考古学的「発見」についての有名な小話二題。
【第1話】「紀元前」のメダル
古代ギリシャの都市遺跡を発掘していたチームが銅製のメダルを発見した。これは何と古代オリンピックが開催されたことを記念して発行されたものであることが確実という。その理由はこのメダルに「紀元前776年」とはっきり刻印されていたからである。「間違いありません」。発掘チームは記者会見で胸を張った。ある記者がそこで言った。「間違いありません。そのメダルは偽造です」。
【第2話】古代の無線通信技術
古代メソポタミア学者が中国の学者に自慢している。「メソポタミアの遺跡を発掘していると銅線が出てきます。これはすでに当時から彼らが有線通信の技術を持っていた証拠なのです。」 悔しい中国人学者が言い返した。「それ以上の技術を中国では殷の時代から持っていました。つまり無線通信ですな。それが証拠には遺跡を掘っても銅線など出てきませんから!」
中国・明代の大航海家、鄭和が最初に米大陸を発見し、世界一周にも成功したとの説を裏付ける15世紀の地図の写しが見つかった、と北京の地図収集家が主張、この写しを公開したというニュース(時事通信1月18日)が流れた。
歴史教科書的には鄭和は明の永楽帝の命を受け、1405-1433年の間に艦隊を率いて南海を探検しアフリカにまで足を伸ばしたとされているが、実はこの時喜望峰を超えて大西洋に入りアメリカ大陸を「発見」したという説が以前からある。最近ギャヴィン・メンジーズという人がこのテーマで「1421-中国が新大陸を発見した年」という本を出版(日本語訳は2003年12月刊)している。これによると日本人(世界中だが)の「1492 いよー国が見えた」という分かりやすい語呂合わせは事実に合わないということになる。「1421 いっしょに行ってアメリカ”発見”-鄭和の大艦隊」とでも語呂を変えないといけない。
メンジーズは鄭和が地球を一周して明に戻ってきて世界地図を作ったというのだが、それらは後世破棄されたり焼かれたりして残っていないという。今回発見された世界地図はその鄭和の地図を写したもので、1763年のものだが、1418年の地図の複写であると明記されているのだという。
それが冒頭の地図だ。ムハハハハ・・こ、これは違う。「1418年の地図の複写」というが、「作成された」1763年時点の知識(あるいはもっと後)で描かれていることは明らかだ。
ご参考までにコロンブス後だが、1507年にフランスで作られた世界地図を掲げた。当時の知識ではこのレベルでしょう。上の「鄭和の地図」では南北アメリカがかなり正しいプロポーションで描かれているだけでなく、オーストラリアまで”サービス”されている。これは"行き過ぎ"だ。
この地図は北京の弁護士、劉剛さんが上海の収集家から「500ドル」で買ったものという。最初は気付かなかったが、メンジーズの本を読んでその重大性に気づいて公表したという。<劉さんは「多くの記録がまだ存在すると思う。中国の学者はそれに注意を払っていない。彼らを目覚めさせるのが私の目的だ」と話している。>というから、その動機は愛国的なもので、決して自分の地図をオークションで高く売ろうという下心があるのではなかろう。しかし劉さんには気の毒だが、これでは素人さえ100ドル以上の値をつけないだろう。
歴史的資料の捏造というのは、金銭を超えて不思議な魅力があるらしい。日本でもいわゆる「古代文字」がどれだけ「発見」されたか分からない。文字の数だけデザインを考えないといけないのだから、捏造するだけで汗をかくがその苦労を厭わない人達が大勢いる。「源義経はジンギス汗」説のルーツとなった江戸時代の偽書『金史別本』も、今では近江の沢田源内の捏造と分かっているが、なぜ一文にもならぬ苦労をしたのかと考えると、今後も資料の捏造は止みそうになり。
歴史資料の捏造といえば、日本でも最近では「”原人”の石器発掘」の騒ぎがあった。これは石器を埋めた当人よりもこれを大発見と持ち上げた学者たちが問題だ。幸い?今回の劉さんの地図を「中国人の偉大さ」の証明と騒ぐ”愛国的”学者はいないだろう。
しかし気をつけなくてはならない。【第1話】のように捏造を直接的に証明できる場合はいいのだが、【第2話】のように「非存在」によって「存在」を証明するという高度なテクニックを駆使された場合、反証は難しい。この小話の作者は相当頭のいい人物だ。とりわけこの「中国人学者」のように”愛国心”が絡むと妙に説得力を持ってくるからだ。
【付記】
たとえこの「劉さんの地図」が本物としても、鄭和が最初にアメリカ大陸を「発見」したことにはならない。とっくの昔に北回りでモンゴロイドが大陸に入って住み着いていたのだから。最近の教科書はだから、「コロンブス米大陸に”到達”」と書いてあるのが普通だ(オーストラリアも同じ)。逆に「発見」とある検定済み教科書をご存じの方は教えてください。
【第1話】「紀元前」のメダル
古代ギリシャの都市遺跡を発掘していたチームが銅製のメダルを発見した。これは何と古代オリンピックが開催されたことを記念して発行されたものであることが確実という。その理由はこのメダルに「紀元前776年」とはっきり刻印されていたからである。「間違いありません」。発掘チームは記者会見で胸を張った。ある記者がそこで言った。「間違いありません。そのメダルは偽造です」。
【第2話】古代の無線通信技術
古代メソポタミア学者が中国の学者に自慢している。「メソポタミアの遺跡を発掘していると銅線が出てきます。これはすでに当時から彼らが有線通信の技術を持っていた証拠なのです。」 悔しい中国人学者が言い返した。「それ以上の技術を中国では殷の時代から持っていました。つまり無線通信ですな。それが証拠には遺跡を掘っても銅線など出てきませんから!」
中国・明代の大航海家、鄭和が最初に米大陸を発見し、世界一周にも成功したとの説を裏付ける15世紀の地図の写しが見つかった、と北京の地図収集家が主張、この写しを公開したというニュース(時事通信1月18日)が流れた。
歴史教科書的には鄭和は明の永楽帝の命を受け、1405-1433年の間に艦隊を率いて南海を探検しアフリカにまで足を伸ばしたとされているが、実はこの時喜望峰を超えて大西洋に入りアメリカ大陸を「発見」したという説が以前からある。最近ギャヴィン・メンジーズという人がこのテーマで「1421-中国が新大陸を発見した年」という本を出版(日本語訳は2003年12月刊)している。これによると日本人(世界中だが)の「1492 いよー国が見えた」という分かりやすい語呂合わせは事実に合わないということになる。「1421 いっしょに行ってアメリカ”発見”-鄭和の大艦隊」とでも語呂を変えないといけない。
メンジーズは鄭和が地球を一周して明に戻ってきて世界地図を作ったというのだが、それらは後世破棄されたり焼かれたりして残っていないという。今回発見された世界地図はその鄭和の地図を写したもので、1763年のものだが、1418年の地図の複写であると明記されているのだという。
それが冒頭の地図だ。ムハハハハ・・こ、これは違う。「1418年の地図の複写」というが、「作成された」1763年時点の知識(あるいはもっと後)で描かれていることは明らかだ。
ご参考までにコロンブス後だが、1507年にフランスで作られた世界地図を掲げた。当時の知識ではこのレベルでしょう。上の「鄭和の地図」では南北アメリカがかなり正しいプロポーションで描かれているだけでなく、オーストラリアまで”サービス”されている。これは"行き過ぎ"だ。
この地図は北京の弁護士、劉剛さんが上海の収集家から「500ドル」で買ったものという。最初は気付かなかったが、メンジーズの本を読んでその重大性に気づいて公表したという。<劉さんは「多くの記録がまだ存在すると思う。中国の学者はそれに注意を払っていない。彼らを目覚めさせるのが私の目的だ」と話している。>というから、その動機は愛国的なもので、決して自分の地図をオークションで高く売ろうという下心があるのではなかろう。しかし劉さんには気の毒だが、これでは素人さえ100ドル以上の値をつけないだろう。
歴史的資料の捏造というのは、金銭を超えて不思議な魅力があるらしい。日本でもいわゆる「古代文字」がどれだけ「発見」されたか分からない。文字の数だけデザインを考えないといけないのだから、捏造するだけで汗をかくがその苦労を厭わない人達が大勢いる。「源義経はジンギス汗」説のルーツとなった江戸時代の偽書『金史別本』も、今では近江の沢田源内の捏造と分かっているが、なぜ一文にもならぬ苦労をしたのかと考えると、今後も資料の捏造は止みそうになり。
歴史資料の捏造といえば、日本でも最近では「”原人”の石器発掘」の騒ぎがあった。これは石器を埋めた当人よりもこれを大発見と持ち上げた学者たちが問題だ。幸い?今回の劉さんの地図を「中国人の偉大さ」の証明と騒ぐ”愛国的”学者はいないだろう。
しかし気をつけなくてはならない。【第1話】のように捏造を直接的に証明できる場合はいいのだが、【第2話】のように「非存在」によって「存在」を証明するという高度なテクニックを駆使された場合、反証は難しい。この小話の作者は相当頭のいい人物だ。とりわけこの「中国人学者」のように”愛国心”が絡むと妙に説得力を持ってくるからだ。
【付記】
たとえこの「劉さんの地図」が本物としても、鄭和が最初にアメリカ大陸を「発見」したことにはならない。とっくの昔に北回りでモンゴロイドが大陸に入って住み着いていたのだから。最近の教科書はだから、「コロンブス米大陸に”到達”」と書いてあるのが普通だ(オーストラリアも同じ)。逆に「発見」とある検定済み教科書をご存じの方は教えてください。
確かにBC級ネタかもしれませんね。
でもまあ、あれこれ議論・検証してみることで、色々なことが分かってくると思います。
T.Bを有難うございました。
記事を読ませて頂きました。情報満載、詳細な解説入りの記事でとても満足しました。yajihorseさんの解説で、ニュースの見方も勉強させて頂きました。
実を言うと、鄭さん説を18.06%(笑)信じかけていましたが、「ありえない」と今は明言できます。
またちょくちょく覗かせていただきます。