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ネットオヤジのぼやき録

ボクシングとクラシック音楽を中心に

砂漠の決闘 - ジョシュア VS ルイス II 直前ショート・プレビュー -

2019年12月07日 | Preview

■12月7日/ディルイーヤ・アリーナ,ディルイーヤ,サウジアラビア/WBA・IBF・WBO3団体統一世界ヘビー級タイトルマッチ12回戦
統一王者 アンディ・ルイス・Jr.(米) VS 前統一王者 アンソニー・ジョシュア(英)



よもやのKO負けで統一王座を追われてから半年。新世代の覇王を今も期待されるジョシュアが、いよいよ運命の再戦(?)に臨む。前日計量もつつがなく終了し、後は本番のゴングを待つのみ。

映画「シンデレラマン」のモデルとなったジェームズ・J・ブラドックのミラクルを筆頭に、ジャック・デンプシーを引退に追い込んだジーン・タニー(史上に名高いロング・カウント事件)、ドイツの英雄マックス・シュメリングに撃墜された若きジョー・ルイスの挫折、モハメッド・アリの2度の載冠(ソニー・リストン第1戦,ジョージ・フォアマン戦)と王座転落(レオン・スピンクス第1戦)等々、ヘビー級の歴史を彩るメガ・アップセットは少なくない。

90年代以降に限定しても、東京ドームで行われたタイソン VS B・ダグラス、レノックス・ルイスの2度の陥落(オリバー・マッコール,ハシム・ラクマン)、同じくウラディーミル・クリチコの2度の大失敗(レーモン・ブリュースター,コリー・サンダース)に匹敵するショックの大きさと表して間違いないだろう。


もっとも実際に対戦したクリチコ弟と、同じ五輪金メダルの大先達レノックス・ルイスはともかく、現在のジョシュアがジョー・ルイスやアリ,タイソンの域に及ぶと考える海外の識者やヒストリアンは、現状皆無と言っていい(アンディ・ルイスにノックアウトされたからではなく)。

アマ時代に敗れたディリアン・ホワイト、アテネの金メダリスト,アレクサンダー・ポベトキン(2人とも前座で同じリングに上がる)、敢えて数に含めるならカルロス・タカムらの小~中型ヘビー級を相手に一度ならず冷や汗をかき、あわやという場面に陥ったジョシュアのディフェンスについて、小さからぬ危機感を抱く関係者やファンはそれなりにいた。

いたけれども、前戦のオッズは12倍から最大20倍超の大差が開き、華々しい米国デビューを飾るとともに、すぐその先にあると思われたディオンティ・ワイルダーとの最終決戦に進むものだと、誰もが信じて疑っていなかったことも事実。、


だからこその番狂わせなのだが、4度もキャンバスを這う姿を晒してもなお、身銭を切って賭ける人たちは、前統一チャンプを支持している。勿論、マージンは大幅に縮まったけれども。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>Bovada
ジョシュア:-230(約1.43倍)
ルイス:+180(2.8倍)

<2>5dimes
ジョシュア:-220(約1.45倍)
ルイス:+200(3倍)

<3>シーザースパレス
ジョシュア:-250(1.4倍)
ルイス:+190(2.9倍)

<4>ウィリアム・ヒル
ジョシュア:4/9(約1.44倍)
ルイス:15/8(2.875倍)
ドロー:28/1(29倍)

<5>Sky Sports
ジョシュア:4/9(約1.44倍)
ルイス:2/1(3倍)
ドロー:25/1(26倍)


「油断しなければ、おそらくジョシュがリベンジに成功する。」

第1戦の失態の原因について、多くのファンが「油断」だと考えていて、それは大きく的を外してはいない。事実上勝負を決したと表して間違いない、逆襲のカウンターを呼び込んだきっかけは、右を効かせた直後の左フックで最初のダウンを奪い、「よし、決まった!」と一気に勝負をかけた攻め急ぎにあり、ルイスの余力を見誤ったからだと言う訳だ。

実際にその通りだと思うし、攻め急ぎに関する懸念は私も拙ブログのプレビューに記したけれど、問題なのは、ホワイトとポベトキンに同じ左フックで窮地に追い込まれながら、結局具体的な改善がないまま米国デビューを迎えてしまった、ジョシュアの技術的欠陥である。

拙ブログでも繰り返し述べてきたが、現代のボクサーは昔に比べて頭と肩を振らない。軽快なステップに乗せて頭と肩を小刻みに動かし、自然なリズムを刻む動きは、”ボクサー特有の格好良さ”を象徴するムーヴだったのだが、今はプロもアマも総じて上体を直立させたまま、主に前後のステップを踏むのみ。


2メートル級の巨漢選手が、ロング・ジャブを突いてひたすら安全圏をキープし続け、可能な限り手数と動きを抑えた上で、危険な接近戦をクリンチ&ホールドで潰す当て逃げ安全策に閉じこもれば、破格のサイズ自体がその身を守る要塞と化す。キャリア後半のレノックス・ルイス然り、その後を引き継いだクリチコ兄弟然りである。

「リスクを取って打ち合い決着を着けるのがプロ」だった時代、興行の看板を任される一流ボクサーたちは、攻めながら守る(守りながら攻める)難易度の高い攻防を身に付け、いざとなれば倒される覚悟で技術に裏づけされた勇気を振るい、強敵の懐へと飛び込んで行った。そうしなければ、客を呼べる真のプロとは認められなかった。

だが今は、ジャブ&軽打でそこいら辺を撫でるだけ(失礼)でポイントが貰える。無理にリスクテイクしなくても、勝てるようになってしまった。打ち始めと打ち終わりに隙ができ易く、一瞬であったとしてもガードの穴を自ら拡げる強振は必要最小限に抑制して、どんな手を使ってでもいいからインファイトを避け、タッチ&セーフに徹すれば良いのだ。


そうしたトレンドの中にあって、積極果敢に強打で攻撃を仕掛け、スタートから倒しに行くジョシュアは貴重なタレントであり、それゆえにウィービングを軸にしたボディワークの不足、とりわけ打ち終わりの処理の甘さが惜しまれてならない。

どんなに優れたボクサーでも、打ち気に逸って前がかりになり過ぎれば、必ずガードがお留守になる。その瞬間を狙って相手が放つカウンターから間一髪逃れる術,頼みの綱は、毎日の地道な反復練習で習得するボディ&ステップワークと、ブロッキング&カバーリングの基本に他ならない。

打ち終わりに頭の位置を変えず、止めの一撃を叩き込まんと両足を踏ん張り、上半身を立てたまま右を振り下ろす。その時、右の顔面はがら空きになる。ホワイトにはそこを狙われ、ルイスにも同じ失敗を繰り返した。

金メダリスト対決となったポベトキンには、ジョシュアも警戒レベルを普段以上に引き上げており、右の拳を頬に付けてガードへの意識も高かったが、流石にポベトキンは簡単ではなく、右のオーバーハンドにボディを打ち分けるコンビネーションで攻め込まれ、左フックで危うく腰を落としかけている。



第1戦でジョシュア攻略の手応えを掴んだ筈(?)のルイスは、今回もまた冷静にジャブを突き、現代のヘビー級としてはかなりいい線をいっているボディワークを操り、致命的な被弾を免れつつ、打ち終わりの隙を待ち続けるに違いない。

手痛過ぎる敗北を糧に、ジョシュアがどこまで自身のボクシングを真摯に見つめ直し、ガードの修正に取り組んだのか。あるいは取り組まなかったのか。

中東サウジで復活の狼煙を上げる為に、陣営は新たにコーチを1人チームに招き入れた。スペイン出身の元キックボクサーで、途中からボクシングに転向したアンヘル・フェルナンデスという人物である。

恋人がイングランドの出身だったことから英国に渡り、ロンドンに住まいを得て、アマチュアで実戦を経験したらしい。恋人との間に子供が生まれ、生活の為にフルタイムの仕事をしなければならなくなり、止む無く現役を退いた。

指導者としてボクシングに関わり続けたいと望んだフェルナンデスは、英国の関係者からイスマエル・サラス(キューバを代表する名トレーナー)を紹介され、連絡を取って渡米する。サラスはホルヘ・リナレスとともに英国で戦い、彼の地でも顔と名前を知られるようになっていた。


サラスのアシスタントとしてリナレスのトレーニング・キャンプに参加した後、一旦母国に戻り、短期間だがアミル・カーンをサポートしたホルヘ・ルビオ(やはりキューバ出身のベテラン)の下でも修行をしたとのことだが、その後マッチルームの傘下に入り、安定した収入とポジションを得る。

フェルナンデスがジョシュアのチームでどんな役割を担ったのか、詳細は報じられていないのでわからないけれども、チームを束ねるチーフは今も変わらず、ロバート・マクラッケン(英国のナショナル・チームを率いた著名なコーチの1人)が努めているとのこと。



そして、公開された幾つかの短いトレーニング映像を見る限り、ガードを改善しようとする様子は伺える。右の肘を開かず拳を高い位置に構えて顎を守り、ステップをサボらず立ち位置にも細かい気を配りながら、常に相手の反撃を意識した動きを徹底しているが、その中でフェルナンデスと思しき人物が、頭と肩を左右に振るよう指示を出す場面があった。

まだまだ取って付けたような動きでスムーズさに欠け、無意識で自然に身体が反応するレベルには無いけれど、少なくとも陣営が真剣にガードを修正する必要に迫られたことだけは確かである。

ルイスに良く似たアンコ型の中堅選手をメキシコで見つけ出し、キャンプに呼んで実戦スパーを積み重ねた。コーナーをとりまとめるマクラッケンは、「万が一の事態は二度と起こさない。これまで以上に完成度を高めたアンソニー・ジョシュアが、本当の強さを見せつけてベルトを奪還する。」と、落ち着いた表情を片時も崩さず、しかし断固たる口調で勝利への確信のみを述べる。


絶対に負けが許されない、文字通りの崖っぷちに立たされたジョシュアが、これまで通り攻撃的なボクシングを継続した上で守りを固めるのか、判定決着でいいと割り切って安全策を採るのか。

打ち合い回避の安全策なら、7~8割の確率でジョシュアの返り咲き。おそらくスコアは中~大差が付く。きれいに倒して勝つことにこだわった場合、前回同様のショッキングなシーンが再現する公算が大・・・・いや、中の下ぐらいにしておこうか。


◎現王者 ルイス(30歳)/前日計量:283ポンド
戦績:34戦33勝(22KO)1敗
アマ通算:105勝5敗
2007年世界選手権(シカゴ)初戦敗退
2008年北京五輪代表候補(メキシコ)
階級:S・ヘビー級
身長,リーチとも188センチ
右ボクサーファイター

◎前王者 ジョシュア(30歳)/前日計量:237ポンド
戦績:23戦22勝(21KO)1敗
アマ通算:40勝3敗
2012年ロンドン五輪S・ヘビー級金メダル
2011年世界選手権(バクー)S・ヘビー級銀メダル
身長:198センチ,リーチ:208センチ
右ボクサーファイター



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■オフィシャル

主審:ルイス・パボン(プエルトリコ)

副審:
グレン・フェルドマン(米/コネチカット州)
スティーブ・グレイ(英/イングランド)
ブノワ・ルーセル(カナダ)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:アウレリオ・フィエンゴ(パナマ/WBA執行役員)
IBF:カーロス・オーティズ・Jr.(米/ニューヨーク州/IBFチャンピオンシップ・コミッティ委員長)
WBO:ジョン・ダガン(米/イリノイ州/WBO筆頭副会長)


■第1戦のオフィシャル

主審:マイケル・グリフィン(カナダ)

副審:
マイケル・アレクサンダー(英/イングランド):56-57(A・R)
ジュリー・レダーマン(米/ニューヨーク州):56-57(A・R)
パスクアーレ・プロコーピオ(カナダ/伊):56-57(A・R)

立会人(スーパーバイザー):
WBA:カルロス・チャベス(ベネズエラ/WBAチャンピオンシップ・コミッティ,チェアマン)
IBF:ロブ・スコット(米/ニュージャージー州/アトランティック・シティ ボクシング殿堂役員)
WBO:フランシスコ・パコ・バルカルセル(プエルトリコ/WBO会長)


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■大幅増量のルイスの調子や如何に?

前日計量の映像を見てびっくりした。ルイスの体重が凄いことになっている。黒いランニングシャツを着たまま秤に乗った新チャンプは、前回(268ポンド)より15ポンドも増やして、なんと283ポンド(128.4キロ)を計測。さらに驚くのは、これでも過去最重量ではないという事実。

10年前のプロデビュー戦で、ルイスは297ポンド1/2(約135キロ)で秤に乗り、2戦目も292ポンド1/2(約132.7キロ)だった。この2試合に続いて、3番目に重い調整になる。

挑戦者としてサウジに乗り込んだジョシュアは、前戦より10ポンド超軽い237ポンド。雪辱のカギは機動力&素早い反応だと、そう確信してのダイエットだろう。230ポンド台で調整するのは、プロ転向2年目のデニス・バクトフ戦(236ポンド1/2/2014年10月)以来だから、丸々5年ぶり。



※参考映像:前日計量の様子
(40 POUNDS!) FULL ANDY RUIZ VS. ANTHONY JOSHUA 2 WEIGH-IN & FINAL FACE OFF
https://www.youtube.com/watch?v=abklrPERyAc


人生を一変させ得る大きな舞台に抜擢された、大敗を予想されるアンダードッグが採るべき道は大きく分けて2つ。

第一の選択肢は次の通り。

どうせ勝てっこないんだからと、ハナから勝負を諦め真面目に練習もせず、ウェイトだけを合わせて本番のリングに上がり、適当にお茶を濁しながらいいパンチがいいタイミングで飛んで来るのを待ち、しっかりディフェンスしながら倒れてテン・カウントを聞く。

大きな怪我と深刻なダメージを負うことなく、安全確実に試合を終えて、キャリア・ハイの報酬を懐に、無事な姿で家族が待つマイホームに帰る。勘違いしないでいただきたいが、これはいわゆる片八百長ではない。白星献上を生業にする負け役たちが、生きる為に身に付けなければならない、プロとしての知恵と技術なのだ。

第二の選択肢は、まったくの逆パターン。

「絶対に噛み返してやる」との堅い意思を持ち、それまでに経験したことのない水準で練習に打ち込み、最高の状態に仕上げてリングに上がる。本気で一発逆転を狙い、必死に歯を食いしばって格上の選手に対峙し、勝てないまでも爪跡を残す覚悟で臨み、万に1つのチャンスを掴もうと捨て身の勝負に打って出る。

第1戦のルイスをどちらかに分類するなら、明らかに後者。格上のスターは、当然のように自分をナメてかかるに違いなく、ピンチになっても慌てず騒がず、どこかで訪れる反撃の機会を伺う。

そして大番狂わせをやってのけた格下が、ダイレクト・リマッチ(あるいは認定機関から義務付けられるトップコンテンダーとの指名戦)に際して採る姿勢にも、いくつかの共通するパターンが存在する。


中でも特徴的なのは、超特大のアップセットを引き起こした格下の選手が、それだけで充分に満足してしまい、野心と飢餓感を喪失してしまうケースだ。他の階級に比べて巨額の報酬が約束されるヘビー級では、そういう事態が起きたとしても不思議はない。

マイク・タイソンを衝撃的なノックアウトに屠った直後、クルーザー級から増量してランク1位に上り詰めたイヴェンダー・ホリフィールドの挑戦を受け、僅か3ラウンドで沈んだバスター・ダグラスは、最も分かり易い代表格,典型例と言える。

タイソンとの大一番に備えて、過去に無かったベスト・シェイプ(231ポンド1/2)に仕上げたダグラスは、ホリフィールド戦の交渉で2,400万ドル(当時のレートで約30億円)を提示され、アメリカン・ドリームを満喫。

15ポンド超もウェイトを増やし(戻し)、247ポンドのダブついた身体でリング・イン。リアル・ディールの前に為す術なく沈没すると、「もうこれで十分だ。キツい仕事とはオサラバだ。」と満足気な笑みを浮かべてリングを去る。
※上手い投資話に乗って失敗し、納税に苦しみ、ほどなくしてカムバックしたのも多くの歴代王者たちに同じ。


前戦で400万ドルを得たルイスは、愛する両親と家族の為に豪邸を奮発し、30歳の誕生パーティはやたらと盛大で、それはもう大変なドンチャン騒ぎだったらしい。「それぐらいは大目に見てやれよ。」と擁護するファンもいる反面、「それ見たことか。ダグラスの二の舞だ。」と、陥落を予言確信する人たちも少なくない。

エディ・ハーンから900万ドルを提示され、「ゼロが1つ足りない」とサウジ行きに難色を示したルイスだったが、結局は契約書にサインした。1千万ドル超への増額が再オファーされたとか、連勝を実現すればさらなるボーナスを上乗せ等々、無責任な噂もチラホラ聞かれる。

「我々には慢心も油断も有り得ない。ジョシュアには申し訳無いが、ディオンティ・ワイルダーと雌雄を決するのはアンディだ。」

コーチなら誰もが夢見るヘビー級統一王者のチーフとなり、メディアへの露出も増えたトレーナーのマニー・ロブレスは、柔和で人懐っこい笑顔の中にも勝負師の鋭い視線を忘れることなく、「アンディが返り討ちにする。何度やっても結果は同じ。」と自信のコメントを繰り返す。




そんなルイスが増やした体重は、奇しくもダグラスと同じ15ポンド。これを悪い予兆と見るか、さらなるパワー・アップで返り討ちを狙う作戦と前向きに捉えるのか。判断は人それぞれだが、長年ボクシングを見続けてきた身としては、素直に良い状況を想像するのは難しい。

ただし、調子に乗った時のメキシカンの勢いも侮り難く、ハングリネスを取り戻したジョシュアが、成功の甘い蜜に酔いしれたルイスをあっさり倒す・・・との楽観的な予測にも、当然のことながら組みすることができない。実に悩ましいことだが、これがマニアの哀しい性なのである。