アセンションへの道 PartⅠ その理論と技法

2012年には銀河の中心と太陽系そして地球が整列し時代の節目を迎えます。アセンションの理論と技法について考えます。

第16章 神の詩 ⑦バクティ・ヨーガ

2012-02-17 06:01:28 | 第16章 神の詩
以前本ブログで触れたが、筆者がクリヤ・ヨーガに関心を持った理由の一つは、『あるヨギの自叙伝』(同書)でパラマハンサ・ヨガナンダが書いた以下の文章である。因みに、ヨガナンダが「クリヤ」と呼んでいるのは、クリヤ・クンダリニ・プラーナヤーマ(クリヤ・ヨーガの呼吸法、或いは調気法)のことであり、ババジのクリヤ・ヨーガに於いては第一イニシエーションを受講すると伝授されるものである。

「クリヤの初心者は、毎日朝と晩の二回、それぞれ14回ないし24回のクリヤを行うだけである。そして多くのヨギが、6年、12年、24年、或いは48年で解脱を達成している。しかしたとえ完全な解脱に達しないうちに死を迎えることになっても、クリヤを行じたヨギは、過去の努力から得た良いカルマを次の生涯に持ち越して、再び至高の目標に向かって進化の道をたどるよう導かれるのである。」

同書は500頁以上にも亘る名著であるが、この中に書かれた以上僅か数行の言葉が筆者の心に深く刻まれた。そしてその後、このヨガナンダの文章の背景に、ギーターが在ることが判った。このことは、本ブログ第15章⑦輪廻転生でも説明し、『神の詩』第6章から関連する部分を田中嫺玉氏の訳から引用しているが、念の為再掲する。

[アルジュナ問う]
「信仰を持っていたが 持続できなかった人 はじめ真我実現の道を進んだが
 俗心に負けて ヨーガを完成出来なかった人々は その後いかなる運命を辿るのですか
 大力無双のクリシュナよ そのような人は 至上者(ブラフマン)への道を踏み外して
 どの世界にも立場がなくなり ちぎれ雲のように消滅するのですか? クリシュナよ
 これが私の疑問です ぜひこの不安を取り除いて下さい 私の疑惑を打ち砕く
 ことの出来るのは あなたをおいて 他にありません」 (第6章 37-39節)

[至上者(バガヴァーン)こたえる]
「プリターの息子(筆者註:アルジュナのこと)よ 真理を求めて 
めでたい行いをした人々は この世でも霊界でも破滅することはない 
友よ 善を為した者は決して悪道に堕ちない 挫折したヨギは次生において
純真清浄な者たちの住む星界に往き 長い間そこの生活を楽しんだ後で
地上の徳高き豊かな貴族の家庭に生まれる
または大いなる智識をそなえた ヨギの家庭に生まれてくる
この世において、このような誕生は まことにまことに稀なのである
アルジュナよ そのような家庭に生まれて 彼は前世における神聖な意識を
よみがえらせて その力を一新し 再び最高の目的に向かって努力するのだ
前世で聖なる意識をもっていた徳により 彼は我知らずヨーガの思想に魅かれる
探求心の強い求道者は常に 宗教儀礼を励行する者より勝れている
幾多の誕生をくりかえして修行を重ね 誠実に努力して霊的向上に励み
すべての汚れを洗い清めたヨギは ついに至上の目的地に着くのである
ヨギは苦行者より偉大である ヨギは哲学者より偉大である
ヨギは有益な働き手より偉大である 
故にアルジュナよ ぜひヨギになりなさい」   (第6章40-46節)

そして、これに続く第47節で、バクティ・ヨーガに触れ、この第6章を締め括っている

だが全てのヨギのなかで最勝の人は
大いなる信をもって わたしに帰命し
常に信愛を捧げて礼拝奉仕する人だ
彼はわたしの最も親しい身内なのだ   (第6章47節)

つまりヨギは、宗教儀礼を励行する者より、苦行者より、哲学者より、有益な働き手の誰よりも偉大だと言い、さらにそのヨギの中でも、わたし(即ちクリシュナ)に帰命し、常に信愛を捧げて奉仕する人(即ちバクタ)が最も勝れていると言う。そしてこのバクタに就いては、ギーター第9章において、「最も神秘な智識」として次のように説明されている。

プリターの息子よ(筆者註:アルジュナを指す) 偉大な魂(マハートマ)たちは
わが聖霊エネルギーの中に住み
わたしを元なる神 不滅の大源と知って
不動の精神でわたしを礼拝する     (第9章13節)

偉大な魂(マハートマ)たちは常にわたしを讃嘆し
堅忍不抜の志で精進し
わたしの前にうやうやしく身をかがめ
暑き愛慕の情をもって礼拝する    (第9章14節)

他にも知識を開発してわたしに近づこうとする者たちは
わたしを全一なる至上主として
また種々の相(すがた)をとるものとして
或いは宇宙の相そのものとして礼拝している  (第9章15章)

他を思うことなく 専心(ひたすら)にわたしを拝み
わたしの姿を瞑想している人々に対して
わたしは彼らに必要なものすべてを与え
持っているものを失わぬように保護する  (第9章22節)

クンティーの息子よ 他の神々の信者で
真心こめて清らかな気持ちで信仰する者たちは
実はわたしを拝んでいるのである
正しい方法ではないけれども ―   (第9章23節)

神々を拝む者はその神々の領域(くに)に生まれ
祖先を拝む者はその祖先のもとに行き
自然霊や幽鬼を拝む者はその世界に生まれ
わたしを拝む者はわたしのところに来る  (第9章25節)

誰でもわたしに信と愛をこめて
一枚の葉 一もとの花 一個の果物
あるいは一椀の水を供えるならば
わたしは喜んでそれを受けよう  (第9章26節)

何を為(し)ても 何を食べても
何を供え 誰に何を賜っても
またどのような修行 苦行をしても
アルジュナよ 全てはわたしへの捧げものとせよ (第9章27節)

たとえ極悪非道の行いがあっても
専心(ひたすら)わたしを愛し わたしに仕えるならば
彼は聖なる人である ― なぜならば
根本の決定が正しいからだ     (第9章30節)

彼は速やかに正道へたちもどり
永遠の平和を得るであろう
クンティーの息子よ たとえ低い生まれでも
即ち 女 ヴァイシャ スードラ等でも
わたしに保護を求めてくる者らは
最高の完成に達するであろう   (第9章32節)

常にわたしを信頼し わたしを想い
わたしに従い わたしを礼拝せよ
常にわたしに身心を捧げている者が
わたしのもとに来るのは当然である  (第9章34節)

そしてギーター第12章において、非顕現のブラフマンを拝んでいる者より、人格神のクリシュナ(わたし)を礼拝している者がヨーガにおいては勝れているとして、次のように説明する。

[アルジュナ問う]
常にあなたを愛し礼拝している者と
不滅 非顕現の大実在 ― すなわち
非人格のブラフマンを礼拝している者と
ヨーガにおいてどちらが勝れていますか?  (第12章1節)

[至上者(バガヴァーン)こたえる]
常にわたしの姿を心に念じ
絶大不動の信仰をもって
わたしを拝んでいる者こそ
ヨーガにおいて最上であるとわたしは考える  (第12章2節)

だが非顕現の実在
知覚を超え すべてに遍満し
不可思議 不変 不動の
非人格的真理を礼拝する者たち  (第12章3節)

そして 諸々の感覚を抑制し
あらゆる生きものを平等に扱い
広く世界の福利のため働く者たち -
彼らも遂にはわたしのもとに来る  (第12章4節)

至上者の非人格的な相(すがた) 即ち非顕現の真理に
心をよせる者達の進歩は甚だ困難である
肉体を持つ者たちにとって
その道は常に険しく様々な困難を伴う   (第12章5節)

だが わたしに熱い信仰をもって
全ての行為をわたしの為に行い
常にわたしを想い 念じ
常にわたしを礼拝し 瞑想する者たち   (第12章6節)

常に心をわたしに結び付けている者たち
プリターの息子よ
わたしは速やかに
生死の海から救い出す    (第12章7節)

常にわたしのことのみを想い
知性(ブッディ)の全てをわたしに委ねよ
そうすることによって疑いなく
君はわたしのなかに住んでいるのだ  (第12章8節)

富の征服者(ダナーンジャヤ) アルジュナよ もし
わたしに不動の信心決定ができないなら
信愛行(バクティ・ヨーガ)の実習に努めよ
これによってわたしへの愛が目覚めるのだ  (第12章9節)

信愛行(バクティ・ヨーガ)の実習ができない者は
わたしのために働くように心がけよ
わたしのために働くことによって
やがて完成の境地に到るであろう  (第12章10節)

わたしのために働くことのできぬ者は
わたしに全部(すべて)を任せて
仕事の結果に執着せず
務めてこれを放棄(すて)るよう心がけよ (第12章11節)

ヨーガの実修が出来ぬ者は知識を究めよ
だが知識より瞑想が勝り
瞑想より行果(筆者註:行為の結果)の放棄が勝る
行果を捨て去れば直ちに心の平和が得られる   (第12章12節)

すべての生類に対して悪意を持たず
彼らの親切な友となり 我執と所有欲なく
幸 不幸を等しく平静に受け入れ
他者に対して寛大である者  (第12章13節)

常に足ることを知って心豊かに
自制して断固たる決意のもとに
心と知性(ブッディ)をわたしにゆだねる者
このような人をわたしは愛する  (第12章14節)

誰にも迷惑をかけず 干渉もせず
誰からも心の平安を乱されない者
順境にも逆境にも心平静な者
このような人をわたしは愛する  (第12章15節)

私心なく 身心ともに清純で何事にも適切に対処し
何事も心配せず何事にも悩まず
結果を期待した企画や努力をしない者
このような人をわたしは愛する  (第12章16節)

どんな事物にも喜ばず悲しまず
こうあって欲しいとも欲しくないとも思わず
吉凶禍福に超然として心動かさぬ者
このような人をわたしは愛する   (第12章17節)

友も敵も等しく扱い 名誉不名誉に関心なく
寒暑 苦楽 また賞賛 非難に心動かさず
常に無益な交際をせず 無益な口をきかず
何事にも満足し 住所住居に執着なく
断固たる決心で心をわたしに結び付け
信愛行(バクティ・ヨーガ)にはげむ人をわたしは愛する  (第12章18-19節)

わたしを信じ 愛慕し
わたしを究極至上の目的として
この永遠不滅の法道を行くわたしの信者を
わたしはこの上なく愛している   (第12章20節)

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