ネットオヤジのぼやき録

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注目のプロスペクト対決から熟し過ぎ(?)のベテランまで /多士済々の10戦士を集めたヘビー級フェスタ - フューリー VS ワイルダー III アンダーカード・プレビュー I -

2021年10月09日 | Preview

<1>10月9日/T-モバイル・アリーナ,ラスベガス/NABOヘビー級タイトルマッチ12回戦
王者/WBO5位 フランク・サンチェス(キューバ) VS WBC8位 エフェ・アジャグバ(ナイジェリア)



連続初回KOで話題となったエドガー・バーランガと並ぶセミ格と言うより、事実上のダブル・メインと表するべきかもしれない。

キューバからメキシコに渡り、カネロをサポートするエディ・レイノソの傘下に入ってチャンスを待つサンチェスが、ナイジェリア生まれのスラッガー,アジャグバ(テキサス在住)との無敗王者候補対決に臨む。

2歳年長でチャンピオンのサンチェスが受けて立つ側(世界ランキングでも上位)になるが、「格が違う。」と言いたいのはアジャグバだろう。

「キューバの内情について詳しくは知らない。きっと難しい状況があったんだろう。でも、世界の頂点を目指すすべての若者たちは、皆それぞれに複雑な事情を抱えている。私にだって解決しなければならない課題と問題が山積みだった。そうした中で私は彼がなれなかった国の代表になり、アフリカ大陸予選を戦い抜いてリオの本大会に参戦した。」

「メダルが獲れなかったのは残念だけど、世界中が見つめる最高の舞台に上がって、ベストを尽くすことができた。スポーツの世界では、成し得る者と成し得なかった者に嫌でも分かれる。それが現実だ。」


アマチュア時代、エリスランディ・サボン(テオフィロ・ステベンソンに続き五輪3連覇を果たしたフェリックス・サボンの甥)の影に隠れて、シニアの大きな国際大会に派遣される機会がなく、「国内の予選でもサボンに勝ったが、”政治的な理由(国と統括機関の思惑?)”でオリンピックに行けなかった。」と語るサンチェス。

対するアジャグバは、難関の大陸予選を勝ち抜きリオ五輪出場を果たしたオリンピアン。五輪から帰国した翌2017年夏、リチャード・シェーファーが立ち上げたリングスター・スポーツと正式契約を結んでプロ・デビュー。

敏腕で知られるシェリー・フィンケルがマネージャーを務め、かつて浜田剛史現帝拳代表に挑戦したロニー・シールズがチーフ・トレーナーに就任。順調なキャリアメイクを歩んでいるように見えたが、昨年6月トップランクとの新体制に移行すると表明。


ナショナル・チームでも教えるベテランのケイ・コロマが新たなヘッドとして呼ばれ、9月の初陣(ラスベガスのサ・バブル/ジョナサン・ライス戦)を無事に10回判定で切り抜けると、パンデミックによる小休止(試合のタイミング,間隔が幸いして長期ブランクを回避)を挟み、今年4月の移籍第2戦は3回KO勝ち。

一撃必倒の右ストレートにさらなる磨きをかけて、「フューリー(とワイルダーの勝者)に挑戦したい。」と野望を燃やす。

3団体のベルトを保有するジョシュアとの交渉は、指名戦の履行も含めて、なかなか思うように事が運ばない。


また、英国にはダニエル・デュボアとジョー・ジョイス(昨年11月に対戦/ジョイスが10回KO勝ち)のホープ2人がいて、リオを制したフランスのトニー・ヨカもプロ入り。

アンディ・ルイスにKO負けして脆さを露呈したジョシュアには、ウシクを筆頭に2~3年分の挑戦者候補が揃っている(ウシクに負けてしまった)。

シェーファーと組んでジョシュア(ウシク)とフューリーの両面待ちを続けるより、フューリーを直接ハンドリングするアラムの支配下に入り、イングランドの巨人1本に照準を定めた方が、成功への早道だと考えたようだ。


「確かにあの右は凄い。あれを食ったら、大概の選手はひとたまりもないだろう。でも、それ以外に何がある?」

アジャグバ自慢の右の決定力を認めつつ、サンチェスは平然と言い放つ。

「どんなに凄いパンチでも、当たらなければ何の意味もない。どんなタイプにも対応できるだけの技術と経験が私にはある。」


アジャグバについて、「所詮は右だけのボクサー。何の問題もない。」と切って捨てるサンチェスに対して、アマ時代の実績も含めて「核の違い」をアピールするアジャグバ。

昨今何かと物議を醸すレイノソの存在が、今回特に取り沙汰されている様子が無いのは、両選手ともにハイレベルなアマチュアだった事に加えて、競技生活を通じてステロイドに関する具体的な疑惑が無かった為と思われる。

直前のオッズはサンチェス優勢だが、思ったほどの開きはない。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
サンチェス:-175(約1.57倍)
アジャグバ:+150(2.5倍)

<2>5dimes
サンチェス:-180(約1.56倍)
アジャグバ:+165(2.65倍)

<3>betway
サンチェス:-188(約1.53倍)
アジャグバ:+150(2.5倍)

<4>ウィリアム・ヒル
サンチェス:4/7(約1.57倍)
アジャグバ:11/8(2.375倍)
ドロー:16/1(17倍)

<5>Sky Sports
サンチェス:1/2(1.5倍)
アジャグバ:6/4(2.5倍)
ドロー:20/1(21倍)


両雄ともに調子は上々に見える。ヘビー級プロスペクト対決に相応しい、勇敢かつクリーンな打ち合いに期待したい。

個人的には6-4でアジャグバ押しだが、自信満々のサンチェスに右をいなされ続けた時にどうするのか。対応策の有無も含めて、じっくりと見てみたい。

即決KO(どちらにも可能性はあるがより確率が高いのはやはりアジャグバ)になったとしても、それはそれで有りだけれども。



◎サンチェス(29歳)/前日計量:240ポンド
戦績:18戦全勝(13KO)
アマ通算:214勝6敗(判明している黒星は12)
2011~2014年キューバ国内選手権3位
WSB(World Series of Boxing):1戦1勝
※階級:S・ヘビー級
身長:193センチ,リーチ:198センチ
右ボクサーファイター

◎アジャグバ(27歳)/前日計量:237ポンド
戦績:15戦全勝(12KO)
アマ通算:41勝(30RSC・KO)2敗
2016年リオ五輪代表
2015年コモンウェルス・ゲームズ(グラスゴー/英スコットランド)銅メダル
2014年アフリカン・ゲームズ(ブラザヴィル/コンゴ)金メダル
※階級:S・ヘビー級
身長:198センチ,リーチ:216センチ
右ボクサーパンチャー


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□リング・オフィシャル
審判団:未発表
スーパーバイザー(立会人):クレイグ・ハッブル(米/カリフォルニア州)

「NABF(WBC傘下の北米王座認定機関)の前会長が、どうしてWBO直轄の北米タイトルマッチに立ち会うのか・・・・?」

2019年の春、ドゥエイン・フォード(ネバダ州の元公式審判員/1978年~2013年までジャッジを勤め上げた)に正式に会長職を譲ったとは言え、対立団体の同じ地域タイトルの立会人を引き受けるのは、そう滅多にあるケースではないだろう。

なんてどうでもいいことに気を取られてちょっと調べてみたら、NABO(WBO)から正式に役職のオファーを貰っていたらしい。

詳しくは存じ上げないが、彼の地のおいてはそれなりに知られたというか、影響力のある人物なのは間違いない。


※関連記事
<1>WBO Convention Report Day One Recap
2019年12月3日(総会の議事について報じるWB公式サイトの記事)
https://www.wboboxing.com/news/boxing-news/wbo-convention-report-day-one-recap/

<2>NABF Convention: Duane Ford re-elected NABF President
2019年5月16日(NABF総会で会長代行だったフォードの再任決定を報じるFightnewsの記事)
https://fightnews.com/nabf-convention-duane-ford-re-elected-nabf-president/45889


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<2>ヘビー級12回戦
ロベルト・ヘレニウス(フィンランド) VS アダム・コヴナツキ(米/ポーランド)



北欧の巨人ヘレニウス(出身:スウェーデン)が、昨年3月に実現した2度目の訪米以来となる再起戦で、三度び米本土上陸。

ブルックリンをホームに戦う無敗のポーリッシュ,アダム・コヴナツキの対戦相手に選ばれ、WBAのゴールド王座獲得(先頃暫定王座とともにWBAが廃止を表明・・・?)をアシストする筈が、第4ラウンドにダウンを奪って番狂わせのKO勝ち。

2年前の初渡米(2019年7月)では、昇り調子のコヴナツキに2ラウンドで倒されたジェラルド・ワシントンに8回KO負け。ベテラン元ランカーの再起を助けている。

今回も含めた3戦すべてがPBCの興行で、チームを始めとする関係者全員、コヴナツキの楽勝(前半決着)を確信していた。


キャリア13年(実働12年)のヘレニウスは、世界タイトルへの挑戦こそ叶っていないが、欧州(EBU)の王座に一度就くなど、プロとしてのキャリアは成功したと表していい。

黙って引き下がる訳にはいかないコヴナツキとの再戦に応じたのは、単純に「そういう契約(再戦条項が含まれていた?)だから」という事情のみならず、「何度やっても勝てる」との自信があってのことか。

前回に比べておよそ8ポンド重く仕上げたヘレニウスに対して、7ポンド近く落としてきたコヴナツキ。


リベンジを義務付けられたポーランド移民の強打者は、何が何でもヘレニウスの懐に潜り込み、下から振り上げるアッパーとフックを先にヒットしないと、容易に勝機が見えて来ない。

そう考えての軽めの調整だとするなら、「全然絞り足りない」と感じるのは、おそらく私だけではないと思う。


スポーツブックの数字がどうなっているのか見てみよう。

何とした事か、接近してはいるけれど前評判はコヴナツキ。前回の勝利がフロックと見られた訳ではないにしろ、「コヴナツキの油断」だと考えるマニアが多いと、そういう事なのだろうか。

ポーランドの強打者が返り討ちに遭う可能性も、結構な割合で起こり得ると思うけれども・・・。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
コヴナツキ:-225(約1.44倍)
ヘレニウス:+185(2.79倍)

<2>5dimes
コヴナツキ:-207(約1.48倍)
ヘレニウス:+179(2.79倍)

<3>betway
コヴナツキ:-250(1.4倍)
ヘレニウス:+188(2.88倍)

<4>ウィリアム・ヒル
コヴナツキ:4/9(約1.44倍)
ヘレニウス:7/4(4倍)
ドロー:16/1(17倍)

<5>Sky Sports
コヴナツキ:4/11(約1.36倍)
ヘレニウス:2/1(3倍)
ドロー:20/1(21倍)





◎ヘレニウス(37歳)/前日計量:246ポンド
戦績:33戦30勝(19KO)3敗
アマ通算:105勝(51RSC・KO)38敗1分け
2006年欧州選手権(プロヴディフ/ブルガリア)銀メダル
2001年ジュニア欧州選手権(サラエボ/ボスニア・ヘルツェゴビナ)銅メダル
※階級:S・ヘビー級
身長:200センチ,リーチ:201センチ
右ボクサーファイター

◎コヴナツキ(32歳)/前日計量:258ポンド
戦績:21戦20勝(15KO)1敗
アマ通算:23勝(10RSC・KO)7敗
2006/2008年ニューヨーク・ゴールデン・グローブス優勝
2007/2009年ニューヨーク・ゴールデン・グローブス準優勝
身長:191センチ,リーチ:193センチ
右ボクサーファイター


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<3>ヘビー級8回戦
ジャレッド・アンダーソン(米) VS ウラディーミル・テリョシュキン(ロシア)



近い将来の世界タイトル挑戦を期待される無敗の米露ホープ対決(?)。

出身地のオハイオに活動拠点を置き続けるアンダーソンは、2017年~18年の全米選手権を連覇して、東京五輪の金メダルを目指していたトップ・アマ出身組み。

※略歴に触れた過去記事:井上尚弥 VS J・マロニー アンダーカード・ショートプレビュー
2020年11月1日
https://blog.goo.ne.jp/trazowolf2016/e/c2e7281f628eaab9ea7c783b13144836


サイズに比して多めの重量(230~240ポンド台)を見にまとうのは、180センチ後半~190センチ前半の現代ヘビー級にとってもはやセオリー。

同じ道を行くアンダーソンは、若さ(21歳)のお陰もあって、スピード&シャープネスの欠落を特に心配する必要がなく、手数と運動量にも大きな不足を感じさせず、左右のスイッチも器用にこなす。ありきたりのローカル・クラスではなかなか勝負をさせて貰えない。

ここまでに経験した9戦で、最も長く戦ったのは今年2月の6回戦(ザ・バブル/MGMグランド内に設置された無観客専用の小ホール)。アリゾナ在住のナイジェリア人,キングスレイ・イベにしぶとく食い下がられ、最終6ラウンドに左フックを決めてフィニッシュ。


ウェイトの割にボディは引き締まり、きびきびとした動きで前後左右にステップを踏みながら、鋭いジャブとストレートを飛ばして近付き、強烈な左フックと左右のアッパーをねじ込んで行く。

4月にオクラホマのインディアン・カジノで戦い、途切れることなく連続KOを続けているが、他ならぬアンダーソン自身がマッチメイクに物足りなさを訴えている。

ただし、トップランクの支配下に入り、今まさにプロのキャリアを始めたところでもあり、今しばらくの間は、無名のローカル選手をあてがいプロの水に慣らすものとばかり思っていたが、2007年にプロに転じたベテランのスイッチ・ヒッターをわざわざロシアから招聘した。


※御大ボブ・アラムと握手するアンダーソン/すぐ後ろの壁に掲げられた写真は若き日のアラムとモハメッド・アリ


※ワイルダーとの再戦に備えるフューリー(アラムが共同プロモート)のキャンプに参加/スパーリングの機会を与えられた


ホープと呼ばれるほど若くはなく、アマでの大きなタイトル歴が無いとは言え、器用に左右を切り替えながら手堅くラウンドをまとめるテリョシュキンは、攻防のまとまりが良く破綻の少ない右の正攻法。

戦績が示す通り、1発を効かせて瞬殺するビッグ・パンチャーではないが、2メートル近いタッパを誇る。

今回は250ポンド超のウェイトで仕上げており、無理に倒しに行かないというだけで、まともに貰えばどんなにタフな選手でも倒れてしまう。

キャリア14年目(途中2年半近いブランク有り/パンデミックによる中断を加えれば実働10年余り)にして実現した初渡米に、否が応でもモチベーションを高めるロシア人に、危険な匂いを嗅ぎ付けるマニアもきっといるに違いない。


強すぎず弱過ぎず、簡単に倒れないけれども頑丈過ぎず、それなりに技術も経験もあって諦めも早過ぎない。

有望株に持って来いの手頃な相手が見つからない訳ではなく、「どこまでやれるのか、そろそろ試してみてもよさそうだ」との手応えを、アラムを始めとするトップランクの幹部たちが認めたということか。


アンダーソンが一番怖いのは、強気にガツガツ行き過ぎた時のカウンター。スタンダードなガードを土台にしつつ、メイウェザーを真似たL字に構えを変えて、強引に突っかける場面も目立つ。

2メートル級と対峙した場合、どうしても顎が上がり気味みになる。自分より大きな相手から、イベのように相打ちの起死回生を狙われると怖い。

イベが決め切れなかったカウンターアタックをモノにするだけの技術と経験を、テリョシュキンは一応持っている。スピードで優っているからと、ナメてかからないことが何よりも大事。

いつも老婆心からの繰言で申し訳ないけれど、立ち上がりの早い時間帯は、慎重に行き過ぎて悪いということはない。大怪我のリスクを軽減する為に、自ずとディフェンスへの意識も高まり、無闇な大振りを慎むことでむしろノックアウトへの道筋が見えて来る。


前評判は当然アンダーソン。アウェイのロシア人には、相当に厳しいオッズが出ている。体のいい万馬券扱いだ。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
アンダーソン:-2000(1.05倍)
テリョシュキン:+900(10倍)

<2>5dimes
アンダーソン:-2500(1.04倍)
テリョシュキン:+1400(15倍)

<3>betway
アンダーソン:-2000(1.05倍)
テリョシュキン:+750(8.5倍)

<4>ウィリアム・ヒル
アンダーソン:1/16(1.0625倍)
テリョシュキン:7/1(8倍)
ドロー:20/1(21倍)

<5>Sky Sports
アンダーソン:1/20(1.05倍)
テリョシュキン:8/1(9倍)
ドロー:25/1(26倍)



◎アンダーソン(21歳)/前日計量:240ポンド
戦績:9戦全勝(9KO)
アマ戦績:不明
2017,18年全米選手権連覇
2016年ユース全米選手権(U-19)優勝
2015年ジュニア全米選手権(U-17)優勝
2017年ブランデンブルクユースカップ金メダル
2015年ジュニア世界選手権(サンクトペテルブルグ/ロシア)ベスト8
身長:193センチ,リーチ:199センチ
右ボクサーファイター

◎テリョシュキン(33歳)/前日計量:256ポンド
戦績:戦22勝(12KO)敗1分
アマ戦績:200勝以上(詳細不明)
国内シニア・トーナメントや地域大会等に多数出場
ジュニアロシア国内選手権優勝(15歳当時/正式な大会名・階級等不明)
身長:198センチ
左ボクサーファイター(スイッチヒッター)


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<4>ヘビー級8回戦
ビクトル・ヴィクリュスト(ウクライナ) VS マイク・マーシャル(米)

英語圏を中心とした母国以外では、例によって発音が簡単ではないからなのかどうか、そこまではっきりとはわからないが、ウクライナ発のS・ヘビー級は「ヴィクトル・ファウスト(Victor Faust)」のリングネームで戦っている。

付かず離れず中間距離に留まり、ジャブ&ワンツーを基軸にしつつ、左右のフックとアッパーにつなぐ正攻法のボクサーファイター。

パワーこそ及ばないながらも、開き気味のガードを比較的楽に構えて、前に出た左腕を泳ぐように動かしながら、引っ掛け気味の小さなフックから右ストレートにつなぐ崩しが、同じウクライナの大先達,クリチコ弟を思わせる。


かつてエマニュエル・スチュワートが参謀に付き、露骨なクリンチ&ホールドも辞さない省エネ安全策に閉じこもったキャリア後半のクリチコ兄弟の後を追っていない点だけは、(今のところ)幸いと言っていいと思う。

自分から前に出て攻める姿勢は、後先考えずに距離を詰めて強打を振り回し、無鉄砲なまでにイケイケどんどんだった若い頃のクリチコ弟ほどはないにしても、まずまず積極的と見ていい。

スピード&手数を含む運動量を喪失して久しく、大男がジャブを突いてはすぐに抱きつき、大きく雑で締りのない、それでいて何故か迫力にも乏しい、とてもトップレベルのプロとは思えない大味かつダルな展開が常態化した、嘆かわしくも無残な現代ヘビー級のアベレージを基準にすれば、立派な及第点と言えるだろう。


2017年のヨーロッパ選手権を獲ったトップ・アマ出身組みの1人で、パンデミックへの警鐘が鳴らされ出していた昨年2月、ドイツのローカル・ファイト(50歳を超えたフィラット・アルスランがメイン!)でプロ・デビュー。

ECボクシング(エロール・セイランなるプロモーターが設立)というプロモーションの下で、母国とドイツを行き来しながら戦ってきたが、人材の枯渇に喘ぐ王国最重量級の惨状も手伝い、目出度くUSデビューの運びと相成った。

いささか気が早過ぎるのではないかと、余計なお世話を焼きたくなるけれど、リオ五輪の金メダリスト,トニー・ヨカ(仏/11連勝9KO)、モントリオールを拠点にプロキャリアをスタートしたアルスランベク・マクムドフ(ロシア/13連続KO勝ち/「ライオン」の異名を取る)とともに、ヘビー級の将来を左右するかもしれないプロスペクトの1人に数える専門記者もいる。


ドイツのプロモーターとの契約を清算した訳ではないらしく、正式にPBC(あるいはトップランク)の傘下に入ったのかどうか判然としない状況だが、このテスト・マッチを終えれば、なにがしかの動きがある筈。

コネチカットから呼ばれた三十路の黒人アンダードッグ(出身はN.Y.のハーレム)に足下をすくわれる可能性はゼロに等しく、ヘイモンかアラムの興行に継続参戦となる見込み。


文豪ゲーテやトーマス・マン、ハイネらによって幾度となく描き直され、音楽界でもベルリオーズ,リスト,グノーらが触発されて作品を世に送り出した、伝説的な錬金術師の名を借りる。

誰の発案なのかは知らないが、ヘビー級での成功がもたらす経済的な効果は、米国4大スポーツとサッカーに引けを取らない、「現代の錬金術」と呼んでも差支えがない。

だからと言って、アル・ヘイモンやボブ・アラム,エディ・ハーンらのプロモーターを、ファウスト博士が契約を結んだ悪魔(メフィストフェレス)になぞらえるのはやり過ぎか。

アラムと同い年(90歳!)で、永遠の宿敵でもあるドン・キングが第一線から退いた現状は、アメリカン・ドリームを夢見るヨーロッパ(旧共産圏)の巨漢選手たちにとって、素直に喜ぶべきことなのかもしれない。


◎ヴィクリュスト(29歳)/前日計量:233ポンド
戦績:7戦全勝(5KO)
アマ戦績:不明
2019年ヨーロピアン・ゲームズ(ミンスク/ベラルーシ)金メダル
2017年欧州選手権(ハルキウ/ウクライナ)金メダル
身長:196センチ
右ボクサーファイター

◎マーシャル(33歳)/前日計量:242ポンド
戦績:8戦6勝(KO)1敗1分け
身長:188センチ,リーチ:198センチ
右ボクサーファイター