この小説の一回目の投稿はこちら
←前回
二十五、今日からいつもの
文化祭が終わり、休日が過ぎ、すべては普段通りに戻った。
思えば入学当日から…入学当日にこのETCに誘われたその日から、俺たちはこの『文化祭』に向かって猛進していたと思う。だから、『普段通り』には不自然さしか無い。
勉強して、昼飯、そしてまた勉強。
ふと気が付くと、あの文化祭の残り香でもただよっていないか、なにか跡のようなものがないかとあたりを見回してみて、そして寂しくなる。
文化祭が終了したその日のうちに、全ての装飾が壁や天井から外され、元のように机やイスや教卓が運び込まれ、床にこぼれた絵の具を拭きとった。紙くずやダンボールの端だけでなく、時間と手間をかけて作ったオブジェや看板も、全て一まとめにして『業務用ごみ袋』に突っ込まれる。
なかにはちょっとした飾りを記念に持って帰った人もいたが…俺は、何も持って帰らなかった。
そんな物は、文化祭の準備が始まってから、文化祭本番が終わるまでの間にだけ魔法がかかっているカボチャの馬車のようなものだ。家に持って帰ったら、きっと色あせて、魔法がとけてしまうだろう。
十二時を過ぎても魔法がとけないガラスの靴は、俺たちの思い出の中だけにある。…なんてな。我ながらクサいセリフだった。忘れてくれ。
普段通り三日目。
俺と早瀬と青柳弟は、三人だけで静かな部室にいた。
俺は全盛期のスカコアバンド『バルサムブルー』の名曲を片耳イヤホンで聞きながら笹かまをかじり、早瀬と青柳弟が七並べするのを見物していた。三回戦やって、二回勝ったほうが最後のタブンカットをもらえるという大勝負だ。
「ローホーだぜぇ!」
いきなり、部長がハイテンションで平安な部室に乱入した。
文化祭が終わってから今日までは河童に尻子玉を抜かれたようになっていたのに、えらい元気だ。その勢いでカードが舞い散る。
怒って立ち上がった青柳弟に、部長は白い紙を突きつけた。
「見ろっ!『ぶ・か・つ・こ・う・に・ん・きょ・か・しょ・う』だっ!校長のサインと生徒会のハンコと、五人以上集まった部員の名前と、希望する部活の場所と…そしてぇ顧問のサインと正式な部活名を入れて提出すりゃいいとよっ!あ、一週間以内って提出期限アリだけんどな」
どこのものとも知れぬ方言(?)を交えながら海野がまくし立て、俺は早瀬と顔を見合わせた。
「…おーい、一年!そこびっくりして『きゃー!』とか『うれしー!』とか言うとこだろ?」
『きゃー』とか『うれしー!』とか裏声で言いながら両手をグーにしてあごに当ててる部長は、かなり残念なイケメンだ。早瀬が申し訳なさそうに状況説明。
「さっき速水先輩に聞いたんで…」
「うおっ!あの野郎余計なことをしよってからに」
ぶつくさ言う部長。
「それでお前、ビッグママはどうした?サインもらうんだろ、連れてこないと。」
すっかりカードのことは水に流した青柳弟が、部長と同じくらい興奮して言った。腰に手を当ててそっくり返る部長。
「へへん、その点も抜かり無いぜ。さっき深雪が呼びに…」
話の途中でドアがいきなり開いて、当の深雪先輩が切羽詰った顔で飛び込んできた。しかも今にも泣き出しそうだ。
「はぁ、はぁ、ねぇ、大変大変!おっこったんだって!崖!大変!死んじゃわないよねっ!?でね、見つかんなくてね、探されたんだけどね、」
動揺して何を伝えたいのかがさっぱり伝わってこない深雪先輩の肩を、部長がとんとんと叩いた。
「落ち着け。何が言いたいのか、まぁ~ったく分からん」
深雪先輩は目をつぶって深呼吸を二回すると、肩にのっている部長の手を払いのけて言った。
「マイマイが土曜日、山奥でサバゲ中に崖から落ちたんだってっ!」
部室は一気に静まり返った。
「…それ、ほんとか?」
部長が疑り深そうに言うと、深雪先輩はコクンと頷いた。
「私、稲津先生探したんだけど見つからなくて、先生と仲のいい琴田先生のところに行ったの。そしたら崖から落ちたって…」
「どこの病院にいるんだ!?ってか、生きてんの!?」
「分からないよぉ~」
「なんでそんな大事なこと訊かなかったんだよ!」
「だって…」
深雪先輩がヒクッとしゃくり上げると、部長は気まずそうに黙った。
「と、とにかく!こりゃ公認どうこうの問題じゃないぜ!情報収集…あ?」
海野が急に間の抜けた声を出し、俺たちは一斉に海野の視線の先を見つめた。
そこには、いつからともなく稲津先生が立っていた。松葉杖を片手に、頭と手足には包帯を巻いている。そしてちょっと口の端で笑い、
「私は病院が大嫌いでね。医者に、あんたは元気すぎるからさっさと出て行けと言われたしな。それに…」
稲津先生は、自分を見つめている五人を順番に見渡した。
「この部活の顧問を、他人に譲りたくないんでね」
深雪先輩はとうとう声を上げて泣いてしまい、いきなり抱きつかれた稲津先生の手から松葉杖が吹っ飛んだ。
次回(あとがき)→
←前回
二十五、今日からいつもの
文化祭が終わり、休日が過ぎ、すべては普段通りに戻った。
思えば入学当日から…入学当日にこのETCに誘われたその日から、俺たちはこの『文化祭』に向かって猛進していたと思う。だから、『普段通り』には不自然さしか無い。
勉強して、昼飯、そしてまた勉強。
ふと気が付くと、あの文化祭の残り香でもただよっていないか、なにか跡のようなものがないかとあたりを見回してみて、そして寂しくなる。
文化祭が終了したその日のうちに、全ての装飾が壁や天井から外され、元のように机やイスや教卓が運び込まれ、床にこぼれた絵の具を拭きとった。紙くずやダンボールの端だけでなく、時間と手間をかけて作ったオブジェや看板も、全て一まとめにして『業務用ごみ袋』に突っ込まれる。
なかにはちょっとした飾りを記念に持って帰った人もいたが…俺は、何も持って帰らなかった。
そんな物は、文化祭の準備が始まってから、文化祭本番が終わるまでの間にだけ魔法がかかっているカボチャの馬車のようなものだ。家に持って帰ったら、きっと色あせて、魔法がとけてしまうだろう。
十二時を過ぎても魔法がとけないガラスの靴は、俺たちの思い出の中だけにある。…なんてな。我ながらクサいセリフだった。忘れてくれ。
普段通り三日目。
俺と早瀬と青柳弟は、三人だけで静かな部室にいた。
俺は全盛期のスカコアバンド『バルサムブルー』の名曲を片耳イヤホンで聞きながら笹かまをかじり、早瀬と青柳弟が七並べするのを見物していた。三回戦やって、二回勝ったほうが最後のタブンカットをもらえるという大勝負だ。
「ローホーだぜぇ!」
いきなり、部長がハイテンションで平安な部室に乱入した。
文化祭が終わってから今日までは河童に尻子玉を抜かれたようになっていたのに、えらい元気だ。その勢いでカードが舞い散る。
怒って立ち上がった青柳弟に、部長は白い紙を突きつけた。
「見ろっ!『ぶ・か・つ・こ・う・に・ん・きょ・か・しょ・う』だっ!校長のサインと生徒会のハンコと、五人以上集まった部員の名前と、希望する部活の場所と…そしてぇ顧問のサインと正式な部活名を入れて提出すりゃいいとよっ!あ、一週間以内って提出期限アリだけんどな」
どこのものとも知れぬ方言(?)を交えながら海野がまくし立て、俺は早瀬と顔を見合わせた。
「…おーい、一年!そこびっくりして『きゃー!』とか『うれしー!』とか言うとこだろ?」
『きゃー』とか『うれしー!』とか裏声で言いながら両手をグーにしてあごに当ててる部長は、かなり残念なイケメンだ。早瀬が申し訳なさそうに状況説明。
「さっき速水先輩に聞いたんで…」
「うおっ!あの野郎余計なことをしよってからに」
ぶつくさ言う部長。
「それでお前、ビッグママはどうした?サインもらうんだろ、連れてこないと。」
すっかりカードのことは水に流した青柳弟が、部長と同じくらい興奮して言った。腰に手を当ててそっくり返る部長。
「へへん、その点も抜かり無いぜ。さっき深雪が呼びに…」
話の途中でドアがいきなり開いて、当の深雪先輩が切羽詰った顔で飛び込んできた。しかも今にも泣き出しそうだ。
「はぁ、はぁ、ねぇ、大変大変!おっこったんだって!崖!大変!死んじゃわないよねっ!?でね、見つかんなくてね、探されたんだけどね、」
動揺して何を伝えたいのかがさっぱり伝わってこない深雪先輩の肩を、部長がとんとんと叩いた。
「落ち着け。何が言いたいのか、まぁ~ったく分からん」
深雪先輩は目をつぶって深呼吸を二回すると、肩にのっている部長の手を払いのけて言った。
「マイマイが土曜日、山奥でサバゲ中に崖から落ちたんだってっ!」
部室は一気に静まり返った。
「…それ、ほんとか?」
部長が疑り深そうに言うと、深雪先輩はコクンと頷いた。
「私、稲津先生探したんだけど見つからなくて、先生と仲のいい琴田先生のところに行ったの。そしたら崖から落ちたって…」
「どこの病院にいるんだ!?ってか、生きてんの!?」
「分からないよぉ~」
「なんでそんな大事なこと訊かなかったんだよ!」
「だって…」
深雪先輩がヒクッとしゃくり上げると、部長は気まずそうに黙った。
「と、とにかく!こりゃ公認どうこうの問題じゃないぜ!情報収集…あ?」
海野が急に間の抜けた声を出し、俺たちは一斉に海野の視線の先を見つめた。
そこには、いつからともなく稲津先生が立っていた。松葉杖を片手に、頭と手足には包帯を巻いている。そしてちょっと口の端で笑い、
「私は病院が大嫌いでね。医者に、あんたは元気すぎるからさっさと出て行けと言われたしな。それに…」
稲津先生は、自分を見つめている五人を順番に見渡した。
「この部活の顧問を、他人に譲りたくないんでね」
深雪先輩はとうとう声を上げて泣いてしまい、いきなり抱きつかれた稲津先生の手から松葉杖が吹っ飛んだ。
次回(あとがき)→