河内国喜志村覚え書き帖

大坂の東南、南河内は富田林市喜志村の歴史と文化の紹介です。
加えて、日々の思いをブログに移入しています。

茶話132/老いの小文⑤

2024年03月26日 | よもやま話

※「老いの小文④」からの続きです。

 戦後すぐに建てられたかと思われる碍子(がいし=電気の絶縁線)むき出しの座敷に、厚手の布団を敷いてもらって備前国の旅寝の一夜目。ネコかイタチかの天井這いまわる音で一人寝の寂しさをまぎらわし、翌朝は各戸に引かれた防災無線のけたたましい音楽で嫌でも目を覚ます。
 パジャマのまま外に出ると春霞(かすみ)が立ち込めている。夕べの酒宴の残りのコロッケとコーヒーという妙な組み合わせの朝食をとりつつ、旧友が言うには、霞ではなく霧で、こんな日は天気が良いのだと言う。その言葉通り、霧が引き出すと陽も長閑に顔を出す。
 さて、今日こそは一宿一飯の恩義に報いる日と、ゴムの長靴ゴム手袋に身をかため、のこぎり鎌に草刈り鎌、備前小早川家の違い鎌、作州出身は宮本武蔵の二天一流の鎌使いで、ばったばったと草を抜く。

 緑満ちたる雑草の中に咲く何やらゆかし紫の花は、昔懐かしき菫(すみれ)。かつては田んぼの畔や庭の片隅など、どこにでも咲いていた馴染み深い花なのだが、花の形はおぼろげにしか覚えていない。大工さんが直線を引くときに使う墨壺(=すみいれ)の形に似ているところからスミレという名がついたのだという。花は生のまま食べられるし、乾燥させて煎じると頭痛やのどの痛み、視力改善に効果がある。
 春の野にすみれ摘みにと来(こ)しわれぞ 野をなつかしみ一夜寝にける /山部赤人(万葉集)
 春の野に寝そべって、長閑な陽を浴びて菫の香を嗅いでみたいものだと思う。華麗に咲く桜とは正反対の清楚で可憐な野の花だ。
  雑草と言う草はなし菫咲く

 旅に出たからといっても、老友二人だけなので豪華な食事など要らない。昨日、スーパーで買った100円うどんの昼食。そっけないので、畑で採ってきたノラボウ菜の葉っぱを手でちぎって山のように盛る。これが備前の甘口の濃い出汁によく合う。
  麺一本春菜の緑すする昼
 天気のよい日は今日しかなかろうと午後からも草抜き。折々通う春風が涼しいほどの暖かさ。薄墨色の山々から春告鳥(うぐいす)の声がする。鳶(とんび)が頭の上をかすめ、ひとはばたきもせず空に上がってピーヒョロヒョロと笛を吹く。この山里は鳶が多い。大阪ではあまり見なくなった菫の花や鳶の鳴き声に郷愁を感じる。
 ひと日を終えて旅寝の屋に帰ると、垣の薄紅色の木瓜(ボケ)の花が「ぼっけー、えらかったじゃろう」と迎えてくれた。
 山里はなにもかもやさし木瓜の花

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茶話131 / 老いの小文④

2024年03月25日 | よもやま話

 備前の国に旅するのは、去年の春を初めとして今春で四たびになる。昼前に旧友の愛車に便乗して大阪を出発する。時折り降る雨の中を神戸に入ると小雪にかわる寒さ。明石、姫路、相生を抜けると風景は一変し、山あいの平野を縫うようにして走り、山陽道の要所、播磨国と備前国を隔てる船坂峠にいたる。
 鎌倉幕府を倒さんとして隠岐に流罪される後醍醐天皇を奪回せんと、備前の児島高徳(たかのり)が一族郎党二百余騎をしたがえて天皇護送団を待ち伏せした地である。しかし、移動ルートを見誤り、天皇救出の義挙は失敗に終わる。
 春しぐれ義挙空拳をいかんせん

 その後、高徳は天皇一行を播磨・美作の国境の杉坂まで追うのだが、天皇一行は既に津山へ達しており、完全な作戦失敗となって軍勢は雲散霧消してしまう。しかし、高徳は天皇の奪還を諦めず、夜になって天皇の宿舎に侵入するが、厳重な警護の前に天皇の奪還を断念せざるを得なくなる。そのとき、宿舎にあった桜の木へ「天莫空勾践 時非無范蠡(天勾践を空しうすること莫れ、時に范蠡の無きにしも非ず)」と漢詩を彫る。……天は春秋時代の越王・勾践(こうせん)に対したように、決して帝をお見捨てにはなりません。范蠡(はんれい)のような忠臣が現れ、必ずや帝をお助けすることでしょう……という意味の漢詩を見た天皇は、我が身を思う臣下のいることを知り、おおいに勇気づけられた。
 昨春も同じような時期に備前の国に入ったのだが、桜の開花が早く、ほぼ散っていた。今春はと期待したのだが、ここ四、五日の寒さで、蕾は固く閉じたままである。
 雨空に余白を残す桜かな

 野を過ぎ山を越えて三時過ぎにようよう旧友が屋に到着する。近郊山河の地に開けた里の片隅に在って、懐かしい鳶(とんび)の笛を聴き、広く田野を見渡すことが出来る。しばしの休息をとった後、湯郷温泉の元湯である湯郷鷺温泉に向かう。
 その昔、円仁法師が、この地にて鷺が足の傷を癒やすのを見て発見したと言われる名湯である。ナトリウム、カルシウム塩化物泉でややぬめりけがあり優しく肌をつつんでくれる。檜の大浴場につかり、しばし草枕旅路の疲れを癒やすと、ようやくにして漂泊の思いが湧いてくる。日常を抜け出す旅は、移動している間は未知への好奇心で慌ただしいが、その中でゆったりとした時に、人生も未知のものへの漂泊であることを知る。
 早春の夕影淡し湯につかる

※芳年『月百姿 雨中月 児嶋高徳』 国立国会図書館デジタルコレクション 

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茶話130 / 卒業

2024年03月16日 | よもやま話

今日は子供見守り隊の当番日。
いつもの時間に、いつもの交差点へ。
ところが、10分ほど経っても子供が来ない。
15分ほどして、ようやく三人がやって来た。
「今日は学校で何かあるのか?」と尋ねると、「今日は卒業式やがな」と男の子の元気な返事。
「そうかいな、おめでとう!」と言うと、「僕はまだ5年生やがな! 今日は5年と6年生だけが登校や」」と教えてくれた。

小学校の卒業式って全校生徒出席と違うたんかいな?……と思い出そうとしたしたものの、50年以上も前のことなど思い出せない。
当然、自分の小学校卒業の時にどんな気持ちだったのかなど、頭の中の記憶の引き出しの奥に押し込まれて出てこない。
人間なんぞは、古い記憶をどんどん御国押し込めて成長していくものなのだ。
そう独り納得して、6年生らしき子どもには「おめでとう! これから、もっとええこと、いっぱいあるで!」と声をかける。
今日、卒業する子どもは、中学生になればたいへんなのは分かっていて、頑張ろうと思っているだろうから、「頑張りや!」などとは言わない。
小学校の階段を昇った先には、もっといい未来があるのだと思ってほしい。

見守り隊を終えて家に帰ると、植木屋さんが来ていた。
親戚で気心も知れているし、刈った葉っぱは私が掃除するということで安くしてもらっている。
とはいえ、ジャガイモを植えようと思っていたが、やむを得ず中止。
刈り具合を見計らって、一時間おきくらいに葉っぱを集めに行く。
さっぱりとした庭木を見て、頭の中の記憶の引き出しが開いて、奥の奥から一つの記憶がよみがえった。
そやそや、中学校の校則は男子丸坊主だったから、小学校の卒業式の次の日に散髪に行ったわ!
長年伸ばした髪の毛を坊主にするのは抵抗があった。

「これから、もっとええこと、いっぱいあるで!」と声をかけたが、我が身を振り返れば早々に嫌なことがあったのだ。
人生、嫌なことや、その時はどうしようもないことがあるけれど、ええことの方がたくさんあるから!
いやいや、言い訳はするまい。
信じられぬと嘆くよりも
人を信じて傷つくほうがいい
求めないで優しさなんか
臆病者の言いわけだから
( 贈る言葉/詞:武田鉄矢・曲:千葉和臣)

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茶話129 / 究極のネタ

2024年03月09日 | よもやま話

ペット、グルメ、トラベルのブログネタ御三家のどれかでブログを書きたいのだが、とんと縁がない。
頭にきて「119/まあええか」で、一度に三つを合わせた夢の話を書いたら、未だによく読まれている。
ペットを見てかわいいと思わない人はいないし、グルメして美味しいと感じない人はいないし、トラベルして楽しいと思わない人はいない。
そこで、我が家の相方に「犬でも飼おうか?」と言うと、「こっちが先に死んでしまうわ!」。
「美味しいものでも食べに行こか?」と言うと、「そんなん食べて出したらしまいやがな!」。
「温泉でも行こか」と言うと、「しんどいし、お金がいるがな!」。
金どころか、味も素っ気も夢もない。

しかたがないので、子どもの頃、魚屋のオッサンに頼まれて猫を捕まえ、河原に捨てに行った話を書いた。
ブログに載せようとgooのアピール記事を見たら、すべて猫の写真。
アカン、こんなん載せたらえらいことになってしまうがな!
それなら、去年に明石で生ガキを食べたのを書こうとした。
しかし、その晩、下痢で朝まで苦しんだのを思い出して止めた。
ならばというので、去年の老人会の日帰り旅行のことを書いてやろう。
だが、帰った晩に「じ病」が爆発して、今ようやく治りかけてるばかりやないかいな!

かようさほどに、実に真に不幸なことに、ペット、グルメ、トラベルには縁がない。
しかし、幸不幸は、もののとりよう考え方なのだ。
同じ体験をして、それを「幸福だ」と思うか、「不幸だ」と思うかだけの違いなのだ。
不幸だと思えばれこそ小さな幸せを見つけやすく、人生を楽しむことができるのにちがいない。

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茶話128 / あおる

2024年03月08日 | よもやま話

「煽る」と書く。
「けしかける」の意。
「あおり運転」が問題になって久しい
2020年6月に道路交通法が改正され、あおり運転に対する罰則が定められたが、あいかわらず後をたたない。
あおり運転の原因で多いのが、「追い越されたから」「車線変更で自分の前に出てきたから」という報復行動だという。
煽る人には、煽られている人よりも有利な立場でいたいという心理があるのかもしれない。

そんな心理からではなく、金儲けで煽る人がいる。
能登半島地震の直後、「人工地震が原因」とか、「外国人窃盗団集結」といった偽の情報がX(ツイッター)で拡散した。
Xでは、課金しているユーザーが一定の閲覧数(インプレッション)を獲得すると収益が得られる仕組みになっているとか。
不安な気持ちの時に不安を煽られるとますます不安になる。
そんな人の心理を悪用した金儲け。

畑仕事をしていると天気予報が気にかかる。
最近の天気予報は、よく人を煽る。
「観測史上最強のおそれ」「警報級の〇〇」「記録的な〇〇」
「あおり予報」というそうだ。
確かに、天候の急変は災害をもたらすから注意するにこしたことはない。
しかし、自分とこのサイトをを見てほしいがための煽る心理が丸見えだ。

マイクロソフト系の天気予報はもっと極端だ。
外はしとしと雨だし、レーダーを見ても黄色や赤の雨雲がないのに「豪雨」と予報している。
煽るためではなく、日本語の「強い雨」を「豪雨」と訳し間違えているのだろうから可愛いものだ。
どうせなら、可愛い女の子に「今日は豪雨だから気を付けてね」と煽られたい。

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