玄関先に、鉢に植えたクサフジがきれいな花を咲かせている〈茶話137/藤の花〉。
どこにでも見かける雑草だが、クサフジの紫の花と、傍にあるオレンジのメダカと一緒に写真を撮れば、ブログの記事になりそうだ。
クサフジの鉢をメダカの水槽の前に持ってきてパチリ!
おお、こりゃ、いい写真が撮れたわい!
爺(じじい)が、一人で悦にいっている。

しかし、これが爺の悲劇の始まりだった。
爺の足下に、薩摩芋にカビが生えたのを干しているのが有った。
爺はその存在を忘れていたのだ。
爺が立ち上がって右足を一歩進めた所に有った薩摩芋を踏んでしまった。
芋はコロコロと前に転げる。
その上にある爺の右足も、どんどんと前に進む。
しかし、爺の上半身は後ろに取り残されたたままだ。
オイオイ! マテマテ!
爺は、必然的に後ろに倒れてしまった。
ギャアッッッッ!
爺の左の背中に激痛が走る!
ウグッグッグッッッ!
息ができないほどの痛さでしばらく立ち上がれない。
爺の左側には、メダカの水槽を保護するためのコンクリートブロックが有ったのだ。

完全に左背中の肋骨を折ったのだと思った。
翌日、あちこちを踏ん張って、這う這うの体でベットから起き上がる。
じっとしている限りでは痛みは無いが、背中をよじったり、咳をすると激痛が走る。
開院の9時になるのを待って近くの整形外科に行った。
連休明けとあって、大勢の人がドアの傍まで立って待っている。
こんなの待っていたのでは身体がもたない。
帰ろうとした時に、以前に通っていた整形外科を思い出した。
幸いなことに、混んではいたが、リハビリ専門で回転が速いのか、空いている席があった。
背中の痛みと一緒に両肘も痛かったので、ついでに問診票に書いて受付を済ます。

1時間ほどして、名前を呼ばれて診察室に入る。
「玄関で転倒して背中を打ちました」と告げる。
後ろ向きに座り直すと、先生が背中の痛い所を指で探す。
「痛ッイッツ……そ、そこです!」
前向きに戻ると先生が首をかしげている。
患者の前で、医者が首をかしげた時はろくなことはない。
「最近、身長が低くなりました?」と訊いてくる。
「はい、2、3㎝ほど……?」
「レントゲン撮りましょか」
「は、はい?」
◇
レントゲン室に入る。
ベッドに寝て背中を撮るのかと思っていたら、起立した格好で首や肩のあたりを五枚撮られる……?。
ようやく最後にベッドに寝て背中を一枚。
なんかへんだ?
再び、待合室で待たされ、しばらくして名を呼ばれて診察室に入る。
最初に見せられたのは四方から撮った首の写真?
最後に背中の写真を一枚。
「背中の骨は異常無しですは!」
「はぁ?」
「原因はこいつですわ!」
首(頸)にある骨の出っ張りが幾つか写っていない?
「老化で首の骨が劣化して狭まってますわ。頸椎狭窄症やなあ!」
「はあっ?」

コンクリートブロックに背中をぶつけたのではなかった。
首から上半身のすべての部位に神経がつながっている。
その首の骨が劣化しているために、強い刺激を与えると神経を圧迫してしまう。
つまり、後ろに転げたときに首がムチ打ちのようになって神経を圧迫し、それがたまたま背中で爆発したのだ。
それを背中をぶつけて骨を折ったと勘違いしてしまった。
当然のことだが、ぶつけたのであれば、かすり傷や腫れがあるはずだが無い。
先生は、最初から首の骨が原因だと判断していたのだ!
両肘が痛いのも首の骨が原因だった。

痛み止めの注射を打ってもらって、薬をもらって帰った。
昼食を摂って、薬を飲んで小一時間ほどすると痛みが和らいできた。
今日は安静にしているしかない。
メダカの水槽の前に置いたままのクサフジ(草藤)の花を、痛くない姿勢をとって、ぼーっと眺める。
骨折ではなく、死ぬまで付き合わなければならない頸椎狭窄症とやらで、良かったのか悪かったのか……複雑な思いになる。
昔、藤の盆栽を買ったら、オカンが「藤は『不治』につながるから縁起が悪い」と捨ててしまったのを思い出した。
「いや! 『不治』ではなく『不死』なのだ」と、心の中で新ためてつぶやいた。
草藤の薄紫の花が、優しく風に揺れた。