goo blog サービス終了のお知らせ 

ネットオヤジのぼやき録

ボクシングとクラシック音楽を中心に

ボクシング退化(?)論 - 序にかえて

2020年09月18日 | ボクシング退化(?)論

「ボクシング界も、随分風通しが良くなったもんだ・・・」

芸能人やプロ野球選手とOBたちを筆頭(?)に、猫も杓子もユーチューバー。という訳で、遅ればせながら、我らがボクシング界からも参戦が相次いでいる。

公式チャンネルを持つジムは以前から幾つかあり、横浜光の石井会長がやっているA-SIGN.BOXING.COMは、オンラインによる配信まで手掛けているが、元世界王者と選手個人のチャンネルが一気に増えた。

現役の世界チャンピオンが総合やキックのトップクラスとスパーをやったり、色々な話をしたりと、一昔前なら考えられないような光景が日常的に繰り広げられていて、いささか驚かされたけれど、そういうところだけを見ている分にはとても楽しくて面白い。


少し前まではブログとインスタにツィッターだったが、所属ジム(会長)からのお達しと思われる制約が煩く感じられる場合もあり、「何だかなぁ・・・」と思うことしきりだった。

ジムの会長さんたちにしてみれば、バラされてはまずい裏事情(?)も様々あるだろうにと、余計な心配をしながらも、武漢ウィルスで試合を組むことができず、ストップをかけたくてもできない状況になったんだろうと、同情するやら感心するやら。


もっとも本田会長が健在な帝拳の選手は、今のところリナレスと村田諒太だけだろうか?。本田会長は情報統制が厳しくて、ブログが大流行りしていた当時、海外のサイトで明らかになっている試合予定まで、国内向けの正式発表があるまでは完全オフレコを徹底していた。

村田諒太の個人チャンネルは至って健全な内容で、マニアが食いつかずにはいられない、内情を暴露するようなアブなアップは1つもない。村田独自の技術解説を軸に、不敗伝説を持つマージャンの達人や、メンタルトレーナー女史との対談があったり、彼なりの切り口で工夫が施されていて、その上で時間も短く編集され見易い。

リナレスはK-1の興行を観戦する様子や、格闘技団体の選手との交流などが上がっていて、上述した通り一瞬ギョっとした。ブログが主流の頃なら、本田会長は即刻削除を命じていたのでは?。


とまあ、そんな数あるボクサーや元ボクサーの個人チャンネルを、ああでもないこうでもないとつらつら眺めていたら、びっくり仰天してひっくり返りそうになる動画にぶち当たった。

現役のチャンピオン(世界ではない)がやっているチャンネルで、左フックの打ち方にしっくり来ないところがあり、解決へのヒントをチーフトレーナーではなく、フィジカル&ストレングスの担当コーチに聞いて、実際に練習をやるというもの。

チーフトレーナーは撮影の場面に立ち会ってさえいないのだが、左フックを実際に打ってみて欲しいと催促するフィジカル・コーチに答えて、その場でやって見せるチャンピオン。動きを完全に止めた状態で、何度か左フックを振る。

「おいおい・・・本番のリング上で、本当にそんな打ち方してるの?」と、思わず野暮な突っ込みを入れたくなってしまう。


チャンピオンが自分の左フックに感じている違和感は、振り出してから相手に着弾するまでに、少し遠回りして遅れているんじゃないかという、当たり前に極めて感覚的なもので、フィジカル・コーチはあくまで己の仕事に忠実に、(はっきり断定的には言えないけれど)どこの筋肉がどうだから、このトレーニングをやってみたらどうかと提案を行う。

チャンピオンはその提案を素直に受け入れ、トレーニング機器に向かって言われた通りにやり始める・・・とまあ、一連の流れはそんな具合なのだけれど、ひっくり返って椅子から落っこちそうになったのは、そこで動画が終ってしまったからである。

「いやいや、ちょっと待って・・・」

フィジカルのトレーニングを終えたら、ヘビー(サンド)バッグを打って感触を確かめるんじゃないの?。その後で手の空いてる誰かにミットを持たせて、実際に動きながら改善の具合を確認しないとまずいんじゃないの・・・?。


いや、もしかしたらこのチャンピオンは、ヘビーバッグやミット打ちで左フックの練習などしなくても、フィジカル・トレーニングで関連した筋肉の使い方を鍛え意識するだけで、自ら思い描くイメージ通りに、左フックを打てるようになるのかもしれない。

だがしかし、この動画を視聴している練習生や現役の若い選手たちはどうだろう?。ひょっとしたら、このチャンピオンにしかないと思われる優れた身体的感覚とセンスが、練習生や若い選手たちにも備わっていると考えて良いのか?。


フィジカル・トレーニングの無かった頃は、まずヘビーバッグに向かって何度も左フックを試してから、実際の試合を想定したミット打ちで、繰り返し納得の行くまで練習した筈だ。そしてその結果を、ライトスパーや実戦形式のスパーで確認したら、また同じサイクルを繰り返す。

左フックと言っても、試合では様々なシチュエーションがあり、対戦相手のサイズやパワー,スピード等の特徴によって、距離や間合い,タイミングも変化する。当たり前の話だ。

チャンピオン自身が一番気になっている状況,パターンが絶対にある筈で、そこを集中的にやりたくなるに違いない。それなのに、何で器具を使ったフィジカルのトレーニングだけで終わりに・・・?。筋トレやるだけで左フックが思い通りに打てるようになるなんて、そんな事があるの・・・?


よくよくアップされた他の動画も見てみると、フィジカル・トレーニングの重要性を強調している。動画を視聴している選手や練習生からコメントで質問を受け付けて、随時アドバイスもしますよ的な目的があるらしい。

そうした交流はそれなりに意義のあることだし、悪いことではないと思う。このチャンピオンも、撮影をして動画としてアップしていないだけで、フィジカル・トレーニングの後でヘビーバッグやミット打ちをやり、スパーリングで色々工夫をしている筈である。

そうでなければ、細かい技術の改善や修正などできない。その様子を延々動画にされても、見る側には迷惑で困る。短くカットして編集するのは仕方のないことだが、やはりチャンピオンなのだから、実際のボクシングで改善を試す部分も、1分程度でいいから加えて欲しいと思った。

フィジカル・トレーニングを万能だと思い込む視聴者が、万が一にも増えたりしたら・・・と、要するに単なる老婆心なのだけれど、要らぬ心配をしたくなる別の動画を見てしまったのである。


ナジーム・ハメドについて解説して欲しいとのリクエスト(コメント)があり、またまたくだんのフィジカル・コーチと一緒に解説(?)らしきことをやっているのだが、それがいかにも拙速で大丈夫なのかと思ってしまう。

ハメドの身体的な特徴(そんなの試合の映像を見れば誰でもすぐにわかる)について、ひとしきり講釈を垂れると、驚嘆すべき柔軟性の話になる。

ハメドを見た誰もが、融通無碍なムーヴィング・センスと特異なボディ・バランスに驚愕し、左右のスタンスを思いのままにスイッチしながら、圧倒的なバネとスピードに加えて、変幻自在な動きを可能にする卓越した柔軟性と鋭い反応に着目する。当たり前だ。


ハメドのボディ・バランスや動きの1つ1つについて、参考にしたり採り入れたりできないかとの検討が加わる。これにも色々言いたいことはあるが、一番問題なのはその後。チャンピオンが「自分も柔軟性を身に付けたい」と言い、またぞろフィジカル・トレーニングの話に持って行く。

ミもフタもない言い方で申し訳ないが、ハメドのムーヴィング・センスと身体的特徴を真似しようなんて、愚の骨頂としか言いようがない。

英・米両国のトップボクサーたちは、80年代の半ば頃から本格的なフィジカル・トレーニングを取り入れるようになった。日本のボクシング界には、専門のフィジカル・コーチを呼ぶという発想自体がまだ無い。筋トレ否定派のトレーナーが大勢を占めていた。


日本より20年以上先を行っている英・米から、ハメドと同じ水準の変則異能が唯の1人でも現れただろうか?。

ハメドを輩出したブレンダン・イングルの門下からは、ジュニア・ウィッターや話題のジョシュ・ケリーが育ち、"ハメド二世"として大いに騒がれたけれど、両者とも(現役のケリーは途中経過)オリジナルの域には届かない。

ハメドのボクシングはハメドにしかできない一代限りのもので、シュガー・レイ・ロビンソンとモハメッド・アリ、初代シュガー・レイとアリからその華麗なスタイルを受け継いだ2代目シュガー・レイ・レナードも含めて、傑出した個の才能とはすべてがそうしたものだと思う。

ありとあらゆる芸事やスポーツが、影響を受けた先達の真似から始まるのは確かにその通りだが、努力と鍛錬にも自ずと限界があり、歴史に名を残す偉大な先達が独自に築き上げたスタイルは、その身体的特徴(天性の素質)と切り離すことができず、幾ら真似しようとしてもし切れるものではない。


フィジカル・トレーニングをちょっと頑張ったぐらいで、ハメドと同じレベルかそれに近い柔軟性やバネを手に入れることが出来るなら、それこそ英米を中心にハメドのコピーがゾロゾロ出て来てもいい筈だ。でも現実にそんな事は有り得ない。

チャンピオンだって、それぐらいのことはわかっている。現役のチャンピオンなんだから。日々過酷な練習に耐えて、心身を削ってリミットを作り、命懸けのリングで戦ってきたのは彼自身なのだから。

この動画を見るほとんどの視聴者だって、その程度の常識は持ち合わせているだろうし、そこまで考えなくてもいいと私自身も思うけれども・・・。

このフィジカル・コーチの態度にも問題はあって、すべてを分かった上でチャンピオンの目的と都合に忖度して、出来ることと出来ないことをはっきり言わずにボカしてしまう。

さらにチャンピオンは、ハメドに止まらず現役のゴロフキンまで解説に及ぶ。本当にマズイと思うのは、何か単一の動画(おそらくはカネロ戦と思われる)を見ながら、いとも簡単に「こうだ、ああだ」と言ってしまっている事だ。


そもそも1人のボクサーについて、その特徴やスタイルを真剣に説明しようとすれば、キャリアの初期から可能な限りすべての試合映像を追う(勿論フルラウンズ)ことが大前提で、その上で公開練習や普段のトレーニング映像も、確認できるものはすべて見ておく必要がある。

本人だけでなく、チーフトレーナーのインタビューもあれば見ないといけない。トップアマ出身者で国際的な実績を持つゴロフキンの場合、アマ時代の映像もチェックしないと駄目だろう。

そうやって選手の足跡を追った上で、初めてその選手の全体像を把握することができ、現在地を客観的に確認することができる。大変だって?。当たり前だ。そんな時間はない?。現役の選手なんだから、それもまた当然。


海外のベテラン専門記者たちが、マニアやファンからその見識を買われ信頼されるのは、多くのトップボクサーをデビュー(あるいはデビュー前)から見続け、普段の練習に足繁く通って取材をし、チーフトレーナーも含めて長短織り交ぜたインタビューを何度も行い、その上で本番の試合を生観戦して、当事者であるボクサーや関係者,専門家たちが読んでも、ある程度は納得せざるを得ない確度と精度を持った内容で、レポートを続けてきた実績があるからに他ならない。

日本のマニアとファンの中には、こうした最も基本的な事をあっさり棚に上げて、なおかつまったく思いを致すこともなく、SNSや掲示板に決め付けたような発言をする人たちがいるけれど、このチャンピオンにもそれに近い危惧を抱く。

では、そうした取材活動ができない我々ファンは何をすれば良いのか。全部は無理にしても、まずは試合を出来るだけ多く見ること。それ以外にない。

生観戦が一番いいに決まっているが、やはり物事には限度があるので、TV中継があって録画できる場合は録画をした上で放送を見る(後日録画を見る)。それが不可能なら、動画配信サイトへのアップを待ってその映像を見る。

次に、公開練習とトレーニング映像の確認。本人とトレーナーのインタビュー映像も頑張ってチェックする。その次に、信頼に足る専門記者の書いた記事に出来るだけ多く目を通す。言葉の壁は厚く高いが、海外の選手を自分なりに研究しようとする限り、聴き取り読み取る努力をすることが大事だ。


ゴロフキンの解説動画では、チーフトレーナー(引退した元王者)が同席していて、一言二言映像から感じたことに言及していたが、普段からゴロフキンについてそれほど熱心に見ている訳ではなく、良く知らないことを前提とした上で、踏み込んでいい領域をしっかり心得ている。

この辺りは年の功と言うべきだが、若く見えるこのチャンピオンも結構いいトシで、このトレーナーとの年齢差は外見ほど離れてはいない。

そしてこのチャンピオンは、ハメドとゴロフキンの身体的特徴、パンチの打ち方や身体の使い方のみに着目し、どんなトレーナーの下でどんな練習をしてきたかという点には、一切興味も関心も示さない。

年季の入ったファンの方なら、少年だったハメドを発見して育てたブレンダン・イングル(高齢の為現在は息子のドミニクが後を継いでいる)の一風変わったトレーニングをご存知の筈。

また、渡米してからゴロフキンとずっと一緒だったトレーナーのアベル・サンチェス(DAZNとの契約を機に関係を清算)が、ビッグベア(カリフォルニアの著名な景勝地で高地トレーニングでも知られた山間地)に開いたジムを プロ転向間もない村田諒太が訪れ、GGGとスパーリングで手合わせしていたことも、村田がGGGのパンチを何と言って絶賛したかも知っているだろう。


ところがこのチャンピオンと撮影しながら質問しているスタッフからは、そうした話題が一切出て来ない。GGGと直かに戦って即決KOで敗れた八王子中屋の淵上誠や、先般自分のジムをオープンさせた石田順裕がGGGについてどんなことを語っていたか。そうしたことにもまったく関心を示していなかった。

直接対決をした日本人選手がいるというのに、その人たちが試合後に話した内容を調べもせず、普通ならトレーナーは一体誰なんだとか、普段はどんなジム(設備と環境)でどんなメニューをこなしているのか、追い込みのキャンプではどういうスパーをやっているのか等々、そういった事柄を優先的に考えると思うのだが・・・。


あくまで配信サイトでの公開を目的とした動画であり、再生回数を稼ぐ為には極力時間を短くしなければならず、このチャンピオンも上述したようなことはすべて承知の上で、敢えて主たる目的以外を全部切り捨てて、現在の編集にしているだと推察はする。

これまで延べたようなことを一切カットして、純粋に試合映像から得られる情報のみを頼りに、身体的特徴や動きだけを解説する事にも、大事な意味と意義があるとも思う。それを否定するつもりは毛頭ない。

ただし解説の参考にする映像が、例えば直近の1試合だけとか、KOシーンやいい場面だけを集めたハイライトだけでは、そもそも話にならない。GGGだって、相手によって攻め方や打ち方を当たり前に変える。あと1~2年で40歳を迎える筈だが、年齢的な衰えは否が応でも戦い方(身体全体の使い方や打ち方も含めて)に影響を及ぼす。


チャンピオンになった2010~11年当時から、名ばかりの二桁ランカーを相手に連続KO防衛を重ねていた頃と、長年ミドル級を制圧し続けたカザフの英雄が放つ豪打を警戒して、ディフェンシブな戦いに集中するカネロと対峙する30代後半のGGGが、まったく同じである筈がない。

ハメドにしても、恩師とも言うべきブレンダン・イングルと喧嘩別れする以前と以後では、ボクシングが変わっている。

身体的特徴や身体の使い方にフォーカスして説明を試みる為、特定の試合の特定の場面を切り取ることになるのは止むを得ないが、だからこそ、出来る限りキャリア初期から晩年までの試合映像をチェックして、その選手の全体像を把握しておくことが求められる。

もしもハメドやゴロフキンの試合映像を事前にたくさん視聴して、入念な下準備を行ったその上で、敢えて即興的に、その場で初めて映像を確認しているように見せたのであれば、申し訳ありませんでしたと謝罪するしかないけれど・・・。


このチャンピオンがやっていること、やろうとしていることにも意味と意義があると思うけれども、動画の内容が余りにも拙速に過ぎる。コメント欄を見ると、実際にこのチャンピオンの解説(とはとても呼べない内容だが)を礼賛するものばかりで、フィジカル・トレーニング万歳と言わんばかりのものもあった。

これらの事々を踏まえた上で、このチャンピオンだけでなく、国内のボクサー(現役・引退とも)とボクシング関係者の大半が、いわゆる「ボクシング進化論」を当たり前のように信奉している。

日本のボクシング・ファンの中には、「プロの言うことは絶対」的な空気が確実に存在していて、「経験者にあらずんばボクシングを語るなかれ」とのたまう人たちが、SNSや掲示板に必ず出没して場を荒らす。

ボクシングの一番難しいところは、草野球や三角ベースに相当する素人の遊びが存在し得ないところにある。好きな者同士が集まって、肩慣らしもそこそこにグラブとボールにバットを持ち、守りと攻めに分かれて野球もどきのゲームを楽しむように、「暇だからちょっとスパーリングやろうか」という訳にはいかない。


ちゃんとジムに通って専門のトレーナーの指導を受け、一定の水準に達しない限り、グローブを着けて殴り合うことなどできないし、絶対にやってはいけない。

30歳~59歳までを対象とした「おやじファイト」というスパーリング大会が開催されているが、引退した元プロや格闘技経験者、日頃から練習を継続している人たちが前提となり、出場希望者をしっかりカテゴリー分けして、事故のリスクに対する配慮も様々行われている。

リアルに殴り合うシニアや子供の大会など、ボクシングにはそもそも有り得ず、だからこそ、プロの発言を過度に評価しがちな空気が生まれ、絶対視しなければいけないような、おかしな風潮が醸成され易くなってしまう。

日本のボクサーと関係者、ファンとマニアが常識とする「ボクシング進化論」について、以前から感じていることがあった。それについて、少しづつまとめて行こうと考えている。遅々とした更新になってしまうけれど、ご興味のある方はよろしければご一読を・・・。