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ネットオヤジのぼやき録

ボクシングとクラシック音楽を中心に

平成のシンデレラ・ボーイ誕生なるか - 脱トップランクに舵を切ったアマの絶対王者ゾウに挑む無名の邦人チャレンジャー -

2017年07月28日 | Preview
■7月28日/上海オリエンタル・スポーツ・センター/WBO世界フライ級タイトルマッチ12回戦
王者 ゾウ・シミン(中国) VS WBO7位 木村翔(青木)



中国初にして唯一最大のボクシング・ヒーロー,ゾウは、昨年11月5日ラスベガスのトーマス&マックセンター(パッキャオ VS ジェシー・バルガス戦のアンダーカード)でタイのクワンピチット(2度目の対戦/2014年11月に大差判定勝ち)との決定戦を制し、ファン・F・エストラーダが放棄したWBO王座を奪取。今回が初防衛戦となる。

王座獲得からおよそ8ヶ月。中華の英雄は、元キャスターの妻とともに自らのプロモーションを立ち上げた。プロ転向を表明して以来、良好かつ円満な関係を続けてきた(?)筈のトップランクとの契約を更新せず、独自の道を歩み出す。
※関連記事
<1>Zou Shiming Makes Changes: Will Fight Without Top Rank, Roach
7月1日/Boxing Scene
http://www.boxingscene.com/zou-shiming-makes-changes-fight-without-top-rank-roach--118074
<2>Zou Shiming Cuts Ties with Top Rank, Set to Defend Title on July 28!
7月20日/powcast
http://www.powcast.net/2017/07/zou-shiming-cuts-ties-with-top-rank-set.html

中国側を取り仕切ってきた従来の取り巻きたちは、「大きな過ちを犯そうとしている。」と繰り返し翻意を迫ったらしいが、独立への思いは強く説得工作は実らなかった。今回王者のコーナーにフレディ・ローチの姿はなく、初防衛戦はそのまま新体制の船出となる。


32歳を過ぎてからプロに転じたゾウに、現役として残された時間はそう長くはない。リングを降りたゾウを待ち受けるのは、中国ボクシング界の顔,大看板としての後半生に他ならず、プロモーター稼業に足を突っ込む事態も想定の範囲内ではあった。

とは言うものの、性急な印象が否めないことも確か。五輪連覇の英雄を通じて中国に巨大なボクシング・マーケットを開拓しようとしたボブ・アラムの思惑も含め、今後の曲折を予想する声も聞こえては来るが、私個人はそうした政治的背景にはほとんど関心がない。興味の矛先は、単純にゾウのスタイルがどう変化するのかという、その一点に絞られる。

トップランク傘下に入ったゾウは、フレディ・ローチの下で小さからぬモデル・チェンジに取り組んできた。アマで一時代を築き、ワシル・ロマチェンコに並び称される存在にまで上り詰め、スタイルは既に完成されている。ボクサーとして最も脂が乗り、かつ勢いのあった2004年~08年(23~27歳)当時、アマはいわゆる「タッチゲーム」の全盛期。

2分×4R制(2000年シドニー大会に合わせて導入)を目一杯利用した露骨な先行逃げ切りが横行し、手足と体全体のスピードに優れたゾウとロマチェンコのみならず、シドニーとアテネのバンタム級を連覇した超天才ギジェルモ・リゴンドウも、充分過ぎるほどその恩恵に浴したメダリストの代表格。


しかし、3分×3ラウンド+10~12ラウンズの長丁場を戦うプロのリングにおいて、のべつ幕無しに手足を動かし続けたら、あっという間にガス欠してしまう。プロデビュー後のリゴンドウは、代名詞ともなっていた健脚を完全に止めて運動量と手数を大幅に減らし、左の大砲でカウンターを狙う待機型に変身。

ロンドン大会に向けてアマが見切りをつけた「タッチスタイル」が幅を利かせる現在のプロは、ジャブ(軽打)&ペースポイントを金科玉条のごとく崇め立てるスコアリングと相まって、スピード&アジリティに恵まれたボクサーが有利にならざるを得ない。致命的な打たれ脆さをカバーする意味においても、省エネ安全運転に閉じこもる戦術は、抜群のスキルと高い身体能力を誇るリゴンドウに最適と言える。

「打とうと思った時には、もうそこにいない。コイツだけはどうしようもないと思った。面と向かって対峙した者じゃないと、あのスピードはわからない。」

東農大の主力を張っていた頃、ゾウと3度拳を交えた五十嵐俊幸は、五輪と世界選手権を席巻する中華のヒーローをそんな風に評している。

あり余る手足と反応の速さを最大の武器にして、右に左に軽々とその身を翻し、自由自在に相手をタッチしてポイントを掠め取り、あられもないクリンチで接近戦を潰す。グローブの握りをわざと緩くし、下から相手の顔面を突き上げる独特の打ち方は、同胞の選手たちだけでなく、欧州やキューバのトップクラスにも影響を与えている。アマ時代のゾウは、まさしく「タッチゲームの申し子」だった。


そんな金メダリストを、ローチは好戦的なボクサーファイターへと導く。踊るようなフットワークを封印するのは、リゴンドウと同じ方向性。しかし、それ以外はまったく違う。闇雲に手数を出しながら、とにもかくにも前に出続ける。

「溢れかえる無駄打ちの山」

ウソ偽りなく申せば、それがプロ転向後のゾウの戦い方。強さを見せようとし過ぎる余り、ガードがお留守になってカウンターを浴びそうになる場面も散見されたが、よくよく吟味された対戦相手とのレベル差に救われた。

これだけ長く戦ってきたにもかかわらず、アマ時代に構築した磐石の当て逃げ安全策のお陰もあって、ゾウのフィジカルは年齢の割には傷みが少なく、幸いなことに顕著な衰えもまだ見られない。後先考えない乱れ打ち(?)も、筋力に頼ったMAXのパワーではない為、早々と息は上がっても4~6回戦なら何とかスタミナは持つ。


1発の破壊力に恵まれなかったゾウが、懸命に手数を振るって前に出続けノックアウトを追い求める。危ういタイミングで被弾を免れ、それでもなお前のめりに打撃戦を仕掛け、撤退を良しとしない。白星献上を仕事にする無名選手たちなら、ケアレスミスは致命傷に至らずに済むが、正真正銘世界のトップと相まみえた時にどうなのか・・・。

そうした思いを強くする中、初の10回戦となるプロ5戦目で変化の兆しが現れる。適度に距離を取りながら、歩幅に留意したステップで前後左右に動く。まだまだ充分とは言えないながらも、相手を誘い込んでカウンターを取る余裕も生まれた。

後退するアンダードッグを強引に追いかけ回し、本来不要な強振でスタミナをロスする浪費癖は完全に修正されてはいなかったが、左右のスイッチも織り交ぜ、微妙な間合いを瞬時に行き来しつつ、相手を幻惑しては軽いけれども精度の高いパンチを見舞い、着実にポイントを引き寄せる本来のボクシングがそれなりに発揮される。

余計な見栄を捨てて、当て逃げに徹してさえいれば、むざむざアムナットに名をなさしめることも無かった筈・・・。




という訳で、ローチと別れてチームを一新したゾウが、果たしてどんな戦い方を披露してくれるのか。フルラウンズに渡ってフットワークを続けるのは無理にしても、自らのストロング・ポイントにいま少し忠実に振舞うだけで、良い意味でもっと楽に勝利を手繰り寄せられる。

ゾウの戦術選択は、国際的にはまったく無名の木村に取って、極めて重大な意味を持つ。プロ4戦目までの”過剰に好戦的なゾウ”でいてくれた方が、スタンダードなボクサーファイター木村の勝機は確実に増す。

現在28歳の木村は、埼玉県熊谷市出身。中学3年の時に、工藤政志を輩出した熊谷ジムに通い始める。高校に進んで一旦ボクシングから離れた後、23歳で青木ジムに再入門(2011~12年)。2013年4月のデビュー戦でいきなり初回KO負けを喫した後、4~6回戦で地道に下積みを継続。

初の10回戦は、昨年7月のタイ遠征。4回戦時代から数えて3度目の渡タイで、選ばれたのは戦績のはっきりしない典型的な負け役。お約束通りのボディショットで初回KOに屠ると、11月23日には大阪の住吉スポーツセンターに登場。「現役大学院生ボクサー」として話題になった坂本真宏(六島)を、2-0のマジョリティ・デイシジョンに退け、空位のWBOアジアパシフィック王座を獲得した。

ミもフタもない表現を許していただくなら、WBOの世界ランクは、地域タイトルの承認料とバーターのタナボタである。善し悪しと好き嫌いはまったく別な話になるけれど、主要4団体が勝手に粗製乱造する地域王座を抜け目無く利用し、漏れなくオマケで付いてくる下位ランクをいただく。重ねて言葉が過ぎるのを承知の上で、ホープのバリューアップをお手軽に図るこの手法は、海外では90年代後半からごく当たり前に行われてきた。日常的な光景と言っていい。

初めて巻いたベルトが、日本でもOPBFタイトルでもなくWBO直轄のローカル王座・・・IBFとWBOの承認から4年が経ち、遅まきながら、我が国もようやく国際標準に追いついたようだ。


プロ18戦目でチャンピオンの肩書きを手にした木村だが、防衛戦が決まらない。青木ジムは、今年5月に香港遠征を敢行。木村とともにジムの屋台骨を支える渡邉卓也(元WBOアジアフェザー級王者/日本同級6位)も同行し、ワタナベジムからは松山真虎(S・フライ級),山本ライアン(比/フェザー級)とともに、女子のOPBF王者,後藤あゆみ(S・バンタム級)の3選手が出場。木村はまたもや負け越しのタイ人を2回で倒し、渡邊と後藤も無事に白星を得た。
※松山とライアンが敗北。

安全確実に勝てる挑戦者を探していた中国陣営は、5月の香港遠征でKO勝ちを収めた木村に着目。青木ジムから国内向けに正式発表されたのは、丁度1ヶ月前の6月27日だった。急なオファーに応えてアウェイに出向くのも、プロボクシングでは日常茶飯。タイの名王者ポンサックレックを擁するウィラットプロモーターも、タイトな強行日程を承知の上で、日本人の二桁ランカーによく声をかけていた。

急な呼び出しにも臆せず、上海行きを決めた木村。26日の公開練習終了後に受けたインタビューが、動画配信サイトにアップされている。
※公開練習と木村のショートインタビュー
https://www.youtube.com/watch?v=C2jq2xhoB0Q
※青木ジムの公式ブログ
http://blog.livedoor.jp/aokiboxinggym/

資金面で厳しいやりくりを強いられているらしく、寄付を募る応援サイトも開設中。
※木村翔 応援サイト
http://aokiboxing.com/kimura/


あらためて示すまでもないと思うが、一応スポーツブックのオッズを。

□直前のオッズ
<1>BOVADA
ゾウ:-1000(1.1倍)
木村:+600(7倍)

<2>5dimes
ゾウ:-1050(約1.09倍)
木村:+600(7倍)

<3>betway
ゾウ:1.05倍
木村:8倍
ドロー:29倍

<4>Sky Sports
ゾウ:1/40(約1.02倍)
木村:7/1(8倍)
ドロー:25/1(26倍)

<5>ウィリアム・ヒル
ゾウ:1/40(約1.02倍)
木村:9/1(10倍)
ドロー:33/1(34倍)


順当なら、フルマークに近い大差で王者の防衛。後半~終盤にかけてのストップもあり。正統派の木村は好選手と評していいが、いかんせん経験と実績が不足し過ぎている。日本人ボクサーにありがちな上体の固さを助長しているのが、動き出しが分かり易く直線的な出入り。違い過ぎる格+敵地での世界戦。控え室でのアップは、いつも以上に入念にやっておく必要がありそう。緊張と気負いから立ち上がりを失敗すると、百戦錬磨のゾウは思い通りに展開を持って行くだろう。ジャブをしっかり突いて、鋭いワンツーと重い左ボディでどこまで圧力をかけて行けるのか。

組し易しと木村をナメてかかった王者が、KO狙いでプロ4戦目までの粗いボクシングを仕掛けてくれれば、万に1つのアップセット・オブ・ジ・イヤーが起きないとは言い切れないけれど、ゾウに安全策を徹底されると流石に厳しい。

真っ正直な正面突破の繰り返しでは、みすみすゾウにペースをくれてやるようなもの。初回開始ゴングと同時に、エンジン全開で奇襲に出るのも一策。何か変わったことをやって目先を変えるのも、時と場合によっては有効な手立てとなり得る。落ち着いた一定のリズムとテンポで、駆け引きに応じて待ちの時間が増えるのが一番まずいパターン。

なにしろゾウを自由にさせないこと。常に先手で動き、当たろうが当たるまいが左ジャブを出し続け、被弾を覚悟で速いワンツー,左ボディを振るう。スタミナを度外視してでも、キツめのプレッシャーをかけ続けないと・・・。


◎ゾウ(36歳):前日計量111ポンド3/4
戦績:10戦9勝(2KO)1敗
アマ通算:詳細不明
※五輪2連覇,3大会連続メダル獲得
2012年ロンドン:金
2008年北京:金
2004年アテネ:銅
※世界選手権2連覇(3大会連続金),4大会連続メダル
2011年バクー:金
2007年シカゴ:金
2005年綿陽(中国):金
2003年バンコク:銀
※アジア大会
2010年広州(中国):金
2006年ドーハ:金
※階級はすべてL・フライ級
身長,リーチともに164センチ
右ボクサーファイター

◎木村(28歳):前日計量111ポンド1/2
WBOアジアパシフィック王者(V0)
戦績:17戦14勝(7KO)1敗2分け
身長:165センチ,リーチ:166センチ
右ボクサーファイター




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■リング・オフィシャル

主審:ダンレックス・タプダサン(比)

副審:
ロバート・ホイル(米/ネバダ州)
エドワルド・リガス(比)
サウェン・タウィコーン(タイ)

立会人(スーパーバイザー):不明(未発表)