【ツカナ制作所】きまぐれ日誌

ガラス・金工・樹脂アクセサリー作家です。絵も描いております。制作過程や日常の話、イベント告知等。

【連載】ETC、始動 ―32―

2016-04-30 20:07:00 | 【連載終了】ETC、始動
この小説の一回目の投稿はこちら


←前回





二十一、誰しも過去がある。

「第三ラウンドォォォオオオオオオ!!」

黒子…間違えた。部長が、下半身黒タイツのまま叫んだ。

「通報されないうちに着替えろよ」

あとの出し物『魂入れ替わっちゃった劇』、『同時異場面劇』では舞台に上がらない青柳弟が、余裕の表情で言った。

着替え途中で、上半身は素っ裸である。運動とかしていなさそうな割にいい体してるなぁとか一瞬思ってしまった俺のバカ野郎!しっかりしろ春一!こいつらのペースに飲まれるな!

「ちょっと露出狂たち、さっさと着替えて」

深雪先輩が、柔和な笑顔で結構なことを口にする。同時に振り向いた海野と青柳弟のセリフが見事に被る。

「下は出してないから!」

そういう問題かっ!とツッコミたいところを、俺は必死で我慢した。

ETCにはボケ要員が多すぎる。深雪先輩はツッコミと見せかけてボケをかましてくることも多いので油断できない。

「春一ぃ~、早く着替えてよぉ」

気のせいか息の荒い早瀬に急かされて、俺は思わずため息を吐いた。

「早瀬…証拠は残すなよ」

「な、なんのこと?」

明らかに挙動不審な九条君、君が右手に隠し持ってるそれは何だい?

「だから…俺の…写真、撮ったり、とか。」

「べ、べべべ別にその写真使ってあんなことやらこんなことしようとか考えてないからでーじょーぶ!…じゃない、大丈夫!」

今のセリフで俺の心配は二倍、いや、十乗くらいに跳ね上がったんだが。


しかしまあ、今はやるしかない。一度決めたことは、最後までやり遂げるものだ。俺、こんなに律儀な性格じゃなければよかったのにな。ははは。

「春ちゃん、あっちで着替えよ~♪」

深雪先輩に引っ張られて、俺は更衣室代わりの個室に向かった。

あちこちに照明器具や配線が散らかっている。要するに物置だ。


それでも、ちゃんと鏡があるのはありがたいというべきか否か。はぁ…




「あの、先輩…」

言いかけて振り向いた俺は、何を言おうとしていたのか完全に忘れた。深雪先輩が、すでに下着姿になっていたからだ。早っ!

「はっ!わっ!すみません!」

「あはは、何恥ずかしがっちゃってぇ~。女の子同士なんだからいいよ別に」

いやいやいやいや、意外にそういうの気にしないのね、この方は。


俺は動揺して目を泳がせた時、奇妙な物を見た。

深雪先輩の胸の下から反対の脇腹にかけて、白い、長い傷跡がある。傷の両側が薄赤く盛り上がっていて、元来白い肌の上で妙に目立った。



俺の視線の意味を勘違いした先輩は、

「上から92、69、84だよぉ♪」

「先輩…すごい…じゃなくてっ!」

「ん?…ああ~、これかぁ」

深雪先輩は傷に指を滑らせると、いつもと変わらずのんびり笑った。

「これはね、名誉の負傷だよ~」

そういう深雪先輩には、暗そうなところは全く無い。

むしろ、ちょっと自慢げだ。

正直に白状すると、俺は結構深刻なことを想像してしまっていた。

「いつか、この傷のことを話さなきゃいけなくなるかもね」

深雪先輩はそう言って上品なウインク。俺は首を傾げた。何か…『秘密』のニオイがする。

「春ちゃん着替えるの遅いよぉ」

俺と話した数秒のうちに、深雪先輩は面倒くさいピンクのふわふわドレスをほぼ着終わっていた。

俺が遅いんじゃなくてあなたが早いんですよ!忍者か何かですかあなたはっ!

「早く着替えてあげないと九条君がかわいそうだよ~」

「…よけい着替えたくなくなりました…」

「じゃ~わたしが着せたげる~♪」

「い、結構です…ひゃっ!」





なんとか(色々あった後)着替え終わった俺たちは、並んで鏡を見た。

深雪先輩はいわゆる『お姫様ドレス』で、ふわっとした長い茶髪は上品なシニョンにしている。

俺は、黒いゴスロリのワンピースに、白いソックスとレースのエプロン、ヘッドドレス。まあ、いわゆる『メイドさん』。

けど、本職の人はこんなにびらびらレース付けたりしないはずだ。邪魔だし、汚れるだけだろ?ぁんでこんな罰ゲームみたいなことしなきゃならんのだ。

「春ちゃんかぁいい~!」

「先輩かわいいです」

俺たちは言葉が被って、思わず顔を見合わせて笑った。




部屋を出ようとして、深雪先輩がドアノブに手を掛けた時だ。

「ま、押すなっ」

「見えねぇじゃんか。あっち行けよ速水ぃ」

「あれ、新道先輩いつの間に…」

「ぼくも男だからね~♪」

「冬斗、お前は深雪の着替えとか見慣れてるだろ」

「んなわけねぇだろがっ!俺にそんな趣味ねぇっ!」

「でも、ち~っちゃい頃は一緒にお風呂入ったりしたんだろ?」

「むっ、ぐっ…仕方ないだろそれはぁ~…」

深雪先輩は俺を振り返ってにっこり笑うと、

「おばぁかさ~ん!なんて話してんの!」

いきなり(おそらく悪意をもって)ドアを勢いよく開けた。この一撃で、ドアにぴったり顔を近づけていた五人がドアと壁に挟まれて「ぶきゃっ」と変な声を上げる。

「あれ、気のせいか。誰もいないなぁ」



にこにこ顔の深雪先輩を見て、やっぱりETCの生態系の頂点にいるのはこの人なんだなあとしみじみ思った俺である。




次回→

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。