おもしろニュース拾遺

 BC級ニュースが織り成す可笑しくも愛しい『人間喜劇』。おもしろうてやがて悲しき・・・

バットマン遂にアルカイダと「直接対決」

2006-02-20 15:14:11 | 変人
 それは本当に痛ましい事件だった。大金持ちの両親の愛情を受けて何不自由なく暮らしていた少年ブルース・ウェインは、観劇の帰りに自分の目の前で両親を強盗に殺害されてしまう。六歳の時のことだ。その事件が少年の心に与えたトラウマの大きさは計り知れない。と言うか、少年は「悪」に対して生涯を賭けて復讐することを誓ったのである。あらゆる格闘術や犯罪学を学んでいるうちに、現実と幻想の区別がつかなくなったのであろう。学芸会衣装の余り物のような奇妙なコウモリ?を真似たコスチュームを纏い、「秘密基地」バットケイブという陰気な地下の隠れ家を造り、どんな暴走族も尻込みするような奇怪な改造車バットモービルに乗って「悪」を懲らしめる秘密の探偵業を始めたのである・・・そう”正義オタク”バットマンの誕生である。

 『バットマン・ビギンズ』(2005年)の描くブルース・ウェインの過去は辛い話だが、日本人の感覚からするとバットマンのオタクぶり、そして50を過ぎてもあのコスチュームで走り回る姿を見せられるのは、もう辛いというより痛々しいとしか表現のしようがないのだ。
 そのバットマンが定年退職どころか、新たな敵、それもこれまでのジョーカーとかキャットウーマンのような学芸会的なキャラクターでなく、現実の敵、世界最強のアメリカ軍さえ苦戦しているあのアル・カイダと戦うことになったと、イギリスの高級紙「ガーディアン」などが伝えている。
 「なんでアルカイダのような悪党がいるのに、(架空のキャラクターの)リドラーなどをバットマンが追いかける必要があるんだ」というのが、バットマンの劇画作者のフランク・ミラー氏の言い分である。来年完成予定のこの"Holy Terror, Batman"という200ページの劇画製作の意図は、「大衆は今我々は誰と戦っているのか忘れている。それを思い出させるため」と言うから、もう「ぶっちゃけた話し、純粋なプロパガンダ作品」(ミラー氏)。「対テロ戦争」で手にしたバブル人気がしぼみがちなブッシュ大統領に対する最大の援軍になるに違いない。
 ちなみにバットマンもアルカイダの”首領”ビン・ラディンも大金持ちの息子だ。奇遇だが、「金持ち喧嘩せず」の日本のことわざに反する夢の富豪対決になるわけなのか。

 それにしても劇画とは言え、純粋な娯楽作品に「現実の敵」が登場しても構わないのだろうか。実は誰でも知っているあのスーパーマンは、第2次大戦中にヒトラーを「懲らしめていた」というのだ。アメリカ人にとってはアル・カイダと言うかつまりビン・ラディンはバットマンに登場するジョーカーとかペンギンなどと同じ”純粋な”悪人だということだ。いや、バットマンの中では登場する悪人たちはなぜ悪の道に入ったか説明がある(例えばキャット・ウーマンは元娼婦とか)が、もうアル・カイダ達は同情の余地はないただただ殲滅の対象としての「悪」なのである。

◆「バットマン」国家アメリカ

 漫画家の里中満智子氏によると、1970年代に日本のマンガはアメリカ人に「悪と正義の区別がハッキリしていない」と批判されたそうである!お伽話的な米国のコミックスに対して、日本のマンガはいわばドストエフスキー的な世界、つまりキャラが複雑すぎると文句を付けられたのだ。そう、「鉄腕アトム」が時に自分のしていることに悩んだり、敵役のロボットがふと子供を助けたりすることがアメリカ人には我慢できない。「正義」が悩んだり、「悪」が善を行うのを見るともう脳味噌が引き裂かれたような感じがするのだ。これを理解しないとアメリカ人の国際社会での行動にはついていけない。

 そう、それは「庶民」だけでなく、知識人層でもそうなのだ。インテリと呼ぶのはちょっと憚られるが、現在のブッシュ大統領でも、その演説、例えば1月31日のいわゆる「一般教書演説」では彼はこう言っている。「これらの邪悪な攻撃者を放っておいたとしても、彼らの方は我が領土に戦場を移してくるだけです。退却に平和はありません。我々は決して悪に屈服することはないのです(拍手)」。これで大統領があの黒い耳付きの頭巾をかぶれば完全にバットマンの世界である。アメリカ自身が”正義オタク”そのものなのである。
 「いや、テロにも原因があって、今の国際社会の矛盾が・・」と言い出すと、「貴様はアル・カイダか」と命まで危なくなる。バットマンは原則「悪人」達を殺すことはないのだが、米軍の場合は、単に「アルカイダの集まっている」と噂のある建物の近くにいただけで「精密誘導」爆弾で、子供や女性まで吹き飛ばしてしまうのだから、物騒極まりない「オタク」だ。

 アメリカを「バットマン国家」と呼ぶことにブッシュ氏も異議を唱えることはあるまい。しかしバットマンとアメリカ政府の決定的な違いだけを最後に指摘しておきたい。
 サダム・フセイン、ビン・ラディン、オマル師、と言えばアメリカの不倶戴天の敵であることは言うまでもない。しかしいずれのキャラクターも一時期はアメリカの友人で、支援を惜しまなかった時代があった。サダム・フセインをイラン・イラク戦争でアメリカが応援していた時代、ラムズフェルド(現国防長官)が1983年には特使としてサダムと握手をしている映像は何度も日本でも放映された。ソ連のアフガン侵攻と戦っていたイスラム戦士たちを応援する中で、ビン・ラディンやオマルが台頭してきた。つまり「敵の敵は味方」という論理で、これらの「悪人」達と手を結んできたのがアメリカ外交である。

 バットマンにはその様なことは皆無である。バットマンは純粋な正義オタクなので、一時的にせよ「悪」と同盟を結ぶことはない。キャットウーマンは?と問う人があるかもしれない。彼女は、バットマンと知り合って更生?して義賊になったが、バットマンと「男と女」の関係になったわけではない。
 
 だから彼女を、「枢軸の悪」から「一の子分」に変身した日本になぞらえて理解することは間違いと言えよう。第一彼女はその後バットマンシリーズから飛び出して、2004年には独立した「キヤットウーマン」という映画として登場した(と言うか笑い物になった←2005年ラジー賞つまり最悪映画の最多7部門受賞)。まだ「独立」を果たしていない日本に例えるのは失礼というものである。


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1 コメント

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アメコミについて (松山)
2006-03-26 23:26:02
初めまして。

この記事を読んだ所かなりバットマン、ひいてはアメコミに対して誤解しているようなのでコメントさせてもらいます。



アメコミが「勧善懲悪のヒーローもの」という認識はすでに過去のものです。現在のアメコミはヒーローものながら複雑な人間ドラマや社会問題等を描いた哲学的な作品が多く日本の漫画・アニメと比べても遜色のないものになっています。特にフランク・ミラー氏は

1986年に発表した「バットマン ダークナイトリターンズ」の中でバットマンを善も悪も超越した戦士として描き、覇権国家アメリカ政府の手先となった盟友スーパーマンと対決させました。さらに2001年に発表した続編「ダークナイト・ストライクアゲイン」ではバットマンが完全にテロリストとなって悪人に支配されたアメリカ政府に戦いを挑む姿を描きました。



今度ミラーが描く「バットマン対アルカイダ」がどんな作品になるかは私にも分かりませんが、少なくとも今までアメリカの覇権主義を批判してきたミラーの事ですからブッシュ政権を擁護するようなものにはならないと思います。



ちなみにコミックスのバットマンは悪人と一時的に手を組む事も珍しくありません。キャットウーマンとは

対立しながらもどこか惹かれ合う微妙な関係です。完全に味方同士というわけではありません。映画はコミックスの「キャットウーマン」とは完全に別物です。
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