上原正稔日記

ドキュメンタリー作家の上原正稔(しょうねん)が綴る日記です。
この日記はドキュメンタリーでフィクションではありません。

沖縄をダメにした百人 39

2013-04-02 09:45:16 | 沖縄をダメにした百人

前回の続き

~1フィート運動騒動記~ 20-5

 大田昌秀は特別寄稿─「永遠に語り継げ沖縄戦」と題して得意の大嘘を並べている。

「1フィート運動について、最初に相談したのは旧知の外間政彰さんでした。 外間さんは私の発案に喜んで賛同して、準備に入りました。 発起人の交渉や事務局の陣容などのお膳立ては彼に一任しました。 ただ、会の代表は私の最も敬愛する仲宗根政善先生に私自身がお願いしました。」 この大嘘はしばらく傍に置いておくとして、大田は彼が感動した結成趣意書のほとんどを引用して、「沖縄戦は永遠に語り継がなければなりません」と高らかに述べ、「永遠に語り継げ沖縄戦」とタイトルを付けたのだ。 その”感動的な”趣意書全文をここに紹介しよう。

 趣意書

 沖縄戦記録フィルム運動

    一フィート運動について

 沖縄戦とは一体何だったのでしょうか。戦後三十八年経つ今も沖縄の人々は問い続けます。沖縄戦を体験した世代は、「あの人間が人間でなくなる日」は二度とあってはならないと考えます。沖縄戦を知らない世代は「何故この様な愚かしい戦争が沖縄を破滅させたのか」を問い続けます。今、沖縄は平和を享受しているかの様に見えます。しかしながら、「沖縄戦」が二度と来ないという保証はどこにもありません。
 沖縄の子孫達が未来永劫にわたって「戦争を知らない世代」であるためには、「沖縄戦」を永遠に語り継がねばなりません。
 また、沖縄戦がいかに、なぜ戦われたのか、その責任は誰にあるのか、永遠に追及されねばならないのです。
 そして、沖縄戦の映像を伝える貴重な未公開フィルムが、アメリカ国立公文書館を始めとする、アメリカ各地の資料館に保存されております。その膨大な量に及ぶ未公開フィルムはいまだ手つかずのまま眠っているのです。私達はこの未公開フィルムを三十八年間の眠りから覚して、沖縄戦を知らない世代にその実像を伝える事を決意いたしました。

 フィルム入手の手続は意外にも容易なのですが、その調査と収集にはかなりの経費を要するのが難点です。しかし、これも私達ひとりひとが手を携えれば必ず成就できるものと信じます。

 アメリカの未公開 フィルムもようやく陽の目を見て、その真価を世に間う時が到来いたしました。ひとりが一フィートのフィルムという精神から、今後沖縄戦未公開フィルム入手運動を「沖縄戦記録フィルム一フィート運動」と名付けます。

 皆様のご支援、ご協力を仰ぎたいと思います。

 これが趣意書の全文だ。 この文章は今、振り返って読むと”感動的”というよりも”稚拙”で恥ずかしくなるものだ。 戦争を体験せず、人生の苦労も知らず、あまりにも観念的だ。 なぜ、こう断定できるのか、と言えば、 この趣意書の一字一句は全て上原正稔つまりぼく自身が心を込めて書いたものだからだ。 だからこそ、その”稚拙さ”に気づき恥ずかしくなるのだ。

 しかし、大田昌秀は嘘と妄想の世界に入り込み、上原正稔の存在も完全に抹殺し、趣意書が上原の手によるものであることを忘れ、今、大恥を掻いているのだ。(このブログを見ていればの話だが)

 石川元平山根安昇大山哲らの「反戦平和で凝り固まった」恥知らずの編集委員は10年ほど前に1フィート運動に参画して、その事情を知らないのだ。 彼らも「趣意書」が上原の手によるものであるということを知っておれば、間違いなく「趣意書」は消去されただろう。 この記念誌は「都合の悪いこと」は全て消去されているのだ。

つづく

 


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