【ツカナ制作所】きまぐれ日誌

ガラス・金工・樹脂アクセサリー作家です。絵も描いております。制作過程や日常の話、イベント告知等。

【連載】ETC、始動 ―31―

2016-04-28 19:07:38 | 【連載終了】ETC、始動
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静かなジャズが流れ出し、俺はうっかり布に触れないように努力して花瓶を右手に構えた。

花瓶には花…百均で買った造花のバラが生けられている。


青柳弟の右足が、観客にバレないように軽く床を叩いた時、俺は最大の注意をはらって花瓶を机の上にのせた。

この時観客席からは、青柳弟が机の前に赤い布を広げているだけに見えるはずだ。

俺が手を引っ込めた瞬間にその布は取り去られ、どこからとも無く現れたバラの花瓶に観客は驚きの声を上げ、笑いながら拍手する。俺は窮屈な姿勢のまま、誰にも見えないガッツポーズをした。



次に(俺には見えないけど)青柳弟が机の上にリンゴを置き、その布の後ろに自分の顔も隠した。

そして、トン、と小さく床に合図。

リンゴをかじっているような効果音が流れ、その間に俺は丸のままのリンゴを芯だけのものと取り替えた。布を取り除けて口をもぐもぐさせるイケメン手品師のおどけた仕草に、女子の一部が歓声を上げる。


この手のネタの後で曲調が変わり、全身黒子衣装に身を包んだ不審な部長が、大きな縦長の箱を抱えて来た。

赤い地に黄色の模様のカラフルな外見の箱だが、その正体は四枚の襖を組み合わせ、画用紙を画鋲で貼り付けただけという代物だ。


俺は部長の手で机と一緒に片付けられると、机の下から這い出して赤い布や小道具をさっさと片付けた。



その間に手品師は適当に観客を指名すると、ステージに上がらせた。長めの髪、ひっきりなしにクスクス笑っている女子だ。

その女子の連れと分かるグループがキャアキャア笑う。

そして手品師はその子の耳に何事かささやいて、箱の中に入れて扉を閉め、駆け寄ってきた黒子からサーベルを受け取った。

曲がサビに差し掛かり緊張が高まってゆく。


サーベルが照明を反射して光り、観客は押し黙って手品師の一挙一動を見守る…。



サーベルは、ゆっくりと箱の真ん中に横に引かれた細い隙間に滑り込んだ。そして刃は箱の中身を真横に切り裂いたっ!






…かのように見えた。

実はこのサーベル、サーベルではない。

マジックハンドというオモチャがあるが、あれと同じ仕組みだ。

刃の部分は、何かに押し付けるとバネのように縮み、逆に普通の状態ならば伸びきったままでサーベルの形を保っている。(作者はもちろん青柳弟。ああ見えて手先は器用らしい。)

箱の隙間も隙間ではなく、黒い画用紙を細めに切って貼りつけただけだ。

「ぎゃぁぁああああああああああああああああ!!!」







…と、これも、ただの効果音だ。中の人がバラバラになる心配は無い。


しかし、再び開かれた箱の中には、人影は、無い。

客席はざわめき、手品師は恐ろしいまでに妖しい笑みを浮かべた。数人の女子が楽しそうに悲鳴を上げる。

そして手品師は自らその箱に入り、扉がゆっくりと閉まる。


その時、ホール内に足音の効果音が響き始めた。

走っている足音、

じょじょに遠ざかっていく足音…




そして次にその扉が開いた時、そこには消えたはずの観客、クスクス笑いの女子が立っていた。









拍手と歓声が響くホールの照明が落ち、誰の目も暗闇に慣れないうちに『魔法の箱』は勝手に歩いて舞台袖に隠れた。

「第二ラウンド完了」

舞台袖にて。不敵な笑みを浮かべた手品師…青柳弟は、俺に向かって右のこぶしを差し出した。

「…?」

「ほれ。いい仕事だったからな」

「…当たり前です」

俺は仕方なく、青柳弟とこぶしを付き合わせた。今日のところは一時休戦だ。




だが、いつか俺のことを「ちっちゃい」なぞとのたまった事、必ず後悔させてやる。


次回→

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