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いつのまにか、多臓器不全

普通より元気なオッサンがいきなり多臓器不全!?生死の境をさまよった約2か月間の闘病と、その後。

第2部 夢か現か

2009-11-14 22:27:33 | 夢か現か

第2部は、すいかが目覚めたもののまだ夢うつつの状態のことを思い出しながら記述します。

10日間ぐらいですが、先にアップしたブログと読み比べると面白いかも知れません。

書かれた内容は根拠の有るもの無いもの、ごちゃ混ぜですので、とりあえず、すべてフィクションであると了解して下さい。

では

第1話:K大病院 6月14日(日)

 目覚めたと言ってもとりあえず目が開いただけである。身動きひとつできず、自分の身体感覚さえ無い。ピンポン玉のような丸い玉が2つあり、それらがぐるぐる円運動をしているのが自分自身であるというような認識だった。
目覚めて意外に思ったのはそこがK大病院であったことである。入院したのがK病院でその後意識がなくなったのであるから転院していることは知らないわけで、意外に思ったのは当然であろう。但し、悪夢の中ではN病院にいることになっていた。K大病院は自宅と同じ市内にあり、私自身はこれまでお世話になったことがなかったが、お見舞いなどで、何度か来たことがある大きな病院である。それで早速、今いるのがK大病院のどの辺りなのか、建物が頭を巡る。
 が、まだ夢うつつであり、マンガの世界であった。そのとき感じたのは、その病室は屋上に積み重ねられた、雨風が吹き込む簡易作りであった。その方が、寄せ集めて大部屋を作るのに便利なのである。実際、ここも大部屋であり、患者、看護師、医師が雑魚寝をして暮らしている。私は、瞼と眼の玉しか動かせないので、天井しか見えない。が、不思議なことにここの天井にはドアがある。なんと間に合わせの建屋であることよ、と思ったのである。
 さて、看護師たちは実にせっせと仕事をしている。雨が降れば窓を閉め、天気になれば洗濯物を干す。入れ替わり立ち替わり私の様子を見てくれる。忙しいことこの上なしであった。その中に娘の姿もあった。やはり看護師見習いとして働いているようだ。
 私はここで命を助けてもらった。もちろん無償である(治療代等当然有償、悪夢第10話の「取引」がないの意味)。そうか、たとえ無償であっても死んだ人を生き返らせたとなると高度な医療技術がニュースになる。近々記者会見があるかも知れない。「アンビリーバブル」に取材されるかも知れない。K大病院が一流病院であることを世に示す絶好のチャンスかも知れない。
 スキンヘッドに黒縁の眼鏡を掛けたT先生がいた。その人が主治医だろうか。何か話しかけてくれた。私はどうやら簡易病室を組み合わせた大広間にいるようだ。カウンターの向こうに医師、看護師の姿が見える。病室はいつも明るくて一週間くらい朝、昼、夜の区別がつかなかった。時計も見当たらなかった。時計の代わりに古めかしい湿度計(?)のようなものが壁に掛かっていた。
 夕方、若手の医師たちに取り囲まれた。点滴を入れる端子を取り付けるとのこと。肩か腕か覚えていないが、動脈に点滴の管を通すという処置であり、最先端医療技術である。管が動脈の中を通り、全身を巡る。滅茶苦茶痛かったが我慢した。医師たちの中に一人ベテランがいて、ごく自然に管を出し入れするコツを他の医師に伝授していた。血液の流れに逆らわないように処置すればごく簡単に、痛くなく管を通すことができると言う。どの辺りに動脈があり、どの方向に血液が流れているか、まるで見えている如くイメージできることが重要だと力説していた。この人は透析が専門の腎臓内科の先生だった気がする。美人看護師がいた。医師たちから「ちゃん」付けで呼ばれていたので強く印象に残っている。私がまだ朦朧としていると思ってか、皆リラックスしたムードであった。この日、とりあえず顔合わせのため、リハビリの先生がやってきたと思う。他の医師、看護師が着ているような水色の白衣ではなく、ちょっと緑がかった独特の白衣を着ている。太極拳か少林寺拳法をやってそうな細身の先生だ。(夢か現か)

第2話:息苦しい夜 6月15日(月)

確か目覚めた翌日だったと思う。朝から回診があり、数人の若手医師と学生がぞろぞろ患者を見て回る。私は大便がしたかった。近くにトイレもあった。ちょっと車いすにでも乗せてトイレに連れて行ってくれたらどれほどすっきりするであろう。そんな思いをよそに、医師は病状の説明や、医療器具の扱い方などを学生らとディスカッションしている。実習授業の一コマのようであった。ついにトイレは叶わなかった。感染のおそれがあるのでトイレは行けないとのことである。その日はとりあえず我慢したが、夜中に大量の大便が出た気がする。結局自分は寝たきりで、寝返りすら打つことができないことに気づく。トイレなどまだまだである。

家族、特に妻が一日3回、精一杯面会に来てくれる。「すいか」と呼ぶ声が聞こえ、マスクをした妻の顔が視界にはいる。面会者は新型インフルの影響か皆マスクをしている。耳元にスピーカを置き音楽を聴かせてくれた。このときの曲が今も耳について離れない。これに反して妻が帰った夜が地獄の始まりである。痰が溜まったり、息苦しくても看護師に訴えるすべがない。また看護師たちもいつも忙しくなかなか構ってくれない。但し、床ずれ防止のため、定期的に寝返りを打たせてくれる。まさにその時が勝負どころで,できるだけ楽な体勢を確保しなければならない。まず、十分痰を取ってもらいたいと思うが、大抵、先に看護師2人がかりで身体の向きを変える。こちらは口の中に痰や唾液が溜まっているので横を向かされるときに口からよだれの如く首筋へこぼれる。きたないというか、気色悪いというか、いやな感触であるがどうしようもない。そちらに気を取られていると、いつの間にか胸の上に腕がある。自分の腕だが、動かせないので重くのしかかり、胸を圧迫し息苦しくなる。また、足には枕を挟んでどうにでも動かせないようにさせられる。足や腕は調子の良いときにはちょっとぐらい動かせるが、枕を挟まれたり、布団を掛けられるとそれをはねのける力がないのである。このように看護師のされるままにして置くと次の寝返り時まで苦しい時間を我慢しなければならない。そこで、できるだけ楽な体勢を確保するため、少しずつ反抗する。寝返りを打つ瞬間、わずかな力で手を解き、布団もなるべくかけられないように目や表情で訴える。この人扱いにくいね、と思われる位がちょうど良い。それでも中には解いた手をわざわざ再度組ませる看護師もいる。何気なくやっているようで恐ろしかった。(夢か現か)

第3話:もうろう 6月16日(火)

次の日、肺に溜まっている水を取り出す処置があるようで、大広間で待つ。リハビリの先生がやってきて、ゆっくり大きく呼吸しろとか何やら言っている。そのとき私は痰が引っ掛かっていたので取って欲しかったが、それはしてもらえなかった。後で看護師さんがリハビリの先生の言ったことが判るかと尋ねたので難しくて理解できなかったと答えた。ともあれ、この日はずいぶん待った。肺を見るのであるから鉄板のガードを取り外すのだろう。実はこのとき、私の肺はロボットのような鉄板で覆われているものと思いこんでいた。これは後日に思い返せば、呼吸器を挿入していた違和感のなせる業であろう。私は呼吸器というものを単に口に咥えているだけだと思っていたが、実際には管が気管まで挿入されていたのである。さて、その鉄板が外されて直に肺が外気にさらされたとき、ふと細菌性の埃を吸った気がした。これはやばいと思ったとき、どやどやと医師団がやってきた。そして胸のレントゲンを撮るまさにその一瞬気が遠くなり、その場に倒れた。「すいかさん、大丈夫ですか。判りますか。」次の瞬間意識を取り戻したが、これはまだまだ大変だと強く思った。倒れたことは、後に妻に文字盤会話で伝えているが、妻が怪訝な表情をしていたのも無理はない。倒れるも何も、私はずっと寝たきりなのであった。
 さて、私が倒れた所為で、予定していた肺に溜まっている水を取り出す処置が中止になり、医師団が去っていった。そこへA先生がやって来て、鼻をくんくんとかぎ回る。そして点滴の端子が一カ所臭うので感染しているかも知れないという。確かこのとき私はスーッと屁を放っていたのでその所為で臭うのであり、端子が感染しているのではないと思った。そこへ別の先生がやってきて、臭いで判断せずに無条件にもう一カ所端子を作る方が早いと言う。それならということで、動脈に管を通すという非常に痛い処置が始まった。まず指であちこち触り、動脈が通っている場所を捜す。次に止血消毒剤のようなものをべっとり塗る。と、また場所の確認をする。など、こちらが覚悟を決めているのに、手際よくしてくれない。これは患者泣かせである。「ちょっとチクッとしますね。」やっとメスを入れる準備である。実は、これはメスではなく針だったようであるが、動脈に針を刺すので滅茶苦茶痛いのである。まさに歯を食いしばり、ひたすら耐える。ただ、この強烈な痛みが運動神経を刺激するようで、しっかり手を握りしめることができるようになったし、少しずつ足を動かせるようになっていった。
時々、医師、看護師が「身体がかゆい?かゆくない?」と尋ねる。私は声が出ないのでかすかに頷くか首を振って答える。身体の方は実際、かゆいと云われればかゆいが、それほどかゆくもない。適当に返事をしていたが、どうも感染を疑っていたようだ。とりあえず薬疹と云うことで決着したようである。

あいかわらず夜はあまり眠れない。看護師たちが影絵のようにあちこち動き回り何かしている。もちろん看護をしていたのであるが、それだけだろうか。夜なので皆ヒソヒソと話し、こちらには聞こえない。疑心暗鬼で眠れないのである。我々患者は大広間の和室に雑魚寝しているように見える。同じく医師も雑魚寝している。ここは医師、看護師、患者が一心同体で生活しているようだ。山本周五郎の「赤ひげ」で有名な小石川養生所を思い浮かべる(?)。
ダーン、ダダダ、ダーン、ダダダという音が聞こえる。列車の音のようでもある。これとは別に救急のサイレン音も常時聞こえている。列車の音は自分の心音かもしれない。結構早く、息苦しくてついていけないときがあり、時々リセットされる。私の身体には生命維持装置がついているので、息をしなくても死ぬことはない。その他、警報音やモニター音などいろいろな音が聞こえ強迫観念に縛られる。何か判らないけれど恐ろしいのである。早く朝になれと思う。(夢か現か)

第4話:ファブリーズ 6月17日(水)

この日は麻酔が切れたのか比較的調子よく手足が動き、文字盤を用いた会話ができるようになった。まどろっこしいが、黙っているよりましである。まず、話題になったのがファブリーズの話である。その日は痰の吸引装置が故障していて吸引が不十分なように感じた。何が不十分かというと痰を吸引した後に気管支拡張剤のようなものを吸って、スッーと息が楽になるのに、それがなかったのである。この気管支拡張剤の正体は実は市販のファブリーズであり、実際「ファブリーズした?」と叫ぶKばあの声を何度も聞いていた。そこでこれらのことを家族に訴えるために、文字盤で「ファブリーズ」と書いた。要は、気管支を拡張して新鮮な空気を吸いたいのである。そのキーワードが「ファブリーズ」であった。私は真剣に「ファブリーズ」を訴えたが、全く理解されず、見当外れの返事ばかり返ってくる。その場にいた看護師もキョトンとしていた(実際は爆笑を必死にこらえて苦しんでいたようだ)。
 次に、K病院入院以降の自分の状態や、みんなの近況、職場の様子について尋ね、これまでの状況をざっと知ることができた。とくに、K病院で意識を失ったことに関連し、夕べ、レントゲンの際に倒れたことを話し、まだまだ油断できないことを訴えた。

夜は眠れず、目を開ける。看護師にとっては寝ていると思って私の方を見ると目を開けているので気味悪かったであろう。あまり近づこうとしなかった。このころからナースコールを持たせてもらっている。昼間はしっかりと手に力が入ったのに夜は力が入らず、ナースコールが押せなかった。ナースコールを持たされてそれが使えないというのは精神的に大変つらい。呼吸は胸に痰を引きずって非常に苦しい。苦しくて看護師も来てくれずもうだめかと思ったとき、スキンヘッドのT先生が現れて、「ゆっくり大きく息をしてください。」とのんびりしたことを言う。ただし、ちょっと心音の速度を落としてくれたようで楽になった。(夢か現か)

第5話:H看護師 6月18日(木)

夕べの続きで朝は非常に苦しかった。妻の面会が待ち遠しく何度も夢を見る。「ゆっくり大きく息をする」のは理解できるが、それよりも胸の痰を取るのが先ではないかなどと思う。また、心音にせかされた感じで十分息を吐ききれず、二酸化炭素がたまったのがこの日のようである。
 体調が悪く妄想を見た。ベッドごと特別室に連れて行かれる。そこで何をするでもなく放置され、さては今後回復したときにどういう人生を歩むかよく考えろということかと合点する。場合によってはこのまま死んでもらうということか。この病院の院長と中国から来た達人が昼食を取っている。何の達人か思い出せないが、たしか生死を操る能力があるというような設定だった。その後の展開がどうなったか覚えていない。以上、妄想の話。
 昼間はなるべく早く体が動かせるようになりたいと思い、家族に足をもんでもらい刺激を受ける。この日、男のH看護師が担当になる。これまでも毎日、担当看護師が決まっていたはずであるが、気づかなかった。H看護師は自ら名を名乗って担当であるといってくれた。顔つきや話し方が昨年研究室にいた学生に非常によく似ている。親戚かもしれないなどと思う。この看護師は何かにつけて十分な説明をしてくれたので、一番気に入っている。また、痰の取り方も丁寧で上手である。一口に痰を取るというが、喉にチューブを突っ込むわけで、オエッとなるし涙が出るという、非常に苦しい処置である。それでも、その後飛躍的に呼吸が楽になるからちょっとでも痰が引っかかると取って欲しいのである。さて夕方、教授回診か手術かわからないが物々しい雰囲気に包まれる。私は呼吸器をくわえているため口が唾でくっ付いて固まってきたので何とかしてほしいと訴える。H看護師はちょっと待てといい、看護師の人員削減もありなかなか手が回らずごめんと言う。どうもタイミングが悪かったようである。この一件はA先生が処置してくれた。唾で固まったところを切開するかも知れないなどと恐れたが、丁寧に掃除をしてくれてすっきりした。しばらくして緊張した雰囲気が解け、元の状態に戻った。H看護師も穏やかにナースコールを渡してくれ、何かあればコールしてくれという。彼は寝返りの際の「重さ」も十分理解をしてくれて、足に挟む枕や布団など極力排除してくれた。ただし、夜、先生に付き合ってちょっと持ち場を離れるのでその間だけナースコールできないように手袋をしますと言った。これが「前回?」も経験した恐怖の手袋である。手袋のせいで手がどんどん暑くなり、体が熱くなり、息苦しくなるのである。2,30分程度で戻ってきたと思うが、私は真っ先に手袋をはずしてもらった。このとき、もしそのまま手袋をされたらどうしようという不安を抱いていたが、幸いすんなりはずしてくれてほっとした。(夢か現か)

第6話:観察室 6月19日(金)

「今日、観察室に移るよ」と妻がうれしそうに言う。これは一歩出世したようなもので、病状がよくなった証拠だそうである。そういえばここはいつもキンコンキンコンという警報音やらピーピーというモニター音やらが鳴り響いている。これらの切羽詰った雰囲気から解放されるのは確かに有難い。昼ごろベッドごと観察室に移った。このときの光景がまた夢うつつなのである。観察室にベッドで移動したのだが、とりあえず扉を開けて中に入ったすぐのところに放置された気がする。ちょうどお昼時か、右手方向から「Yさん、ごはんよ。」という声が聞こえる。どうも右手は和室らしい。Yさんが座ってちゃぶ台でごはんを食べている。その後、私のベッドが入ったこともありドタバタと清掃している様子である。その中にHばあと娘の姿がある。窓に布団のようなものを干す。窓を開けてYさんが飛び降りないように見張らないといけない。食事が済み、Yさんがなにやら看護師に文句を言っている。看護師も子供相手のように噛んで説き伏せるが話は堂々めぐりになる。やがて、Yさんのうんこがしたいという声、看護師のうんこをしないといけないという声などうんこ騒ぎが始まる。どうやら観察室ではYさんが人気者のようである。さて、実際には私がこの部屋に入ってきた扉はなかったらしい。また、当然ながら和室などなかった。和室と思っていた奥の方にこの部屋の扉がありそこからベッドごと運ばれてきたのであった。
Yさんの声は聞こえてもどういう人かわからない。観察室で始めての夜も緊張してあまり眠れなかった。やはり、看護師たちが影絵のようにあちこち動き回り、何をしているのか気になる。また、翌日気管切開手術があることも気になっていたかもしれない。(夢か現か)

第7話:気管切開 6月20日(土)

病室(観察室)に手術用のライトが搬入され、いよいよ気管切開手術が始まるようだ。手術と言えば普通はベッドごと手術室に連れて行かれるものと思っていたが、今回は逆に手術用の道具が搬入されるのである。ライトを付けたり消したり、近づけたり遠ざけたり、いろいろと点検している。私はそれほど緊張も何もなかったように思う。点滴からの麻酔だと思うがいつの間にか意識が薄れ、気がつけば手術の後処理を行っているようであった。A先生が力任せにのどを押し付けてくる。喉仏が潰れそうな勢いである。その後ホックを数箇所止めるような音がして終了。緊張が解けたような話し声が聞こえる。私はちょっとホックがきついと思った。皮膚が突っ張る感覚である。痛くないですかなどと尋ねるので、ちょっときついと答え、ホックの位置を緩めてもらった。さて、この麻酔で身体の動きが再び鈍る。今がチャンスとばかりに、A先生がまた、点滴の端子を作る処置を行う。「ちょっとチクッとしますね。」確かに麻酔のおかげで痛みは薄いがやはり精神的につらい。この手術に伴い、握力はほとんどゼロに戻り、手足も動かせなくなったと思うが、そうでもなかったか?首は痛いというか、重くてぐっと押さえつけられているような感覚があった。
その後、大便意を催した。そういえば昨日Yさんがうんこ騒ぎをしていた。私もとりあえずナースコールしてうんこを訴える。どんな風にしてくれるのだろうと思っていると、電気を当てるといい、何か装置を持ってきた。なるほど円板のようなものから電気が出ているように見える。それを尻に当てると便意を催すのであろう。おなかがぐるぐる鳴り、ガスだけ出たが、腹の力が弱くとうとう出なかった。ナースコールし、出ないという。もうちょっと当てておきますかというので、ハイと言いそのまま眠ってしまった。後に「電気」は「便器」の聞き違えだったことに気づく。さて、ふと気がつくと、栄養士の先生(男性)と指導員(女性)が顔を見せ、よろしくと言い、献立、メニューなどに関する意見を今度教えてほしいなどと言っている。確かに名前を聞いたが忘れてしまった。指導員の方は私を知っている様子だった。私はまだ何も食べていないのに、ここの病院は気が早いと思う。この件は、夢だったかもしれない。

6月21日(日)

 喉は痛いというより重い。呼吸器のホースの重さを少しでも支えて欲しいと訴えるが、看護師、妻とも不思議そうな顔をする。ああ、この場面も前回(?)あった。重いというのは全くの勘違いなのだ。ビニールの蛇腹ホースである。これより軽いものがないくらい軽い。痛いのが重いと感じるのであろう。辛抱するしかない。人工呼吸器、吸引装置は命に関わる装置なので、安全装置、警報装置がいくつも設置されている。トゥルトゥットゥトゥと音が鳴ると看護師が「います。いますよ。」と応える。装置が作動中なので担当者が居るでしょうねという確認音であろう。(夢か現か)

第8話:ほのかに甘い水 6月22日(月)

このころからおしっこが良く出るせいか、飲み物のことばかり頭をよぎる。そういえば前回(?)も気管切開後飲み物が飲めるようになって、朝、あったかいカプチーノを飲んだことを思い出す。今日は透析已むなしの話が出ていたが、そんなはずはなかろうと楽観している。それより、ビールが飲めるかどうかが気になる。まあ、無理にアルコールを入れることもない、ビールが飲めなければ麦芽飲料水で辛抱するさ。ウイスキーボンボンのようなものを口に放り込んでプチッと噛めばほのかに甘い味のする麦芽飲料水が病院の売店(もしくは薬局)に売っているはずで、ここの医師たちは忙しいのでそれで間に合わせの栄養を取っているのである。実際、ここでも歯を磨いてくれるときに注入する水はピンク色をしたほのかに甘い水で、麦芽飲料水に違いない。

6月23日(火)

午前、回診があった。腎臓内科の先生が教授らしき先生と透析の件で打ち合わせている。まだ結論を下すのは早い、もう少し様子を見ようということで合意していた。その後、A先生がまた、点滴の端子を作りに来る。右足に激痛が走る。勘弁して欲しい。ベッドは極限まで起こして、座位を取る。観察室の様子が赤ちゃん目線から子供目線で眺められるようになる。こうなると、天井にドアがあるとか、和室に居るとか思いこんでいたことが、錯覚であることに気づかざるを得ない。いよいよ夢うつつから脱却できたようである。看護師がうがいと称して水を飲ませてくれた。こんなに水がおいしいなんて。そうか、ここの水は麦芽飲料水でほのかに甘いのである。(夢か現か)

第9話:過呼吸パニック 6月24日(水)

本日透析日。透析をするにはいろいろな準備と手順が必要で、右肩のあたりでごそごそ作業をしている。準備をしに来た先生または技師の人は、透析には専用の端子が必要で、点滴の端子と共用できないようなことを言っている。透析は要はフィルタなので詰まりやすく、点滴の薬などを混ぜたくないということらしい(?)。端子が詰まると別の端子を作らなければならず、また痛い思いをすることになるので、うっかり聞き流すわけにはいかない。が、どうやら今回はこれでOKらしい。

6月25日(木)

 この日、初めて車イスに乗った。足に力が入らず、頭がふらつきたいへん恐ろしかったが、ともかく一歩前進である。呼吸器がいつのまにかはずされており、気道チューブからは酸素が入っていた。
 夜。雷が鳴り雨が強かったと思う。家族が帰る直前、呼吸がおかしくなった。呼吸が浅いというか、うまく吐けないというか、息苦しい。今や呼吸器が外されているので、このまま逝ってしまうのではないかと焦った。生きる目処がついたとき、死の恐怖が甦ったものであろう。パニックになっていた。いつの間にか寝ていたが、家族もこのまま帰れず廊下のベンチで一夜を明かしたと錯覚した。過呼吸でパニックに陥っていたようである。そういえば、幼少の頃、泣き出すと止まらないという癖があったことを思い出す。親から、いい加減泣き止みなさいといわれ、自分も必死に泣き止もうとするのであるが、息が引いて止まらない。しゃっくりのようなものである。これって、もしかするとサイトカインストームになる資質かも。泣き出すと止まらない人、しゃっくりがなかなか止まらない人、多臓器不全に要注意、ですかね。(夢か現か)
 

以上、夢か現かの話は過呼吸パニックをもって終了である。
ブログもこれで一旦終了する。
すでに発病から5ヶ月以上経過し、病後は順調である。
これ以上ブログに書くようなことが起こらないように祈りつつ。


第1部 悪夢

2009-11-08 20:55:10 | 夢か現か

第1部は、すいかが意識のないときに見た夢のことを思い出しながら記述します。

夢でありながら、それなりに日時が経過し目覚めますので、一応時系列順で書いていきます。

書かれた内容は根拠の有るもの無いもの、ごちゃ混ぜですので、とりあえず、すべてフィクションであると了解して下さい(夢ですから)。

では


第1話:H病院裏の巨大岩石について

夢の話である。私の実家近辺が舞台である。まず、R駅。改札を出ると断崖絶壁になっている。駅の上はデパートが入っている。外に出るためにはタクシーのような車に乗らなければならない。駅を外から眺めると断崖の下に川が流れており、川に沿って道路が走っている。道路を南東方向に行くと右手奥にH病院があり、左手に名跡「巨大岩石」の看板がある。「巨大岩石」は名跡といっても地元の人にしか知られておらず、観光地ではない。私はここを観光地にしようと考えた。看板の側に一軒の家がある。そこの奥さんに川魚の料理屋をお願いする。旦那は川で魚を釣る。こんな田舎に来る人などいないかもしれないが、料理がおいしければブームが起こるかもしれない。そういえば近くの交差点にガソリンスタンドがあった。この先、めったにガソリンスタンドがなかったはずなので、観光客は皆ここで給油して帰る。このようなプロジェクトを知事に提案しよう。地元の活性化と財政再建に少しでも寄与できればよい。・・・夢の話である。



第2話:細菌性肺炎:不活性ガスボンベに要注意

私がこの度肺炎で入院したのはガスボンベが原因であった。不活性ガスのボンベの中には嫌気性の肺炎球菌が蔓延していることは業界の常識である(夢の話ですからでたらめです)。勤務先のI先生も知っていたし、入院したK病院のN先生もその専門であり、酸素を用いて治療するとのこと。妻は初めは半信半疑だったが、I先生にそのことを教えてもらい、またガスボンベ会社の人からも同様のことを聞かされ、間違いないと確信したようである。私も確かそのような話を以前聞いたことがあったのに、うっかり忘れていた。(夢の話)



第3話:生死をさまよう

ガスボンベが原因で昨日はもうダメかと思っていたが、先祖の墓がある寺に最近若い住職がやって来たそうで、彼が一生懸命何やら謡ってくれたおかげで、呪いが解け、助かる希望が出てきた。近所にあるS葬儀社にて葬儀の準備が始まっていたが、必ずしも死の呪縛を受けていたわけではなかったのである。実際、よく見ると縦方向がスカスカであり、これなら簡単に死のポテンシャルから抜け出せると思った。なんだ生き延びるではないか、ホッとした反面、せっかく葬儀の準備をしているのに簡単に生き返って良いの?とちょっと思った。ともあれ、住職に感謝。(夢の話)



第4話:デジャブ

簡単に生き返って良いの?などと思わず、あのとき簡単に生き返ればよかったのに、次の日は一転して調子が悪く苦しくて助かりそうにない。今回は心臓が弱っている。前回は心臓が丈夫だったので、絶対に死なないと思っていた。ところで前回って何のこと?

今回のような状態は実は以前経験したことがある。呼吸器を咥えたこともある。自分で寝返りが打てない苦しさも知っている。いたずらにナースコールできないように両手に手袋をかぶせられたことも経験済みである。また、呼吸が苦しく痰を取ってもらうことも知っていた。これらはすべて前回経験したことであるが、前回って何のこと?その後どうなったの?

わからない。きっと夢を見ていたのだと思う。もしかしたら前回など無かったのかも知れない。

ただ、少なくとも今回は夢ではなかった。夢なら目覚めよと思ったが目覚めることはできなかった。なぜなら、肺炎でK病院に入院した事実は鮮明に覚えていたから。ただ、この既視感はいかにも不思議である。(夢の話)

(デジャブについては後日あれこれ考え、ひとつ気付いたことがある。それはすぐに忘れた、或いは記憶が飛んだという現象ではないかということだ。つまり、こうだ。例えば見知らぬ道を歩いていたとき、一瞬、記憶が飛んだとする。次の瞬間やはり見知らぬ道を歩いているが、あれっ、前に来たことがあるぞ、右手に風車があったはずだ、と思い右を見ると確かに風車がある。これはデジャブだと思う。しかし実はさっきから見ている風景にすぎず、何らかの理由でその記憶を失っただけではないか。そのようなことを考えている。)



第5話:N病院にて

妻が密かにN病院の「終末ケアサービス」に登録していたらしい。これは予め会費を払っておけば、いざ「終末」というときQOLを高める質の高いケアサービスを施してくれるというシステムである。そんなわけで、今N病院にいる。ここはKばあが昔看護師の駆け出しとして活躍した病院でもある。Kばあは今でも看護師たちから大先輩という尊敬の念を集め、張り切っている。娘がボランティア的に看護師見習いをしている。少しでも父のそばにいたいということかと、感慨に浸る。

N病院のエレベータで、処置室に行く前の待合い病棟のようなところに運ばれる。そこで、一見普通だがちょっとおかしい男の看護師に出会う。この人は私の娘がボランティア的に看護師見習いをしていることに感激してくれている。また、後に知ったことであるが、私の勤務する大学のO研究室の出身だと判る。それは良いのであるが、何かの拍子に行動がいきなりフリーズすることがちょっとおかしい点である。また妄想癖がある。私が自分の研究の話をすると、それを他の看護師たちにまるで自分が研究しているかのように話す。これらのフリーズ癖、妄想癖のため、年を食っている割にまだ正式な看護師の資格が無く、他の女性看護師からは留年看護師と呼ばれ一段低く見られている。

さて、夕方いよいよ処置室のようなところに運ばれる。そこで眼鏡をかけたK大出身の若い切れ者医師に、目の玉をくりぬかれるような非常に怖い処置を受ける。どのようなことをされたか忘れたが、とにかく、もう死ぬ、と思うくらい恐ろしかった。私は何とかここを乗り切ることができたが、命は風前の灯火だったのである。

今は心電図、呼吸、酸素濃度などすべて機械がモニターするが、ここは看護師が付きっきりで、心音などを自分の耳で聞いている。つまり、看護師は私と一緒にベッドに寝ている。私は自分で身動きできないので、1時間ぐらいすると足がしびれたり、しんどくなる。と、その頃を見計らうかのごとく、床ずれ防止のため寝返りを打たせてくれる。または、痰が溜まり本当に苦しくなるとスッと痰を吸引してくれる。しかし、ちょっと足がしびれたからと言って、またはちょっと痰が溜まったかっらと言って、何もしてくれず眠り続けるのである。電動ベッドの足の方を上げて、屈曲する姿勢にし、私の手を胸の上で組むだけで呼吸が苦しくなり、そのまま死なせることも可能である。即ち、私の容態をぎりぎりまで見切った究極の看護術がそこにある。(夢の話)



第6話:ついに臨終

医師、看護師の間で臨終のカウントダウンが始まり、ゼロを叫んだところで、一部の看護師などから「よっしゃ」という興奮した叫びを聞く。実際には臨終といっても直ちに冷たくなるわけでなく、連続的に意識があり、耳が聞こえる。尾籠な話で申し訳ないが、このときどうしても大便意をこらえきれず漏らしてしまう。そのため異臭が立ちこめる。これは親族の皆様にはたいへん申し訳なく思った。特に、S先生はこのにおいに弱いらしく、しょっちゅう咳払いをし、たいへん気の毒であった。

看護師たちが話をするのが聞こえる。それによると死んでも耳が聞こえることは良くあるらしい。なので決して死者の悪口を言ってはいけないそうである。ある時、あまりにひどいことを死者のそばで話したので、死者が、けしからんと叫んで抗議したらしい、などとまことしやかに語り合っている。また、死ぬ間際はアンビリーバブルな世界なので何が起こっても不思議はないとのこと。実際、自分もこうして看護師たちの話が聞こえているわけである。(夢の話)



第7話:通夜の出来事

Hばあが親戚中に訃報を流す。誰もが皆、私の父のことと聞き違えるが、そうではないと知って驚きの様子でやってくる。Hじいも車いすでやってくる。自分もまさか両親より先に死ぬとは思っていなかった。

通夜の用意が始まる。場所はN病院もしくはその向かいの建物のようだ。私はいまだに意識があり耳も聞こえる。ということは、実はまだ死んでないのではないだろうか?さては生命維持装置がついた脳死状態か。
いつもは看護師が適当な時間間隔で寝返りを打たせてくれていた。そうでないと足がしびれとてもつらい。ところが、この夜の当番は例の留年看護師である。ここで彼はなぜかフリーズしてしまう。寝返りを打たせてくれずにじっとその場に立ちすくんでいるのである。これには参った。このため足がしびれ、胸が押され、たいへん苦しい状態を辛抱するしかない。いとこのKがこの状態に気づいたのだが、何かしてくれるわけでもなく、ただ留年看護師に向かい「この状態で何もしないのは困ったね。」と冷たく言うだけでる。ああ、他に誰か気づいてくれないか、それだけを考え時間を過ごしたが、皆、別室で通夜振舞に興じる声だけ聞こえ、こちらの様子を全く顧みてくれない。宴も下火になった頃、とうとうKばあがこの状態に気づき、留年看護師を叱咤しながら寝返りを打たせてくれ、私は助かった。やれやれ、この日は死なずに済んだ。そもそも死ぬ前に通夜をやるのは順番が間違っているわな。前に臨終のカウントダウンを聞いたものの、私は本当に死んでいるのか生きているのかわからなかった。が、とにかくこのとき生き延びる可能性はあったわけである。(夢の話)



第8話:生き延びるか

翌日夜明け前に妻がやってくる。朝一番の電車で来たらしい。私はせっかく助かったのだからさっさと病院を引き上げたいと思っていた。Kばあが、ゆうべの留年看護師の不始末に関して、N病院の最高責任者である文部科学大臣(もしくは厚生労働大臣)でK党のS医師に抗議する。なぜ、不適正な看護師を雇うのかというわけであるが、病院にはそれなりの事情もあり、簡単ではないらしい。あまりにも些細なことを言うと、かえって機嫌を損ねる結果になる。私はこの時、とにかく病院を引き上げるべきであったが、どうも心臓に不安を感じていたのでぐずぐずするうちに日が暮れる。ここでまた生き延びる可能性を潰してしまったのであった。

もし、生き返って大学に戻ったとするとどういう貢献ができそうか。おそらく元の鞘に収まることはできないだろう。おりしも蝉の季節が訪れる。大学はクヌギの木がたくさんあり、多くのクマゼミがいる。ある仮説の下に、この生態について24時間観察することによって、その仮説を実証しレポートにまとめれば有名な雑誌ネーチャーに論文投稿できる。その仮説とは。従来説では蝉は○年間地中で暮らし、最後に地上に出てくるという決まり(秩序)がある。が、必ずしも○年間地中にいなければならないことはない。必要に応じて前倒しで地中に出てくるものもいれば遅れて出てくるものもある。その原理を支配しているのは無秩序性であり、統計的な無作為抽出原理である。これは個を無視している。生物はそもそも個がなく種であり類であった。現代人はあまりに個が強く生物の本能に基づく行動が減っている。無秩序性の再発見は現代社会に対する警鐘としても大変意義のあるものであろう。このようなストーリーを24時間カメラで観察することによって実証するわけである。さらに明け方に地中から蝉が出てきて脱皮する瞬間の写真が撮れれば言うことなしである。このように実験できなくても論文が書けるというような、そのようなことを考えていた。

もう一つ考えていたことがある。脳科学者が脳卒中で倒れて左脳をやられ、芸術家に転身したテレビを見たことがある。私もたとえ生き延びたとしても脳をやられているかも知れない。そのときはすっぱり研究をあきらめて、ご機嫌なアメリカ人になろう。アメリカ人になって大学を案内するのである。おいらはトム。麦わら帽子をかぶり、トロッコ電車に乗って唄を歌いながら大学案内をする。「まず、ここをみてくれ。ここには最先端研究のパネルがあって、おいらがみんなによく分かるようにかみ砕いて説明するさ。次にこのトロッコ電車に乗ろう。右手に池があるだろう。この池には50年に及ぶ研究の歴史があるんだぜ。」などなど。夕暮れには大きな鉄板でキャベツ焼きを作り、みんなにふるまう。もちろんビールも用意する。「さ、みんな、今日は楽しかったかい。おいらは飲まないから駅まで送るぜ。」このような構想を学長に示し、地域に密着した大学の知名度アップが実現できるなら、トロッコ電車を作ることなど安いもんだというわけで、研究能力を失った自分の存在価値をここに見出そうとした。(夢の話)



第9話:心臓手術

さて話を戻し、S医師の指示で一番腕の良い若手医師か女医かによる心臓の手術をしてもらうことにする。といっても柿の種のような心臓を最新のメスと接着剤を用いて2つに分離するというような意味不明の手術である。手術の準備をしたがいつまでも執刀しない。よそ見をしたり、鼻唄を歌ったり、いやと言うほど時間をかけ、そのときが来るのを待っているように見える。やがて夜も更けた頃おもむろにメスを入れる。見事な手さばき。娘が勉強のため見学していたが、なにやら手にしていた光る装置のスイッチをオンオフし手術のじゃまになっていた。手術の後でそのことを告げられる。さて、看護師が2つに分離した心臓を取り出しその鼓動をひたすらモニターするうちに夜明けを迎え、朝になる。最終的に心臓が止まったかも知れないし、まだ動いていたかも知れない。このように心臓の音などを自分の耳でひたすらモニターすることが医術または看護術の基本であるそうな。そういえばこれまで、看護師が抱きついて患者の音を聞きながら眠っていたことがしばしばあったと思う。体位を変える、容態の変化に気づくなど要所要所で目を覚まし適切な処置を施してくれいた。

この病院は毎朝決まった時間に門を開ける音がする。ギーッという音であるが、守衛さんが開けるのであろう。郵便受けをあらため、朝刊を取り静かな朝を迎える。私はもちろんその音しか聞こえない。ついでに、夕方にはオッテ、オッテという音が聞こえる。これはホテルと言っているそうだ。病院の見舞客用の宿泊施設が近くにあり、一泊2000円で泊まれる。その呼び込み音がオッテ、オッテと聞こえるのである。私は初め何の音やらわからなかったが、Kばあがホテル、ホテルと確認するように復唱するのを聞いて、納得したのである。(夢の話)



第10話:狂気の医療実験

翌日、S医師による診察がある。手を当てるだけで病気が治るという評判のゴッドハンドの持ち主である。この日も手を当てながら、なにやら取引をしたがっているように見える。衆議院選を控え、命を救う代わりに党に献金をお願いしたいというような気配を感じた。百万円ぐらいは出しても良いと思ったが、妻はその気がない。結局、家計を圧迫するくらいならこのまま死んだほうがましかと思い、何も申し出なかったので救命措置、ゴッドハンドは効力を発揮されなかった。看護師が小さく「バカね」とつぶやいた気がした。

この夜狂気の医療実験が行われる。そのきっかけを作ったのは私の眼である。時々看護師が瞳孔反射を確認するため私の目を開いて懐中電灯を当てる。そのせいかどうかわからないが、この夜のある時から自分で目を開けることができるようになった。今どういう状況か、時々目を開けて周りを確認する。そのうち、ある看護師に気づかれ、うわさになったようで、ある時看護師が見ている前でまともに目を開けたので、その看護師は悲鳴を上げて気味悪がった。この患者はけしからんということで、特別注目を集め、やがて医療実験として身体をもてあそばれるようになる。首謀者は当直の若手医師と例の留年看護師である。かれらが何かと理屈を付けて新薬の注射をし、致死量を超える注射をする。どうせもう既に死んでいるというのが彼らの行為を正当化する理屈である。私は注射の度に痛い思いをする。いくら死んでいても痛い思いをするのは良くないと思う。Kばあがそういうことをさせないよう頑張っていたが、医師には逆らえず黙認の態度。彼らはどんどんエスカレートし、ついに娘まで加担させる。父が痛い思いをしているのになんと無神経な子かと嘆く。そこへ訃報を聞いて次々と教え子たちが弔問に訪れる。まず、S電工のM君、会社から直接来たといって香典を持って現れた。こちらは話ができず、また医療のじゃまになりそうなのでしばらくして帰る。香典はどうしましょうと看護師に尋ね、その辺に置いといて下さいと看護師が答える。くすねるつもりか。次にT君が来たと思う。また、S君が来た。S君は、漫画かゲームの知識と思うが、死者をよみがえらせるツボを知っていて、私の頭のてっぺんを親指で強く押していた。そのおかげか、私はよみがえることになる。その他誰かが来たがもう忘れた。学生を代表してM君が来てくれたことは覚えている。いつものように軽く笑みを浮かべてなにやら話していた。夜明けとともに医師の狂気は消失し、静かな朝を迎える。私は、どんな処置をされても心臓が丈夫な限りなかなかくたばらないぞ、と思っている。まだ死んでないということなのかどうか不明。(夢の話)



第11話:葬式当日

翌朝の新聞が話題になる。新型インフルエンザ流行の記事の他に、iPS細胞の研究に絡み、政府が倫理よりも研究開発を優先させることを決定したとのことである。即ち、医師が研究開発の名の下、何をやっても許されるという特権を得たわけである。この決定により、猛烈な勢いで医療の研究開発が進んだ。特に、N病院はその中心的な役割を果たす。若手医師が、両手にメスを持ち、研究開発特権により手術しますと宣言するだけで、好きに切り刻むことができるようになる。前夜の狂気が政府によって正当化されたわけである。一方、新型インフルエンザの流行である。弔問に訪れたS先生が変な咳をしていたが大丈夫だろうか。葬儀に出席のあとすぐにヨーロッパに行く予定とのことである。読経の声、木魚をたたく音が聞こえる。

さて、葬儀の段取りである。S医師がS先生と旧知の仲らしく話が弾んでいる。これは一席設けなければならないと張り切ったのがKおじさんである。医療関係者または大学関係者を集めた会合が企画された。私は頭、身体を高貴な香りのするソープできれいに洗ってもらい、死に装束を身につけさせられる。また、いつ目を開けるか判らないのでいつも誰かに見張られている。私はフォーマルな場を乱さないよう、誰もいないときにそっと目を開けることにする。葬儀場はどこかのホテルのようである。この日ホテルのロビーで中国かインドの要人(女性)が暗殺され騒がしい。日本政府は事前に情報を掴みながら事件を未然に防ぐことができなかったようだ。トカレフ銃はほとんど音がしないので周りの人は全く事件に気づかなかったなどと言っている。さて、葬儀場ではI先生が「このようなことは初めてのケースです。」などと説明しているのが聞こえる。K病院のN医師の姿もある。2人の女性を相手に肺炎治療のセールスをやっていた。「ね、最後の挨拶だけど母さんちょっと聞いてくれる?」といってT君がKばあ相手に挨拶のリハーサルを始めた。「兄さんは超伝導の研究に取り組み、・・・」詳しいことは私に直接聞いてくれたらよいのにと思いながら聞いていたが、まずまずの挨拶で流石と感心した。読経の声、木魚をたたく音が聞こえる。私は会場とは別の部屋に安置されている。やがて焼香が終わったらしく、読経が止む。遺体と対面したい方はこちらへどうぞという司会者の声がする。数人がこちらにやってきた。私は目を開けないようじっとしていた。その後例の会合が開かれたが、D先生も来られていて、かなり高度な、政治的な視野に立った学者、医者間の意見交換がなされたようで、有意義な一日になったようだ。但し、その内容に関して私は知らない。私はここの焼き場で荼毘に付されるのを待っていたが、会合が長引き今日は無理とのことで、明日に延期される。(夢の話)



第12話:厚労相の査察官

翌日、いよいよ荼毘であるが待ったがかかる。遺体の治療跡に不審な点があるということで、厚労省から査察官がやってきた。名前を聞いたはずだが今は思い出せない。Kばあが密かに告発してくれたのだろうと思う。病院に戻され、注射跡の色がどうのこうの細かな質疑応答をしている。病院側は例の留年看護師の挙動に神経を尖らせている。彼が余計なことを言わない限り何とかこの場をしのげると思っている。結局のところどうなったかは知らないが、ともかくこの日も荼毘を免れた。(夢の話)



第13話:ついに目覚める

さて、荼毘であるがこのまま焼かれてはたまらない。こちらは死んでいるといっても意識はあるし耳も聞こえる。場合によっては目も開けられる。これはいったいどういう状態なのだろう。とりあえず脳死状態であると納得している。この場合生命維持装置が働いている限り冷たくならないので荼毘に付すならまずこれをオフにしてもらわなければならない。そして冷たくなった遺体を燃やしてもらう。それともこの際思い切って目を開けてみようか。この場合ゾンビのようにかなり気味悪がられると思うが。そういえば時々、「すいか、早く目をあけていいんやで」という娘の声が聞こえる。TとJがN病院から最寄りの駅にある喫茶店でなにやら話をしている。「なんか、こちらの話に反応している見たいやで・・・」そうこうしているうちにまた痰が口の中一杯になってきた。取って欲しいと思い、情けない顔の表情を作る。Jたちが気づき、看護師に話す。例の留年看護師がそこにいる。彼はすぐにこちらの意図をくみ取り、「痰を取って欲しいのですわ」と言いながら口の中を吸い取ってくれる。ああ、楽になった、と思うと急に緊張が解けおもむろに目を開く。「おっ、目が開いた!」妻が飛んでくる。「すいか、よかった、わかるか、すいか」「ここがどこか判る?K大病院。ここで命助けてもらったんやで。」へぇK大病院?どういうこと?(夢から目覚める話)