例によってマイレージのタダの航空券をゲットした。心が弾む。鼻歌が♪
旅に出よう。ドイツでなんやらカップとかやっているらしいが、ニホンは参加しただけで、さっさと帰って来るようだし、梅雨期でうっとうしいし、愛人たちが貢ぎ物を渋るし、わたしにとって外国暮らしは国内にいるよりはるかに経済的だし。
なによりも優先されるのが優雅な孤立感。
新聞、テレビ、ネット・・それなりに情報社会に支配を受けている。知らんぷりしてやり過そうと心がけてはいるが、なんだか日常は自分のことよりいろんなニュースや情報にかく乱されているような気がする。
過敏に反応する必要はまったくない。しかし、一切の情報を遮断することでわたしは安らぐ。三食付きに監獄暮らしもいいなぁと思うくらいだ。傲慢だ。
もとより外国漂流は少年時代からの夢だった。青年になって取材記者として何度か国外に出た。なかったよりましというもので、仕事して夜は思いきり酒を飲んで帰国。
はたと気づくと翌日から時間無制限のやんちゃな仕事をしていた。
「なに、ちょっと外国で一杯やってきただけだよ」感想というより事実だった。
1980年代になって、突然会社をやめて、結婚生活もやめた。
自由・・を獲得した。当然のように奔放人間になる。引き取った子どもふたりの顔色をうかがいながら外国漂流。あちゃらこちゃらに渡り鳥。
わたしにとってかけがいのないダイヤモンドのような貴重な時空間だった。
それからいままで気分はずっと「在日ニホン人」。好き勝手に生きている。
それが不法ならわたしは確信犯だ。重罪だ。。
とまあこんな自己弁明をしつつ、また旅に出る。語呂としては股旅になる。
しかし股旅はあちゃらこちゃら漂流であって、今回はまた例によってマレーシア航空でクアランプール経由タイ往復。旅としては単純だ。
クアラルンプールではチャイナタウンの窓のない安宿。タイは猥雑なパタヤのずっと奥地にある潮風ホテル。新任のマネジャーの通称ピーターとのホテル代の値段交渉が楽しみだ。
値切りまくってやる。でも値切った分はフロントのおねぇさんたちにピザ・ランチだの夜食代だのとたかられるから浮きにはならない。
マネジャーとフロント諸嬢とわたし。このトライアングルの駆け引きもまた楽しみのひとつなのだ。調子コキのピーターがどう出るか。
タイでもリポビタンDは普通にあって「リポー」といわれている。ピーターは夕方になると「リポー」を手渡してくる。小瓶の中身は地元の酒だ。
ちびちびと交代で飲む。ボーイ長のジムも仲間入り。なにげない男たちの黄昏どきの穏やかな風景だ。
ホテル代は朝食付きだから絶対に食う。スモーカーだから通りに面したテーブルで渋く孤立してトーストなんぞをいただいて一服。
通りがかる地元の顔見知りがあいさつする。怪しいタイ語で応じる。こうやってわたしの一日が始まる。ひとりだけの、なにもない一日が。
予定しているのは散髪とプールでの太極拳、そして帰りには今が旬のドリアンをかついでこようと思う。
パタヤは全体が卑猥な感じだ。歌舞伎町状況だ。そんなわけでニホンのリゾート客の方々は敬遠してプーケットやコサムイなどに向かう。外国人は圧倒的にロシア、北ヨーロッパそして中国人・・。
外国で同国人と会うと、つい気をつかってしまう心配はパタヤでは無用なのだ。
海水が澄んでない!パタヤではあるが、南国の爽やかな潮風は立派なリゾートだ。木陰でひっそりとシンハ・ビアをやりながら読書。手荷物のほとんどは読み捨てるつもりの文字通り「BOOK OFF」。
わたしの人生の至福である。
・・・よう、あの世ってのは、ずいぶん結構ないいところらしいぜ。だってよう。死んだ人は誰ひとりこの世に帰ってこねーじゃないか。
落語家がいったというセリフだが、わたしのホンネはそれに近い。
こんな極楽トンボ人生は傲慢すぎる。懸命に生きている皆さまに申しわけが立たない。
さっさと結構ないいところにでも行ってしまわないと・・と思いつつ。
このブログは7月になって、もし生還を果たしたら、そしてその気になったら再開。再見。
旅に出よう。ドイツでなんやらカップとかやっているらしいが、ニホンは参加しただけで、さっさと帰って来るようだし、梅雨期でうっとうしいし、愛人たちが貢ぎ物を渋るし、わたしにとって外国暮らしは国内にいるよりはるかに経済的だし。
なによりも優先されるのが優雅な孤立感。
新聞、テレビ、ネット・・それなりに情報社会に支配を受けている。知らんぷりしてやり過そうと心がけてはいるが、なんだか日常は自分のことよりいろんなニュースや情報にかく乱されているような気がする。
過敏に反応する必要はまったくない。しかし、一切の情報を遮断することでわたしは安らぐ。三食付きに監獄暮らしもいいなぁと思うくらいだ。傲慢だ。
もとより外国漂流は少年時代からの夢だった。青年になって取材記者として何度か国外に出た。なかったよりましというもので、仕事して夜は思いきり酒を飲んで帰国。
はたと気づくと翌日から時間無制限のやんちゃな仕事をしていた。
「なに、ちょっと外国で一杯やってきただけだよ」感想というより事実だった。
1980年代になって、突然会社をやめて、結婚生活もやめた。
自由・・を獲得した。当然のように奔放人間になる。引き取った子どもふたりの顔色をうかがいながら外国漂流。あちゃらこちゃらに渡り鳥。
わたしにとってかけがいのないダイヤモンドのような貴重な時空間だった。
それからいままで気分はずっと「在日ニホン人」。好き勝手に生きている。
それが不法ならわたしは確信犯だ。重罪だ。。
とまあこんな自己弁明をしつつ、また旅に出る。語呂としては股旅になる。
しかし股旅はあちゃらこちゃら漂流であって、今回はまた例によってマレーシア航空でクアランプール経由タイ往復。旅としては単純だ。
クアラルンプールではチャイナタウンの窓のない安宿。タイは猥雑なパタヤのずっと奥地にある潮風ホテル。新任のマネジャーの通称ピーターとのホテル代の値段交渉が楽しみだ。
値切りまくってやる。でも値切った分はフロントのおねぇさんたちにピザ・ランチだの夜食代だのとたかられるから浮きにはならない。
マネジャーとフロント諸嬢とわたし。このトライアングルの駆け引きもまた楽しみのひとつなのだ。調子コキのピーターがどう出るか。
タイでもリポビタンDは普通にあって「リポー」といわれている。ピーターは夕方になると「リポー」を手渡してくる。小瓶の中身は地元の酒だ。
ちびちびと交代で飲む。ボーイ長のジムも仲間入り。なにげない男たちの黄昏どきの穏やかな風景だ。
ホテル代は朝食付きだから絶対に食う。スモーカーだから通りに面したテーブルで渋く孤立してトーストなんぞをいただいて一服。
通りがかる地元の顔見知りがあいさつする。怪しいタイ語で応じる。こうやってわたしの一日が始まる。ひとりだけの、なにもない一日が。
予定しているのは散髪とプールでの太極拳、そして帰りには今が旬のドリアンをかついでこようと思う。
パタヤは全体が卑猥な感じだ。歌舞伎町状況だ。そんなわけでニホンのリゾート客の方々は敬遠してプーケットやコサムイなどに向かう。外国人は圧倒的にロシア、北ヨーロッパそして中国人・・。
外国で同国人と会うと、つい気をつかってしまう心配はパタヤでは無用なのだ。
海水が澄んでない!パタヤではあるが、南国の爽やかな潮風は立派なリゾートだ。木陰でひっそりとシンハ・ビアをやりながら読書。手荷物のほとんどは読み捨てるつもりの文字通り「BOOK OFF」。
わたしの人生の至福である。
・・・よう、あの世ってのは、ずいぶん結構ないいところらしいぜ。だってよう。死んだ人は誰ひとりこの世に帰ってこねーじゃないか。
落語家がいったというセリフだが、わたしのホンネはそれに近い。
こんな極楽トンボ人生は傲慢すぎる。懸命に生きている皆さまに申しわけが立たない。
さっさと結構ないいところにでも行ってしまわないと・・と思いつつ。
このブログは7月になって、もし生還を果たしたら、そしてその気になったら再開。再見。