恋の手ざわり(1曲目)満ち潮(2曲目)
チエミさんの最後のEPは「満ち潮」でしたが、このレコードの発売は彼女の亡くなったあと...でした。その前のシングルは「恋の手ざわり」で、30周年記念曲、作詞は山口洋子さん。彼女の著作「背伸びして見る海峡を」から引用します。
>山口洋子
>経歴
東映第4期ニューフェースを経て、1957年に東京・銀座でクラブ「姫」を開店。各界著名人を顧客として抱え、経営に手腕を発揮。1968年頃から作詞活動を開始、「噂の女」、「よこはまたそがれ」、「うそ」などの歌詞を提供。1980年代からは小説の創作活動も始め、1985年には「演歌の虫」、「老梅」で直木賞を受賞。
30周年リサイタルの時、買い求めた「パンフ」に山口さんがコメントを寄せていたこと、そして幕があがり、「恋の手ざわり」を歌う前に、「彼女とは長い友人なんですけど、今回はじめて歌の詩を書いてもらいました」とチエミさんが話したことで、私は「お友達」ということを知りました。
彼女のこの本には江利チエミさんへの愛情溢れる記述があります。
最終章「階段」にその記述があります。抜粋して引用...ご紹介します。
>チエミさんは自分のハートをまるだしにして、おとこに尽くしぬく人だった。
その分だけ敏感なホステスにも女としての共通部分が反映するのか、気さくなチエミさんは彼女たちに人気があったし、私も比較的遠慮なくずばずばものがいえたのだ。その点ひばりさんはあくまで雲の上の人で、誰もが恐れ入って遠巻きにする感じがあったのだが、チエミさんとはこんな会話も交わした。
「男に貢ぐのって、難しいわねぇ」
「え、なんで」
「大変よね、気ィ使うし」
「そうかしら」
惚れた男に貢ぐのは、私とて大好き人間。これこそ女性の生理本能で、女の仕事の原点など、つきつめれば所詮誰かのためにやっているにしか過ぎない。男と女の違いを問われれば、その分かれ道がいちばん判りやすいと考えている。
(中略)
チエミさんに聞いたのは、前のご主人だった人に、現金をさり気なく渡すためにいかほど苦労したかという方法だ。
「たとえばさ、車をそろそろ買い換えたいんじゃないかなと、察するじゃない。なんとなくちょっとした会話の端々で、本人は絶対にそんなことなんか口に出していわないけど。そしたらその分をそうっと」
「へぇ、そうっと」
「寝てる枕元に、木箱に入れておいとく」
「・・・・・・・」
「ほんとにさり気なく、ね」
「ふーん。それで」
「中身がなくなってると、嬉しい」
「! 嬉しい」
感心してしまうが、侠気と律儀を絵に描いた見本のあの方を思うと、さもありなんと納得できる。いずれにしろ難儀なことで女としては不毛の努力、とうてい真似などできる訳もない。
>八十年秋のチエミさんの新譜で「恋の手ざわり」という作詞を担当した。
だがそれより、チエミさんが好きで口ずさんでくれた「優しくだまして」という歌のフレーズが忘れ難い。
優しくだまして 口づけをください
男は夜風 女は小雨
どうせ私は あなたの浮気を
知らんふりして 泣いているだけ
人形みたいに-----
ねぇ洋子さん、チエミさんは私にいつもいった。この感じ、私死ほどわかるのよ、泣けちゃうくらい。優しくだまして微笑を下さいと、あの独特のチエミ節になって、
どうせいつかは つめたいさよなら
夢と一緒に 捨ててゆかれる
人形みたいに-----
チエミさんの青春の代表曲「テネシー・ワルツ」は、「蛍の光」より以上の惜別の哀愁を奏でて、私の胸を切ない別離色で過ぎってゆく。
平成9年9月30日 第一刷「背伸びして見る海峡を」文芸春秋)
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