ネットオヤジのぼやき録

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正気を失ったふり(?)/妄想を繰り返すワイルダーに勝機はあるのか? - フューリー VS ワイルダー III ショート・プレビュー -

2021年10月09日 | Preview

■10月9日/T-モバイル・アリーナ,ラスベガス/WBC世界ヘビー級タイトルマッチ12回戦
王者 タイソン・フューリー(英) VS 前王者/1位 ディオンティ・ワイルダー(米)

省エネ安全策を徹底して塩漬け完封を狙うとばかり思いきや、中間距離に留まって先手を取りつつカウンターを狙うフューリーに驚かされた第2戦。

打たれて頑丈とは言えないワイルダーのウィークネスを、見事なまでに突き破った快心の勝利だと、アンチ・フューリー(?)を自認する私も賞賛するしかない。

あれだけの内容と結果を見せ付けられた後で、「さあ第3戦を!」と呼びかけられても、その気になれないというのが正直な気持ち。


突然変異的な進境を、一体どこまでブロンズ・ボンバーに期待できるのか。世のボクシング・ファンは、本当に3度目を見たいのだろうか。

そんな思いで直前のオッズを確認すると、意外にも接近している。これだから、人の心の中はわからない。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
フューリー:-250(1.4倍)
ワイルダー:+225(3.25倍)

<2>5dimes
フューリー:-315(1.37倍)
ワイルダー:+265(3.65倍)

<3>betway
フューリー:-275(約1.36倍)
ワイルダー:+210(3.1倍)

<4>ウィリアム・ヒル
フューリー:4/11(約1.36倍)
ワイルダー:9/4(3.25倍)
ドロー:20/1(21倍)

<5>Sky Sports
フューリー:1/3(約1.3倍)
ワイルダー:9/4(3.25倍)
ドロー:20/1(21倍)


確たる証拠も無いまま、フューリー陣営によるグローブへの不正工作について騒ぎたてた事について、ワイルダーは一向に悪びれる様子は無く、「後悔?。一切ないね。味方なんて居なくて結構。墓場に行くまで撤回する気はない。」と言い放つ。

対するフューリーは、「どこか具合の悪い人間が口にした事だ。いちいち気にしないさ。」と受け流そうとした。

これまでの過剰反応がウソのような余裕は、再戦での圧勝がもたらしたものに違いないけれど、次第にヒートアップ。


「(長年のパートナーだった)ベン・ディヴィソンをクビにして、シュガー・ヒル(スチュワート)にチェンジしたのは何故(目的は何)だ?。」

ヘッド・トレーナーの交代についてワイルダーが突っ込めば、フューリーも負けじとやり返す。

「お前もマーク・ブリーランドからマリク・スコットに乗り換えたじゃないか。」


※ワイルダーとの再戦に備えてチームに加わったジェイヴァン・シュガー・ヒル(左)とフューリー


ワイルダーは次のように強弁する。

「確かに2度ダウンはしたが、効いちゃいなかった。それなのにコーナー(前ヘッドのブリーランド)がギブアップしたんだ。俺はまだやれたのに。」

「ブリーランドとの信頼関係は破綻した」と、ワイルダーはそう言いたかったのだろうが、「効いてない」のエクスキューズはまともに聞いていられない。


「(入場する際の)衣装が重過ぎて消耗した。」

「(ブリーランドが)水におかしな薬を入れていた。試合中に力が抜けたのはそのせいた。俺は信頼していたチームのトップに一杯食わされたんだ。」

「ケニー・ベイレス(第2戦の主審/酒を一切口にしない事で有名)は酔っ払っていた。まともにレフェリングできる状態じゃなかった。」


手痛過ぎるKO負けの後、ワイルダーが口にした妄想(としか言いようがない)の数々について思うのは、キンシャサでアリにKOされたジョージ・フォアマンに瓜二つだということ。

「試合前にチェックした時にはしっかり張られていたロープ(最上段)が、何故か本番では緩められていた。アリが俺のパンチをよけ易いように細工したんだ。」

「ディック(サドラー/フォアマンのマネージャー)が、うがいの水に変な薬を入れた。いつもと違って苦い。妙な味がしたんだ。」

「練習中に瞼をカットした。まだ試合までにはたっぷり時間があり、治療の為に一時帰国したいと言った途端、ホテルにカンヅメさ。銃を持った兵隊が四六時中ウロついて、”ジョージ・フォアマンは絶対にザイール(現在のコンゴ)から出国させない”ってワケさ。」



後年フォアマンは、「チャンピオン伝説(1989年に製作された素晴らしいドキュメンタリー)」の中でこの問題に触れ、70年代当時の彼からは考えられない柔和で穏やかな、善意と美しさに溢れた微笑を浮かべながら、次のように釈明した。

「人は誰しも、辛い時には言い訳が必要だ。」

「自分の心を保ち続ける為なら、ロープだけじゃなくて何のせいにだってする。」


◎参考映像:最終会見
Tyson Fury vs Deontay Wilder III | FINAL PRESS CONFERENCE | PBC ON FOX
PBC公式チャンネル


「お前は負け犬だ。」

フューリーがワイルダーに対して、突き刺すように放ったその一言に、すべてが集約されている。



「男子三日会わざれば刮目(どうもく)してみよ」という諺があるけれど、スポーツや芸事の世界で短期間に大きく変貌進境するのは至難の業である。

長く苦しい鍛錬の日々を継続することで、ようやく頭の中でイメージする結果に近付いたかと思うと、また「その先(次なる課題)」が出現してしまう。本当にキリがない。

そして大きな変化も、その実態は「小さな変化の繰り返し(積み重ね)の結果」と見ることもできる。パンデミックによる中断を挟み、決定的と思われた第2戦(昨年2月)から1年8ヶ月の時が流れた。


人が大きく変わるのに、1年8ヶ月を「十分な期間」と見るか「全然足りない」と見るかは、まさしく人それぞれになるけれど、グローブへの不正を口にし続けるワイルダーを目の当たりにして思うことは、「第3戦を組むべきだったのか」ということ。

北京の銅メダル(ヘビー級)を手土産にプロ入りしたワイルダーのボクシングは、「右を1発効かせてタコ殴り」という、実に分かり易く単純なものだった。

その後WBC王座決定戦で、「(オリンピアンに相応しい?)安全運転もやればできる」ことを証明して、幾つかの防衛戦で慎重なボクシングを貫いた。


今すぐイメージできるワイルダーの戦術選択(変更)が何かと言えば、長いジャブとワンツーでロング・ディスタンスをキープし続け、いつぞやのスティバーン第1戦のように、「塩漬けの応酬」に持ち込むことぐらいだろうか。

だがしかし、クリンチ&ホールドも含めた塩辛さ満点のアウトボックスは、100%フューリーの土俵になる。

ミドルレンジでの優位性と一撃の威力に賭けるしかないワイルダーにとって、第2戦の敗北が致命的だったのは、肝心要の中間距離で打ち負けてしまったことに他ならない。


だとすれば、クロスレンジでの攻防はどうか。フューリーのクリンチ&ホールドを力尽くで振り解き、ショートフックとアッパーだけでなく、ジャブに近いショートストレートで倒す技術を身に付けられるのかどうか。

ワイルダーに必要な変化があるとすれば、そこだと思う。そしてそうであるが故に、「ワイルダーには分が悪過ぎる。」との懸念を拭い去ることができない。

ロング.ミドルのいずれのレンジにおいても、気を抜き集中を切らす愚を冒さなければフューリーの独壇場。クロスに入ったら、クリンチ&ホールドで潰される。


「いや、すべては計算尽くだよ。散々トラッシュトークを仕掛けられたワイルダーが、同じ手法でやり返している。愚か者だと笑われるのを承知の上でだ。」

「ブリーランドを更迭してチームを一新したのは、疑惑相同で関係が壊れたこと以上に、フューリーに本気で勝ちたいからだ。第2戦の敗北を徹底的に研究して、フューリー攻略の対策を練りに練ってきているに違いない。」


本当にそうだとしたら、接近した賭け率にも納得である。フューリーにもムラっ気があり、違法薬物に手を染めて激太りしてしまい、折角手中に収めた統一王座を戦わずして放棄。

BBBodC(英国のコミッション)からサスペンドを暗い、ライセンスの再申請をニベもなく却下され、関係者とファンから「再起は不可能」とまで言われた過去があった。

「人は幾つになっても、変わることができる。」

それもまた、この世の真実であるのかもしれない。



◎参考映像:公式計量
Tyson Fury vs Deontay Wilder III | WEIGH-IN | PBC ON FOX
PBC公式チャンネル


◎フューリー(33歳)/前日計量:277ポンド(第1戦:256.5lb/第2戦:273lb)
現WBCヘビー級王者(V0),元WBA・IBF・WBO3団体統一ヘビー級王者(V0)
戦績:31戦30勝(21KO)1分け
アマ通算:31勝(26RSC・KO)4敗
2007年ジュニアEU選手権(ワルシャワ/ポーランド)金メダル
2007年ジュニア欧州選手権(ソンボル/セルビア)銀メダル
2006年ジュニア世界選手権(アガディール/モロッコ)銅メダル
※階級:S・ヘビー級
身長:206センチ,リーチ:216センチ
右ボクサーファイター


◎ワイルダー(35歳)/前日計量:238ポンド(第1戦:212.5lb/第2戦:231lb)
WBCヘビー級王者(V9/在位:5年1ヶ月)
戦績:44戦42勝(41KO)1敗1分け
アマ通算:30勝5敗
2008年北京五輪銅メダル
2007年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
2007年全米選手権優勝
2007年世界選手権(シカゴ)初戦敗退
2007年プレ五輪(北京)準優勝
※階級:ヘビー級
身長:201センチ,リーチ:211センチ
右ボクサーファイター


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■オフィシャル

主審:ラッセル・モーラ(米/ネバダ州)

副審:
ティム・チーザム(米/ネバダ州)
デイヴ・モレッティ(米/ネバダ州)
スティーブ・ウェイスフィールド(米/ニュージャージー州)

立会人(スーパーバイザー):未発表


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■新チーフはワイルダーにKO負けした旧敵

上述した通り、ワイルダーは正気とは思えない言いがかりを、相手のフューリーだけでなく、味方である筈のヘッド・コーチにまで吹っかけた。

プロ入りしてからずっとコーナーを支え続けてきたマーク・ブリーランド(元WBAウェルター級王者/1984年ロス五輪金メダリスト)は、当たり前だがチームを去るしかない。



モハメッド・アリとの大一番で、まさかのKO負けに退いたビッグ・ジョージ・フォアマンにそっくりだと書いたが、裏切り者呼ばわりされたディック・サドラー(マネージャー兼トレーナー)も、当然フォアマンと袂を分かっている。


ワイルダーが招聘した新しいチーフは、マリク・スコットという大柄で逞しい黒人。どこかで聞き覚えのある名前だと思ったら、ルイス・オルティスに大差の判定負け(2016年11月)を喫して引退した元ヘビー級ランカーだった。

そしてオルティスに敗れる2年前、2014年3月には、世界タイトルを目指して当たるを幸い倒しまくっていたワイルダーとも拳を交えている。初回1分30秒余りで粉砕されたスコットは、その後ブラウン・ボンバーと個人的に親交を結んだという。




スコットもアマチュアの経験者で、11歳からボクシングを始めて経験を積み、1997年のジュニア・オリンピックで優勝した後、1999年にAAUのトーナメントも制している。シドニー五輪の代表争いにも加わった。

AAUではマイケル・ベネット(1999年世界選手権金メダル)とジェイソン・エストラーダ(2003年パン・アメリカン・ゲームズ金メダル)から白星を上げ、2000年にはダヴァリル・ウィリアムソン,マルコム・タンの2人も破ったというから、紛れもないトップレベルである。

70勝3敗の立派なレコードを残して、2000年11月に4回戦でプロ・デビュー。35連勝(11KO)をマークして、プロスペクトの1人に数えられるまでになった。


そして2013年7月に組まれたテストマッチで、北京五輪代表からプロに転じたヴァチェラスラフ・グラズコフ(ウクライナ)と10回戦で当たり、1-1-1のスプリット・ドロー。

2014年1月には渡英してデレク・チソラとぶつかり、無念の6回TKO負け。WBOのインターナショナル王座を懸けた10回戦で、自身初のタイトルマッチで初黒星となり失意の帰国。

テネシーの無名選手を2回TKOに屠って再起した直後、ワイルダーのテストマッチに抜擢された。ワイルダー戦から7ヶ月後の2014年10月、ドイツでウラディーミル・クリチコに挑み、5回TKOに屈したアレックス・リーパイ(サモア出身のオーストラリアン)の再起戦に呼ばれて渡豪。

完全アウェイをものともせず、大差の3-0判定勝ちで気を吐いたが、丸々1年リングから遠ざかり、翌2015年10月、ベテランの元コンテンダー,トニー・トンプソン(こちらもクリチコ弟に挑戦して6回TKO負け)に3-0の判定勝ち。


これで再浮上するかとも思われたが、遥々モンテカルロまで飛んでキューバの古豪オルティスに完敗。興行を主催したエディ・ハーンは、打たれることを嫌い、消極的な姿勢に終始したスコットについて、「彼は何もしようとしなかった。始めから勝つ気が無かったと思われても仕方がない。プロとしてあるまじき姿だ。」と酷評。

英国に試合を中継したSky Sportsの名物コメンテーター,アダム・スミスも、「長年ボクシングを見続けてきたが、ここまで酷いのは初めてだ。」と容赦がなく、スコットの評価は地に落ちる。

心身ともにベストな状態を維持できなくなっていたのは疑う余地がなく、年齢的(30代半ばを過ぎていた)も無理がきかなくなっていたのだろう。結局この試合を最後に現役を退く。※生涯戦績:42戦38勝(12KO)3敗1分け


アマ時代の実績に加えて、これだけのキャリアを有しているのだから、コーチとして活動しても何ら不思議ではないけれど、引退後にどこかで教えていたのかどうかは不明。


※旧知の顔ぶれが揃う新チーム/左から:ジェイ・ディース(最初のトレーナー/メンター),マリク・スコット,ワイルダー,”カズ”・ダマリアス・ヒル(アシスタント・トレーナー)


もっとも、ブリーランド以外の顔ぶれはこれまでと変わっておらず、最初のコーチでメンター的存在のジェイ・ディース、普段の練習で主にミットを担当する”カズ”・ダマリアス・ヒルも元気な様子で何より。

ディースとダマリアス・ヒルがいればこその交代劇ということにもなるが、著名なベテラン・トレーナーの下でアシスタントを経験することなく、いきなり世界王者クラスのヘッドを任されるケースは流石に稀だと思う。

ワイルダーの信頼がそれだけ厚いのだと、そう理解する他ないけれども・・・・。