大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画

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☆写真絵画鑑賞
☆日々の出来事
☆不条理日記

大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画

2012-05-29 10:12:54 | _HOMEページ_
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  ☆分野を選択して、カテゴリーに入って下さい。



A,日々の出来事
  ☆( 5月29日 替え玉受験 )

B,青春小説“過ぎ去った季節の中に”
     〜1,教室の見える風景〜  完了

     〜2,潮騒の夏〜        完了

     第三部 “ §3,駅に続く公園の道 ” に続きます。

     (最初から順は、リンク“過ぎ去った季節の中に”へ)

C,奇妙小説“霧の狐道”
  ☆(霧の狐道274 設定変更のため停止中) 

D,奇妙小説“しづめばこ” 再開しました。
  ☆(しづめばこ 5月26日 P175 ) 
 
E,奇妙な恐怖小説群
   ☆9月11日 あどろ沼 その54 完了 

F,ghanayama 童話


G,美術絵画


H,Photo Lounge



      ☆帰ってきました。また、ぼちぼち始めます。 by おおみね せいふう




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5月29日 替え玉受験

2012-05-29 10:08:41 | A,日々の出来事_
  5月29日 替え玉受験

 今日は、明治大学の替え玉受験関係者が逮捕された日です。(1991年5月29日)
この替え玉受験が、何故バレタかと言うと、4月1日の明治大学商学部二部の入学手続きで、受験票の顔写真と学生証の顔写真が違っていたのが見つかったからです。
 この替え玉受験生は20人で、14人が合格、7人が入学手続きをしていました。
そして、警察に職員と学生ら3人が私印私文書偽造で逮捕され、関わった者の入学は取り消されました。
その内の一人が、“なべ やかん”です。

マスコミ各社取材状況

「 くそっ、なかなか家から出てこないな。」
「 でも、今日は出頭の日だから、必ず出てくるぞ。」
「 そろそろかな。」
「 あっ、出てきた!
それっ、行けっ!」
「 写真だ!」
「 写真だ!」
「 写真だ!」
「 あっ!」
「 あっ!」
「 あっ!」

“なべ やかん”は、裏本の股間アップで顔を隠して家を出て来ました。
これでは、写真を撮っても、必ず顔にモザイクが入ります。(発想がすげぇ〜!!)
東京地検に“なべ やかん”が行くと、パンツにコカインを入れていた勝新太郎がいたので、感激して“心から来て良かった”と思ったそうです。

















☆今日の壺々話













       津田塾替玉受験事件 (1975年2月13日)









 名門女子大の津田塾大学でのお話です。
津田塾大学の受験当日、その女の子はとても人目をひいていました。
身長は165cmぐらいで、赤っぽい色のズボンに白いセーター、派手なコートで、普通の服装です。
 では、普通の服装なのに、どうして人目を引いていたのでしょうか。
それは、顔がオッサンみたいで、18才にしては、ツヤも無く、妙に老けているのです。
 実際この女の子の横に座った受験生も、初日の受験後、係員に言っています。

「 隣の席の人なんですけど・・・あの人、男じゃないかしら?」

これを聞いた大学側はビックリ仰天しました。
 翌日、別の学科の入試があります。
そして、彼女は、ここにも願書を出しています。
大学側は、今か今かと試験開始を持ち、偵察を開始します。
 そして、複数の試験官が、彼女の横をさりげなく通りながら観察し、結果を報告し合います。

結果報告
・手が女性にしては角張りすぎている。
・ひげの剃り跡らしきもの発見。
・髪もかつらと思われる。
・年齢は父親ぐらいではないか。

でも、“あなた男でしょ”とも、聞き難い。
“もし、女だったら、えらい事になる”と言う訳で、出身高校に連絡をとります。

“ プルルルルル、ガチャ!”

「 もしもし、津田塾大学の試験官です。
お宅の生徒さんですけど、どこか変わったところがありますでしょうか。
たとえば、ふけて見えるとか・・・・?」
「 いいえ、ひどく変わってはいませんが、受験勉強で徹夜が続いていますからね。
疲れが出て、ふけて見えるかもしれませんね。」

“ うう、困った・・・!?”

学長以下、多数の職員が集まって相談しました。
“男女の中性化についての考察”なる議論を一通り論じた後(さすが大学!)、解決方法を発見します。
 彼女と同じ出身高校の受験生を二人呼び出して、受験票の写真を見せました。
そのときの、二人の答えです。

「 この顔は絶対に違います。」
「 やったあ〜!!」

そして、試験が終わって彼女は部屋に呼ばれました。
 試験委員がいささか緊張しながら尋ねました。

「 あなたは、○○さんですか?」
「 はい、そうです。」

ここまでは一応女の子らしい裏声で話していました。
 でも、生年月日を尋ねられると、観念して、替玉であることを自白しました。

「 一体、あなたはどなたですか?」
「 父親です。」

 この父親は、実は娘が通っていた高校の英語教師でした。
そして、父親は勤め先の高校に辞表を出しました。
 娘は卒業保留になりました。
入試はもちろん失格です。
 でも、娘の学校での成績はトップクラスで、本人が受けても十分合格できたはずと関係者は口を揃えて言います。
 そして、このときの“女装までして受験する父親の気持ち”は、父親の娘に対する愛情の深さを示した形となり、世の父親族から“妙な親近感のある共感”を持って迎えられたのです。




















           兄妹









 今時の若者とは思えないほど真面目で頑固な兄がいた。
兄は一流大学を目指し、来る日も来る日も勉強に明け暮れていた。

 小さい頃私はお兄ちゃんっ子で、毎日馬鹿なことして遊んでいた。
一緒にお風呂も入ったり、近くの川で魚を捕まえてこっそり二人で飼ったりもした。
夜は二段ベッドに寝て、面白かったアニメや漫画の話をした。
 今の兄には昔の面影がなく、常に自分のことを考え常にトップに立とうとしていた。
誰からの力も借りず、自分だけを信じ勤勉に励んでいた。
 県でもレベルの低い高校に通う私を見下すような目で見る兄。
私はそんな兄が嫌いだった。 

 本命校受験の一週間前から兄は部屋から出なくなり、食事も取らず一心不乱に勉強をしていた。
さすがの兄もプレッシャーを恐れていたのだろう。
 私はそんな兄にあるものを買ってきた。
期間限定で発売された合格祈願のスナック菓子(ウ)カールだ。
神経が張り詰めている時、こういったユニークなもので少しでも兄の気持ちを和らげられれば、と思った。
 カタブツの兄は嫌いだったが、心の奥ではまた昔の時のように仲良くしたかった。
兄は無言で受け取った。
返されると思っていた私は嬉しかった。

 そして試験は無事終わり、兄は見事本命大に合格した。
家族全員でお祝い、外食に出かけた帰りの車の中で私は兄に言った。

「 私のあげたカールのおかげだね。」

兄は面白くなさそうな顔で一言。

「 食べないで捨てた。」

 ショックと言うよりは腹が立ってしょうがなかった。
同時に、もうこの兄とは昔のような仲には戻れないと思った。
きっと大学でも馬鹿みたいに勉強漬けで、卒業後は一流会社に就職、エリート街道まっしぐらのつまらない人生をおくるのだろう。
ああこの兄にはピッタリだ。


 それから3ヵ月後。
兄が交通事故に遭ったとの連絡が入った。
両親と病院に駆けつけた時、兄はもう息絶えていた。
 ああ、なんてあっけない死を迎えたんだろう。
つまらない兄には、こんな人生がピッタリだったんだろう。
涙は出なかった。
腹が立っていた。
 あんな兄の為に、どうして私が涙を流さなきゃならないんだ。
そんな残酷なことを、平気で思える自分に嫌気がさした。

 葬式を済ませた後、母と一緒に兄のアパートに向かった。
遺品整理をするためだ。
気が進まなかったが、母一人では大変なのでしょうがない。
 真面目で几帳面な兄らしく、部屋は気味悪いほど綺麗に片付けられていた。
本当にゴミ一つなかった。
母が衣服を整理している間、私は兄の勉強机の中を片付けるよう言われた。

“ もしかしたら、お金でも少し入っていないかな。
あったらネコババしてやろう。”

 一番上の引き出しには受験関係の書類が残されていた。
本命の合格報告書も入っていて、顔に出さない兄もやっぱり嬉しかったんだと思った。
 報告書の封筒を開けて、私は一瞬息が止まった。
丁寧に折りたたまれた菓子の袋が入っていた。
私があげた、カールの袋だった。
涙が止まらなかった。
やっぱりお兄ちゃんは、ずっと私のお兄ちゃんだったんだ。










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5月28日 純金鰹

2012-05-28 19:20:05 | A,日々の出来事_
  5月28日 純金鰹

 今日は、純金のカツオ君が無くなっている事が分かった日です。(1993年5月28日)
1993年、5月28日の朝、高知県中土佐町にある坂本竜馬記念館に展示してあった純金のカツオ君(約43kg)が消え失せている事が分かりました。
 このカツオ君は、当時の竹下内閣が行った全国の市町村に対して一律に一億円をバラ撒いた通称“ふるさと創生事業”の内、7000万円で買った物です。
 翌年、奈良県でトラの置物を盗んで逮捕された犯人が、カツオ君も盗んだことを自供します。
犯人の供述では、カツオ君は、神戸の社長に800万円に買い叩かれ、その後、溶かされたと言うことです。

「 こらっ、神戸の社長って、誰やねん!」
「 知らんなぁ〜。」
「 誰やねんって、言うてるやろが!」
「 うん・・・、今、何て言うた?」
「 なめとったら承知せんぞ!」
「 最近、耳が遠なってなぁ〜。」
「 お前、ええ加減にせえよ。」
「 何言うてんのか、聞こえへんわ。」
「 昼飯は、あんパンやで。」
「 カツ丼の方がええな。」
「 お前、聞こえとるやないか。」
「 ええ、何やてぇ〜?」
「 神戸の社長って、誰やねん!」
「 知らんなぁ〜。」

犯人は、この社長が誰かについては、口を割りませんでした。


















☆今日の壺々話


















         泥棒の恩返し











 アメリカのある都市に住むサラリーマンの男性が、出勤のため家の車庫を見ると大変な事に気づきました。
自分の自動車がなくなっているのです。
妻に、このことを話し、警察にも盗難届けを出して夫婦も辺りを探しましたが、自動車は見つかりません。
 でも、数日後、自動車はあっさりと戻ってきたのです。
自動車は家の前に止められており、洗車もされ以前よりもきれいになっていました。
そして助手席には封筒が置かれていました。
それには、こう書かれていたのです。

『 やむ得ぬ事情のために、あなたの車をお借りました。
このように報告が遅くなってしまい大変申し訳ありません。
しかし、この自動車のおかげでとても助かりました。
ありがとうございます。
お詫びといっては何ですが、ショーのチケットを同封させていただきました。』

そして、車の中にあった封筒に、入手困難なミュージカルのペアチケットが入っていました。

 なにはともあれ、自動車も戻ってきたし、人の役に立つことができたし、チケットももらったので、夫婦はこの自動車泥棒の恩返しを受けることにしたのです。
ミュージカルの当日、ピカピカの車で会場へ向かった夫婦は、極上のショーを堪能しました。
 そしてミュージカルも終わり、満足した夫婦は自分たちの家へ戻ってきたのです。
“夜も遅いしそろそろ寝ようか”などと、軽口を叩きながら鍵を開けると、夫婦は絶句しました。

家の中には何もなかったのです。



















     従兄弟と二人で従兄弟の家に入った空き巣を捕まえた話。











 従兄弟の家はとんでもない田舎で、よく言う「出かける時にも開けっ放しがデフォ」の田舎。
年末で村内にも空き巣が発生していると聞いていたが、大丈夫だろうと、俺と従兄弟で年末の買物に行って帰ってきたら、どうやら家の中に噂の空き巣が居る模様。
とりあえず、K察へ連絡。

 でもすげー田舎なのでK察の到着に時間がかかると言うので、従兄弟と俺でその空き巣を逃げない内に確保しよう、という事になった。
離れのトラクター小屋から武器を調達そして装備。

 空き巣の居る部屋を外から確認して、俺はそのまま窓側を確保。
フル装備の従兄弟は障子で仕切られた廊下側へ配置。
家の外から窓の雨戸を思いっきりガーッ!と俺が閉めるのを合図に、その部屋へ従兄弟が突入。
ご近所に響く空き巣の絶叫。

 そりゃそーだろう。
身長185cm体重100kg超のK−1戦士みたいな従兄弟が、クリスマスの時にネタで買ったジェイソンのマスクと、刃渡り40cmくらいの営林用のナタ、営林用で木の幹を切るための馬鹿でかいノコギリを両手に装備して、障子を開けず、障子の桟をナタで切り裂いて突入したのだから。

 20分後到着したパトカーに空き巣を引き渡し。
その時に事の顛末を説明した警官から「やりすぎwww」との言葉を頂戴しました。
田舎だから絶叫とパトカーで近所のジジババ全員集まってきて困った。

ちなみに、障子は作戦立案者である俺が弁償させられた。


















         とんでもないヤツ









 保険委員だったとき、好きな子のギョウチュウ検査のシート盗んだ。
かわりに俺の飼ってた犬のケツ押し当てたやつを入れておいたら、後日、「人間にはありえない寄生虫がいる」と彼女が言われ、彼女が泣いていた。



















          家庭菜園










 俺ら兄弟2人を育てきった隠居母の楽しみは家庭菜園。
家から車で15分のところに、大きめの休眠畑を本物の農家から借りて、色々な野菜や草花を育ててた。
 土地は森に囲まれた丘の奥で、畑から見える人工物といえば、遠くにある高圧線鉄塔や時折上空を通過する飛行機くらいのもの。
天気のいい日は、ござを引いてゴロゴロしながら採り立ての野菜に味噌をつけて食べる。
これだけで幸せな気分。
予定のない日は、母と畑に行くのが楽しみだった。
 そんな母も肺気腫を患い、なかなか畑には通えなくなった。
週1回ではあるが、俺がかわりに畑の面倒を見ることになった。
周りのプロ農家との関係も円満で苗を分けてくれたり、虫や鳥に困った時には対処法を教えてくれたり、カスミ網を分けてくれたり。
 特に親しくしてくれたのは、高速道路で見かけるキャベツとカリフラワーのあいの子みたいな花(名前知らない)を専門に作ってるプロ農家Aさん。
いつもニコニコしてて、昼休憩してるとオカズを分けてくれたり。
 一度お返しにチューハイを渡したら、ジュースと勘違いして一気飲み。
炎天下だったので、ヘベレケに酔っ払わせてしまったことがあった。
そんなときも、俺と2人でゲラゲラ笑ってた。
 最初は母への親孝行と思ってはじめた家庭菜園も、続けてみると結構楽しくなってきた
枝豆やソラマメを植えて夏のビールを楽しみにしたり、なすを植えて焼きなすとビールを楽しみにしたり。
きゅうりを植えては、キンと冷やしたきゅうりと味噌でのビールを楽しみにしたり。
畑の隅に母が植えた腰高のブルーベリーも行くたびに成長してたり。
 そんな畑の最大の敵はカラス。
真っ黒で鋭利なくちばしを持った奴だ。
 成り立てがいいってんで、ソラマメとか殻の上からくちばし突き立てたり中身を引きずり出して遊んだ挙句、やっと食いやがる。
かゆい、うま。
それはともかく、とにかく酷い。
 アレだけ楽しみにしていたソラマメ全滅。
枝豆は根っこから抜かれていました。
ええ、根っこから。
随分馬力のあるカラスです。
 農家のAさんの話だと、最近この敷地内に犬の散歩に来るババアが居るらしい。
どうやら我が家の畑を荒らしているカラスは、人型で犬を連れて歩いているらしい。
畑泥棒するにしても、少しくらいお裾分け程度に取るならともかく、根こそぎですよ、根こそぎ。
こっちにお裾分けよこせ。
 とはいえ、平日は仕事がありますので監視できません。
無駄とは判っていても「大切に育てています。取らないで下さい」の看板を設置。
まぁ、それからは少しお裾分けしてくれるようになりましたよ。
 それでも、直前の育成具合から想像するに、ソラマメを大きいスーパーの袋に5,6袋は取って行ってるはずだし、きゅうりも5,60本は取ってるはず。
 自分家で消費できる量じゃないだろ。
あまりにも酷いので警察に相談。
結果、畑泥棒の捜査・立件は難しいと。
巡回は増やすようにする、とのこと。
超消極的。
 そんなある日、ゆるせない事件が。
母との思い出のブルーベリーの木3本が根こそぎ持っていかれた。
木だよ?実じゃなくて。
温和な俺も、流石に震えるほど頭にきた。

「 通りがかったらおいしそうな実がなってたから少し貰った。」

って言うのとはわけが違う。
大きいスコップ持って、盗る気満々でやってきたわけだ。
その絵面を想像しただけで、吐き気すらする。
 かつて木のあった場所の3個の穴を見てたら、せっせせっせと草をむしってた母の姿と、まだ丸かった笑顔を思い出して泣けてきた。
農家のAさんも「毎日見るようにはしてたんだけど・・」と残念そうだった。
 それでも毎回、母に野菜や花を届けると喜んでくれた。
ブルーベリーの話が出る度にキュッと心が痛んだが、盗まれたことは秘密にしていた。

 半年ほど過ぎたある日、早朝にAさんから携帯に電話があった。
犯人捕まえたから来てくれ、と。
Aさんが犯人を捕まえた?!そんな無茶な。
 そもそも警察に捜査をお願いしたときも畑泥棒の立件は難しいと。
自分で捕まえようなんて思わないようにとも言われていた。
 畑に着くとそこには予想外の風景が。
パトカー1台と、警察バイク2台。
お巡りさんが4人。
Aさんとウナダレたオバサン1人。

“ 何故こんな騒ぎに?”

 Aさんから聞いた話はこうだ。
朝、畑に出る支度をしていると、敷地内に入っていく人影をみた。
見ると、ハサミと包丁を持ったやる気満々のオバサンだった。
直接声を掛けようとも思ったが、俺のことを思い、もっと痛い目に合わせたい。
普通に警察に通報しても、無駄なのはわかった。
そこで一計。

「 私の敷地を、刃物を持った女がうろうろしている、すぐに来てくれ。」

警察大慌てで登場。
というわけだ。
 腹は立ったが、このオバサンだって家に帰ればおそらく誰かのいいカーチャンだ。
以下の約束をして解放してもらった。

・ブルーベリーを返せ。
・取るのは構わないが、最低限にしてくれ。
・少し雑草抜くとかしてくれると助かる。

とりあえず、オバサンはパトカーに乗せられ警察署で事情聴取を受けることになった。
 今も週末畑に通う生活を続けている。
少し雑草が刈られていたりすると幸せな気分になる。
Aさんは、昼休みのチューハイが癖になってしまったようだ。
天気がいい日は、一緒にゴザでゴロゴロしている。














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5月27日 日本海海戦

2012-05-27 19:13:15 | A,日々の出来事_
  5月27日 日本海海戦

 今日は、日本海海戦が開戦した日です。。(1905年5月27日)
日露戦争で、東郷平八郎が率いる日本海軍連合艦隊は、ロシアのバルチック艦隊と対馬沖で激突しました。
 この海戦は、蒸気船のよる主力艦隊同士が正面から激突したものとしては史上初の海戦でした。
結果は、ロシア艦隊は戦力の大半を失った一方、日本側の損失は軽微で、海戦史上極めて稀な完勝となりました。
 当時、後進国と見られていた日本の勝利は世界を驚かせました。
この海戦で有名なのが、T字戦法です。




    ロシア海軍



「 お〜、正面からやって来よった。
すれ違いざまに砲撃する気やな。
ええ根性しとるやないけ。」
「 あれっ、回転し始めたぞ?
バカか、こいつ等、無防備になるやろが!
バコバコに砲弾を撃ち込んでやっからな。」
「 バコ〜ン、バコ〜ン、バコ〜ン。」
「 当たった、当たった、ザマーミロ!」
「 おかしいな、沈まないぞ?」
「 うわっ、廻り込まれて、行く手を遮られた。」
「 こら〜、後ろの味方の船、砲弾を飛ばすな!
この船に当たるやろが、ボケ!」
「 ゲゲッ!
敵の一斉砲撃が始まった。
うわぁ〜、弾の嵐や。
逃げろ〜!
先頭の船から、順番に沈むぞ〜!
もうダメ、かんにんやァ〜。」
「 沈むぅ〜。
ブク、ブク、ブク。」




 T字戦法は、敵艦隊が縦に前進したとき、その正面を側面方向から横切って敵艦隊の航路を遮り,T字形の体勢を作った上で、敵の先頭艦に対して全艦艇から集中攻撃を行う戦法です。
軍艦は前後に細長いので、敵に対して横を向いた方が使える大砲の数が多く、T字形を作れれば圧倒的に有利になります。
 でも、欠点は、船を廻したとき無防備になること、また、回転地点に順番に後ろの船は進んできますので、敵艦隊から言えば、その地点だけに砲撃を続ければ、射的のように順々に船を沈めることが出来る危険な戦法でもあります。
 この海戦の日本海軍の勝利は、ロシア艦隊の有効射程範囲のギリギリの所で船を回転させることが出来たことにあるでしょう。
実際、先頭艦の“三笠”は、突き刺さった砲弾の重みで、かなり右舷側に傾いていたと言います。





    参考 T字戦法



 日本艦隊
  ↓           ↑
  |          /
  |        /
  |      /
  −−−−−

    ↑
    |
    |
    |
    |
   ロシア艦隊



















☆今日の壺々話















   沈没しかけている船から乗客を救う方法









「 あ〜、眠いなぁ〜、うつら、うつら・・・・。」

“ ガコ〜ン!!”

「 うわっ、何だ?」
「 船長、氷山でっせ!」
「 ホントだ、エライコッチャ!」
「 居眠りしていたら、氷山に当たってしまいましたがな!」
「 うっ、ヤベ〜、海水が入ってきたぞ!」
「 船長、こりゃ、沈みまっせ・・・。」
「 救命ボートを用意しろ!」
「 わかりやした!」
「 ワシは、乗客を避難させる。
国ごとに部屋が分かれているから、順番に連絡してくる!」

機関長が救命ボートを下ろしている間に、船長は各国の乗客に海に逃げるよう指示を出しました。

イギリス部屋 「 紳士はこういうときに飛び込むものです!」
ドイツ部屋  「 規則では海に飛び込むことになっています!」
イタリア部屋 「 さっき美女が飛び込みましたよ!」
アメリカ部屋 「 海に飛び込んだらヒーローになれますよ!」
フランス部屋 「 海に飛び込まないで下さい!」
ロシア部屋  「 最後のウオッカのビンが流されてしまいました、
今追えば間に合います!」
中国部屋   「 おいしそうな魚が泳いでましたよ!」
北朝鮮部屋  「 共和国に帰らなくて済みますよ!」
ポリネシア部屋 「 ・・・。」(黙ってても喜んで海に飛び込む。)
日本部屋   「 もう、みんな飛び込みましたよ!」
大阪部屋   「 阪神が優勝しました!!」

「 よし、これで全員飛び込んだ!
じゃ、我らも逃げるか!」
「 あいあいさぁ〜!」

“ どっぼ〜ん!!”
















        披露宴







 ある披露宴、新郎が海自の方でした。
同僚上司達は制服で出席。
 披露宴も御披楽喜に近づき、新郎のおじいさんの挨拶がありました。
一通りの祝いの言葉の後に、

・自分が海軍にいた事。
・孫が艦に乗っている事を誇りに思う事。
・自分達の世代の不甲斐なさのせいで、今の海上勤務の方達には苦労を掛けていると思う事。

たとたどしくですが、話されました。

 同僚達は知らなかったらしく酔っ払っていたのが、段々背筋が伸びていき神妙に聞き入っていました。
挨拶が終わり、高砂の席の一人が、

「 何に乗っておられたのだ?」

と尋ねると、新郎は小声で、

「 大和です。」

 それを聞いた海自組一同、すっ転ぶような勢いで立ち上がり直立不動で敬礼を送りました。
おじいさんも見事な答礼を返されました。

私は、その後は仕事になりませんでした。
ウェイトレスの女の子達は、不思議そうな顔をしておりましたが・・・・。

















     冷戦下のロシア












 ポールとワッツは貧しい炭鉱夫だった。
貧乏な暮らしに業を煮やした二人は未開の国であるロシアに移住し、働こうと決めた。

ポール
「 決めたはいいが、僕たちはロシアのことを何も知らない。
もしロシアがこの国よりも貧しい国だったらどうする?」

ワッツは頭を捻った。

ワッツ
「 そうだな・・・ポール、君には妻も子供もいる。
君にとってはリスクが大きい話だ。
だからまず僕がひとりで向こうへ行き、あちらの事情を手紙に書く。
君はそれで判断すればいい。」

ポール
「 しかし、悪口を書いた手紙を検問官に見られたら君はタダでは済むまい。」

ワッツ
「 じゃあこうしよう。
僕はロシアがどんな国だろうと、ロシアを褒めて書く。
手紙が黒のインクで書いてあれば、ロシアは素晴らしい国だと受け止めたまえ。
逆に赤のインクで書いてあったら内容とはかけ離れた貧しい国という意味に取ってくれ。」

 ワッツはそういうとロシアに旅立っていった。
それから3ヵ月後、ポールの元に手紙が届いた。送り主はワッツである。
手紙には黒のインクでこう書いてあった。
黒のインクということは・・・素晴らしい国なんだ!とポールは喜びながら読んだ。

『 親愛なるポール。この国は素晴らしい!
向こうに着いてすぐ割りの良い仕事を紹介してもらい、広くてきれいな住処を与えてもらった。
食料と酒はふんだんにあるし、何より国自体に活気がある!
仕事はすこぶる順調で、来月にはクルーザーを買って貸し別荘で余暇を過ごすつもりだ。
 一部のマスコミが『ロシアには物資が何もない』なんて書いてるが、それは大きな間違いだ。
この国では欲しい物は何でも手に入る!
手に入らないのは赤のインクくらいのものだ。』


















    プーチンとスターリン










 ロシアを統治するのに疲れ果てたプーチンは、あの世のスターリンに電話をかけた。

「 プーチン君、効果的に統治するには2つのことをしなくてはならない。
まず閣僚を全員銃殺すること、そしてクレムリンを緑色に塗ることだ。」
「 はい・・・?
なぜ、クレムリンを緑色に塗る必要があるんですか?」
「 やはり君はわしの睨んでいたとおりの男だ。
1つめの提案には疑問を持たないとは。」





















       プーチン伝説












・プーチンの視線が露軍のレーダーに反応してしまうので就任中は警戒されていた。
・いつも店先のトランペットを物欲しそうに眺める少年にトカレフを買ってあげたことがある。
・「今から交渉に行く」と伝えただけで相手国首相が泣いて謝った(心臓発作を起こす高官も)。
・一喝しただけでイージス艦撃沈したのはあまりにも有名。
・「チッ」と舌打ちしただけで、反対派が5人くらい死んだ。
・エルニーニョの原因は、プーチンが観衆に手を振ったせい。
・プーチンのスーツは上下合わせて80キロの重さである。
・ノストラダムスの予言が当たらなかったのはプーチンが「そんなモノは認めない」と発言した為。
・執務室に乱入してきた数匹のゴリラと素手で乱闘し勝利、何故かSPまでKO。
・プーチンのおかげで、身長が3センチ伸びました。
・お気に入りのあの娘にウインクした瞬間、ロシア全土が大停電、未だに原因不明。
・書類の誤字を指摘しようとした書記官が口を開いた瞬間シベリアにワープした。
・絞め殺した相手が崩れ落ちるのを見て万有引力を発見した話は教科書でおなじみ。
・力加減を間違えると外交問題に発展する為、外国首脳と握手するのをすごく嫌う。
・一度加減をせず思い切りくしゃみをして爆発した事があるが、これが後の宇宙の始まり、ビッグバンである。
・体調が良い日は3人に見える。
・タンスに小指をぶつけた瞬間、北極点の位置がちょっとズレた。
・あと2回変身を残している。














       モスクワ2010年8月










金曜日 やや曇. 最高気温 40 °C . 風 ほぼ無風.
金曜日の夜 晴. 最低気温 23 °C . 風 ほぼ無風.
土曜日 晴. 最高気温 39 °C . 風 ほぼ無風.
土曜日の夜 晴. 最低気温 23 °C . 風 ほぼ無風.
日曜日 晴. 最高気温 38 °C . 風 ほぼ無風.
日曜日の夜 晴. 最低気温 13 °C . 風 ほぼ無風.
月曜日 晴. 最高気温 38 °C . 風 ほぼ無風.
月曜日の夜 晴. 最低気温 20 °C . 風 ほぼ無風.


ヤバすぎるな。


日曜日 晴. 最高気温 38 °C . 風 ほぼ無風.
日曜日の夜 晴. 最低気温 13 °C . 風 ほぼ無風.
月曜日 晴. 最高気温 38 °C . 風 ほぼ無風.


25度のジェットコースター。


法律だか条例だかで、エアコン付けるのが難しいらしいね。


扇風機もない家で過ごし、窓も開かないバスや電車に揺られました。
2回熱中症気味になりました。
幸い、郊外に逃げ、川や湖で過ごして生き返りましたが、中心部は脳天がオーバーヒートするわ、煙くさいわで、1日とて過ごせないと感じました。
真昼でもオレンジ色の太陽が肉眼で見れましたよ。


















     イジニエフ・アリスコビッチ









「 我、死す。 されど、屈せず。 さらば、祖国よ。」

 1941年6月22日、独ソ開戦から1ヶ月にして、ワルシャワとモスクワの中間都市ミンスクは、ヒトラーの電撃作戦に敗れ、陥落。
 イジニエフ・アリスコビッチは、この遺書をしたため、戦闘に参加した。
そして、皮肉なことに、遺書をしたためた彼だけが生き残った。

 1945年のドイツ降伏まで、彼は捕虜として過酷な収容所生活を送り、やっと祖国に帰国した彼を待っていたのは「ソビエトも負けた所がある」ことを認めたくなかったスターリンによる、「イジニエフは対ドイツ協力者、裏切り者である」としてシベリア送りにする陰謀だった。

 やがて、時は流れ、スターリンは失脚。
後に立ったフルチショフによるスターリン批判により、「ナチス・ドイツに対して勇敢に戦った者達」として、ミンスクとブレスト要塞が「英雄都市」として、祭り上げられると同時にイジニエフは「ソビエト最大の裏切り者」から、一日にして「ソビエト最大の英雄」に成る。

 ソビエトという国家は手の平を返したようにイジニエフを賞賛し、数多くの勲章を送る。
だがイジニエフは、英雄に成ったからといって奢るでもなく、シベリア送りに成っていたからといって、いじけるでもなく、

「 私は単なる共産主義者。単なる労働者に過ぎない。」

と、言って、数多くの「英雄」としての名誉職をすべて断り、一人の労働者として、鉄道整備をしながら人生を過ごした。

 そして、晩年を迎えようとする彼の人生に一つの事件が起きる。
チェルノブイリ原子力発電所の事故である。

「 私がいなかったら、誰が列車を動かすんだ?」

 彼はただ、それだけを言うと、次々と逃げ出した同僚を尻目に避難者で満員の列車を一人で動かしつづけた。
汚染地域の上を何往復も…。

 やがて、すべてが終わった時、イジニエフは血を吐いた。
放射能症である。
 医者すらも、「イジニエフを治療すると自分が危ない」として、治療を断わる始末。
チェルノブイリ原子力発電所の事故は、崩壊しつつあったソビエトという国家そのものを象徴していたとも言える。
 「一人の労働者」として働き続け、ようやく稼いだイジニエフの持つ「ルーブル」は、インフレにより一夜にして紙クズと変り、貰った数多くの勲章は、何の価値も無いガラクタなっていた。
そして、イジニエフは死にかけていた。
 病床のイジニエフが、同じく死にかけていたソビエトに対して、遺した言葉がある。

「 我、死す。されど、屈せず。 さらば、祖国よ。」

 1991年12月21日。
イジニエフ、放射能症により死去。
それは奇しくも、彼が別れを告げた祖国・ソビエト連邦が消滅したのと同じ日であった。












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しづめばこ 5月26日 P175

2012-05-26 19:28:40 | D,しづめばこ
しづめばこ 5月26日 P175 、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


小説“しづめばこ”は読み易いようにbook形式になっています。
下記のリンクに入ってください。(FC2小説)

小説“しづめばこ”


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5月26日 おまわりさん

2012-05-26 19:27:39 | A,日々の出来事_
  5月26日 おまわりさん

 今日は、無人交番大学生返り討ち事件があった日です。(1985年5月26日)
横浜市南区で酔っ払って倒れているサラリーマンがいました。
そして、このサラリーマンを介抱する振りをして、三人組が財布を抜き取ろうとしました。
 それを見た通りがかりの大学生二人が、三人組を取り押さえ交番に連れて行きました。
しかし、無人交番で警察官が居なかったため、人数に勝る三人組は暴れ出し、大学生はナイフで刺されてしまいました。
残念なことに、その内の一人は搬送先の病院で死亡しています。
 この事件を契機に、警官も居らず電話がポツンと置いてあるだけの“空き交番問題”がクローズアップされました。




         いぬのおまわりさん

       さとうよしみ作詞・大中恩作曲



♪ヽ( ・∀・)ノ まいごのまいごの こねこちゃん
       あなたのおうちは どこですか ♪
       おうちをきいても わからない
       なまえをきいても わからない
♪(´∀`)ノ゙  ニャンニャン ニャニャーン ♪
       ニャンニャン ニャニャーン ♪
       ないてばかりいる こねこちゃん ♪
       いぬのおまわりさん こまってしまって
       ワンワンワンワーン ワンワンワンワーン ♪ ヽ(´∀`)ノ

♪ヽ( ・∀・)ノ まいごのまいごの こねこちゃん
       このこのおうちは どこですか ♪
       からすにきいても わからない
       すずめにきいても わからない
♪(´∀`)ノ゙  ニャンニャン ニャニャーン ♪
       ニャンニャン ニャニャーン ♪
       ないてばかりいる こねこちゃん ♪
       いぬのおまわりさん こまってしまって
       ワンワンワンワーン ワンワンワンワーン ♪ ヽ(´∀`)ノ


















☆今日の壺々話















         駐在さん










5人の子供が、自分の村の駐在さんの話をしていました。

「 うちの駐在さんは、ムチャムチャ強いぞ!
常にネクタイと海パン一丁で行動しているんだ。
でも、ネクタイを取られると途端に弱くなっちゃうよ。」
「 うちの駐在さんは、小型潜水艦で出動して、いっぱいイルカを従えているぞ。
でも、気温が35℃を超えないと出勤しないのが難点だけど・・。」
「 うちの駐在さんは、セーラームーンの女子高生の格好をしているぞ。
困ったことに、1ヶ月に1回、満月の日にしか出動しないし、雨の場合は中止なんだ。」
「 お前ら、いいなぁ〜、うちの駐在さんは、ずっと寝ている“日暮さん”だ。
4年に一度、夏季オリンピックが行われる年にしか起きて来ないんだ。」

そして、四人は声を揃えて言いました。

「 みんな葛飾区亀有公園前派出所の方から転勤して来たんだ!」

それを聞いて、駐在さんのいない村に住む最後の子供が言いました。

「 両津 勘吉は、転勤なさそうだし・・・・。
うちの村に来そうなのは、ピストルを撃ちまくる眼のくっ付いたおまわりさんか、直ぐに“死刑!”って言う子供の警官かなぁ〜。」

どんどん治安が悪くなる世の中、村の駐在さん(町のおまわりさん)は、近くに居て欲しい存在です。




















       スピード違反











 大道りを高速で突っ走っていました。
他の車も同じ速度で突っ走っているから大丈夫だと思っていました。
でも、スピード違反監視区間を通過したとき、赤外線速度探知器にひっかかり、車を寄させられました。
 巡査が違反切符を手渡し、署名をさせて立ち去ろうとするとき、納得できないので訊きました。

「 おまわりさん、オレがスピードを出していたのは認めるよ。
けどよ、不公平だろっつ〜の。
同じスピードで走ってた車は、周りにたくさんあったっしょ。
何でオレだけ切符きられなきゃなんねぇ〜の?」
「 釣りをしたことはある?」
「 う〜ん、はあぁ・・・?」
「 泳いでる魚を、ぜんぶ釣ったことはある?」



















        ネズミ捕り











 覆面パトカーがサイレンを鳴らし、前を走っている車を止めた。
警官が降りてきて、運転席のドアを開けるように指示した。
「なんでしょう、おまわりさん?」
「ここは制限速度60キロの道路ですけど、あなた、80キロ以上で走ってましたよ。」
「とんでもありません、せいぜい65キロですよ。」

そう運転手が答えると、助手席に座っていた妻が言った。
「まぁ、あなたったら。余裕で80キロ出てましたよ。」

運転手は黙って妻をジロリと睨みつけた。
警官が続ける。
「テールランプについても、違反切符を切らしていただきますので。」

運転手が驚いたように言う。
「テールランプが点いていなかったですって?それは申し訳ない。」

すると妻が言った。
「まあ、あなたったら! テールランプが故障しているのは、何週間も前から知っていたじゃないの。」

運転手は黙って妻を再度ジロリと睨みつけた。
警官が続ける。
「シートベルトを着装していないので、それも減点になりますね。」

運転手がまたまた驚いたように言う。
「あ、これは、おまわりさんがこちらに歩いて来たので、失礼のないよう外したんです。」

妻がまた口を開く。
「まあ、まあ、あなたったら。あなたってば、シートベルトなんかしたことがないじゃないの!」
「テメエは黙っとれ!」

とうとう、運転手は、妻のほうを向き、怒鳴り散らした。
警官がそれを制止しながら妻に尋ねた。
「奥様、ご主人は、いつもこういう口のきき方をするのですか?」

すると妻が答えた。
「いつもだなんて、とんでもない。酔っ払ったときだけですわ。」


















         イノシシ 










 昔、友達から聞いた話だが、とある田舎に老人ホームがあった。
それはのんびりしたもので、近所のじいさんばあさんが、なんとなしにあつまって、日がな過ごしているようなものだった。
 ところがある日、じいさんばあさんが集まってゲートボールをしていると、そこに体重70kgほどのオスのイノシシが暴れこんできた。
審判をしていたホームの人はパニックになってたったまま泣き出したが、おじいさん達はゲートボールのスティックを握ると、70歳以上とは思えない動きでイノシシの動きをさえぎり、イノシシをグランドの隅に追い込んでいく。
 さらに、いつの間にやら、おばあさん達は料理室からなべを持ち出し、そろえてじゃんじゃん鳴らす。
追い払うのかと思ったら、みんなしてグランドの隅の方に追い込んでいく。
普段車椅子の人が、車椅子バレーのネットをいつのまにか持ち出して投網代わりにしている。
 あっという間に、バレーのネットが網代わりになりイノシシの動きを封じ込める。
これが車椅子の人の動きか、と思うぐらいの見事さ、パラリンピック出場可能。
網にかかって倒れこんだイノシシを、おじいさんたちが交代でゲートボールのスティックで殴る。
 普段ベットで寝ているおじいさん達が、元気に駆けつけて殴り役を交代する。
警察が機動隊装備を持って駆けつけてきたときには、すでにイノシシは息絶えていたので、とりあえず事情聴取。
 と思っていると、警察官2人は、おじいさんたちの自慢話を聞かされるはめに。
警察官が気づいたときには、おばあさん達イノシシを解体している。
慌てて止めようとする警察官に、おばあさん達、

「 おまわりさんの分もあるでよ。」
「 おすそ分けじゃ、もって帰るか?汁にして食べていくか?」

狩猟法どうたらは言い出せず。
 “老人ホームにイノシシ乱入”ということで、さらに機動隊員6人登場。
おじいさんたちに、「そんなもん着とったらイノシシ倒せん」と笑われ、て警察官退場。
 結局、イノシシは、その老人ホームのイノシシ鍋になってしまった。
ちなみにその際、警察の要請で救急ヘリが万一に備えて出動待機に入っていたのだが、この結論をきいてあきれていた。


















         グンマー











 夜中に町をプラプラしてたら警察に捕まった。
パトカーが俺のそばに止まって警官が2人出てきて俺を囲んだ。

警「ドゥーユーハヴパスポート?」
俺「ノー」

すかさず確保される俺。

警「ニホンゴワカル?」
俺「はい」
警「どこから来たの?」
俺「…ぐんま」
警「ミャンマー?」
俺「ぐんま」
警「グンマーね。ビザは持ってるの?」
俺「持ってないです」
警「はい、じゃあパトカー乗って」
パトカーに乗る俺。
警「名前は?」
俺「山田太郎(仮名)」
警「日系人?」
俺「日本人です」
警「え?」
俺「日本人ですよ」
警「…えっ?」
俺「免許証見ます?」
免許証を見せる俺。絶句する警官。
警「…すいませんでした…不法入国の人かと思って…」
警「…あの、その、お顔とかが、ちょっと外国の方みたいだったので…」
俺「帰っていいすか?」
警「…はい…。お気をつけて…」

それでやっと解放された。
その日を境に、俺のあだなは「ネパール」から「グンマー」になった。
















      数年前の体験










 警官をしている友人が数年前に体験した話。
そいつは高速道路交通警察隊に努めているんだけど、ある日他の課の課長から呼び出されたんだって。
 内容を聞くと、一週間前にあった東北自動車道の事故の詳細を知りたいとのこと。
その事故ってのは、一家四人が乗った自動車が平日の深夜に中央分離帯に激突して全員死亡した事故の事だったらしい。


 事件のことを少し詳しく話すと、高速を走行していた長距離トラックから××インターチェンジ付近で乗用車が燃えているって通報があって、夜勤で待機していた友人が現場に直行したんだけど、友人が到着した時には既に乗用車の中にいた人は全員黒こげになって死んでたんだって。
 その後、身元の特定と検死が行われて、歯の治療記録から死んだのは東京西多摩地方に住んでいる家族だってのがわかった。
死んだのは加藤正さん(仮名)とその妻の恵美、長男の正一、長女の恵那の四人。
 アルコールが検出されたとか、見通しの悪い場所だったとかの事故を起こすような要因は見つからなかったんだけど、特に不審な点もなくそのままハンドル操作のミスによる普通の事故として処理されたんだって。


 それで友人も特に何の変哲もない事故でしたよってよその課の課長に言ったらしいんだけど、その課長が実は、て言って呼び出した理由を話してくれたんだって。
その話によると、昨日の夜に少年が東京の○○市にある警察署に訪ねてきて、
「僕が死んだとニュースでやっていたのだけど、僕はいったい誰なのでしょうか?」って言ったらしい。


 少年の話をまとめると、一昨日の朝に朝寝坊して起きたら家に家族が誰もいない。
どこかに行ったのだと思いそのまま気にも留めていなかったが、夜になってもだれも帰ってこないし連絡もない。
 心配になって警察に連絡したが、子供の悪戯だと思われたのかすぐ切られてしまった。
祖父母や親戚に連絡してみたが、誰も連絡を受けていないと言われた。
 そのまま朝まで待っていたが、つけっぱなしのTVのニュースから、自分も含めた家族全員が死んだことになっていると知った。
そんなことはないはずなので詳しく知りたくて訪ねて来たとのことだったらしい。


 その話を聞いた友人は、その事故の資料を改めて提出したんだけど、見直してて不思議なことに気づいたんだって。
家族の歯科治療記録との照合で、父親、母親、長女は間違いなく本人だって判明したんだけど、長男は頭部の損傷が激しく、照合ができなかったと記録に書いてある。
しかも家族は青森近くで事故を起こしたんだけど、両親は中部地方出身で東北に知り合いはいないことがその後の調査で明らかになっていた。
 その当時は旅行にでも出かけた際の事故って事になったんだけど、どうにも不自然なことが多すぎる。
 それで友人は資料を提出してから数日後に、例の課長に事件の進展を聞いてみた。
すると課長は口ごもりながらこう答えたらしい。


 例の少年は身体的特徴や見た目は死んだ長男によく似ていたが、歯形が違うため別人だと思われる。
そのことを告げると少年が錯乱したため、心療内科のある警察病院に搬送した。
 その後の調査で事故死した家族の家を調査したが、事故後誰かが住んでいた形跡はなかった。
そのことを告げると、少年は完全に精神に異常をきたしてしまったため、結局どのこの誰だか分らず今も病院にいる。
もう済んだ事だから、今後かかわらなくていい。


 友人はそこまで話すと最後にこう言った。
黒コゲの死体は本当は一体誰で、自称長男の少年は一体誰なんだろうな?
それと、あの家族は何で平日に誰も知り合いのいないところに向かっていたんだ?
俺は思うんだ。
あの家族は何かから逃げてたんじゃないかって。
何から逃げてたのかはわからないけど。











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5月25日 スポ根

2012-05-25 18:49:29 | A,日々の出来事_
  5月25日 スポ根

 今日は、梶原一騎が月刊少年マガジンの副編集長に全治一ヶ月の怪我を負わせた傷害事件の罪で逮捕された日です。(1983年5月25日)
 梶原一騎は、多くの漫画作品の原作者として活躍し、スポーツ根性ものと言われる分野を確立しました。
しかし、この傷害事件で逮捕されたことにより、過去に暴力団員とともに起こしたアントニオ猪木監禁事件、赤坂のクラブホステスに対するレイプ未遂事件、“プロレスを10倍楽しく見る方法”の作者から10万円を脅し取った事件、つのだじろう監禁詫び状事件等も明るみに出ました。
そして、その他にもさまざまなスキャンダルがマスメディアを賑わせ、連載中の作品は打ち切り、単行本は絶版処分となり、評価はガタ落ちしました。
 ただ、個人的評価はガタ落ちしたとしても、作品群そのものは、読むものを飽きさせない巧みなストーリー展開を持っており、あしたのジョーに見られるような、直情型で己の道に突き進む主人公の白く燃え尽きる結末は、多くの人の記憶に残っています。
事件については問題があるとしても、作品を作ったセンスは評価されてもいいのではないかと思われます。



主な作品   ( 作 画 )

巨人の星   (川崎のぼる)
あしたのジョー(ちばてつや)
タイガーマスク(辻なおき)
空手バカ一代 (つのだじろう)
愛と誠    (ながやす巧)
侍ジャイアンツ(井上コオ)
柔道一直線  (永島慎二)
キックの鬼  (中城健)
赤き血のイレブン (園田光慶)


















☆今日の壺々話















         巨人の星











 少年は、野球をやってみたくてやってみたくて仕方がなかったのです。
しかし、小学校の友人達は誰も野球に興味を持っていなかったので、野球をする事ができませんでした。

“ 中学には野球部がある。
中学に入ったら絶対野球部に入るんだ。”

少年は心に固く誓いました。

 少年のそんな野球への情熱を慰めてくれたのは、アニメ“巨人の星”でした。
オープニング曲の“思い込んだら試練の道を〜♪”にあわせながら、黙々とローラーを引く主人公星飛雄馬。
チームのエースでありながら、そんな辛く地味な作業を、嫌な顔もせず引き受ける星飛雄馬に少年は憧れました。
 そして、思ったのです。

“ 中学に入って野球ができるようになったら、僕もグランドの整地を進んで引き受けよう!”

 数年が経ち、中学に入った少年は野球部に入って、練習に励んでいました。
一日の練習が終って帰ろうとしたとき、星飛雄馬の事が、ふと頭をよぎりました。

“ そうだ、グランドの整地だ!!”

そして、少年は監督のところに走って行って言ったのです。

「 先生、“重いコンダラ”貸して下さい!!」

















          ニュース








 26日午後7時50分ごろ、米花市米花町のホテルロビーで「眠りの小五郎」として知られる探偵毛利小五郎さん(45)が頸部を針のようなもので刺されて死亡し、警視庁捜査一課が毛利さんと一緒にいた男子小学生(7)を重過失致死の疑いがあるとして補導していたことが分かった。
小学生は毛利さんの知人の子供で、以前から毛利さん宅で一緒に暮らしていたと供述している。

 関係者によると、毛利さんが偶然居合わせた殺人事件の現場で警察の捜査に協力していたところ、小学生が突然毛利さんに向かって麻酔針を発射し、毛利さんはその場で意識を 失い呼吸困難に陥り間もなく死亡した。

 小学生は警察の取調べに対して、麻酔針は以前から何度も繰り返し使用していた、毛利 さんを殺害する意思は全くなかったと説明しているが、一方で自分は高校生探偵だなどと 訳のわからないことも話しており、警察では小学生の精神鑑定を実施するとともに、腕時計型麻酔銃の入手経路などについても調べを進める予定である。



















     視聴率レコーダー










昔実家に視聴率レコーダーがありました。
よく○○調べって出ている所のものです。
ちなみに近所の人の紹介だったので、 うちの近所で持っている人
は、かなり多かったようです。


あの、もう少しくやしく。


昔実家に視聴率レコーダーがありました。
よく○○調べって出ている所のものです。
ちなみに近所の人の紹介だったのでうちだけだったと思ったら、
近所で持っている人は一杯いたみたいです!!(# ゚Д゚) ムッキー
( `Д´)フォオオオオオオオオオ!


ちがうちがう。
もっとくやしくおながいします。


昔実家に視聴率レコーダーがありました。
よく○○調べって出ている所のものです。
ちなみに近所の人の紹介だったのでうちだけだったと思ったら、
近所で持っている人は一杯いたみたいですっ!!!(ノ#`Д´)ノ⌒┻━┻
ヽ(`(`(`(`ヽ(`Д´)ノ ファ・フォァ・フワォオオオオオオオオオオオン!!
















        柔道一直線










 従兄が東京で就職し、付き合ってた彼女と結婚が決まったので、親に紹介するために正月連れて帰ってきた。
婚約者、かなり美人。
 親戚中でメチャメチャ嫌われてる、50才前のメタボ本家毒長男が、呼ばれもしないのにやってきて寿司や皿盛食い散らかしながら、分家の若造に嫁はまだ早い、本家にまわせみたいなことをほざいて、従兄彼女にからんでた。
 そんなとこに、従兄の弟と後輩たちが3人柔道着姿でやってきた。
毒が来た時点で、従兄が携帯で呼んでたようです。
いきなりゴツイ男達に抱えあげられ、家の裏の畑のワラを敷いてるあたりに持っていかれる毒。
そんで、近所中に聞こえるくらいやたらでかい声で、

「 ナニ!柔道を教えてほしい!
ああ、その醜く肥え太った体を改善したい!
ああ、それやったら猛稽古や。
よっしゃ、稽古や!
泣こうが喚こうがやめへん、徹底的に鍛えたるで!
おっちゃんの決意に、わしらとことん協力するで!」

 毒は、何かもごもご言ってたけど、体育会系の大男4人の声の前にかき消され、その後重たい物をたたきつけるような音とかけ声だけが聞こえてきました、3時間ほど。
汗だくになった弟達が帰ってきて言うには、

「 さっき、便所行くって這うようにでてって、それっきりや。」

だそうです。
従兄は弟に、何枚かにぎらせ、

「 ありがと、これで焼肉でも食べて。」

その後、弟、連日、毒に、

「 おっちゃん、柔道の稽古しよう!」

と誘いをかけるのですが、あの日以来、毒は家にひきこもってます。



















        イトウ









その1


 高1の時に言われたのが一番最初。
夏休み明け直後の日だったんだが、いきなりクラスのヤツに、
「 イトウって知ってる?」
って言われた。

「 イトウ?知らないなぁ。」
「 何言ってるんだよお前と同級生だろ?地元の友達だろ?」
「 いや、しらんし。」

数日後・・・。

「 やっぱりイトウって知ってるだろ?
アイツお前と仲よかったらしいぞ。」
「 だから知らないって・・・。」
「 しらばっくれるなよ。!」
「 はぁ?そんなヤツいないつぅの!」

それでケンカになった。
 そいつは俺に薄情だと言う。
俺は知らないヤツを知ってるヤツだと言われて、なんかシャクに触ったのでキレた。
まぁ若い頃だから血の気は多いとして、それでもクラスのヤツは異常にキレた。
家に帰って、卒業アルバムを小学校の頃から調べたけど、やっぱりイトウなんていなかった。
 結局、ソイツとはそれ以来口を聞くことはなくなり転校していった。
変なわだかまりが残ったけどしばらくイトウの名を忘れてた。





その2


 それから学年が変わって高2になった頃、またイトウの名を耳にする。
今度は部活が一緒だった隣のクラスのヤツ。

「 なぁ、イトウって知ってる?
お前と同じ中学なんだろ?」
「 いや知らないって・・・。」
「 だってさ、お前と同じ部活で三年間一緒だったっていっててたよ。」
「 はぁ?ちょっとどういう知り合いなのか詳しく教えてくれよ。」

久々にその名前を聞いていやなことを思いだしたけど、正体が知りたくて詳しく聞いてみた。

「 女だよ。
背の低いさ・・・。
友達の友達なんだよね。
こないだそいつとカラオケ行ってさ。
ノリのいいヤツ。」
「 いや・・・知らない・・・。
女なら、なおさら知らない・・・・。」
「 マジ・・・?
連れてきてやるよ。
本当にイトウ、お前のこと詳しいから・・・。」

 俺、そこら辺で怖くなったよ。
本当に、どんなに記憶をたどっても知らないヤツなんだから。
わりと聞く名前だけど、イトウなんて同級生は一人もいない。
 それから数日して

「 お前に会わせようとしたイトウさ・・・。
いなくなったらしい。」
「 え?なんで?」
「 わからん、突然、家を捨てて、夜逃げみたいな感じだったって・・・。」
「 ・・・・。」





その3


 次、イトウは以外なところで現れる。
地元の友達が、

「 なぁ、イトウって同級生いたっけ?」
「 いない!
お前も知ってるかって、言われるの?」
「 えっ、お前もか!!」

それで俺らの地元のグループで話題になった。
 イトウとかいうおかしなヤツが俺らの知り合いだと言う。
この現象は、俺だけじゃなくて周辺の友達に波及して三人同じ体験をしたヤツがいた。
それも三人ともちがう高校で全く別々の友達から聞いた話しだった。

「 怖いな・・・。
マジ、イトウって誰だよ?」
「 俺が聞きてぇよ!!」

 同窓会で、そのことをみんなに聞いたが誰も知らなかった。
ただ連絡がつかないヤツの中で、イトウって苗字になったヤツはいたかもしれないが、それも確認できたわけじゃなかった。





その4


 それから半年くらいして今度は幼馴染の従姉妹が、

「 ねぇイトウって知ってる?」

ゾッとした。
いつものイトウの話しだったよ。
背の低い女で、俺と同じ部活、仲の良い友達だったイトウ。
従姉妹は、俺のことをよく知っている。

「 イトウなんて・・・、いないよね?」
「 いない・・・・。」





その5


 それから数年間、イトウは姿を消す。
イトウのことは頭の片隅くらいにしか残らない存在になっていた。

大学卒業間近、バイト先で、

「 なぁ、イトウって知ってる?」

その場に倒れそうになったよ。
で、聞いてみた。

「 背の低い女で、俺と部活が同じの?」
「 そうそう、やっぱり知り合いなんだ。」
「 今も連絡とってるの?」
「 あぁ、高校のときの部活の知り合いで・・・。」

コイツは俺とタメで、高校のときの知り合いならイトウはその頃、行方不明だったはずなんだけど・・・。
俺はイトウについて知りたくなって聞いた。

「 今さ!ソイツと連絡つかない?」
「 あぁつくよ!イトウもさ今度、飲みたいって言ってたしちょうどいいよ。」

携帯電話の先からイトウの声が聞こえる。

「 もしもしぃ。」
「 今さ、・・・うんうん。」

かすかにだけどイトウの声が聞こえる。
実在する人物なんだ!

「 悪い・・・。
イトウさ、なんか具合悪いからって電話切られた・・・。」
「 そうか・・・、じゃあまた今度頼むよ。」

次こそはイトウと話すぞ。

 次にバイトいったときイトウの知り合いだと言うヤツの態度が急変した。
俺が何を話しかけてもシカト。
軽いいじめみたいな感じの雰囲気になってた。
なぜかバイト先のヤツからハブられる俺。
 その日の帰りに店長にクビを言い渡された。
文句は言ったが「悪いがしばらくこないでくれ」の一点張り。
しばらくして、気がついたら、そのバイト先はつぶれてた。
結局、イトウとの接点はなくなった。





その6


 最初に俺にイトウの話をふったクラスのヤツもいなくなり、
次の部活のヤツもその後、退学になった。
三人の同級生とも疎遠になった。
三人とも良いうわさを聞かなかった。
今はどうなったから完全にわからない。
従姉妹もその後、精神的にやんで今は話せる状態じゃない。

“ 結局、イトウのことに関してはわからずじまいだったのかな・・・・。”

なんて思ってたら、先週、彼女が、

「 イトウって知ってる?」

まだ、イトウは俺の周りをチョロチョロしてるのかもしれない。












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5月24日 職業

2012-05-24 19:36:19 | A,日々の出来事_
  5月24日 職業

 今日は、売春防止法が公布された日です。(1956年5月24日)
日本には、江戸時代以来の公娼制度が存在していましたが、第二次世界大戦後の占領下、GHQからの廃止の要求によって公娼制度は無くなりました。
 しかし、形の上では廃止なのですが、実質は赤線地帯が黙認されたため、事実上の公娼制度は温存されていました。
そして、次に、この売春防止法により温存されていた赤線地帯も姿を消します。
 売春防止法の施行後、それまで赤線内で営業していた店舗は、バー、スナック、ラブホテル、映画館、旅館、料亭、アパート、堅気の下宿屋等に職種を変えましたが、密かに風俗営業を続けるものもいました。
















☆今日の壺々話














     人類最古と言われている職業の種類について











「 わちきは、嫌でありんす。」
「 赤ん坊を何人取り上げたことか。」
「 病気を治しちゃうぞ。」
「 盗んじゃうからね。」
「 雇ってくれたら戦うよ。」
「 私がやがて従事するであろう人類最古の職業。」(チャールズ皇太子談)


哺乳類の職業について

「 キーッ、キャッ、キャッ、キャッ。」(ボノボ談)
(翻訳:人類以前でもあるがな!)
















       就職









 会計学校を卒業したばかりのリックは、高給職の面接を受けに行きました。
面接官は、学歴など、ありとあらゆる質問を彼にぶつけたのち、“3×7はいくつかね?” と問題を出しました。
そして、リックは自信を持って答えたのです。

「 22です!」

面接を終えた彼は、電卓を使って計算をやり直してみました。

“ しまった、21か!
これでは、合格はもらえないだろうな・・・。”

リックは不合格の覚悟を決めました。
 それから2週間が経ち、その会社から封筒が送られて来ました。
リックは封筒を見るなり思いました。

「 どうせ、不合格だろ・・・。」

でも、一応、確かめてみる必要はあります。
リックは封筒を開けてみました。

““ 合格 ””

「 え、えっ、合格だって・・・!?」

なんと、その会社から採用通知が送られて来たのです。
 リックの頭は、疑問でいっぱいになりました。
あれこれ考えるのですが、どうも決定打は浮かんで来ません。

“ 考えていても仕方ないから、訊いてみるか・・・。”

 あくる日、彼はその会社に出向き、あれほど簡単な計算を間違えた自分が、なぜ採用されたのか訊いてみました。
すると、面接官は肩をすくめて言ったのです。

「 ああ、キミが一番正解に近かったんだよ。」




















         この店









 なあ、お前と飲むときはいつもこの店だな。
一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。
俺が貧乏浪人生で、お前が月20万稼ぐフリーターだったとき、おごってもらったのがこの店だったな。

「 俺は、毎晩こういうところで飲み歩いてるぜ。
金が余ってしょーがねーから。」

お前はそういって笑ってたっけな。
 俺が大学出て入社して初任給22万だったとき、お前は月30万稼ぐんだって胸を張っていたよな。

「 毎晩残業で休みもないけど、金がすごいんだ。」
「 バイトの後輩どもに、こうして奢ってやって、言うこと聞かせるんだ。」
「 社長の息子も、バイトまとめている俺に頭上がらないんだぜ。」

そういうことを目を輝かせて語っていたのも、この店だったな。
 あれから十年経って今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱりこの店だ。
ここ何年か、こういう安い居酒屋に行くのはお前と一緒のときだけだ。
別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。
油の悪い不衛生な料理は、毒を食っているような気がしてならない。
 なあ、別に女が居る店でなくたっていい。
もう少し金を出せば、こんな残飯でなくって、本物の酒と食べ物を出す店を、いくらでも知っているはずの年齢じゃないのか、俺たちは?
 でも、今のお前を見ると、お前がポケットから取り出すくしゃくしゃの千円札三枚を見ると、俺はどうしても“もっといい店行こうぜ”って言えなくなるんだ。
お前が前のバイト、クビになったの聞いたよ。
お前が体壊したのも知ってたよ。
 新しく入ったバイト先で、一回りも歳の違う、20代の若いフリーターの中に混じって、使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になってバイト続けているのもわかってる。
だけど、もういいだろ。
十年前と同じこの店で、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないでくれ。
そんなのは、隣の席で浮かれているガキどもだけに許されるなぐさめなんだよ。


















        職業病










 さっき仕事でクタクタの状態で、結構混んでる電車の入り口近辺に立ってたんだ。
遅い時間だし座席も空かなくて、車内はドヨーンとした雰囲気。
 しばらくして、私がいる側の入口がピコーンと開いた。
その瞬間、隣でウトウトしてたお兄さんが、「いらっしゃいませー!」と爽やかに挨拶した。
乗ろうとしたおじちゃんはびっくりして一瞬止まってるし、お兄さんは私に向かって「あっすみません…」とか言うし・・・・。


 実家の玄関あけて「御免下さい」って入った。
訪問販売やってた頃だったな。


 「おかえり〜」と言いながらこっちに歩いてくる母に対して、「あっ、はい、お世話になっております!」と言ってしまったことならある。
まぁ世話にはなってるんだけど。


 家に、かかってきた電話に、「ハイ!○○です」と会社の名を元気に答えてしまいました。


 以前、販売してた経験から『毎度ありがとうございます〇階〇〇売場でござい…』って出ちゃった経験ある。


 ファミレスで食事中、お客さんが入ってきて「いらっしゃいませー!」と言いかけ、(ハッ!違う!)と気づいたものの止まらず、「いらっ!」っと元気よく言ってしまったことはある。


 ホテルマンやってました。
マンションの入り口で他の住人と出合ったときに、ドア開けて笑顔でおむかえしてしまった。
住人はぎこちなく会釈しながら変な足取りで帰宅した。


 バスガイドです。
バック誘導のとき、「オラーイ、オラーイ、オラーイ…」って腕振ってやるところを、「お疲れ様で―す、お疲れ様で―す、お疲れ様で―す…」って言いながらやってた。
三回目くらいで気付いた。


 今日は朝から忙しくて、部署全体がテンパってた。
上司なんか電話2台で交互に話すぐらい。
隣に座ってる同期のやつの電話が鳴った。

同僚「もりもり!もしですが!」

↑の名前は森くんです。
















      面接








自分も空白期間が5年程ある。
面接で突っ込まれたらなんて答えればいいんだろ?

長期のブランクには、家業の手伝いしてたが一番有効らしいぞ。

家業というのは何かな?
家は自営でもなく、何もしてないのだが・・・。

親戚でも友人でも何でも良いだろ。

親戚も友人もいないのだが。

こうなったら浮浪者でも野良犬でも何でも良いだろ。

5年ほど野良犬の手伝いをしていました・・・・。














        警察








この前、ねずみ取りやってたから自転車本気で漕いで通過して、その後、

「 何キロでてました?」

って聞きに戻ったら、

「 仕事の邪魔です。」

って言われた。















     中華飯店






 チャーハン食った。
まずかった。
大声で「まずい」と叫んだ。
厨房の置くから「どうすりゃええねん」と若い男の声が聞こえてきた。
あわてて「ねぎはうまく切れてる」とフォローを入れた。















       コンビニ



 先日、引継ぎ中でレジに3人いた時に、

“ デブでおでこハゲかかってて広い、後頭部と耳上は一分刈りで頭頂部だけ猫耳のように立ってる髪の毛が2束”

という、とても変な髪形の客が来た。
 髪の薄いサリーちゃんのパパみたいな・・・・。
文字だけじゃイメージしづらいと思うけど、かなり衝撃的。
 しかも、寒い夜なのになぜか半そでTシャツ。
TシャツにはPUMAっぽいプリントがあって「PUMA」の代わりに「KUMA」とか書いてある。
そいつがレジに歩いて来る時に、スタッフ3人は同時にカウンター下に隠れた。

女子店員「 無理・・・あたし絶対あの人の接客無理!吹き出しちゃうよ。」
後輩「 僕も無理です!!直視できません・・・。」
俺「 俺だって無理だよ、チラっと見ただけでもう思い出し笑いが。」

 でも、しょうがないからレジに一番近かった後輩がレジ打ちして、女子が袋詰め。
肉まんを頼まれたから、俺が肉まんを袋に詰める。
 ふと女子店員を見ると、笑いをこらえすぎて顔が真っ赤になっている。
吹き出すのを我慢するためなのか、唇にぐっと力を入れている様子。
後輩は、

「 ○○円が1点ー、○○円が1点ー・・・・・・。
○○…ふっ、○○円が2て…、ゴホンゴホン・・・・。」

と、むせたフリをしてごまかそうとしている。
それ、ごまかせていない。
そんな2人を見て、更に笑いがこみ上げる俺。
 女子店員も同じ様子で、袋詰めし終わった後はじっと下を向いていたんだが、何を思ったかチラッと客を見たくなったようで、客を見て「ぶふっ!」と言いながら後ろ向きになって煙草の品出しを始めた。
 後輩はもう我慢ができず、笑いはこらえているものの肩が小刻みに震える。
鼻息荒いし。
俺ももう限界。

 なんとか大笑いすることなく、客が帰ってゆく。
他に店内に客はいない、もうすぐ事務所で思う存分笑える。
早く閉まれ自動ドア!
そう思った瞬間、その客が踵を返して戻ってくる。

“買い忘れか?勘弁してくれよ・・・・。”

そう思った瞬間、彼は閉まりかけたドアに挟まれた。
もうだめ。
全員限界超えた。









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しづめばこ 5月23日 P174

2012-05-23 20:50:23 | D,しづめばこ
しづめばこ 5月23日 P174 、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


小説“しづめばこ”は読み易いようにbook形式になっています。
下記のリンクに入ってください。(FC2小説)

小説“しづめばこ”


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5月23日 城南電気

2012-05-23 20:49:22 | A,日々の出来事_
  5月23日 城南電気

 今日は、城南電気の社長、宮路年雄(みやじ としお)が、本社の社長室で刃物を持った男に襲われ、150万円を奪われた日です。(1995年5月23日)
宮路社長は、江頭2:50と友達で、ユニークなキャラクターに人気があり、数多くのテレビ番組に出演していました。
そして、商品の仕入れのために常に3000万〜4000万円の現金をアタッシェケースに入れて持ち歩き、自らロールス・ロイスを運転している様子をテレビでよく紹介されていたために、何度も強盗に襲われていました。
 宮路年雄を有名にしたのは1994年3月の米騒動事件で、前年の記録的な冷夏の影響で全国的に米不足となった際に、秋田県大潟村であきたこまち29トンを買いつけ、3月27日に杉並区の城南電機・西永福店で赤字廉売しました。
当時、この米販売はヤミ米と言う訳で、食糧庁が食糧管理法の無許可販売と判断し城南電機に行政指導した事件です。
 宮路年雄は1998年5月9日肺炎で亡くなり、城南電気も後を追うように1998年6月15日に潰れてしまいました。
















☆今日の壺々話













      宮路社長と社員と江頭2:50










「 社長、もう、現金を持ち歩くのは止めて下さい。」
「 何を言っておるか、バカモノ。
戦時中の機銃掃射に比べたら、チンピラみたいな強盗なんて物の数ではないわ。
今、生きているだけで儲けものなのだから、もう怖いものなどないのじゃ。
なあ、江頭君。」

( 江頭、服を脱ぎ始める。)

「 それに、ヤミ米を安売りするのも止めて下さい。
食糧庁の行政指導も入っていますから。」
「 日本人は日本の米を食いたいんじゃ!
もう、5キロ6000円で仕入れたコメを3000円で売り出すぞ。
損して、知名度で得を取るのじゃ!
なあ、江頭君。」

( 江頭、パンツに手を掛ける。)

「 社長、もう、止めて下さいよ!」
「 なんの、なんの。
消費者の声にこそ、“正義”はある。
なあ、江頭君。」

( 江頭、パンツを一気に脱ぎ捨て、踊り出す。)

「 人生は、オモロイ!
なあ、江頭君。」

( 江頭、下半身を社長の顔に擦り付ける。)

「 こらァ〜、止めろ〜、うっぷ!!」





















         やしきたかじん事件










 江頭2:50は、番組中、椅子に紐で括り付けられ身動きが取れなくなった やしきたかじんの顔に性器を押し付けました。
その時の絶叫は次の通りです。

「 おのれェ〜、おんどりゃあァァ〜、やめろッ、こらぁぁ〜!!!」

やしきたかじんの東京嫌いは、東京に行ったら いつ江頭に会うかわからないと言う恐怖にかられているという説があります。
















        パソコン










女『パソコンがおかしいんだけど…。』
俺『バッテリーかな?電源は点く?』
女『昨日はちゃんと動いたんだけど…。』
俺『原因がバッテリーかどうか知りたいんだけど、電源は点く?』
女『明日の会議用の資料作ってたから、パソコンを使えないと…。』
俺『んで電源は点く?』
女『前に使ってたパソコンでは、こんな事無かったのに…。』
俺『電源は点く?点かない?』
女『前使ってたワープロがあるから、作ろうと思えば資料作れるけど…。』
俺『…電源。』
女『まだ買って1年も経ってないのに…。』
俺『………で・ん・げ・ん。』
女『そうだ!今から電気屋さんに行ってみるね!』




















        一人暮らしの家電










 自炊するなら、とりあえず一口コンロと鍋一個を買っとけ。
しないなら、電子レンジ。
オーブン機能の無いレンジ機能だけの激安で十分。
 後、多少は格好気にするなら、アイロンとアイロン台が必須。
皺の出来ない形状記憶生地の洋服も多いけど、それでも皺は皆無じゃないし、
ちょっとした皺を消すにもあったほうがいい。
 本棚は段ボール箱を横に積み重ねて、サランラップなどの芯を柱代わりにして使用する手もあり。
気に入る棚が手に入るまで、それで過ごすというのもありよ。
金かからねーし。
 そして、必須なのはトカレフとニンニク。
あと念のため火力の大きい、ロケットランチャー。
都会の夜の鉄則は「殺られる前に殺れ!!」だ。
最近ゾンビの群れが、一人暮らしを狙って、便所から涌いてくるらしいから、
対戦車ライフルもあった方がいいかもしれないが、
それは、おいおい買い揃えるべきだろうな。













       冷蔵庫









パートが残業で遅くなって、うちに帰ったのが夜になってしまいました。
主人がもう帰ってきていて、一人で晩酌していました。

私「 ただいま。ごめんね。買い物してきたから、今おつまみ作るわ。」
主人「 ああ、お帰り。勝手に冷蔵庫から出して食べてるからいいぞ。」

昨日、食材は使いきってしまって、冷蔵庫の中は空なのに一体…。
私はいぶかしく思い、尋ねてみました。

私「 冷蔵庫に何か残ってたっけ?」
主人「 うん、この猫印の缶詰めなかなか美味いぞ。」















      冷蔵庫









 冷蔵庫に入れる玩具で、
冷蔵庫開けると「こんにちは」
長く開けると「暑くなってきた」「そろそろ閉めない?」
みたいなことを喋るやつがあるみたい。



俺様冷蔵庫
「 またおまえか。」
「 開けすぎだ…そろそろ閉めろよ。」
「 (中身が)もうどうなってもしらねえぞ。」

敬語冷蔵庫
「 …っ急に開けないでください!」
「 ヘ、ヘンなとこ探らないでください!」
「 これ以上はもう、ダメです…。」

おばか冷蔵庫
「 プリンくっちゃったよぉ〜嘘だけど〜。」
「 ねー、たまご腐ってなぁい?w」
「 あ、牛乳がヨーグルトになってるうー。」

















       冷蔵庫






 就職が決まったので日記をつける事にした。



3月26日(日)
 20世紀最後の年。
念願の就職も決まり、今日から日記をつけることにする。
ようやく真人間となれたものの、真人間とは何をするものかと、
貧弱な頭を捻った結論が日記である。
長年、親の脛に寄生してきた代償は思った以上に大きい。



4月1日(土)
 本日より仕事である。
誰しも一度は耳にしたことがある電器メーカーが、私の職場となる。
先日まで地の底を見上げていた、私のような人間が必要とされる。
これほどまでに胸が高まるのは何時以来だろうか。
初日で土曜日ということもあり、簡単な説明で退勤となる。



4月3日(月)
 最初に与えられた仕事は、冷蔵庫の扉の耐久テストだ。
冷蔵庫の扉が、何回の開閉までなら正常に使用できるかを評価するらしい。
作業は至極単純で、一定の力加減で扉を開閉し、開閉した回数を数えるのだ。
学の無い私でも最先端の技術に貢献できることを、とても誇りに思う。
今日は2万5千回の開閉で退勤。



4月10日(月)
 耐久テストを開始して1週間が経つ。
扉は壊れるどころか、正常そのものである。
これほどまでに頑丈な扉を作る技術があるとは、本当に素晴らしい会社だ。
私の境遇がいかに恵まれているか、改めて痛感する。



4月25日(火)
 この世に生を受け幾年月、初めて自分の力で金を稼いだ。
会社の好意で、商品の冷蔵庫を安く譲ってもえることとなる。
早速家へと帰り、感謝の気持を込め冷蔵庫を母親へ贈った。
これの新型の開発に携わっていることを話すと、涙して喜んでくれた。
初めての給金と、初めての親孝行、なんと素晴らしい日であろうか。



5月12日(金)
 真に頑丈な扉である。
100万回の開閉にも、歪み1つ見せない。
最近、扉を開閉する音が耳に残り、なかなか寝付けない。



6月19日(月)
 夜中に目が覚める。
腕が、扉を開閉する動きを繰り返していた。



7月15日(土)
 どこまでが腕で、どこからが扉なのか、
時々判らなくなる。



8月30日(水)
 突然、冷蔵庫の中に蝶が紛れ込んできた。
開閉作業を中断し、蝶を探すが見つけられず。



9月3日(日)
 冷蔵庫を開けると、妖精と目が合う。
なるほど、蝶も幻覚だったのだ。



9月28日(木)
 冷蔵庫の妖精が、日に日に醜くなる。
その形相は、まるで鬼のようだ。



10月16日(金)
 夢の中でも扉を開閉している。
夢と現実の区別がつかない。



11月22日(水)
 仕事中、気が付くと1週間が過ぎていた。



12月31日(水)
 今年も終わり。
それにしても頑丈な扉である。










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5月22日 ミズナラ

2012-05-22 20:05:19 | A,日々の出来事_
  5月22日 ミズナラ 

 今日は、藤村 操(ふじむら みさお)が華厳滝で自殺した日です。(1903年5月22日)
藤村 操は、北海道出身の旧制一高(東京大学)の学生で、1903年5月22日、日光の華厳滝において、傍らのミズナラの木に「巌頭之感」を書き残して自殺しました。




   巌 頭 之 感



悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、 五尺の小躯を以て比大をはからむとす、
ホレーショの哲學竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ、
萬有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。
我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
既に巌頭に立つに及んで、 胸中何等の不安あるなし。
始めて知る、 大いなる悲觀は大いなる樂觀に一致するを。




 東大生の厭世観による死は社会に大きな影響を与え、藤村の死後4年間で華厳滝で後追い自殺を図った者が185名に上りました。
華厳滝が今も自殺の名所として知られるのは、この出来事によるものです。
 また、夏目漱石は旧制一高で藤村 操に英語を教えており、自殺直前の授業中、予習をしていなかった藤村を叱っていました。
この自殺は、夏目漱石が、後年、鬱病になった一因と言われており、「吾輩は猫である」にも “打ちゃって置くと巌頭の吟でも書いて華厳滝から飛び込むかも知れない”と言う一文が見られます。
 なお、ミズナラの木は、警察により伐採されましたが、その写真は華厳滝で今でもお土産として販売されています。



















☆今日の壺々話















      有名なあちこち










■青木ヶ原樹海 周囲の住民は、見慣れない自殺志願者に敏感。結局は樹海内で他の手段で自殺しなければならず二度手間。

■清水の舞台 夜中ででもない限り観光客が多く、飛び降りれない。

■虹の大橋 交通の便が悪い。当然フェンスがあるので、乗り越えようとすれば誰かに止められる。

■中央線 影響甚大。場合によっては賠償金とも。遺体が目も当てられない。

■道頓堀 夜中でも人が沢山いる。救助が早い。阪神ファンと間違えられる。

■東尋坊 自殺の名所として有名なため自殺防止のボランティアがいる。

■足摺岬 交通の便が悪い。日中は観光客がいる。

■三段壁 自殺の名所として有名なため自殺防止のボランティアがいる。

■阿蘇山 かつて自殺の名所とされた。火口にまで辿り着くのは困難。

■軍艦島 上陸自体禁止されている。結局はそこで他の手段で自殺しなければならず二度手間。

■華厳の滝 かつて自殺の名所とされた。日中は観光客が多い。

■錦ヶ浦 かつて自殺の名所とされた。

■高島平団地 かつて自殺の名所とされた。現在はほとんど飛び降り防止柵が設けられている。

















       叔父さん








 小学生の頃、家に叔父さんが居候してた。
叔父さんは工場の仕事をクビになり、家賃も払えなくなってアパートを追い出され、やることもなく、毎日俺んちでゴロゴロしていた。
 収入もなく、毎日安酒を飲んで寝てるだけの叔父さんだったけど、甥っ子の俺のことは可愛がってくれ、時々アイス買ってくれたり釣りやクワガタ採りに連れてってくれたりして、俺はこの叔父さんのことを好きだった。
 叔父さんが居候しだして半年が過ぎた頃、ある土曜日の雨の深夜、親父と伯父さんが階下で言い争いをしてる声が聞こえた。
かなり激しい怒鳴りあいだったので、聞いてたラジオを消し息を殺して聞いているとバタンとドアが閉まる音がして叔父さんがドカドカと階段を上がってきた。
げっ、俺の部屋にくんの?とビビってると隣の仏間の障子がピシャっと閉まる音がした。
俺はそっと布団に潜り込み暫くドキドキしてたがいつの間にか寝入ってしまった。

 翌日の日曜、俺の両親は店へ行き、家には俺と叔父さんの2人きりになった。
俺は昨日のことは知らないふりで、日曜の昼のテレビを見ながら母ちゃんが用意してくれてた唐揚げで昼飯を食っていた。
叔父さんが、仏間から出てくる音がして、階段を下りる音が続いた。
俺はちょっと緊張しながら、

「 おじさん、おはよ〜。」

と言うと叔父さんも、

「 おう、なんや、美味そうやな。」

と一緒にご飯を食べだした。

「 ツトム(仮名)、飯食ったら釣り行くか?」

と誘われたので、俺も子供心に叔父さんを慰めてやろうと「うん。」と同意した。

 釣竿を2本持ち、仕掛けの詰まった箱をバケツに入れて、俺と叔父さんはいつも釣りに行く近所の滝つぼへ向かった。
滝つぼは前日の雨で水位が増し、コーヒー牛乳色の濁流が厚い渦を巻いていた。

「 あんまり釣れそうやないね。」

と俺が言うと叔父さんも、

「 どうやろか、ちょっとやってみようか。」

と応えた。

「 こう言う時の方が却って釣れるもんやけん。ウナギとか釣れるとぞ。」

と言い、叔父さんは滝壺の方まで進んだ。
俺はこんな奥やら行かんでいいのにな〜と思いながらも、言葉すくなにに早足で進む叔父さんの後をついて行った。

「 ここでいいか。」

叔父さんは滝壺手前の高い大岩の前で止まった。

「 ツトム、この上から釣ろうか。ちょっと上ってみ。」

と俺を持ち上げた。
俺が脇を抱えられ岩の上に這い上がると、

「 どうや?水の具合は。釣れそうか?」

と叔父さんが聞いてきた。
俺は濁流が渦巻く水面を覗き込み、

「 魚やらいっちょん見えんよ。」

と魚影を探した。
暫く水面を見てた俺は、叔父さんの返事の無いことに気付き、

「 叔父さん?」

と振り返った。
 岩ノ下にいたはずの叔父さんは、俺の直ぐ背後に立ち、俺を突き落とそうとするような格好で両手を自分の胸の前に上げていた。
振り向きざまに叔父さんの姿を見た俺は固まった。
叔父さんは無表情で力の無い目をしていた。
 せみの鳴き声をバックに時が止まった。
俺は何も言えずに叔父さんの目をただ見つめ返すことしか出来なかった。
汗が頬を伝い、身動きの出来ない体の中でただ心臓の鼓動だけが高鳴った。
伯父さんも手を下ろそうとせずに、ただ無気力な目で俺を見つめていた。

 どれくらい見詰め合っただろう。
不意に叔父さんの背後の藪ががさがさとなった。
両者とも、はっと我に返り、藪に目をやった。
見ると、こちらに気付く様子もなく近所の農家のおっさんらしき人が横切って行った。

 俺は叔父さんのよこを通り過ぎて、

「 今日は釣れそうにないけん、俺先帰っとくね。」

とだけ言って歩き出した。
滝から少し離れると、俺は弾かれたように全速ダッシュで逃げた。
 振り返ると、あの目をした叔父さんがすぐ後にいるような気がし、俺は前のめりになって全力で走った。
大分走ったころ、自分がボロボロ泣いていることに気付いた。
 俺は家に帰らず、両親のいる店へと向かった。
当時定食屋をやってた両親の店で、俺は両親が店を終わるまで過ごした。

 叔父さんはその日帰ってこなかった。
翌日の夜に親父が警察へ届け、数日後に水死体で見付かった。
俺は滝壺であったことを一切語らず叔父さんは一人で釣り中の事故で片付いた。
俺が持ち帰った仕掛け箱に叔父さんの字で書かれたメモがあった。
それには、

”ツトムを連れて行く。”

とだけ書いてあった。










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しづめばこ 5月21日 P173

2012-05-21 19:53:54 | D,しづめばこ
しづめばこ 5月21日 P173 、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


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5月21日 祟り

2012-05-21 19:52:57 | A,日々の出来事_
  5月21日 祟り

 今日は、津山三十人殺し事件があった日です。(1938年5月21日)
この事件は、岡山県津山市加茂町行重で都井睦雄(21才)が、村人を僅か1時間半の間に30人惨殺した事件です。
 当日、都井は詰襟の学生服を着て、頭に鉢巻をして小型懐中電灯を両側に1本ずつ結わえ付け、足にはゲートルと地下足袋、首からは自転車用のランプを提げ、腰には日本刀と匕首、手にはブローニング猟銃を持っていました。
この装束は、テレビで何回も放映されています。

「 濃茶の尼さん、何か一言。」
「 祟りじゃ〜。」
「 えっと、多治見要蔵が鬼気迫る形相で走る姿は凄かったですね!」
「 祟りじゃ〜。」
「 あの〜、今日は天気が悪いですね。」
「 祟りじゃ〜。」
「 ねえ、ねえ、どうしてそれしか言わないんですか?」
「 祟りじゃ〜。」

横溝正史の八つ墓村は、この事件がモデルでした。



また、都市伝説“杉沢村”も、これをアレンジしています。


“ かつて青森県内の山中に杉沢村という村がありました。
昭和初期、突然発狂した青年が村人全員を殺して自らも命を絶ちます。
そして、人がいなくなった村は廃村となり、地図からも県の公文書からも抹消されました。
しかし、廃村の家屋は悪霊の棲み家となって残り、村を訪れた者は二度と戻っては来られないのです。”


「 祟りじゃ〜!!」




















☆今日の壺々話















          怨










 ある夫婦が些細な諍いから喧嘩となり、激昂した夫は妻を殺してしまいました。
夫は妻の死体を夜中にそっと裏庭に埋め、近所には妻が家出したと触れ回りました。
このことは誰にも見られなかったようで、平穏な日々が過ぎて行きました。
 でも、そのうち、夫は5歳になる一人息子が不思議そうな目つきで、自分を見ているのに気が付いたのです。
それで、それとなく一人息子に、その理由を尋ねてみました。

「 なあ、ママが家出して一ヶ月になるけど、何かパパに言いたいことでもあるのかい?」

すると一人息子は父親に言いました。

「 どうして、パパはずっとママをおんぶしているの?」





















        祟り









 曾爺ちゃんは、オレが物心付く前に死んでしまったので爺ちゃんに聞いた話です。


 オレの曾爺ちゃんは坊主だったらしい。
というか曾爺ちゃんの代まで坊主の家系だったそうだ。
 そんでもって曾爺ちゃんは霊感(坊主だと法力か?)があったらしく、除霊やら鎮魂やら何かと有名だったらしいが、ありがたい崇高な霊力者とかって感じではなく、変な能力は有るけれども普通の多少目端の利く人だったようだ。
 そんな曾爺ちゃんには、人づてで何かとオカルトチックな依頼が来るらしく、旅に出て家を空けることが多く、爺ちゃんも寂しい思いをしていたようで、いつも曾爺ちゃんが旅から帰ってきたら土産話を要求するのだが、曾爺ちゃんは大抵当たり障りのない話ばかりをしていたそうだ。
まぁ、怨念やらの絡みになると色恋沙汰や依頼者の恥部となる話になるのだから口は堅かったのだろう。


 前置き長かったけど、数少ない旅の話の中から曾爺ちゃんが坊主を辞めた原因になった時の話。


 そんな曾爺ちゃんに、ある日どっかの地方から羽織袴の名士っぽい人が訪ねてきた。
曾爺ちゃんは見た目で「祟られている」って判ったらしいが、そんな事はおくびにも出さずに、応接間に通して何事かと聞いてみたらしい。
 その人は、某県の何処其処で何々をしています誰々です〜みたいな話を丁寧にはじめ、話し口から名主っていうか纏め役みたいな家系って曾爺ちゃんは感じ、その時曾爺ちゃんにお願いしたのは、不幸な死に方をした女性の供養ってことだったそうだ。
 曾爺ちゃんは、この人は隠し事が多いな〜等と思いながら、多少身の危険を感じたらしい。
霊的な危険って言うより、殺しとかにこの人の家の者や知り合いが関わったのが原因じゃないかと感じたそうだ。
それだと、場合によっちゃ自分の身も危険だし。
 取り敢えずその人には多少準備がかかるし疲れたでしょって言って2・3日家に泊めて、その間にその地方の議員さんやら親分・警察署長あたりの名前を調べ、知人に紹介して貰って実際に電話したりして繋ぎをつくったりしたそうだ。
なかなか世俗チックな曾爺ちゃんだと思う。
 そんな対人的な下準備の後は、今度はそれなりにも準備をして、「じゃあ行きましょうか」って事でその人の案内で地方に向かったそうだ。
地方に着いたら「そう言えば●●先生はここに居られるそうだから挨拶したい」とか何とか言って、先に手を回しておいた議員やら署長やら親分に挨拶に行き、自分に変に手を出したら後々厄介ですよ〜って臭わせておいてから、その人の家に行くことにしたそうだ。

 その人の家は街から外れて幾つか山を越えた山間の村で、村に近づくにつれて嫌な感じが強くなってきたので、「これは村ごと祟られているな、女一人を供養して済むのかね?」って思ったらしい。
 村に入ると出会う人がどいつもこいつも祟りの影響を受けている。
流石に曾爺ちゃんも村ぐるみの事件っぽい臭いがしてきて嫌になってきたが、こんな辺鄙な場所から逃げ出すのも大変だと思い、一応その人の家で詳しい事情を聞いてみることにした。
 その人の家は結構大きかったらしく屋敷って感じで、曾爺ちゃんの村の纏め役っぽいって予想は当たっていたらしい。
庄屋の家系の当代ってところ。
 屋敷は門に入る前から恨まれている感じが臭いまくっており、かなり業の深いことをしてしまった家系だと思いながら家に入ったそうだ。
 部屋に案内されて、改めて話を聞くと供養して欲しい女性は3名。
曾爺ちゃんは屋敷の人間がその3名の死因に関わっていると思ったので、その辺は深くは聞かずに村に何か起こっているのか聞いてみた。

 どうやら村では殺人が連続して起こっているらしい。
しかも、事件や犯人を警察に届けていなくて、犯人は土蔵に閉じこめたり納屋に縛ってあったり、死因も事故死・病死って事にして医者に見せずに土葬にするなどかなりヤバイ感じの処置をしていた。
 現代なら(多分当時でも)死体遺棄&不法逮捕監禁で引っ張られるようなやり方をするからには、村人を外に出したくない理由があると思えること。
 曾爺ちゃんは突っ込み所が多すぎるのをグッと我慢(自分の身の為)して、まずは犯人の一人に会って見ることにした。
 多分この屋敷にも居るのだろうが、当代に案内されたのは屋敷から少し離れた農家の納屋だった。
納屋の中はジメっとして糞尿の臭いが酷く、中には怯えた感じで縮こまっている女性が一人柱に縛られていて、曾爺ちゃんは憑かれていたなって思ったらしい。
 曾爺ちゃんはこの女性はもう危険じゃないことを教え、暫く安静にしていたら今より良くは成るだろうって言いはしたが、殺したのは多分旦那か子供だなと感じて可愛そうに思ったそうだ。
この人への祟りはもう終わっているが、多分完全に治ることは無いだろうって思えたらしい。

 曾爺ちゃんは「供養はするが、あなた方は供養でどうにかなると思っているのかね?」って話したらしいが、他に当たっても祟りがあってからは供養さえ怖がってしてくれないからお鉢が回ってきたらしく、どうしても供養はして欲しいって事で曾爺ちゃんは供養することにした。
 お墓の位置は村外れの山道を進んで行った山にあるらしく、昔はそこに寺が有ったが、廃寺となった後はそのまま村の墓地として利用しているとのこと。
案内されてそこに近づくにつれて悪寒がしてくるし、案内していた当代はどんどん顔色が悪くなってくる。
 これは半端じゃないって思い、とりあえず墓の方向に向かって経をあげて様子を見たが、どうにもならない感じなのである程度の道筋を聞いて当代を帰したそうだ。

 当代に活を入れて返した後、暫く進むと何かにすれ違った。
曾爺ちゃんには姿は見えなかったが、多分彼女らの誰かだろう。
その気配は当代を追うわけでもなく、また、自分を追う様にも感じなかったので、気を落ち着けながら先へ進むことにした。
 山の斜面を這うように進む山道を歩いていくと開けた場所があり、斜面にそって卒塔婆や墓石が並んでいるのでここがその墓地だろうと感じて中に入っていくと、多くの盛り土の墓の内にこの墓がそうと判るくらいの存在感がある墓が3つあったらしい。
 曾爺ちゃんはそこで経をあげて供養を試みたが、ずっと空気が重く、どっからか視線をずっと感じる。
「無理だな〜業が深い」と思って屋敷まで引き上げたる事にした。
 屋敷まで戻った曾爺ちゃんは、当代に供養を試みたがこのままでは祟りは収まらないことを言った。
「 あなた方は業が深いので言えないことも多いと思う。
三人を死なせたのにも関わっているだろう。
しかし、祟りが無かったものが何故祟る様になったのか何でも話せる事があれば言いなさい。」
と言ってみたそうだ。

 当代も言い辛かっただろうが、話した内容はこうだった。
父にあたる先代は乱暴で狡猾な人物だったそうで、若い頃から問題ばかり起こしていたそうだ。
 それでも先々代が存命の内はまだマシな方で、先々代が亡くなると素行に歯止めが効かなくなった。
多くの村人を巧妙に利害で巻き込みながら悪事を繰り返し、村では誰も逆らうことが出来なくなってしまったそうだ。
 祟っている3名の死にも先代は関わっているらしい。
それから先代は三年前に実の妹に殺害された。
多分これが最初の祟りじゃないかとのこと。
 そして、祟りで死ぬ前にあの3名の女性と関わりのある男に罪を着せて殺している。
もちろん私刑だ。
それ以来、村では身内や血縁者を殺してしまう事件が時々起こるようになった。


 曾爺ちゃんはこの話を聞いて、その殺された男をまず供養しないとこの祟りは収まらないと思ったらしく墓の場所を訪ねた。
当代の答えは、「墓はない、埋めただけになっている」と話し、埋めた場所に次の日に行くことになった。
 曾爺ちゃんは、その晩は屋敷には泊まらなかった。
明日の事を考えたらここで気力を消耗したくないって気持ちになったらしい。

 次の日、当代と村の男数名に案内されてその男の埋まっている場所に出かけると、そこは村はずれの藪の中だった。
ジメジメと腐った枯れ草が覆い被さり、枯れ草の隙間から育ちが悪い感じの雑草が生えている高さの余りない盛り土があり、近くには申し訳程度の供え物が朽ちていた。
 曾爺ちゃんは、ちゃんと埋葬し直して供養しなといけないと当代に言って掘り返させた。
大して掘り返さないうちに死体は現れ、出てきた死体はやはり普通の状態ではなく無惨に切り刻まれていて、五体ばらばらどころか肉片がいくつも出てきたらしい。
ただ、不思議な事に三年前に死んだはずの死体は腐敗せずに湿り気を帯びていたそうで、曾爺ちゃんは「呪物になっているな」と感じたそうだ。
 この辺の詳しい理屈は爺ちゃんには判らないらしいが、多分殺された男は3名の女性を弔っていた者で、そのことで3名の霊的な干渉を良くも悪くも受けていたが、殺された後は本人の無念も重なって、3名の祟りの呪物化したのではないかって感じの話をしていた。
 とにかく、曾爺ちゃんは男の遺体から頭髪の一部を切り取った後は全てカメに詰めて埋め直した後に経をあげて供養した。
供養といっても成仏させた訳ではないらしいが、成仏させるわけにもいかなかったので、その地で安息できるように色々したようだ。
 頭髪の一部を切り取ったのは、業が深すぎる件なので、関わった自分への祟りも有ると思い、この男を自分も供養しないと危ないと思ったかららしい。


 曾爺ちゃんは当代にこんな注意をして別れたそうだ。

・あなたの直系は、子々孫々まで男の命日の供養を欠かさないこと。
・3名の墓を除いた墓地にある他の墓を村の近くに移すこと。
・墓を移したら誰も3名の墓に近づかないこと。
・祟りや3名の霊が現れることがあったら男の墓に供物を捧げ助命の願をかけること。


 曾爺ちゃんは村にはあまり長居したくなかったそうで、旅費位にしかならない報酬を貰った後は、来たときと同じように地元の議員さんやら有力者に挨拶をすましてから一人で家に帰った。
そして、家族に男の髪が入った箱をみせてこの話をしたそうだ。
 もし自分が祟りで倒れた場合に、この髪の供養を続けて貰わなければならないから。
この件で曾爺ちゃんが坊主を辞めなくてはならなかった理由は、曾爺ちゃんがやった方法は呪い返しに近い方法であって、それがお偉いさんにしれた時に世話になった上司?の立場をかなり悪くしてしまったからだそうだ。
 何か歴史物ではお偉い坊さんが権力者に頼まれて呪ったりする話が有ったりするが、下端の坊主が何かすると厳しいのかな?

 そして、うちの家系にはその祟りのようなのは無いっぽい。
髪の毛は結局話に出たカメに入れて埋めたらしい。
話に書いた当代がその男の人の墓を盛り土じゃなくて墓石やら置いて綺麗に作り直した時に、当代の家系が供養をちゃんとやってるから、それなら呪物化した物をあまり家に置くのは良くないって事で曾爺ちゃんが戻したらしい。
呪物を祀ってると地獄行きらしいですからね。










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5月20日 非常ベルとパイプオルガン

2012-05-20 19:06:31 | A,日々の出来事_
  5月20日 非常ベルとパイプオルガン

 今日は、五億円のパイプオルガンが水浸しになった日です。(1996年5月20日)
浜松市にある“アクトシティ浜松”は、市有施設と民有施設によって構成される施設群です。
そのホールに設置されたパイプオルガンは、フランスのコワラン社製(価格が五億円)のもので、演奏会や各種学会や入学式などに使われています。



   ドラマ“警備員の呟き”(1996年5月20日)


    −幕開け−

「 最近、施設内に悪戯が多いな。
非常ベルとか押すバカタレも居る事だし・・・。
困ったもんだ。
そうだ!
“ボタンを押すな!”の注意書きを貼る事にしよう。
備えあれば憂いなし!」

4分後

「 ムフフフフフ。
よし、出来た!
それじゃ、一番大事なパイプオルガンのホールから貼ろう。」

7分後

「 えっと、ボタン、ボタン、ボタン。
おっ、これだ、これだ。
上から注意書きを貼り付けて・・・。
剥がれないように、ちゃんと押さえて置かなきゃ。」

“ グリグリグリ・・・、プチッ!!”

「 わっ、押してしまった・・!」

“ ブシュ〜ウ〜〜〜〜!!”

「 み、水が吹き出たァ〜。
おわァ〜、非常ベル、非常ベル!!!」

・・・慌てふためく人々・・・

       −幕−


 水浸しのパイプオルガンは、解体されてコワラン社に送られ、修理復元されました。
また、ホール自体も、パイプオルガンにスプリンクラーの水がかからないように改修されました。
と言うことは、火事があれば、五億円は丸焼けかな・・・・。

















☆今日の壺々話














       田中







 小学生の頃、理科実験室。
実験室の机で、担任の先生が四角い金属のお皿に入った布に、ビーカーに入った薬を掛けたとき、後ろの席から“ブォン!”って音がして田中が屁をこきました。

クラス爆笑 田中も爆笑 先生も爆笑!!!

そして、先生はそれに気を取られたのか布に薬を掛け過ぎて、布から煙が“ブオ〜ッ”って出て来ました。
 先生は慌てて煙を止めようとしたのですが煙は止まらず、そのうち非常ベルが鳴り出して全校避難ってことになって、消防車とか、たまたま通りがかった市会議員の視察団とかが来て大騒ぎになりました。
 そして、帰りの会のとき、校長に怒られて教室の隅で涙ぐむ煙を出した先生、女子たちもボロボロ泣いてて、

「 田中君がおならをしたのがいけないと思います!」
「 私もそう思います!!」

の大合唱。
田中は、“ええ〜〜〜っっっっっ??!!!”って顔してました。
その田中を見て、クラスの男子は声に出さずに腹抱えて笑ってました。
 翌日、田中の屁に引火して理科室が吹き飛んだことになってて、それ以来、田中はこの町一番の有名人となったのです。














         田中






 関東から関西に引っ越すんだけど……。  
なんかいろいろ文化の違いがあって心配です><  
標準語で話すといじめられますか?  

標準語なんて使ったらいじめられるとか言うレベルじゃねえぞ。  
家族親戚田中まとめて惨殺される可能性あり。  

田中理不尽すぎるwwwww。



















      20年前の地方営業にて







 愛媛県にひとつしかない空港から戻ろうと思ったのだが、台風の襲来で欠航になってしまった。
で、慌てて泊まるところを探すと、空港にほど近いビジネスホテルが偶然とれた。
 外観、内部ともにおかしなところはなく、フロントのおやじも普通だったのだが、なぜかカギと一緒にたくさんのエロビデオを無料で貸してくれた。

「 眠れないだろうから、ビデオでも観てなよ。」
「 ・・・?
でも、ま、いいか・・・。」

 シャワーの後、おやじの好意に甘えてエッチな世界にほくそえんでいたのだが、仕事で疲れてたオレはいつの間にかウトウト。
その時、けたたましい非常ベルの音で目が覚めた。
 何事かと思って、ドアを開けるとそこは静かな廊下。
報知器の誤作動かと思って、部屋に戻って続きを鑑賞していると再度非常ベルが。
そして、ドヤドヤと大勢の声が聞こえてきた。
 今度はハッキリ目が覚めている状態だったから、

「 これは火事だ、ヤバッ!」

と思って部屋を飛び出し、必死に廊下の突き当たりの非常階段を駆け下り掛けて、

「 あれっ・・・?」

大勢の声が聞こえた筈なのに誰もいない。

“ 静か・・・・。”

声もない・・・、非常ベルの音もない・・・。
その夜は、1階の奥でフロントのおやじと一晩を明かしました。









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しづめばこ 5月19日 P172

2012-05-19 22:09:05 | D,しづめばこ
しづめばこ 5月19日 P172 、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


小説“しづめばこ”は読み易いようにbook形式になっています。
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