念願の奥穂高岳に登った!
全行程晴れて
槍ヶ岳のときは山頂は無念の雲の中だったけど
今回は雲のない空の中の頂
7/18バスタ新宿から夜行のさわやか信州号にて上高地へ
7/19バスターミナルでお湯を沸かし簡単な朝食
去年の1月に釜トンネルを歩いて無人の上高地に来たことを思い出す
あのときは誰もいないしんとした雪のターミナルだった
今回は早朝から賑やかだった
初日は涸沢まで
2日目に奥穂高岳山頂に登り涸沢でもう一泊
3日目に上高地へ下山する予定
夜勤明けの残業からの夜行バスでやや寝不足ぎみ
ゆっくりと歩く
梓川の上流の方で治山工事中
大型の重機が入って川をガンガン掘っていた
徳沢で休憩
トーストとカフェラテ
日差しと風が心地よくて
このままここで寝てきたい気分になる
わりと大きな猿が自然な顔して道を歩いていた
人をまったく気にしていない様子
横尾山荘から
いよいよはじめてのゾーンへ
橋を渡り
しばらくは平坦な登り
左手に迫力のある屏風岩
吊り橋を渡るあたりから登りが急になってくる
で、どうもこのあたりでサングラスを落としたらしい
安いとはいえ二度も
帽子の上に乗っけとくと落とす
今度からはずしたらポケットにしまおう
川原で小休止
もう少し水温が高ければ頭から飛び込みたいくらい
そこからまた登り
ガレ場を通過して
雪渓を通ると
涸沢ヒュッテの吹き流しが目に
やっと着いた
ただし初日の宿は涸沢小屋
ヒュッテと小屋とどちらか迷ったけど
比較的すいていて登頂前に落ち着いて休めると思ったので
涸沢小屋を選択
部屋は8畳、8人満室だった
たぶんみんな男女ペアの宿泊者をまとめたらしい
他に空いてる部屋があるのだから
もう少し分散してくれたら快適なのに
今回は個室は予約せず(電話では個室は満室とのことだったが)
その日は30名ほど宿泊とのこと
テラスでビール
おもいのほか雪が残っていて
カールはほぼ雪の下
小屋からは見えにくいのだが
どこから登るんだろうと少し不安になった
15時くらいだったけど
その時間にヒュッテからザイテンの方へ登っていく人影がひとつ
実は小屋のテラスを突っ切ると
そこにザイテングラートのとりつきにつながる登山口が
なるほどこうなっていたのか
涸沢は日没も日の出も見えない感じ
夕食のときの話だと
同じテーブルの人たちはほぼ初穂高で
登れるかなあと不安の会話
同室のペア一組がこっそり大部屋へ移っていったら
で
はっきり言って寝苦しかった
部屋の戸を締め切ってしまうと
空調がないので
部屋のなかは蒸し暑くて
寒いかと思ってたら
汗だらだらで
最後は半袖のシャツ1枚でねた
あまり眠れなかった
全体的に
もっと涼しいかと思ったけど
長袖のシャツ1枚で夜もそんなに寒くなかった
翌朝
不要な荷物をおいて
とはいってもアイゼンやらバーナーやらでそこそこの荷物
ヘルメットをかぶり行動開始
山岳救助隊の人がいて
今日は地元の中学生が登るからとのこと
ヒュッテの方からそれらしきジャージとオレンジ色のヘルメットの1隊が
追い付かれないように登る
途中から雪渓
踏みあとをたどりアイゼンは使用せず
ザイテンのとりつきでストックをしまう
岩のごろごろした登り
両手両足で登る
登りはまだいいけど
これ下りのとき怖いだろうなと
けど心配したほどではなく
途中足場のしっかりしたところでは
カメラを出して写真を撮った
いままでの山よりも
すれ違う人の登り優先というのが
徹底されている感じだった
下りの人がみんな止まって先に通してくれた
思ったよりも早く穂高岳山荘に到着
パンを少し食べて休憩
小屋前に蛇口があって500ミリリットル100円で水が
わたしは買わなかったけど
他の人が
「冷たいかと思ったらぬるい」と
ヘリポートが小屋の真ん前にあって
その日は荷揚げをしていて
ヘリコプターが頻繁に登り降りしていた
あとごっつい小屋番の人々がたむろしてて
最初なんだろうと思った
小屋前にザックをおいて
水だけ背負って山頂へ
小屋前から見上げると先行してる人が岩壁に引っ付いていて
はっきり言って
ガクブル
怖い
落ちたら死ぬと思った
ヘルメットの下にキャップを被っているのだけど
つばが前だと視界が遮られて岩を登るときはものすごく怖く感じるので
つばを後ろ向きに被る
登りはじめてみると
下からみたほどには怖くない
梯子を登りきれば
あとはそんなに危険なところはない感じ
遠くの空にまだ低く雲
たぶん登頂まではもつ
昨日は10時くらいにもう山頂に雲がかかってるのが見えたので
10時前の登頂を目指した
ほどなくして山頂
祠が見える
5、6人並んでシャッターの順番待ちしてた
自分も押して押してもらって
山頂ではあまり景色を楽しむ余裕なくて
すぐにツアーとおぼしき年配の女性のグループが到着
ほどなくしてくだんの中学生たち
しばらく山頂で写真を撮ってから
他のグループに先駆けて下山開始
苦労して登ったけど
降りるときはすぐ
最後の下りでまたヘリが接近
「安定した場所で待っててください!」
荷揚げの人が下から叫ぶ
荷揚げのヘリを上から見るという
無事に穂高岳山荘に戻る
昼食
持参したカレーめしなるインスタント
食べてたらまたヘリがくるから小屋の中にはいってくださいとのことで
小屋の中に移動
きれいな小屋だった
お土産に手拭いを買った
そのまま降りずに
向かいの涸沢岳へ
小屋をはさんで雄大な奥穂高岳が一望できる
さっきあそこ登ったんだなあと
山頂はもう雲がかかってきていた
小屋まで戻り下山開始
心配したザイテンの下りも
それほど難儀せず
途中
登山道を直している職人さん?
金手子みたいなので抱えるくらいの岩をぐるんと動かしていた
下り
徐々に足が痛くなってくる
とりつきの辺りにザックを背負っていない集団
TV関係者らしい
ヒュッテに泊まっているNHKの撮影クルーのようだった
そこから下って
あれ、小屋に戻る道はどこからだろう
少し焦る
大きな岩に黄色の小さな○のマークのところがそうだった
再び木々のなかを通り
水の音が近くなると小屋が
預けておいた荷物を回収し
痛む足でもうひとがんばり
その日の宿
涸沢ヒュッテへ
ちょっとした集落みたいな人の多さ
ちょうど先ほどの中学生たちの音楽会?
ホルンと歌の演奏
テラスにいた人たちが手拍子していた
3棟くらいある大きな山小屋
はじめ受付がどこかわからず困った
本館の1階の大部屋
布団が
濡れてる?
湿ってるのを通り越して濡れてるレベルの湿気
ホテルならクレーム入れるレベルの
でも部屋中みんなそんな布団らしい
今夜こそは快適に眠れるかと思ったら
残念な感じ
テラスに出てビールを飲みつつ涸沢の景観を楽しむ
小屋に比べて賑やか
山が迫ってくる感じ
赤い顔をしてる人多数
夕食にグラスワインを
食後、まだ明るいテラスで缶ビールを飲む
徐々に暮れてゆく
まだ日没ではなかったけど
就寝
比較的乾燥している毛布にくるまって眠る感じ
隣の談話室で
くだんの中学生たちと引率の先生方の反省会?
やや賑やか
眠り
いつの間にか消灯していて
右と左からかわりばんこにイビキの合唱
布団が不快なのもあってそのあとはあまり眠れず
0時頃トイレに起きて
空をみたけど薄雲がかかって
満天の星ではなかった
夜間はテラスは入れなくしてあった
談話室が広いので
こっそり談話室で座布団ひいてねた方が快適だろうなと思った
けっこう年配の人が多かった
ザイテングラートでも白髪の人と何度もすれ違った
まだシーズン前だけどけっこうな人
混んでるときは来たくないな
次に涸沢に来るときはテントがいいなと思った
あとヒュッテよりは小屋の方が静かに過ごせそうだ
とりあえず
これで槍・穂高だな
また他の西とか北とか前とかも登りたいなあ
全行程晴れて
槍ヶ岳のときは山頂は無念の雲の中だったけど
今回は雲のない空の中の頂
7/18バスタ新宿から夜行のさわやか信州号にて上高地へ
7/19バスターミナルでお湯を沸かし簡単な朝食
去年の1月に釜トンネルを歩いて無人の上高地に来たことを思い出す
あのときは誰もいないしんとした雪のターミナルだった
今回は早朝から賑やかだった
初日は涸沢まで
2日目に奥穂高岳山頂に登り涸沢でもう一泊
3日目に上高地へ下山する予定
夜勤明けの残業からの夜行バスでやや寝不足ぎみ
ゆっくりと歩く
梓川の上流の方で治山工事中
大型の重機が入って川をガンガン掘っていた
徳沢で休憩
トーストとカフェラテ
日差しと風が心地よくて
このままここで寝てきたい気分になる
わりと大きな猿が自然な顔して道を歩いていた
人をまったく気にしていない様子
横尾山荘から
いよいよはじめてのゾーンへ
橋を渡り
しばらくは平坦な登り
左手に迫力のある屏風岩
吊り橋を渡るあたりから登りが急になってくる
で、どうもこのあたりでサングラスを落としたらしい
安いとはいえ二度も
帽子の上に乗っけとくと落とす
今度からはずしたらポケットにしまおう
川原で小休止
もう少し水温が高ければ頭から飛び込みたいくらい
そこからまた登り
ガレ場を通過して
雪渓を通ると
涸沢ヒュッテの吹き流しが目に
やっと着いた
ただし初日の宿は涸沢小屋
ヒュッテと小屋とどちらか迷ったけど
比較的すいていて登頂前に落ち着いて休めると思ったので
涸沢小屋を選択
部屋は8畳、8人満室だった
たぶんみんな男女ペアの宿泊者をまとめたらしい
他に空いてる部屋があるのだから
もう少し分散してくれたら快適なのに
今回は個室は予約せず(電話では個室は満室とのことだったが)
その日は30名ほど宿泊とのこと
テラスでビール
おもいのほか雪が残っていて
カールはほぼ雪の下
小屋からは見えにくいのだが
どこから登るんだろうと少し不安になった
15時くらいだったけど
その時間にヒュッテからザイテンの方へ登っていく人影がひとつ
実は小屋のテラスを突っ切ると
そこにザイテングラートのとりつきにつながる登山口が
なるほどこうなっていたのか
涸沢は日没も日の出も見えない感じ
夕食のときの話だと
同じテーブルの人たちはほぼ初穂高で
登れるかなあと不安の会話
同室のペア一組がこっそり大部屋へ移っていったら
で
はっきり言って寝苦しかった
部屋の戸を締め切ってしまうと
空調がないので
部屋のなかは蒸し暑くて
寒いかと思ってたら
汗だらだらで
最後は半袖のシャツ1枚でねた
あまり眠れなかった
全体的に
もっと涼しいかと思ったけど
長袖のシャツ1枚で夜もそんなに寒くなかった
翌朝
不要な荷物をおいて
とはいってもアイゼンやらバーナーやらでそこそこの荷物
ヘルメットをかぶり行動開始
山岳救助隊の人がいて
今日は地元の中学生が登るからとのこと
ヒュッテの方からそれらしきジャージとオレンジ色のヘルメットの1隊が
追い付かれないように登る
途中から雪渓
踏みあとをたどりアイゼンは使用せず
ザイテンのとりつきでストックをしまう
岩のごろごろした登り
両手両足で登る
登りはまだいいけど
これ下りのとき怖いだろうなと
けど心配したほどではなく
途中足場のしっかりしたところでは
カメラを出して写真を撮った
いままでの山よりも
すれ違う人の登り優先というのが
徹底されている感じだった
下りの人がみんな止まって先に通してくれた
思ったよりも早く穂高岳山荘に到着
パンを少し食べて休憩
小屋前に蛇口があって500ミリリットル100円で水が
わたしは買わなかったけど
他の人が
「冷たいかと思ったらぬるい」と
ヘリポートが小屋の真ん前にあって
その日は荷揚げをしていて
ヘリコプターが頻繁に登り降りしていた
あとごっつい小屋番の人々がたむろしてて
最初なんだろうと思った
小屋前にザックをおいて
水だけ背負って山頂へ
小屋前から見上げると先行してる人が岩壁に引っ付いていて
はっきり言って
ガクブル
怖い
落ちたら死ぬと思った
ヘルメットの下にキャップを被っているのだけど
つばが前だと視界が遮られて岩を登るときはものすごく怖く感じるので
つばを後ろ向きに被る
登りはじめてみると
下からみたほどには怖くない
梯子を登りきれば
あとはそんなに危険なところはない感じ
遠くの空にまだ低く雲
たぶん登頂まではもつ
昨日は10時くらいにもう山頂に雲がかかってるのが見えたので
10時前の登頂を目指した
ほどなくして山頂
祠が見える
5、6人並んでシャッターの順番待ちしてた
自分も押して押してもらって
山頂ではあまり景色を楽しむ余裕なくて
すぐにツアーとおぼしき年配の女性のグループが到着
ほどなくしてくだんの中学生たち
しばらく山頂で写真を撮ってから
他のグループに先駆けて下山開始
苦労して登ったけど
降りるときはすぐ
最後の下りでまたヘリが接近
「安定した場所で待っててください!」
荷揚げの人が下から叫ぶ
荷揚げのヘリを上から見るという
無事に穂高岳山荘に戻る
昼食
持参したカレーめしなるインスタント
食べてたらまたヘリがくるから小屋の中にはいってくださいとのことで
小屋の中に移動
きれいな小屋だった
お土産に手拭いを買った
そのまま降りずに
向かいの涸沢岳へ
小屋をはさんで雄大な奥穂高岳が一望できる
さっきあそこ登ったんだなあと
山頂はもう雲がかかってきていた
小屋まで戻り下山開始
心配したザイテンの下りも
それほど難儀せず
途中
登山道を直している職人さん?
金手子みたいなので抱えるくらいの岩をぐるんと動かしていた
下り
徐々に足が痛くなってくる
とりつきの辺りにザックを背負っていない集団
TV関係者らしい
ヒュッテに泊まっているNHKの撮影クルーのようだった
そこから下って
あれ、小屋に戻る道はどこからだろう
少し焦る
大きな岩に黄色の小さな○のマークのところがそうだった
再び木々のなかを通り
水の音が近くなると小屋が
預けておいた荷物を回収し
痛む足でもうひとがんばり
その日の宿
涸沢ヒュッテへ
ちょっとした集落みたいな人の多さ
ちょうど先ほどの中学生たちの音楽会?
ホルンと歌の演奏
テラスにいた人たちが手拍子していた
3棟くらいある大きな山小屋
はじめ受付がどこかわからず困った
本館の1階の大部屋
布団が
濡れてる?
湿ってるのを通り越して濡れてるレベルの湿気
ホテルならクレーム入れるレベルの
でも部屋中みんなそんな布団らしい
今夜こそは快適に眠れるかと思ったら
残念な感じ
テラスに出てビールを飲みつつ涸沢の景観を楽しむ
小屋に比べて賑やか
山が迫ってくる感じ
赤い顔をしてる人多数
夕食にグラスワインを
食後、まだ明るいテラスで缶ビールを飲む
徐々に暮れてゆく
まだ日没ではなかったけど
就寝
比較的乾燥している毛布にくるまって眠る感じ
隣の談話室で
くだんの中学生たちと引率の先生方の反省会?
やや賑やか
眠り
いつの間にか消灯していて
右と左からかわりばんこにイビキの合唱
布団が不快なのもあってそのあとはあまり眠れず
0時頃トイレに起きて
空をみたけど薄雲がかかって
満天の星ではなかった
夜間はテラスは入れなくしてあった
談話室が広いので
こっそり談話室で座布団ひいてねた方が快適だろうなと思った
けっこう年配の人が多かった
ザイテングラートでも白髪の人と何度もすれ違った
まだシーズン前だけどけっこうな人
混んでるときは来たくないな
次に涸沢に来るときはテントがいいなと思った
あとヒュッテよりは小屋の方が静かに過ごせそうだ
とりあえず
これで槍・穂高だな
また他の西とか北とか前とかも登りたいなあ
なんかアメブロにわたしの偽物がいるみたいだ
このblogのアドレスでアカウントをとって
tropaeolumを名乗っている
何だか気持ち悪い
このblogのアドレスでアカウントをとって
tropaeolumを名乗っている
何だか気持ち悪い
21世紀の魔女
同郷の偉人
生ける伝説
わたしの敬愛してやまない
シンガーソングライターである
Mari Iijimaさんが
blogを始めた模様
Amebaだけど
彼女の歌は
わたしの人生の教科書
空気を呼吸するように
わたしは彼女の歌を呼吸して育った
地上に降りたちてなお光輝く星
そう
彼女は
自ら光を放ち燃え続ける星のようだ
わたしはその星に導かれて生きていける
飯島真理という星は
わたしの人生の灯台なのだ
同郷の偉人
生ける伝説
わたしの敬愛してやまない
シンガーソングライターである
Mari Iijimaさんが
blogを始めた模様
Amebaだけど
彼女の歌は
わたしの人生の教科書
空気を呼吸するように
わたしは彼女の歌を呼吸して育った
地上に降りたちてなお光輝く星
そう
彼女は
自ら光を放ち燃え続ける星のようだ
わたしはその星に導かれて生きていける
飯島真理という星は
わたしの人生の灯台なのだ