からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

Lola Marsh - live at 3voor12 Radio

2020-11-16 | 小説
Lola Marsh - live at 3voor12 Radio



AIR - 夏の色を探しに (Live at Yokohama Arena)



Kitri -キトリ- “Akari" Music Video [official] With Subtitles (英語字幕付)



The Mamas & The Papas - California Dreamin'



以前書いたものを少しだけ直しを入れてみました。

まあまあ、読めるかなというくらいにはなったかな。



     青い空といつか見た雲の上


                       からく


 青い空に白い太陽が張り付いているように見えた。太陽の日差しは強く、まるで全てを晒さなければ罪だと言わんばかりに、その光でこの世界を余すことなく照らしている。周辺を囲む青々と繁った木々は、穏やかな風に揺られて、時々ざわざわと微かな音をたてていた。辺り一面、緑に彩られた芝生の絨毯が土を覆っている。正面には雪のない富士山が低い山脈の間からこれでもかと自己を主張しているかのように、雄大にその姿を現していた。ふと見晴らし台の時計に目を遣ると午前十一時を僅かに過ぎていた。あれから十二時間か、俊は軽微な疲労を抱えていた。
「静かだな」
 彼は隣にいる光の方を見ずに話しかけた。
「そうね」 
 彼女の声は何かに捕らわれ、何かからようやく開放された直後のような廃れた声だった。
 二人は、(ドラゴン・パーク)と呼ばれる大きな市民公園の芝生の上に腰を下ろしていた。公園内は平日の午前中ということもあって、人の姿もまばらだ。乳母車を引いている母親には目を引かれたが、あとは芝生に青いシートを敷き、腰を下ろしている学生らしきカップルと、公園の内周をウォーキングしている年寄り、ベンチで居眠りをしているサラリーマンらしき中年の男がいるくらいで、特に珍しくもない光景だった。
公園は市街の小高い丘の上にあった。公園脇には広い駐車場が完備され、眺めはよいが、周辺には人家も少なく、遊具もないことから、近隣の住民がここを訪れることはほぼなかった。つまりは、ここにいる人間達の殆どが車を使い、わざわざここまで来たことになる。平和な奴らだ、俊は呟き、しかし自らもその仲間の内の一人に数えられることに思い至り、自嘲した。まったく、なんだってここに来たのやら、俊は芝生の上に両腕を枕にして寝転んだ。
「芝生が背中に付くわよ」
 光が心配そうな顔を向けて、言った。
「大丈夫、大丈夫」
 なんとなく背中にちくちくするような軽い掻痒感を感じたが、構わなかった。
 光の顔を斜め下から見ると、左目の下に青い痣の痕が残っていた。達也の奴にやられた痕だ。俊は一瞥すると、頭の位置を変えて、空を見上げた。
「会社サボったな・・・」
「ごめんなさい」
「謝ることはない。ただ、ズル休みして、ここでこうして空を見上げてるとさ、何だか愉快な気がして、高校時代に授業をサボって屋上にいったときのことを思い出したりするんだ」
「キヨシローの歌にもあったね」
「そうそう、RCのトランジスタ・ラジオって曲。ラジオはないけどね、まさにあの世界だな」
「・・・高校時代、いつも三人だったね」
「ああ、三人だった。達也に光にそれに俺、いつも三人でつるんでた」
「でも、私と達也は授業サボった憶えはないわよ」
「俺は出来の悪い劣等生だったから。気分が乗らないと一人でもなんでも授業をサボって屋上で寝そべっていた」
「そうかな。私の記憶の中では、俊ちゃんがそんなに授業抜け出していたなんて憶えないんだけどな」
「分からないようにやったのさ」
 俊は言い、半分は嘘だということを誤魔化した。
「あの頃に戻りたいね」
 光は遠くを見つめるような目をしていた。


 あの頃、俊が高校に入ってすぐの頃、初めて言葉を交わした女生徒が光だった。中学の頃迄の彼は奥手で、女の子とろくに喋ることも出来なかった。女の子に面と向かって話しかけようとすると頭が逆上せ上がり、顔がかあっと赤くなって、そこから逃げ出してしまうような有様だった。そんな俊に構わず、天真爛漫に話しかけてきたのが光だった。何故そうなったのかはっきりとは分からない。ただ、高校初めての授業が終了したあと、帰宅しようと向かった校舎裏の駐輪場で彼女は三人の男子生徒たちに絡まれていた。俊は面倒はごめんだと思ったが、生憎彼らは俊の自転車を引き出すのに必要な空間を占領していた。男たちに迫られて追い詰められたのか、俊の自転車の後ろ、金属で型どられた荷台に光の尻が触れていた。仕方がないので俊は歩を進め、彼らの間に割って入るかのようにして男たちに顔を向け、なるべく自分の感情を読み取られないよう彼らを睨んだ。
「自転車が出られない」
 たったそれだけのことだったのだが、彼らより十センチは高い俊に見下ろされて驚愕したのか、彼らは一瞬のうちに揃って逃げ出してしまった。それから後に残った光が俊の前に来て頭を垂れようとしたので、慌てた俊は自転車も出さずにその場をあとにしてしまったのだった。

そのときから俊ちゃん俊ちゃん、と彼女はことあるごとに俊に話しかけ、デートしない?と彼を街に誘うようになった。そんな光の馴れ馴れしさに彼はどぎまぎし、最初の内は無視を決め込んでいたのだが、真っ直ぐ彼を見つめる光の積極さに、いつのまにやら心惹かれていき、やがて彼は流れのままに彼女と付き合うようになった。付き合うといってもその頃の俊のその想いは、恋というよりは、親愛の情といったものに近かったのではないだろうか。彼女の中性的な性格は女の子が苦手で愛だの恋だのを語るのにも照れてしまう俊にも十分対応出来る部類だった。多分、光もそれを感じていたはずで、一年の間彼らは恋だとか愛だとかは一切語らず、まるで男同士の友情のような絆で結ばれていった。
 それが変化し、二人が三人になったのが高校二年の春だった。俊と光は揃って同じ国立文系のコースを選び、同じクラスに進級していた。修学旅行がいよいよ迫った時期、二日目の京都での自由行動の班づくりに際して、俊と光とあともう一人必要になった。三人以上で行動することが自由行動の条件だったのだ。そこで、初めて達也と言葉を交わすことになった。
 達也は寡黙な人間に見られていた。二年生になって以来クラスで彼と会話を交わした者は少なかった。たまに話しかけても、うん、だとか、そう、だとか言うだけで、彼との会話を続けることは、至難の業と思われていた。そのせいか、彼はクラスで少し浮いた存在になり、その時も、彼を班づくりに誘う者は誰もいなかったし、自分からも動こうともしなかった。一人ぽつんと席に座り、何を考えているか分からない顔をして、空の一点を凝視していた。
 そんな達也に声をかけようと提案したのは光だった。俊が難色を示していると、結構良い奴かもよ、と光は言い、俊の意見もなんのその、善は急げと彼のもとに向かい、彼の机の前に両手を置くと、達也君、一緒にまわろうよと笑いながら小首を傾げたのだった。
声をかけられ、最初は不思議そうな顔をしていた彼だったが、意外にも人懐っこそうな笑顔を見せ、「いいよ」と即答した。俊はその彼の笑顔を見て、(笑うんだな)と思い、まあ、いいかとひとりごちた。
 二人の班に加わった達也は、よく気が利いた。清水寺やら金閣寺やら定番のコースを計画していると、穴場のコースがあるんだと和菓子づくりを体験出来る店を紹介してみせたり、二人の場当たり的な構想に、そうではないと、手際よく整理してみせたりもした。それに、計画の合間にときどき脱線して、思いもかけない博識ぶりを披露したりもした。彼らは楽しく笑った。二人の前にいるときの達也は決して寡黙ではなく、むしろよく喋る男だった。
あるとき俄かに能弁になった彼は、京都市内ではないが、亀岡市にジョン・レノンとオノ・ヨーコが泊まった宿があるんだと言い、聞いてもいないのに、ビートルズのどこが凄いのかということを熱く語り始めた。 俊も光もロックミュージックが大好きだったので、そんな彼の熱き想いにおおいに触発されてしまい、いつのまにか旅行の計画もそっちのけで、ビートルズ云々について三人で大激論になってしまった。
 激論の末決着がつかず、ふと、冷静になった俊が何故こういう風に皆と接しないのかと問うと、達也は「お前らは特別みたいだからな」と楽しそうに笑った。
それから俊と光は、そんな彼をどちらからともなく、仲間に加えることに決め、達也もまた極自然な形で二人の間にするりと入り込み、修学旅行が終わったあとも、三人で行動を共にすることが多くなった。男二人に女一人・・・、当時としては目を引く微妙な「友人関係」だったが、俊と達也は光を挟んで、丁度良い距離とバランスを保っていた。傍から見れば、一人の女を巡って二人の男が駆け引きをしているように見えたかもしれないし、実際そう陰口を叩く連中もいたが、彼らは何処吹く風でまったく気にしていなかった。彼らは三人でいることが楽しくて仕方がなかったし、まだ色恋を感じるほど大人には毒されていなかった。 
あの頃彼らは、男女の枠を超えた真の友情というものを育もうとしていた。それは、今思うと幼く無謀な挑戦だったように俊は思うのだった。



「でも、一度だけあったわね」
 俊が身体を起こし、背中の芝生を叩いていると、光が急に思い出したとでもいうように言った。
「何?」
「三人揃って学校を抜け出したこと」
「・・・ジョン・レノン?」
「そう。あの日の夜、ジョンが凶弾に倒れて亡くなったことを知ったのよ。最初は達也が、ラジオを聴いててそれを知ったの。私に電話を架けてきて(ジョンが殺されたぞ)ってね。そんなばかなって思っていたら、俊ちゃんも電話をくれて・・・、本当のことなんだってやっと理解できた。次の日はぼうっとして授業どころじゃなくて、何もかも世界は終わりだ、なんて思ったりして、学校を抜け出したのよ」
「何処にも行くあてもなくて、電車に乗ったな」
「甲府から高尾までだったかしら」
「各駅停車でね、行って帰ってきてそれでお終い」
「その間三人とも何にも喋らなかったね」
「うん、とてもそんな気分になれなかった」
 あの年、十一月にジョン・レノンは五年ぶりのアルバム、「ダブル・ファンタジー」を発表していた。五年の間、ジョンは自ら音楽業界から距離を取り、俊たちに消息を伝えてはくれなかった。そこへ突然の新譜の登場だ。彼らは降って沸いたようなジョンの復活に喜び、アルバムを買い求め、毎日のようにレコードをターン・テーブルに載せ、聴いた感想を互いに述べ合っていた。俊たちは彼の創作能力に感動し、そして早くも彼の次回作がどのようなものになるのかを期待していた。その矢先、米国時間で十二月八日二十二時五十分に、ジョンは精神的に病んでいた一ファンによって凶弾に倒れ、あっけなく亡くなってしまったのだった。
「あれがきっかけになってバンド組んだのよね、私達」
「光&ファンタジー、なんて今考えると恥ずかしいネーミングだよな」
「あら、でも私のボーカルとギターのテクニックは中々のものだったでしょう?」
「俺たちの演奏に比べればましだったかも」
「ほら、みなさい」
 光は目をまるくした。
 光の目の下の青痣は痛々しく、見ていられなかった。俊は思わず目を伏せ、そしてそれに気づいたのか光は急に無口になり、二人はしばらくの間、正面に見える富士山を眺めた。
 公園が丘の上にあるせいか、富士山はお付の山々を従えて、でんと構えているように見えた。山頂には微かに雲がかかり、まるで一枚の絵画を見ているような気がした。
 辺りを見回すと、ベンチで居眠りをしていた中年のサラリーマンは何時の間にか姿を消し、代わりに乳母車を引いていた母親が、ベンチに座っていた。乳母車は母親の手前にある。母親は乳母車の中にいるのであろう赤子に向かって何やら話しかけている様子で、時々笑顔を見せていた。ウォーキングの年寄りは、疲れたのか芝生に座り込んで足を抱えている。カップルは何やら弁当を広げ、楽しそうに談笑している。
「飲み物買ってくるよ」
 俊は立ち上がり、右手の見晴台の入口にある自動販売機の方に向かっていった。自動販売機は三台設置されていて、飲料水も何種類もあって、どれを選択すればいいのか迷ったが、結局コーラのボタンを二回押した。
 俊はコーラの350ml缶を二本持ち帰り、一本を光に差し出した。光は、ありがとう、と小さく頷き、350ml缶を左目の下にあてた。
「まだ痛むのかい?」
 俊は、光の隣に座りながら、彼女の顔を覗き込んだ。
「ちょっとね」
 光は言葉を返した。
「これからどうする?」
「・・・・うん」
「光は人妻だからな。ましてや俺といることが分かったら、達也はなにをするか分かったもんじゃない」
「・・・うん」
「まったく、達也の奴」
 俊は苦々しく思った。


 三人の奇妙な関係は高校卒業まで続いたが、そのあとすぐ破綻した。
 高校を卒業して、俊が都内の大学へ行き、光と達也が地元の同じ大学に進学すると程なく二人は恋人どうしになった。
俊だけが東京に行き離れたことで、三人の微妙なバランスが崩れたからだろう、達也は光に急接近していき、すると光はいつも身近にいた達也を選んだ。それは、当然の流れであり、高校時代の想いに囚われていた俊は何時しか彼らからそれ相当の距離を置き、大学時代は一年に一回会うかどうかの間柄になっていった。
 大学を卒業と同時に二人は結婚した。俊は地元の信用金庫に就職が決まり、仕事の忙しさを言い訳にして、二人とは疎遠になり、やがて連絡を絶った。

 それから二十年近くの歳月が経ち、俊は光と再会したのだった。それは、偶然がもたらした出来事だった。一ヶ月前、俊がその日休んだ担当者の代わりに、普段は行ったことのない取引先に融資の書類を届けに行った際に、その取引先で出会ったのだ。彼女はそこで事務の正社員として働いていた。
「光か?」俊がそう言うと、彼女は高校時代と変わらぬ笑顔で、「俊ちゃん?」と彼を懐かしそうに見つめた。
「昔より、痩せたかな?」
「うん、少しね。俊ちゃんこそ、かなり痩せたみたい」
「金融機関の業務はハードだからね。中年太りしている暇がないよ」
「結婚は?」
「残念ながら独り身」
「そうなんだ」
「達也は?元気なのか?」
 俊がそう聞くと、光は目を伏せ「元気なんだけどね」と言った。
 意味深な光のその言葉に俊は疑問を抱き、何かあったのか、と光を問い詰めた。
 光の話によると、達也はここ二年程定職に就いていないとのことだった。長年勤めた前の会社をリストラされ、それから二年、短期間働いては辞めるということの繰り返しで、出口の見えない悪循環に陥っていた。子供がいないのがせめてもの救いよ、と彼女は言い、不思議そうにしている俊をみると、二人なら私の給料だけでもなんとか生活できるからね、と付け加えた。
 そんな話を聞き、俊は自分の携帯番号をメモに書きなぐり、何かあったらと、光に手渡した。自分にできることなんかたかが知れていると俊は思ったが、そうせざるをえなかった。彼女の頬の辺りには、微かに殴られたような痕があり、もしかしたらDⅤを受けているのかもしれないと彼は思った。光は一瞬驚いた顔を俊に向けたが、微かに笑みを浮かべ、機会があったら、と事務服のボケットにそのメモを潜ませ、じゃあね、と仕事に戻っていった。
 俊は光のつれない返事に、そうさな、と思い、彼女が自分に電話をかけてくることはないだろうと思っていたので、それから一ヶ月ほど経った昨日の晩に、光が彼に連絡してきたときにはたいそう驚いた。 
 彼女は小さくか細い声で、助けてと言い、市の体育館の前にいるから来てくれないかと震えた声で俊に懇願した。何があったんだと思いながらも十五分で行くと俊は光に伝え、電話を切ると急いで車に乗り込み、市民体育館に向かって車を走らせた。道路は空いていて、十五分もしないうちに市民体育館に着いた。俊は駐車場に車を止め、車を降りた。光はどこだと思い、辺りを見回すと、体育館へと上る階段の中腹辺りに座っている女性を見つけ、光にちがいないと、彼女のもとへと駆け寄った。
 街灯が、光の姿をぼんやりと照らしていた。彼女は顔を伏せ、小刻みに身体を震わせていた。俊は隣に座り、右手で彼女の肩に触れた。光は一瞬びっくりしたような顔を彼に向けたが、相手が俊だと分かると、ほっとしたような顔になった。
「何があったんだ?」
「・・・家にはいられなくなったの」
「達也にやられたのか?」
「うん」
「酷い顔だ」
 光の髪は達也に引きずられたあとなのか乱れ、目は赤く泣き腫らし、目の下には殴られた痕があった。
「まずいとこ見せちゃったかな」
「そうかもな」
「来てくれてありがとう」
「いいや、それは気にすることはない」
「お酒を飲むとね、人が変わったように暴れだすのよ」
「達也が?」
「そうなの。・・・それで、今日は特に酷くてね、まるで殺されそうな勢いだったから、逃げ出して、だけどいくとこなくて、悪いと思ったけど、俊ちゃん呼んじゃったんだ」
 光は泣き笑いのような顔を俊にむけていた。
 彼はともかくこの場所から離れるのが先決だと考え、光の手を引き、車のある駐車場まで歩いていった。
「ねえ」
「何?」
「せっかく車できたんだしドライブでもしないか?」
別にドライブをすることが目的ではなかったが、その時光を落ち着かせるには出来るだけ遠くへ離れるべきだと思ったのだ。
光は虚ろな目で俊を見ると、「うん、そうだね」と微かに言った。
 それから二人は車に乗り込み、夜のドライブに出かけた。どこにも行くあてもないので、ともかく昭和インターから中央道に入って、東京方面に車を走らせた。
中央道は暗く、夜走っていると道が永遠に続いているような錯覚を起こし、しかも退屈だった。少しは会話も弾むかと思ったが、光は疲れている様子で、外の暗い景色をずっと眺めているだけだった。
途中夜の静まり返ったインターで車を止め、自動販売機のある方向に歩いていたら何やら黒い影が足元に纏わりついてきた。子犬だ。俊たちは何故ここに子犬がいるのかと訝しがったが、光が膝を曲げ、腰を落として頭をなでると子犬は光の膝のあたりに身体を擦りつけてきた。可愛いね。初めて光は明るい笑顔を見せた。
そこには一時間ほどいただろうか。俊たちは、首輪もあったしインターのお店で飼われているのだろう、と判断し子犬を残して車に乗り込んだ。インターを出るとき光は後ろを振り返り、あのこがいたらまた違っていたかもね、と呟いたのを俊は憶えている。 
結局、それからもまた夜通し中央道を走らせた。朝方また元の街に舞い戻り、国道沿いのファミレスで仮眠をとった上で、どこか景色のいいところへ、という光の要望に俊がこたえるかたちでこのドラゴン・パークというつまらない公園に行き着いたのだった。


「私、もう達也と一緒にいるの疲れちゃったな」
 光は両手を頭の上で逆さに組み、大きく背中を伸ばした。
「どうして?二十年も一緒にいたんだろ・・・そりゃあ、暴力は最低だけどさ」
「暴力の問題じゃないの」
「じゃ、何故?」
「最近ね、私はどうしてこの人と結婚したのかなって思うようになったの」
「好きになったからじゃないのか?」
「分からないんだな、これが」
「分からない?」
「うん。高校を卒業して、俊ちゃんが私達から遠ざかるようになって、何だかぽっかりと心の底に穴があいたような気がしたのよ。心臓だけを持ってかれるような感じ。分かる?・・・そんなとき、気がついたら達也だけがいつも私の側にいてくれたのよ。彼はあなたがいなくなったあとも高校時代と変わらず、優しく接してくれた。何年か付き合って、私は彼の気持ちに応えるにはどうしたらいいのか考えたわ。それが彼と結婚するということだったのよ」
 俊は動揺した。そしてあの頃先に見捨てられたのは俺の方だったじゃないか、と思った。気づいたら、達也と光は恋人どうしになっていて、俺の居場所はなくなっていた。俺は彼らのもとから去る決意をして、彼らの結婚とともに姿を消したのだ。それが間違いだとしたら、この二十年間はなんだったのだろうか。
「あーあ、ほんと、三人が出会った頃からやりなおせたらなあ」
 光は大きく溜息をついた。
「やり直せたらどうする?」
「そうね、途中で投げ出した光&ファンタジーを再結成させるわ」
「それで?」
「うん。それでね、私達は突然綺羅星のごとく、ミュージック・シーンに出現するの。毎回のようにヒット曲を連発して、出す曲全てがミリオンセラーで、そしてガッポガッポお金をかせいで、それから・・・」
「それから?」
「・・・いつも三人でいるのよ。私と俊ちゃんと達也の三人で、ね」
 光はそう喋り終え、微かに小首を傾げて俊を見つめると、もう一度小さな声で、言った。「そう、三人はいつも一緒なのよ」
 俊は自分を見つめる光の視線に耐え切れなくなり、空を見上げた。青空は蒼く澄み、渡り鳥の一群が北から南へと向かって行った。太陽の光が目に入る。俊は近視眼差しになり、やがて目を背けた。光の方に目を遣ると彼女は未だ俊を見つめている。その眼差しは真剣だった。
「俺と会わなければよかったのかもな」
「どうして?」
「俺と会わなければ光はつまらん過去を懐かしむこともなかったし、達也とのことも疲れたなんていうこともなかった」
「そんなことない」
 光は否定した。
「いいや、きっとそうなんだよ。俺は光の前に現われてはいけない存在だよ。もう一生会わないって決めていたのに・・・。偶然とはいえ俺はなんて間の悪い男なんだろうな」
 唐突な俊の告白に光は動揺しているようだった。驚きが悲しみに変わり、目を潤ませ、今にも溢れ出しそうな涙を必死にこらえていた。
「そんなこと言わないで、俊ちゃん。・・・そんなこと言わないでよぉ」
 光は身体を寄せると背後から俊の身体を抱きしめた。
 光の汗の匂いがした。背中に感じる光の息づかいが苦しかった。頬にあたる夏の柔らかな風が俊の心を落ち着かせようとしている。弁当を食べていたカップルは、何事かと怪訝な顔をして、こちらを見ている。ウォーキングの年寄りはもうどこにもいない。
俊は大きく息を吸い、吐いた。
「もう、帰ろう」
 俊は光の腕を注意深く解きながら、出来るだけ優しい声でそう突き放した。
「達也が待っている」
「・・・うん」
「昨夜のことは、きっと反省しているさ」
「そうね」
「これからもずっと前を向いて歩いていくしかないんだよ、俺達」
 俊はそう言い、光の手を引きながら立ち上がった。


 俊は、市民体育館まで光を送っていった。市民体育館に着くまでの車中、光はずっと高校時代の昔話を俊に向けて話し続けた。あの頃の三人がどんな風だったかについてだ。俊は苦笑いを隠しながら、うん、だとか、そうだね、とか返事を返した。
車が目的地に着き、車から降りる段になって光は「またね」と精いっぱいの笑顔を見せた。俊は少し迷ったが、やはり同じように「またね」と返した。それを聞いた光は安心したような表情になり、くるりと背中を向けると、その場からゆっくりと離れていった。
俊はエンジンを停止し、車の中から彼女の後姿を目で追い、消えてなくなるまで見送った。
またね、か。
俊は呟いた。
これからも達也が暴力を振るうたびに光と会うことになるのだろうか。それは本心では嬉しくもあり、同時に悲しいことでもあった。光に会うことは懐かしさとともに、後悔の風をも運んでくるからだ。彼女の存在は自ら意識するしないにかかわらず、自分自身を苦しめる存在になるに違いない。
もう、昔には戻れないんだよ、光。
俊は上着のポケットから煙草を出し、箱から一本引き抜くと口にくわえ、百円ライターで火を付けた。
煙草の煙を大きく吸い、吐き出し、一息付くと、それでも、と思った。それでもなるようにしかならないんだよな。
俊は車のエンジンをかけ、しばらくの間、銜え煙草のまま思案した。
そうさ、あるがまま、だ。
煙草の先端の灰が長く保ち、そしてそれはやがて重力に負けるかのように、静かにそっと折れた。


                           



                           了
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