昨日は、がんばってライブ更新をしました。
しかし、大きな恐怖が私をつつんでいました。
なんせ、このブログを知っている友人達は、私とともに、レポートした「同人即売会」へ。そしてそれ以外の友人は、どうやらいろいろあったようで、下手すれば、
「ライブしたことを誰も見ていない」という状況を引き起こす可能性があったわけです・・・。
そうなったら涙ですね、マジで。
・・・しかし、報いはありました。
このブログを開始して以来、一番の閲覧者の数を得ました!!
ありがとうございます。(感激!!)
これからもがんばっていきますので、ぜひ、お越しください。m(_ _)m
・・・と、言うことでスキーの話題です。(←まったく関連無し)
実は私、スキーできます。
たぶん、滑るだけなら、どんな斜面でもこけずに滑れると思っています。
しかし、ここに至るまではいろいろあったんですよ・・・。
まず、何がきっかけではじめたのかというと、中学2年で行った、「スキー教室」なるものがきっかけなんです。
首都圏の中学校で、雪が降るのはまれ。
・・・もちろんスキーなんて、経験者を親に持つか、お金持ちでない限り、まったく縁のないスポーツなんです。
そこで、教養というか、興味というかを深めるために、首都圏の中学校では、「スキー教室」なるものを泊りがけで開き、スキーに興味を持ってもらおうというわけだったのです。
当然、私もその時までスキーにまったく縁がなくすごしてきました。
そのまま行けば普通にやり過ごしていいイベントだったわけなんですが、仕入れてしまったんです。特上の情報を・・・。
当時私が好きだった女の子が、
「参加する!」
という事だったんです・・・。
中学生の私にとって、同じ空間の空気を吸えるだけで幸せだったわけで(そこ、キモイとか言わない。)、それが二泊三日の旅行となればまさに、
「天にも昇る気持ち」
・・・だったわけです。
それからは、必死でしたよ。
なんせ彼女はスキー経験者。未経験者の私とは天と地ほどの差があるわけです。
何とか親を説得し、スキー教室に参加することを承諾させたとしても、私がド下手であれば、「これを機に急接近!」どころか、永遠に縮められない距離を「さらに広げる」わけです。(別名、「傷口にハバネロ」)
・・・だから、
だましましたよ、友人を。(てへっ!)
スキー経験者のY君のを引っ掛けて、「ザウス」(「ららぽーと」が当時経営していた巨大生コン工場・・・もとい、国内最大級の室内スキー場)にいったんです。
それどころか、足を確保するために、Y君のお父さんを連れ出し、さらに未経験者教室を演出するために同じく未経験者だったS君を引っ張りこんだわけです・・・。
これでOK。少なくとも未経験者となることは無い。
・・・しかしそれだけでは万全とはいえません。
次に手に取ったのは、「中学体育」の教科書。
これを真剣に読んだのは、後にも先にもこの一回でした。(「保健」ならあるんだけどな。←自爆)
いや、おそらく皆さんだって読んだ記憶ないでしょ?
「中学体育」なんて。
でもちゃんと教科書あるんですよ、体育にも。
そ・し・てっ!
『一番後ろ』
にある、
『ちょろっとだけ』
載っていたスキーの項目を、それこそ
『暗誦できるまで』
読み込んだわけですよ。
できるわけない(当時はそうは思わなかったけど)のに、シュテムターンとか、パラレルターンとか(ともに足をそろえて曲がる滑り方)、必死で覚えたわけです。
(←この辺までの行動力が若さです。涙)
これでもう準備万端。
俺は普通の未経験者と違うんです。
少なくとも、Sには絶対負けません。
きっといつでも山のてっぺんから、
『ものすごく格好良く』
滑ってこれるはずです。
そして「ザウス」当日。
Yと、Y父に、Sと一緒に、とりあえず基本のこけ方から教えてもらい、徐々に初級者コースで練習したり、しはじめたわけです。
Sも私も、スキー未経験者でしたが、そこはそれ、賭ける意気込みが違います。(←お馬鹿。)
しばらく滑っていくと、Sとの差が如実に現れるわけです。
Y「すごいね~、山さん。」
私「いや~、それほどでも・・・。 教科書読んできたしね。」
Y「教科書読んだだけじゃ、そうはいかないんじゃない? もしかして、『天才』?」
・・・今思えば、あれはY君の社交辞令だったんです。
しかし当時の私には、それに気づく器量も無く、額面どおり受け取りました・・・。(涙)
そして2・3時間すべり続けた私は、とうとう言い出すわけです、あの、一言を・・・。
私「ねえねえ、Y君・・・。」
Y「何?」
私「ここじゃつまんないからさ、『上いってみない』?」
私たちが最初滑っていたのは、初心者コース(斜度6度くらい)で、そこでS君と練習を繰り返していたわけです。
しかし、Y君やそのお父さんは経験者ですから、そのうち中級者コース(12,3度くらい)に何度か行きだすわけです。
お父さんがすべっているのは分かるとしても、同い年のY君が滑れるなら『天才』である、
『俺に滑れないわけが無い』
・・・と、思いこんでいたわけです。(いやぁ、若かった・・・。)
そこで必死で止めるお父さんと、とめはすれどもあまり本気にしていないY君の制止を振り切り、頂上へのリフトに乗ったわけです。
・・・今でも軽い身震いをしていたのを覚えています。
しかしそれはそれ、天才である私にできない滑りなんて無いわけです。(ボーゲンしか滑ってなかったけど・・・。)
長い長いリフト(私にはそう思えた)が、とうとう頂上に着き、斜面へとかるくカーブしながらすべって行くわけです。
そして、初めて目にした中級者の斜面は・・・。
「壁・・・?」
もしくは、
「・・・崖。」(うん、納得、と、思わずうなずいていました。)
今でこそ「滑るだけ」ならどんな斜面でも滑れる自信はありますが、当時の私にとって、12、3度の斜面は、『崖』以外の何物でもなかったわけです。
・・・とはいえ、私にも意地があります。
制止を振り切ってきたという、プライドもあります。
引きつる顔を必死で抑え、心配するY君に「大丈夫」と返します。
・・・両脚『ブルブル』。
・・・膝は『ガクガク』。
・・・心臓『バクバク』・・・。
意を決してすべり出す私、しかし・・・。
0.5秒で雪と熱い抱擁。(笑)
それこそ、
ゲレンデの雪が融けるほどの抱擁でした。
・・・摩擦でね。涙
だって・・・、
・・・いろいろコブだらけだったんだもん。
・・・周りに人がいすぎるんだもん。
・・・斜面が『急』なんだもん・・・。(←だったら滑るなよ。)
ふもとまでの約600m(くらいだったはず)、20回以上こけました。
それでも、「30mくらいは滑ったんじゃん」って、思うでしょ?
・・・下のほう約250mは初心者コースで、さっきまでこけずに滑ってた斜面なんです。(ここまでたどり着いたときは本当に安心したな。)
しかも、
途中二回ほど、20mくらいの平坦な休憩コースが挟まれているんです。
つまり半分はこけないのが当たり前のコース。
それでも残りは約300mですから、「初めて滑って、15mも滑れるならたいしたもんじゃん」と思ってくれるかも知れないんですが、大半は・・・。
滑るんでなく、
「ずり落ちてました」(涙)
スピード出てないんですよ、怖いから。
・・・すると、よく漫画であるような、「雪だるまになるくらいに転げ落ちる」ってんじゃ無くて、ただ、「流れに身を任せずれ落ちるのみ」になるんです・・・。
それでも下に降りれるだけ神に感謝したかったですね。
マジで「どうやったら下にいけるんだ?」ってそればっかり考えてましたもん。
おそらく30分はかかったんじゃないかな?
どれだけ斜面に穴を創ったことか・・・。
しかもその横をいろいろな人がすべり降りていくわけですよ。
かっこいいんですよ。
それは仕方ない。
次に横をとおりすぎるのは・・・、
おそらく物心ついていない5歳くらいの男の子。(涙)
自分、情けなかったっす・・・。
そのうちY君も心配してもう一度すべって来てくれたんですけど、
Y「おおっ、山さん大丈夫?」
私「うん、何とか・・・。(←はっきり言って手一杯)」
Y「そうか、じゃ!」
・・・どうやら未経験者のおもりに飽き飽きしていたようです・・・。(滝涙)
都合3回ほどY君に抜かれ、やっとこさたどり着いたふもとには、すでにみんながおなかをすかせて待っていました。
三時間の時間制だったんで、すでにぎりぎりいっぱいだったんですよ。
その後、Y君のお父さんにおごってもらって、夕飯食べて帰りました。
正直言って痛かったですよ、次の日。
からだ中あざだらけ。
そんなこんなですから、結局「スキー教室」では、好きな女の子とは一緒に滑れず(彼女は「中級者グループ」でゲレンデをすべり、私は「初心者グループ」で林間コースをひた滑ってました。)、「ザウス」が女の子との急接近を演出しては、くれなかったんです。
・・・が、それでスキーの魅力に取り付かれてしまったわけです。
生来の負けず嫌いゆえに、「絶対滑れるようになってやる」と・・・。
もちろんそれだけでなくて、直滑降(斜面をひたすらスピードだしてまっすぐ滑る滑り方です。人が多いとぶつかったりして危険なので、「やってはいけません!」)のスピード感が、「人間一体では創り出せないもの」だった事も大きな要因の一つでしょう。
高校時代も大学時代もお金とは無縁の生活をしていましたから、贅沢なんてそうそうできなかったし、実際中学の「スキー教室」でちゃんとしたスキー場に行って以来、人生二度目の「普通のスキー場体験」は、大学1年の時(これも今度レポートします)でしたが、それでも毎年何かしらの形でスキーに行くほどになったわけです。
今ではこけるのも楽しいという感覚でして、基本はスキーボードとか、ファンスキーとか言われる(ちがいがよく分からないんですが)、90cmくらいの短くて、太目の板をはいて滑っています。
ジャンプとかもできるんですよ、それだと。(スケボーとかと一緒でトリックというそうです。)
いまは、くるくる回りながら滑るとか、つま先を持ちあげながら滑るとかして(こういうのを地上でやるトリックという意味で、グランドトリックというそうです。)、楽しんでいます。
ぜひ、皆さんも、スキーをやってみてください。きっとはまりますよ!
・・・ただ、2005年の3月、ジャンプ台(といっても原田とか、舟木とかのジャンプではなく、斜面に突き出た形の小さなジャンプ台です)で、ジャンプをしたら、見事に半回転をして、首の骨折りました。(マジです。これもレポートします。)
それでも、今年も「スキー行きたいな~。」って言ってたら友人に・・・。
「あんたも懲りないね、じゃなきゃ、馬鹿でしょ?」
って言われました。(てへっ!!)
しかし、大きな恐怖が私をつつんでいました。
なんせ、このブログを知っている友人達は、私とともに、レポートした「同人即売会」へ。そしてそれ以外の友人は、どうやらいろいろあったようで、下手すれば、
「ライブしたことを誰も見ていない」という状況を引き起こす可能性があったわけです・・・。
そうなったら涙ですね、マジで。
・・・しかし、報いはありました。
このブログを開始して以来、一番の閲覧者の数を得ました!!
ありがとうございます。(感激!!)
これからもがんばっていきますので、ぜひ、お越しください。m(_ _)m
・・・と、言うことでスキーの話題です。(←まったく関連無し)
実は私、スキーできます。
たぶん、滑るだけなら、どんな斜面でもこけずに滑れると思っています。
しかし、ここに至るまではいろいろあったんですよ・・・。
まず、何がきっかけではじめたのかというと、中学2年で行った、「スキー教室」なるものがきっかけなんです。
首都圏の中学校で、雪が降るのはまれ。
・・・もちろんスキーなんて、経験者を親に持つか、お金持ちでない限り、まったく縁のないスポーツなんです。
そこで、教養というか、興味というかを深めるために、首都圏の中学校では、「スキー教室」なるものを泊りがけで開き、スキーに興味を持ってもらおうというわけだったのです。
当然、私もその時までスキーにまったく縁がなくすごしてきました。
そのまま行けば普通にやり過ごしていいイベントだったわけなんですが、仕入れてしまったんです。特上の情報を・・・。
当時私が好きだった女の子が、
「参加する!」
という事だったんです・・・。
中学生の私にとって、同じ空間の空気を吸えるだけで幸せだったわけで(そこ、キモイとか言わない。)、それが二泊三日の旅行となればまさに、
「天にも昇る気持ち」
・・・だったわけです。
それからは、必死でしたよ。
なんせ彼女はスキー経験者。未経験者の私とは天と地ほどの差があるわけです。
何とか親を説得し、スキー教室に参加することを承諾させたとしても、私がド下手であれば、「これを機に急接近!」どころか、永遠に縮められない距離を「さらに広げる」わけです。(別名、「傷口にハバネロ」)
・・・だから、
だましましたよ、友人を。(てへっ!)
スキー経験者のY君のを引っ掛けて、「ザウス」(「ららぽーと」が当時経営していた巨大生コン工場・・・もとい、国内最大級の室内スキー場)にいったんです。
それどころか、足を確保するために、Y君のお父さんを連れ出し、さらに未経験者教室を演出するために同じく未経験者だったS君を引っ張りこんだわけです・・・。
これでOK。少なくとも未経験者となることは無い。
・・・しかしそれだけでは万全とはいえません。
次に手に取ったのは、「中学体育」の教科書。
これを真剣に読んだのは、後にも先にもこの一回でした。(「保健」ならあるんだけどな。←自爆)
いや、おそらく皆さんだって読んだ記憶ないでしょ?
「中学体育」なんて。
でもちゃんと教科書あるんですよ、体育にも。
そ・し・てっ!
『一番後ろ』
にある、
『ちょろっとだけ』
載っていたスキーの項目を、それこそ
『暗誦できるまで』
読み込んだわけですよ。
できるわけない(当時はそうは思わなかったけど)のに、シュテムターンとか、パラレルターンとか(ともに足をそろえて曲がる滑り方)、必死で覚えたわけです。
(←この辺までの行動力が若さです。涙)
これでもう準備万端。
俺は普通の未経験者と違うんです。
少なくとも、Sには絶対負けません。
きっといつでも山のてっぺんから、
『ものすごく格好良く』
滑ってこれるはずです。
そして「ザウス」当日。
Yと、Y父に、Sと一緒に、とりあえず基本のこけ方から教えてもらい、徐々に初級者コースで練習したり、しはじめたわけです。
Sも私も、スキー未経験者でしたが、そこはそれ、賭ける意気込みが違います。(←お馬鹿。)
しばらく滑っていくと、Sとの差が如実に現れるわけです。
Y「すごいね~、山さん。」
私「いや~、それほどでも・・・。 教科書読んできたしね。」
Y「教科書読んだだけじゃ、そうはいかないんじゃない? もしかして、『天才』?」
・・・今思えば、あれはY君の社交辞令だったんです。
しかし当時の私には、それに気づく器量も無く、額面どおり受け取りました・・・。(涙)
そして2・3時間すべり続けた私は、とうとう言い出すわけです、あの、一言を・・・。
私「ねえねえ、Y君・・・。」
Y「何?」
私「ここじゃつまんないからさ、『上いってみない』?」
私たちが最初滑っていたのは、初心者コース(斜度6度くらい)で、そこでS君と練習を繰り返していたわけです。
しかし、Y君やそのお父さんは経験者ですから、そのうち中級者コース(12,3度くらい)に何度か行きだすわけです。
お父さんがすべっているのは分かるとしても、同い年のY君が滑れるなら『天才』である、
『俺に滑れないわけが無い』
・・・と、思いこんでいたわけです。(いやぁ、若かった・・・。)
そこで必死で止めるお父さんと、とめはすれどもあまり本気にしていないY君の制止を振り切り、頂上へのリフトに乗ったわけです。
・・・今でも軽い身震いをしていたのを覚えています。
しかしそれはそれ、天才である私にできない滑りなんて無いわけです。(ボーゲンしか滑ってなかったけど・・・。)
長い長いリフト(私にはそう思えた)が、とうとう頂上に着き、斜面へとかるくカーブしながらすべって行くわけです。
そして、初めて目にした中級者の斜面は・・・。
「壁・・・?」
もしくは、
「・・・崖。」(うん、納得、と、思わずうなずいていました。)
今でこそ「滑るだけ」ならどんな斜面でも滑れる自信はありますが、当時の私にとって、12、3度の斜面は、『崖』以外の何物でもなかったわけです。
・・・とはいえ、私にも意地があります。
制止を振り切ってきたという、プライドもあります。
引きつる顔を必死で抑え、心配するY君に「大丈夫」と返します。
・・・両脚『ブルブル』。
・・・膝は『ガクガク』。
・・・心臓『バクバク』・・・。
意を決してすべり出す私、しかし・・・。
0.5秒で雪と熱い抱擁。(笑)
それこそ、
ゲレンデの雪が融けるほどの抱擁でした。
・・・摩擦でね。涙
だって・・・、
・・・いろいろコブだらけだったんだもん。
・・・周りに人がいすぎるんだもん。
・・・斜面が『急』なんだもん・・・。(←だったら滑るなよ。)
ふもとまでの約600m(くらいだったはず)、20回以上こけました。
それでも、「30mくらいは滑ったんじゃん」って、思うでしょ?
・・・下のほう約250mは初心者コースで、さっきまでこけずに滑ってた斜面なんです。(ここまでたどり着いたときは本当に安心したな。)
しかも、
途中二回ほど、20mくらいの平坦な休憩コースが挟まれているんです。
つまり半分はこけないのが当たり前のコース。
それでも残りは約300mですから、「初めて滑って、15mも滑れるならたいしたもんじゃん」と思ってくれるかも知れないんですが、大半は・・・。
滑るんでなく、
「ずり落ちてました」(涙)
スピード出てないんですよ、怖いから。
・・・すると、よく漫画であるような、「雪だるまになるくらいに転げ落ちる」ってんじゃ無くて、ただ、「流れに身を任せずれ落ちるのみ」になるんです・・・。
それでも下に降りれるだけ神に感謝したかったですね。
マジで「どうやったら下にいけるんだ?」ってそればっかり考えてましたもん。
おそらく30分はかかったんじゃないかな?
どれだけ斜面に穴を創ったことか・・・。
しかもその横をいろいろな人がすべり降りていくわけですよ。
かっこいいんですよ。
それは仕方ない。
次に横をとおりすぎるのは・・・、
おそらく物心ついていない5歳くらいの男の子。(涙)
自分、情けなかったっす・・・。
そのうちY君も心配してもう一度すべって来てくれたんですけど、
Y「おおっ、山さん大丈夫?」
私「うん、何とか・・・。(←はっきり言って手一杯)」
Y「そうか、じゃ!」
・・・どうやら未経験者のおもりに飽き飽きしていたようです・・・。(滝涙)
都合3回ほどY君に抜かれ、やっとこさたどり着いたふもとには、すでにみんながおなかをすかせて待っていました。
三時間の時間制だったんで、すでにぎりぎりいっぱいだったんですよ。
その後、Y君のお父さんにおごってもらって、夕飯食べて帰りました。
正直言って痛かったですよ、次の日。
からだ中あざだらけ。
そんなこんなですから、結局「スキー教室」では、好きな女の子とは一緒に滑れず(彼女は「中級者グループ」でゲレンデをすべり、私は「初心者グループ」で林間コースをひた滑ってました。)、「ザウス」が女の子との急接近を演出しては、くれなかったんです。
・・・が、それでスキーの魅力に取り付かれてしまったわけです。
生来の負けず嫌いゆえに、「絶対滑れるようになってやる」と・・・。
もちろんそれだけでなくて、直滑降(斜面をひたすらスピードだしてまっすぐ滑る滑り方です。人が多いとぶつかったりして危険なので、「やってはいけません!」)のスピード感が、「人間一体では創り出せないもの」だった事も大きな要因の一つでしょう。
高校時代も大学時代もお金とは無縁の生活をしていましたから、贅沢なんてそうそうできなかったし、実際中学の「スキー教室」でちゃんとしたスキー場に行って以来、人生二度目の「普通のスキー場体験」は、大学1年の時(これも今度レポートします)でしたが、それでも毎年何かしらの形でスキーに行くほどになったわけです。
今ではこけるのも楽しいという感覚でして、基本はスキーボードとか、ファンスキーとか言われる(ちがいがよく分からないんですが)、90cmくらいの短くて、太目の板をはいて滑っています。
ジャンプとかもできるんですよ、それだと。(スケボーとかと一緒でトリックというそうです。)
いまは、くるくる回りながら滑るとか、つま先を持ちあげながら滑るとかして(こういうのを地上でやるトリックという意味で、グランドトリックというそうです。)、楽しんでいます。
ぜひ、皆さんも、スキーをやってみてください。きっとはまりますよ!
・・・ただ、2005年の3月、ジャンプ台(といっても原田とか、舟木とかのジャンプではなく、斜面に突き出た形の小さなジャンプ台です)で、ジャンプをしたら、見事に半回転をして、首の骨折りました。(マジです。これもレポートします。)
それでも、今年も「スキー行きたいな~。」って言ってたら友人に・・・。
「あんたも懲りないね、じゃなきゃ、馬鹿でしょ?」
って言われました。(てへっ!!)
よくよく考えると、上手くなったのはコレと同じパターンじゃん…。
・・・ただ、「似たパターン」であっても、同じパターンじゃないもん!
・・・確かにみんなスキー好き(おあ得意)だったけど・・・。涙