」
どもり気味の海野の声に合わせて、俺…メイドも、オタオタ動き回る。もちろん魔法をかけた(そして失敗した)のは自分だ。
「なんてことだ!ボクのリリーをこんな目に合わせた奴、許せないっ」
深雪先輩扮するお嬢様に腕組みして言われ、メイドは大げさに後ろを振り返って、指を鳴らしながら舌打ちをする。
ちなみに俺は指パッチンができない。録音したのは新道先輩の指パッチンだ。
「と、とにかくどうにかして元に戻らなきゃっ」
すっかりかわいい声の早瀬こと貧乏青年が、上品に口元に手を当てる仕草。
一歩間違えると『キモイゾーン』に入るとこだが、なんとかギリギリで踏みとどまっているのが見ものだ。観客が爆笑している。
何かを決心したかのような表情で、メイドは再び二人を振り返り、人差し指を突きつけて完全な上から目線で宣言する。
「全ての呪いを打ち砕き、魔法にかかったものを解き放つ方法…それを使えば、二人の呪いは完璧に解けるはず!この私めが何をおっしゃりたいか、お分かりでしょうね?」
お嬢様と貧乏青年は、同時に顔を見合わせ、はにかんだ。
「そ、それはもしかして…」
「ボクはリリーに…」
「キ…」
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