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お母さんと読む英語の絵本

読み聞かせにぴったりな英語絵本から、米国の子どもたちの世界をご紹介
子どもをバイリンガルに…とお考えのお母さんに

自閉症とともに

2011-06-13 | my Anthology
自閉症(Autism)を大きく取り扱った2006年5月15日号のTime誌

あまり知られていないのですが、アメリカは自閉症に関する研究、治療、教育などの先進国です。研究や治療が進んだ理由のひとつは、自閉症児の出生率の高さ(あるいは自閉症の確定診断率の高さ)。保健省(CDC: Center for Disease Controle and Prevention)の調査によれば、アメリカで生まれる子どもの平均110人に1人が自閉症と診断されており、実は、これは小児がんの出現頻度よりも高い数値なのです。自閉症は、人種・民族、居住地域などを問わずにあまねく見られるのですが、特徴としては女児よりも男児に数倍多く、女の子では240人に1人なのに対し、男の子では80人に1人という高率で、誰にとっても人ごととは思えない実態です。自閉症対策が国家的課題の一つになっていても少しも不思議ではありません。CDCのホームページには自閉症に関する情報がわかりやすく解説されています。

しかし、自閉症の原因は今日でもまだ十分には明らかになっておらず、機序の解明も治療方法もまだ発展途上です。今日では、研究や臨床で世界をリードしているとはいえ、実は、アメリカでも自閉症が認知され治療や研究の対象にされるようになったのはまだ比較的最近のことだからです。国際的にヒットした映画『Rain Man (1988) 』は自閉症の兄とその弟の物語ですが、ずっとひとりっこだと思って成人した弟が、両親の死後、はじめて療養施設で「自閉症をもつ兄」が生きていたことを知らされて会いに行くところから始まります。1950年代、60年代のアメリカでは、自閉症は時には家族の恥として隠されてさえいたのだということがわかります。

そんな偏見と戦いながら、自閉症に対する認識を高め、治療や研究のための環境づくりを進めてきたのは、自閉症児を育てた親たちです。もうひとつのヒット映画『Forrest Gump (1994) 』の主人公も自閉症です。レインマンとほぼ同年代のフォレストですから、やはり幼い頃には世間の偏見やいじめにあって苦労しています。この映画では、そんな環境下で、彼の母親が世間の冷笑に負けず、いかに果敢にわが子を育てていくかがくっきりと描かれています。お母さんの支援のもと、功成り名遂げて、心優しいアメリカンヒーローになっていくストーリーはご存知の通り。

今日のアメリカで、自閉症児に提供されるさまざまな特別教育プログラム(零歳から通える自閉症児向施設、家庭へのスペシャリストの派遣、学校教育補修のチューターなど)は、フォレストのお母さんのような親たちによって獲得されてきたものです(http://www.autism-pdd.net/resources-by-state.html)。

一方、治療や教育が進むと、次の課題 -- 自閉症を持つ成人者の、一般社会での自立をどう支援できるかが浮上します。結婚や子育ても重要課題です。

これも大ヒットした映画に『I Am Sam (2001) 』があります。自閉症の障害がある父親サムに、「娘の養育権」を認めるかどうかを巡って福祉行政者との間で争われる裁判を縦糸に、父と娘の愛情あふれる交流、同様な障害をもつ仲間たちとの繋がり、雇用主や隣人とのやり取りを横糸にして紡ぎだされる物語は、”(アメリカ社会で)障害をもって生きる”という問題を実にリアルに描き出しています。

”親になる”という課題もですが、それ以前に、対人関係を築くことに困難を抱える自閉症の人々が年頃を迎えた時の恋愛・結婚の問題も重要な課題です。『Mozart and the Whale (2005) 』では、ともに自閉症という障害をもつ若者同士がどのようにして出会い(地域の自閉症者同士の交流グループで知り合います)、どのようにお互いの障害を個別具体的なものとして理解し合い(文字通りひとりひとり障害のありようが違うのです)、そして、どのようにしてお互いの中にある対人障害を乗り越えて恋を成就させて結婚するかまでを丹念に描いた物語です。

アメリカでは、商業的に成功した映画が”自閉症の現在”についての一般社会への情報発信源になっていることがわかります。上述の映画はその代表ですが、いずれも実話が下敷きになっており、時代をくだるにつれ、自閉症の研究や臨床が進むにつれ映画もまたテーマを深化させています。自閉症を描いた”おすすめ映画”を、民間の自閉症研究団体がまとめたリストもあります。

さて、では子どもたちの絵本は?とみると、自閉症に焦点をあてた絵本も少なからず出版されています。主流は「自閉症とはなにか」を子どもにわかりやすく解説する絵本で、健常な子どもが、自閉症児を理解しともに交流できることを支援する意図で書かれています。たとえば『Autism Acceptance Book』では、自閉症の子どもに対して、どうふるまえばよいか、どうコミュニケーションを試みればよいかなどがわかりやすい言葉で解説されています。読み進むにつれて、だんだん「私も自閉症の子を自然体で『受け入れる』ことができそう」という気持ちになります。Amazon.comの読者レビューでは「わが子のためにこの本を買いました。『私の自閉症』を理解してほしいから。”どうして他のお母さんと違うのか”をわかってほしいから」という、自らが自閉症をもつお母さんの書き込みもありましたので、この絵本の内容の適切さには定評があると言ってよいのではないでしょうか。

大部分の絵本は、健常な子ども向きに、健常な子どもの視点から書かれています。『Since We're Friends』は自閉症の男の子マット(Matt)についての絵本。イラストに描かれるマットの様子を、友達の男の子が読者に紹介しながら解説するというスタイルで書かれています。マットはバスケットボールの練習がうまく”指示通りに”できないんだ。マットは”大きな音”が苦手だよ。マットは話し相手が言うことを”おうむ返し”することもある。マットは驚いたり、分かりにくい指示で混乱したり、嫌なことがあると騒いだり、訳の分からないおかしな反応をする。これは彼が自閉症だからなんだ。マットが混乱したら?……大丈夫!そんなときは、どうすればいいか教えてやればいいんだよ。だからボクが教えてあげる。だって、ボクらは友達だもん。

対人障害のある自閉症児にとり、誰かと友達になることは時にほとんど至難の技。でも、社会の中で生きていくためには友達を得ること、友達を介して理解の輪が周囲に広がることはとても大切なことです。だから、絵本もそこに焦点を当てて描かれたものがたくさんあります。『A is for Autism, F is for Friend...』『My Frend with Autism』 などはお薦めの絵本です。

自閉症児の身近にいる「もう一人の子ども」、それが彼らの「きょうだい」です。最も身近な”他者”として、自閉症のきょうだいを日常的に見つめる子どもの視点で描き出された絵本には、お説教臭くない素朴な説得力があります。例えば、自閉症の弟イアンについて姉のジュリーはこう語ります。「自閉症があると、モノの見え方も聞こえ方も普通の人とは違うの。手触りや味覚や臭いも普通の人とは違うの。イアンの脳は普通の人とは違うふうに働いているから」 でも、ジュリーに分かっているのはここまで。だから、わかっていても、時にイアンの行動が理解できずに困惑し、いら立ち、また人前では恥ずかしくも思ってしまうのです。もちろんイアンのことは大好きなんだけれど……(「Ian's Walk」)

きょうだいの、時にアンビバレンツな思いを描いた絵本はほかにも出版されています。このブログで以前紹介した『Tacos, Anyone?』もおすすめの一冊ですし、『All About My Brother』も定評の一冊です。自閉症の兄を持った弟の視点といえば、上で紹介した映画「Rain Man」もそうですが、最近話題になった映画に「Black Baloon」があります。自閉症の兄とともに育って思春期を迎えた弟の愛情と困惑、そして折々の怒りや腹立ち、兄弟の激しい諍いや和解までを率直に描いて説得力があります。他の映画同様これも数々の映画賞を受賞しています。

What It Is to Be Me!』は、自閉症の一種とされる一方で、これとは区別すべきとも言われている「アスペルガー症候群」の男の子が主人公の絵本です。”障害を持つ本人”が語る絵本の著者(Mrs. Wine)は、自身がアスペルガー障害の息子を持つお母さんです。実は、この絵本を読むと必ず思い出されるのが、黒柳徹子さんの『窓際のトットちゃん』です。絵本ではありませんし、特に障害のある子どもの話とは受けとめられていないようですが、(障害のために)集団生活とくに学校に適応するのが難しい子どもについて考える上で非常に参考になる本です。各国語に翻訳されていますが、日本では1981年の発売以来750万余部を売り上げ、なお販売数を伸ばしているのは、出版部数としては最高記録。初版から30年を経ていささかも旧くなっていない驚異的な本です。合わせて、ご一読をお勧めします。

最後に、自閉症で且つアスペルガー障害をもつ本人が自ら書き下ろした自伝『The Way I See It』を、HBOが映画化した「Temple Grandin」をご紹介します。テンプル(Temple Grandin)はコロラド州立大学で教鞭をとる動物学者ですが、屠られる食肉用の動物にもっともやさしいシステムを考案し、実用化した発明家でもあり(このシステムはすでに世界中で使われています)、2010年には雑誌タイムが選ぶ「アメリカで最も影響力のある100人」に選ばれています。テンプルは周囲の無理解や偏見と闘いながら、なお自閉症の娘の教育をあきらめなかったお母さんや叔母さんのたゆまぬ努力と支援に支えられながら高等教育をまっとうし、研究者として社会に貢献する立場になりました。またテンプルは、自らの障害について、障害者への支援について、自身の声で語れる数少ない、きわめて貴重な存在でもあり、本業の傍ら各地の自閉症関連の研究会等で勢力的に講演し、障害をもつ子どもの親や教師などに惜しみない情報提供をしています。




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