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ネットオヤジのぼやき録

ボクシングとクラシック音楽を中心に

化ける I - 木村を悩ますオプションの問題と引退の危機に瀕する英雄ゾウ -

2018年09月09日 | Boxing Scene
チンタオでの防衛戦の発表会見が行われたのは、なんと7月19日。本番の8日前である。ドタキャンした挑戦者の代役として、緊急スクランブル招集に応じた二桁下位ランカーじゃあるまいし、相も変らぬアンダードッグ扱いにはまったく閉口する。

五十嵐俊幸との初防衛戦から半年を経過しても、一向に決まる気配が見えなかった木村のV2戦。WBOで2階級制覇に成功し、勇躍フライ級に乗り込んできた田中恒成(畑中)との指名戦=2試合連続日本人対決=以外に選択肢はないのかとも思われたが、一転して慌しい出発となった。

経緯はつまびらかにされていないが、この間複数の交渉が始まっては立ち消えとなり、木村は先の見えない日々を強いられる。最大の原因は、オプション(興行権)を握る前王者ゾウ・シミン陣営の煮え切らない態度。日本国内開催を希望する青木ジムの要請に対して、なかなかクビを縦に振らなかったという。ならばこの際止むを得ないと、中国開催を打診をしても色よい返事はなかったらしい。



以上、漏れ伝わってくる話から類推すると、青木ジムが直接交渉した主な挑戦者候補は、中国人選手ではないということ。事実、主要4団体のフライ級ランクに並ぶ中国人ボクサーは、昨年11月にS・フライ級のウェイトでアムナット・ルエンロン(バンタム級で計量)に大勝したグ・ウェンフェン(葛文峰/Wenfeng Ge)のみ。ただしゾウのプロモーションは、この選手を保有していない。

プロ10連勝(6KO)中のグは、現在WBOの14位に位置しており、アムナットに勝った後試合枯れ(?)していることから、青木ジム or ゾウのチーム(あるいはその両方)から、グのマネージメントに対してプロポーザルがあったとしても不思議はない。また、今月24日にフライ級のWBOインターナショナル王座決定戦が決まっている(18勝2敗の比国人に判定勝ち)。世界挑戦にはまだまだ準備不足だと、グのマネージメントは判断したのかもしれない。


そしてもう1つの重要なファクターは、青木ジムの資金力。ゾウのチームから独力でオプションを買い取るだけの資金を、青木ジムは調達できなかったようだ。その一方で自らのプロモーションを立ち上げたゾウも、中国開催の申し出に応じ(られ)ないことから、木村の防衛戦とは別に、中国人選手が出場する世界戦(事実上のメイン・イベント)を用意できなかったと思われる。

復帰の目処が立たない(後述)ゾウは、納得できる金額を青木ジムが提示しさえすれば、オプションの買い取りに応じたのではないか。あくまでカムバックを前提にオプションを手元に残し、日本国内開催(青木ジムの主催興行)を認める手も勿論あるが、その間木村が勝ち続ける保障はない。木村が負ければゾウのオプションは消滅する為、青木ジムは一定額の保障金(待機料)を要求される。それを払えるくらいなら、ゾウの言い値でオプションを買い取っているだろう。

さらに、木村を破った新王者がゾウの手に余る実力者だった場合、ベルト奪還へのハードルは一層高く険しくなってしまう。手の内を知る木村が王者でいる間に、何としてもリマッチを実現させたい・・・そんなゾウの思惑が透けて見える。


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チンタオの興行を仕切ったのはゾウではなく、マックス・パワー・プロモーションズという興行会社だった。オーナー兼プロモーターのガン・リウ(Liu Gang)は、ボクシングで中国初のオリンピック出場を果たし、功なり名を遂げた元トップ・アマ(1992年バルセロナ五輪フライ級/初戦敗退)。引退後はアマの指導者に転身したが、アテネ五輪を終えた頃から中国国内でもプロボクシングの興行が本格的に行われるようになり、一念発起したガン・リウは自ら興行を手掛け出す。

中国ボクシング界ではかなりの実力者らしく、アジアNo.1のボクシング・プロモーターを自任しているという。傘下に収める熊を王座に復活させるべく、タイからノックアウトを呼び寄せ、上述した通り詳しい流れは不明ながら、木村のV2戦を合流させる運びになった。せっかくオプションを行使しながら、ゾウは自前の興行を打つことができず、いわゆる”売り興行”にせざるを得なかった。



木村の中国での高い注目度と人気ぶりについて、日本のスポーツ・メディアも結構力を入れて報じていたが、興行のメインはあくまでノックアウト VS 熊のL・フライ級タイトルマッチであり、この点を勘違いするとエラいことになる。

北京とロンドンの五輪2大会を制した英雄ゾウをKOした木村の認知は、日本国内で想像するよりずっと高いのは確かだろう。しかし木村の防衛戦はあくまでセミ格であり、中国人選手が出場する世界戦がメインでなければTV局が納得しない。

新興勢力の1つとなるゾウのプロモーションは、選手のスカウトにまで手が回っていないと思われる。引退までの数年間、自らの防衛戦をメインに自主興行を続けて足場を固めつつ、プロ・アマ問わずに伸びそうな選手を発掘して行く。そんなプランだったのでは。


青木ジムの発表会見が遅れたのは、ゾウとガン・リウとの間で、条件を巡る話し合いが長引いたからだろう。自主興行を打ちたくとも打てない(?)ゾウと、ノックアウト VS 熊戦だけでは今1つインパクトを欠くガン・リウの思惑は比較的早い段階で一致していたが、シビアな条件闘争に折り合いをつけるのに時間を要した。

待たされ続ける木村はたまったものではないが、ジムに資金力と政治力が不足している場合、オプションを消化するまでの辛抱と割り切るしかない。さらにガン・リウと木村陣営を結び付ける上で、中国の総合格闘技団体が間を取り持ったらしく、発表会見には元UWFの安生洋二も出席していた。

「ガン・リウ+ゾウ・シミン」←→「中国の格闘技団体」←→「日本国内の総合格闘技関係者(日本側代表として安生が会見に登場)」←→「青木ジム」

何ともややこしい話だが、ガン・リウが総合格闘技団体を頼ったのか、一枚噛みたい格闘技団体の方から、「日本との太いパイプ」を武器に積極的な売り込みをかけたのか。その辺りの事情は、繰り返しになるが藪の中だ。いずれにせよ、中国国内ではプロの格闘技興行が始まったばかり。格闘技団体のトップとボクシング界の実力者との間に、浅からぬ親交があったとしても、別に驚くような話ではない。


そして木村に敗れた直後から、ゾウはWBOに対して執拗なまでにダイレクト・リマッチを要求していた。日本国内ですら、熱心なボクシング・ファン以外には顔と名前を知られていない、正真正銘無名のアンダードッグに打ち据えられ、キャンバスにへたり込んでのKO陥落。内容的には完敗ではあるものの、第10ラウンドまでのオフィシャル・スコアは、2-1でゾウを支持していた。
※96-94,97-93,94-96



ダウンを喫したゾウが11ラウンドを何とか耐え忍んだと仮定すると、ポイントは8-10で木村。トータル・スコアは、1-1-1のスプリット・ドロー(104-104,105-103,102-106)となる。最終ラウンドの3分間、フットワークとホールディングでひたすら打ち合いを回避し、木村の攻撃を徹底的に潰した上で、打ち終わりや離れ際に単発のジャブをコツンとタッチする余力がゾウに残っていたら、ぎりぎりゾウの逃げ切り防衛も有り得なくはない。

万全には程遠いコンディションでリングに上がり、まともに動くこともままならなかった大失態と第10ラウンドまでのスコアリング、そして眼疾悪化への危機感が、ゾウの焦燥に拍車をかけた。




ゾウと中国ボクシング界の面子を考慮したWBOが、ダイレクト・リマッチをすんなり承認するのではないかとも思ったが、意外にもWBOは態度を軟化させることなく、ゾウの要求を退ける。

前王者が申し立てた主な提訴理由は以下の通り。
<1>リング内に水がまかれていた為足を滑らせ負傷した
<2>レフェリーが8カウントを数え切る前にストップした
<3>試合前に何者かによる見えない圧力がかかった
※妨害工作は中国人によるもの


一応試合映像をチェックしたWBOのチャンピオンシップ・コミッティは、「水を撒いたのはゾウのコーナーでレフェリーが注意している。」、「ストップ時のカウントを含め主審のレフェリングにまったく問題は無い。」などとした上で、陰謀説を証明する根拠は何1つ示されていないと一蹴。子供じみたゾウの抗議は2度に及んだが、これには中国国内のボクシング関係者とファンも呆れる他なく、「みっともない真似は止めて欲しい」と非難の声が上がる。

確かにこの内容では、WBOも却下せざるを得ない。お粗末過ぎる。提訴で事を荒立てたりせず、中国ボクシング界の重鎮たちに全面的な協力支援を仰ぎ、興行面からの要請という形で丁寧に根回しをかけていれば、「魚心あれば水心」という結果も有り得たのではないかと思うけれど、帝拳の五十嵐俊幸がWBO1位に付けていたことが、間を置かずに再戦を決行したいゾウに大きな痛手となった。

殿堂入りも果たした帝拳グループの総帥本田会長と、プロにおいては一新興勢力に過ぎず、プロモーターとしての実績も皆無と言っていいゾウ。「指名挑戦の大義名分+日本人対決」とくれば、WBOでなくとも本田会長に軍配を上げざるを得ない。

世界に冠たる軽量級のボクシング・マーケットを有する日本と、本格的なプロの興行がスタートして間もなく、世界王者の輩出に四苦八苦する中国の現状を比較しても、優先度は明白。穏便に事を運ぶ本田会長だけに、話し合いは比較的スムーズだったと思う。本田会長が1試合分のオプションを買い取ったと見ることもできるし、買い取りはせずに待機料で解決したとも考えられる。



ゾウがトップランクから離れて独立したことも、WBOの判断にまったく影響が無かったとは言い切れない。ただ、ボブ・アラム(&デラ・ホーヤ連合軍)と本田会長の提携は円満かつ良好であり、仮にゾウが独立していなかったとしても、アラムがゾウと一緒になって、強硬にダイレクト・リマッチを主張する事態は想定しづらい。


そしてそのゾウが、引退の危機に瀕している。異変が報告されたのは昨年末。クリスマスから年末年始の休暇を過ごす為、北京から上海へと向かう飛行機の中で、ゾウは左眼の視力をほとんど失ったとされる。上海に到着したゾウは、そのまま病院へ直行。緊急入院して治療を受けた。

ショッキングなニュースは瞬く間に世界中に配信されたが、「眼窩底骨折と軽度の白内障が原因。失明はしておらず、視力も0.1ある。」との続報が出たこともあり、騒ぎは沈静化するのかと思いきや、年明けに出た詳報で深刻な状況が明らかにされる。

ゾウは網膜はく離を発症しただけでなく、眼窩底骨折による視神経の障害に苦しんでいるというのだ。記事が事実なら、眼筋マヒに見舞われた可能性が極めて高い。直接的な原因となったのは木村戦ではなく、2014年11月にマカオで行われたクワンピチット(タイ)との第1戦。



当時WBOとWBAの統一王者だったファン・F・エストラーダへの挑戦権(※)を懸けて、ランク3位のクワンピチットとぶつかったゾウは、揉み合いの最中にヘッドバットを受けて左眼を大きく腫らし、試合の後半には完全に塞がってしまう。カットによる出血も加わり、丁寧なドクターチェックも行われたが、負傷判定にはならず12ラウンズを最後まで戦うことになった。
※実際のターゲットは来場していたIBF王者アムナット(当時)



ボクサーの眼筋マヒは、多くの場合眼窩底骨折を引き鉄にして併発し、後遺症として長く残るケースも珍しくない。程度の軽重に差こそあれ、網膜はく離に肩を並べる眼疾で、数多くのボクサーを引退に追いやっている。ゾウは未だに眼疾についてすべてを公にはしていないが、左眼の異常(眼筋マヒとはく離発症の予感・予兆)を自覚していたのは疑う余地がない。治療を続けながらその後の5試合を戦い、結果的に逼迫した状況に陥ってしまった。

形振り構わぬWBOへの再戦要求も、急速に増大する左眼への不安が焦りを助長したと見れなくもない。ゾウは冷静な判断能力を失い、拙速な行動を繰り返してしまった。幸いにして、ほぼ完全に失われた左眼の視野は手術と静養によって回復しているらしく(眼筋マヒの程度は不明)、ゾウ自身はカムバックを諦めてはいないが、失明のリスクが高過ぎることを理由に、担当の医師が頑としてゴーサインを出さないとのこと。

「Super SIX トーナメント」に優勝候補の1人として参加したミッケル・ケスラーは、アンドレ・ウォードの頭突き(故意と見られても仕方がないほど悪質)による負傷が癒えないままカール・フローチ戦に臨み、激闘の果てに勝利を手中にしたものの、ゾウと同じく眼窩底骨折の重症を負った。ケスラーは重度の眼筋マヒに苦しみながら、1年2ヶ月の休養を経てカムバックを強行。

二線級を相手に3連勝(全KO)をマークし、マッチメイクの妙にも助けられる格好でWBA王座に復帰したが、IBFのベルトを奪取したカール・フローチとの再(統一)戦に敗れて再びブランクに入り、ウォードとの再戦 or フローチとのラバーマッチを模索したものの、実現の目が無いとわかり完全に引退(昨年2度目の再起を公表するも病気を理由に延期)。網膜はく離を免れた30代前半のケスラーでも、ブランク前の輝きを取り戻すことはできず、失意の中での幕引きを余儀なくされた。


「無理を重ねて仮に再起できたとしても、望ましい結果を得られる確証はどこにもない。晩節を汚すだけに終わるようなら、リングに戻るべきではない。今ならまだ、英雄のまま身を引くことができる。」

木村戦におけるゾウの不調は目に余るものがあり、112ポンドのフライ級リミットに合わせただけとの印象が強く残った。プロモーターとして新たな一家を構え、様々な準備に追われて多忙を極め、調整どころではなかったと当初は思われたが、眼疾の治療と回復に時間を要して、ウェイトを落とすためのトレーニングが精一杯だったのか・・・。



37歳という年齢も含めて、著名なキャスターだったラン・インイン夫人を始めとする家族や周囲の多くが、ゾウに引退を勧めているようだ(夫人が引退に否定的との伝聞もある)。自からプロモーションを立ち上げた今、興行の主役となる看板選手がいない現状、直ちに引退を表明できない事情も理解はできるが・・・。

◎試合映像:クワンピチット第1戦/ゾウの12回3-0判定勝ち
2014年11月23日/コタイ・アリーナ,ベネチアン・マカオ/WBOフライ級王座決定12回戦
※オフィシャル・スコア:119-106×2,120-103
https://www.youtube.com/watch?v=hDlIxwXCbds


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そして、木村と青木ジムにとって何よりも重大なオプションの問題。チンタオでのサルダール戦で消化できたのか、まだ残っているのか。ボクシング界の慣行として、前王者の陣営に新王者のプロモーターが認めるオプションは通常2試合分だが、必ず2つ付けなければいけないという決まりは無い。王者と挑戦者両方のプロモーター同士が、交渉によって取り決めをする付帯条項であり、両陣営のパワーバランスによってオプションの数は変動する。

90年代半ば、WBAバンタム級王座を敵地タイで失い、不遇を囲っていたフィリピンの天才ルイシト・エスピノサの個人マネージャーとなり、フェザー級での再起に成功したジョーさんは、時のWBC王者マヌエル・メディナを東京に呼び寄せる為、オプションを4つも握られた。ゾウに呼ばれて中国まで渡った上、オプションまで多めに取られたのでは踏んだり蹴ったりだが、青木ジムは大丈夫だろうか?。

帰国早々、田中恒成(現地へ飛びリングサイドで観戦)とのV3戦が正式発表されたが、五十嵐戦に続く2度目の指名戦は、またしてもアウェイの日本人対決。田中の出方次第にはなるけれど、スピードに優る挑戦者が打ち合いを避けてアウトボックスに徹した場合、木村敗退の確率が上昇する。



打撃戦に引きずり込んで田中との指名戦をクリアできたとしても、オプションを消化しない限り、木村と青木ジムは「自主興行(日本国内開催)」の旨味にありつけない。田中に勝つことでメディアへの露出が増え、国内での人気と知名度がアップすれば、地上波との契約が現実味を帯びる。仮にオプションが残っていたとしても、買い取り交渉を具体化できるだろう。


中国で有名になること自体は大いに結構だが、魑魅魍魎がうごめくアウェイの興行では、何が起きても不思議はない。韓国とともに反日を国是とし、なおかつ民主化されていない中国では尚更だ。本当に韓国も民主国家なのかと問われれば、大きな疑問符が付いてしまうけれど、一党独裁の軍事政権による支配ではなく、ちゃんと選挙も行われる。有権者たる国民が、自らの意思を投票で示すことはできる。

日本人記者の取材を受けた中国側の関係者は、「反日感情については我々もある程度心配はしていたが、前回(ゾウ戦)も今回も問題になるような事は何もなかった。大多数の中国のファンは、木村に対して好印象を抱いている。」と語っているが、鵜呑みにしない方が賢明。

バブル崩壊と大規模な外資引き上げ、中国国内企業の相次ぐ倒産が報じられ、破綻への危機が叫ばれて久しい中国経済。長期化の予測も出ている米中貿易戦争の深刻化、人民元の急落等々、「トルコの次はいよいよ中国」との声も聞こえてくる。

「福原愛に次いで有名な日本人アスリート。」

彼の地のトップリーグに参戦した愛ちゃんは、中国国内で暮らした経験があり、スタンダード・チャイニーズも器用にこなす。卓球とボクシングが置かれた、競技としてのポジションも違う。

ゾウの活躍とプロの興行が増えたおかげで、ボクシングの人気と認知もかなりアップしたらしいが、どこの国でも高い人気を誇るサッカー、NBAプレイヤーを輩出しているバスケとともに、お家芸とも言うべき卓球と体操には遠く及ばない。「中国に行けば人気者」との評価と感覚を、過大に信じ込まない方が無難だ。