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五、鬼とバカとバカとバカと楽観主義者。
「…あのー」
「なあに?」
「深雪先輩…あの…冗談ですよね。まさか、お…ワタシにこんな役…」
「がんばって~♪」
「…先輩」
「なあに?」
「無茶です」
「じゃあ、私の役と交換する?」
「…いえ。」
「よろしい」
鬼だ。
この人、美しき仮面を被った鬼だ。
俺は早瀬に詰め寄って低い声でささやいた。
「…早瀬」
「な、ななななななに!?」
明らかに動揺する早瀬。俺はその気になれば、恐い声だって出せる。
「この脚本書いたのは早瀬だよなぁ?」
「…うん。」
「夜道では背中に気をつけな。」
俺は、手元の薄い脚本を繰るごとに自分の表情が引きつるのを感じた。なぜこんなことになったのか。
全ての元凶は、三日前にある。
「よーっし、案出せっ!どんどん出せっ!」
海野が机を両手でパンパン叩きながら、銀行強盗のように怒鳴った。
一々五月蝿い部長だ。
「ちゃんと考えてきてない奴は、鼻でアイス食えよっ!」
そう言いながら、海野は見下したような表情で傍らからレポート用紙を五枚ほど取り出して机に広げた。
青柳弟は、その上に十枚ほどのレポート用紙を加えた。
深雪先輩は、厚さ一センチくらいのレポート用紙の束をさらにのせた。
俺たち二人は、厚さ三センチの束をまた上に重ねた。
「…海野」
青柳弟は静かに言うと、海野に期限切れのコンビニアイス割引券を差し出した。
「…い、いや!ちょっと待て!」
海野が、引きつった笑みを浮かべてかすれ声を出す。額を伝うあれは汗か涙か雨粒か。
「一番重要なのは、どの案が一番使えるか、だろ?量出したって、全部ダメだったら意味ないし…量より質だ!質!」
「そうだな…確かに。」
青柳弟が、またもや静かに言った。わずかに口角が上がっている。
これは何かを期待し、もしくは確信した笑みだ。
正直言って、海野が出した案のほとんどはク…冗談みたいなものばかりだった。
「…えっと、海野の六個目。最後。『びやぼん演奏』。何だよびやぼんって」
青柳弟が、楽しそうに言った。
「お前、びやぼん知らないの?おっくれてるゥ~」
対する海野は、これまた笑顔でかつ妙な汗をかいている。
「ほれ見ろ、これだっ」
海野は、懐から印籠…ではなく、奇妙なオモチャのような物を取り出した。
見たところ金属製で、鍵穴に似た形。先の曲がった針金が付いている。それを口に当てると、海野は出っ張った針金を弾いた。
「『びょい~~~~~ん』」
どこかで聞いたような奇妙な音が、静かな部室に響いた。全員固まったまま、目をフクロウのようにぱちくりさせている。
青柳弟が、静かに口を開いた。
「…海野?」
「面白い楽器だろ?びやぼん部から借りてきた。受けるぜ」
俺が呆れている間に、青柳弟は素早く海野にヘッドロックをかました。
真顔の高校生が五人、立ったままこれを吹いて(?)いるところはなかなかシュールだろう。奇抜さという点は満点だし、そう悪くない…と思ったのは俺だけか。
少なくとも、その後決まった事に比べれば、かなりマシだった。
「ヘェ~!いいじゃ~ん」
「はあ、やるなあ一年!優秀優秀!」
「びやぼんと互角くらいにいい案だな…イテッ」
早瀬の、例の『魂入れ替わり劇』は、かなり受けがよかった。
コンセプト自体は俺も分かったが、早瀬はこっそり書いているらしい脚本を俺にかたくなに見せようとしない。
「問題は、話のストーリーを考えるのと、練習が間に合うかだな。衣装は最悪でもどうにか…」
なんとなく流れも手伝って、出し物は劇に決まりそうになった。その時、海野がさらっととんでもない事を言い出した。
次回→
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五、鬼とバカとバカとバカと楽観主義者。
「…あのー」
「なあに?」
「深雪先輩…あの…冗談ですよね。まさか、お…ワタシにこんな役…」
「がんばって~♪」
「…先輩」
「なあに?」
「無茶です」
「じゃあ、私の役と交換する?」
「…いえ。」
「よろしい」
鬼だ。
この人、美しき仮面を被った鬼だ。
俺は早瀬に詰め寄って低い声でささやいた。
「…早瀬」
「な、ななななななに!?」
明らかに動揺する早瀬。俺はその気になれば、恐い声だって出せる。
「この脚本書いたのは早瀬だよなぁ?」
「…うん。」
「夜道では背中に気をつけな。」
俺は、手元の薄い脚本を繰るごとに自分の表情が引きつるのを感じた。なぜこんなことになったのか。
全ての元凶は、三日前にある。
「よーっし、案出せっ!どんどん出せっ!」
海野が机を両手でパンパン叩きながら、銀行強盗のように怒鳴った。
一々五月蝿い部長だ。
「ちゃんと考えてきてない奴は、鼻でアイス食えよっ!」
そう言いながら、海野は見下したような表情で傍らからレポート用紙を五枚ほど取り出して机に広げた。
青柳弟は、その上に十枚ほどのレポート用紙を加えた。
深雪先輩は、厚さ一センチくらいのレポート用紙の束をさらにのせた。
俺たち二人は、厚さ三センチの束をまた上に重ねた。
「…海野」
青柳弟は静かに言うと、海野に期限切れのコンビニアイス割引券を差し出した。
「…い、いや!ちょっと待て!」
海野が、引きつった笑みを浮かべてかすれ声を出す。額を伝うあれは汗か涙か雨粒か。
「一番重要なのは、どの案が一番使えるか、だろ?量出したって、全部ダメだったら意味ないし…量より質だ!質!」
「そうだな…確かに。」
青柳弟が、またもや静かに言った。わずかに口角が上がっている。
これは何かを期待し、もしくは確信した笑みだ。
正直言って、海野が出した案のほとんどはク…冗談みたいなものばかりだった。
「…えっと、海野の六個目。最後。『びやぼん演奏』。何だよびやぼんって」
青柳弟が、楽しそうに言った。
「お前、びやぼん知らないの?おっくれてるゥ~」
対する海野は、これまた笑顔でかつ妙な汗をかいている。
「ほれ見ろ、これだっ」
海野は、懐から印籠…ではなく、奇妙なオモチャのような物を取り出した。
見たところ金属製で、鍵穴に似た形。先の曲がった針金が付いている。それを口に当てると、海野は出っ張った針金を弾いた。
「『びょい~~~~~ん』」
どこかで聞いたような奇妙な音が、静かな部室に響いた。全員固まったまま、目をフクロウのようにぱちくりさせている。
青柳弟が、静かに口を開いた。
「…海野?」
「面白い楽器だろ?びやぼん部から借りてきた。受けるぜ」
俺が呆れている間に、青柳弟は素早く海野にヘッドロックをかました。
真顔の高校生が五人、立ったままこれを吹いて(?)いるところはなかなかシュールだろう。奇抜さという点は満点だし、そう悪くない…と思ったのは俺だけか。
少なくとも、その後決まった事に比べれば、かなりマシだった。
「ヘェ~!いいじゃ~ん」
「はあ、やるなあ一年!優秀優秀!」
「びやぼんと互角くらいにいい案だな…イテッ」
早瀬の、例の『魂入れ替わり劇』は、かなり受けがよかった。
コンセプト自体は俺も分かったが、早瀬はこっそり書いているらしい脚本を俺にかたくなに見せようとしない。
「問題は、話のストーリーを考えるのと、練習が間に合うかだな。衣装は最悪でもどうにか…」
なんとなく流れも手伝って、出し物は劇に決まりそうになった。その時、海野がさらっととんでもない事を言い出した。
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