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刑訴1事件 強制処分と任意処分の限界

2012年03月19日 | 刑事訴訟法百選

刑訴1事件 強制処分と任意処分の限界
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=51825&hanreiKbn=02
事件番号 昭和50(あ)146
事件名 道路交通法違反、公務執行妨害
裁判年月日 昭和51年03月16日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別 決定
結果 棄却
判例集等巻・号・頁 刑集 第30巻2号187頁
原審裁判所名 名古屋高等裁判所
原審事件番号 
原審裁判年月日 昭和49年12月19日
判示事項 
一 任意捜査において許容される有形力の行使の限度

二 任意捜査において許容される限度内の有形力の行使と認められた事例
裁判要旨 一 任意捜査における有形力の行使は、強制手段、すなわち個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段にわたらない限り、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において、許容される。

二 警察官が、酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被疑者をその同意を得て警察署に任意同行し、同人の父を呼び呼気検査に応じるよう説得を続けるうちに、母が警察署に来ればこれに応じる旨を述べたので、連絡を被疑者の父に依頼して母の来署を待つていたところ、被疑者が急に退室しようとしたため、その左斜め前に立ち、両手でその左手首を掴んだ行為(判文参照)は、任意捜査において許容される限度内の有形力の行使である。
参照法条 刑法95条1項,刑訴法197条1項
全文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120320284185.pdf

         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人大野悦男の上告趣意のうち、憲法三三条違反をいう点は、実質は単なる法
令違反の主張に過ぎず、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、
すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 なお、所論にかんがみ職権により判断すると、原判決が公務執行妨害罪の成立を
認めたのは、次の理由により、これを正当として支持することができる。
一 原判決が認定した公務執行妨害の事実は、公訴事実と同一であつて、「被告人
は、昭和四八年八月三一日午前六時ころ、岐阜市a町b丁目c番地岐阜中警察署通
信指令室において、岐阜県警察本部広域機動警察隊中濃方面隊勤務巡査A(当時三
一年)、同B(当時三一年)の両名から、道路交通法違反の被疑者として取調べを
受けていたところ、酒酔い運転についての呼気検査を求められた際、職務遂行中の
右A巡査の左肩や制服の襟首を右手で掴んで引つ張り、左肩章を引きちぎつたうえ、
右手拳で同巡査の顔面を一回殴打するなどの暴行を加え、もつて同巡査の職務の執
行を妨害したものである。」というにある。
二 原判決が認定した事件の経過は、(一) 被告人は、昭和四八年八月三一日午
前四時一〇分ころ、岐阜市d町b丁目e番地先路上で、酒酔い運転のうえ、道路端
に置かれたコンクリート製のごみ箱などに自車を衝突させる物損事故を起し、間も
なくパトロールカーで事故現場に到着したA、Bの両巡査から、運転免許証の提示
とアルコール保有量検査のための風船への呼気の吹き込みを求められたが、いずれ
も拒否したので、両巡査は、道路交通法違反の被疑者として取調べるために被告人
をパトロールカーで岐阜中警察署へ任意同行し、午前四時三〇分ころ同署に到着し
た、(二)被告人は、当日午前一時ころから午前四時ころまでの間にビール大びん
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一本、日本酒五合ないし六合位を飲酒した後、軽四輪自動車を運転して帰宅の途中
に事故を起したもので、その際顔は赤くて酒のにおいが強く、身体がふらつき、言
葉も乱暴で、外見上酒に酔つていることがうかがわれた、(三)被告人は、両巡査
から警察署内の通信指令室で取調べを受け、運転免許証の提示要求にはすぐに応じ
たが、呼気検査については、道路交通法の規定に基づくものであることを告げられ
たうえ再三説得されてもこれに応じず、午前五時三〇分ころ被告人の父が両巡査の
要請で来署して説得したものの聞き入れず、かえつて反抗的態度に出たため、父は、
説得をあきらめ、母が来れば警察の要求に従う旨の被告人の返答を得て、自宅に呼
びにもどつた、(四)両巡査は、なおも説得をしながら、被告人の母の到着を待つ
ていたが、午前六時ころになり、被告人からマツチを貸してほしいといわれて断わ
つたとき、被告人が「マツチを取つてくる。」といいながら急に椅子から立ち上が
つて出入口の方へ小走りに行きかけたので、A巡査は、被告人が逃げ去るのではな
いかと思い、被告人の左斜め前に近寄り、「風船をやつてからでいいではないか。」
といつて両手で被告人の左手首を掴んだところ、被告人は、すぐさま同巡査の両手
を振り払い、その左肩や制服の襟首を右手で掴んで引つ張り、左肩章を引きちぎつ
たうえ、右手拳で顔面を一回殴打し、同巡査は、その間、両手を前に出して止めよ
うとしていたが、被告人がなおも暴れるので、これを制止しながら、B巡査と二人
でこれを元の椅子に腰かけさせ、その直後公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕し
た、(五)被告人がA巡査の両手を振り払つた後に加えた一連の暴行は、同巡査か
ら手首を掴まれたことに対する反撃というよりは、新たな攻撃というべきものであ
つた、(六)被告人が頑強に呼気検査を拒否したのは、過去二回にわたり同種事犯
で取調べを受けた際の経験などから、時間を引き延して体内に残留するアルコール
量の減少を図るためであつた、というのである。
三 第一審判決は、A巡査による右の制止行為は、任意捜査の限界を超え、実質上
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被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使であつて、違法であ
るから、公務執行妨害罪にいう公務にあたらないうえ、被告人にとつては急迫不正
の侵害であるから、これに対し被告人が右の暴行を加えたことは、行動の自由を実
現するためにしたやむをえないものというべきであり、正当防衛として暴行罪も成
立しない、と判示した。原判決は、これを誤りとし、A巡査が被告人の左斜め前に
立ち、両手でその左手首を掴んだ行為は、その程度もさほど強いものではなかつた
から、本件による捜査の必要性、緊急性に照らすときは、呼気検査の拒否に対し翻
意を促すための説得手段として客観的に相当と認められる実力行使というべきであ
り、また、その直後にA巡査がとつた行動は、被告人の粗暴な振舞を制止するため
のものと認められるので、同巡査のこれらの行動は、被告人を逮捕するのと同様の
効果を得ようとする強制力の行使にあたるということはできず、かつ、被告人が同
巡査の両手を振り払つた後に加えた暴行は、反撃ではなくて新たな攻撃と認めるべ
きであるから、被告人の暴行はすべてこれを正当防衛と評価することができない、
と判示した。
四 原判決の事実認定のもとにおいて法律上問題となるのは、出入口の方へ向つた
被告人の左斜め前に立ち、両手でその左手首を掴んだA巡査の行為が、任意捜査に
おいて許容されるものかどうか、である。
 捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容さ
れるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手
段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加
えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容するこ
とが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、
任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手
段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそ
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れがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相
当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認め
られる限度において許容されるものと解すべきである。

 これを本件についてみると、A巡査の前記行為は、呼気検査に応じるよう被告人
を説得するために行われたものであり、その程度もさほど強いものではないという
のであるから、これをもつて性質上当然に逮捕その他の強制手段にあたるものと判
断することはできない。また、右の行為は、酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被告人
をその同意を得て警察署に任意同行して、被告人の父を呼び呼気検査に応じるよう
説得をつづけるうちに、被告人の母が警察署に来ればこれに応じる旨を述べたので
その連絡を被告人の父に依頼して母の来署を待つていたところ、被告人が急に退室
しようとしたため、さらに説得のためにとられた抑制の措置であつて、その程度も
さほど強いものではないというのであるから、これをもつて捜査活動として許容さ
れる範囲を超えた不相当な行為ということはできず、公務の適法性を否定すること
ができない。したがつて、原判決が、右の行為を含めてA巡査の公務の適法性を肯
定し、被告人につき公務執行妨害罪の成立を認めたのは、正当というべきである。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、
主文のとおり決定する。
  昭和五一年三月一六日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    高   辻   正   己
            裁判官    服   部   高   顯
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