goo blog サービス終了のお知らせ 

ネットオヤジのぼやき録

ボクシングとクラシック音楽を中心に

最高のメイウェザー・クローン(?)登場 - D・ヘイニー VS Z・アブドゥラエフ 直前ショートプレビュー -

2019年09月14日 | Review

■9月13日/MSGシアター,N.Y./WBC世界ライト級暫定王座決定12回戦
WBC1位 デヴィン・ヘイニー(米) VS WBC2位/シルバー王者 ザウル・アブドゥラエフ(ロシア)



目立った戦果はジュニア限定ではあるものの、ともにアマチュアで活躍した米露のプロスペクトが、135ポンドの暫定王座(WBC)を懸けて、ニューヨークの殿堂MSGで激突・・・とは言うものの、国際大会での実績に乏しく、なおかつ初渡米のアブドゥラエフは米国内での知名度が皆無に等しい。

極端に差が開いたスポーツブックのオッズを確認するまでもなく、近い将来のスター候補として脚光を浴びるヘイニーが、前評判では圧倒的な優位に立っている。

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>Bovada
ヘイニー:-3500(約1.03倍)
アブドゥラエフ:+1200(13倍)

<2>5dimes
ヘイニー:-3000(約1.03倍)
アブドゥラエフ:+1500(16倍)

<3>SportBet
ヘイニー:-2775(約1.04倍)
アブドゥラエフ:+1725(18.25倍)

<4>ウィリアム・ヒル
ヘイニー:1/25(1.04倍)
アブドゥラエフ:9/1(10倍)
ドロー:28/1(29倍)

<5>Sky Sports
ヘイニー:1/33(約1.03倍)
アブドゥラエフ:12/1(13倍)
ドロー:33/1(34倍)


エイドリアン・ブローナー,アンドレ・ウォード,テヴィン・ファーマー,バドゥ・ジャック,エロール・スペンス,マーク・アンソニー・バリーガ・・・。

フロイド・メイウェザーの”負けないスタイル”を継承し、「我こそは後継者」を自他ともに認めるチャンピオンとプロスペクトは少なくないが、いずれをとっても「帯に短し襷に長し」。”劣化版メイウェザー”の汚名を返上し切れず、イマイチの評価に甘んじているのが現実だ。

ヘビー級にスピード革命をもたらし、キリスト教世界とイスラム社会を自由に行き来しただけでなく、スポーツの収益基盤を根底から覆した伝説のスーパースター,モハメッド・アリも、数多のクローン(彼に憧れる黒人の若者たち)を生んだが、”最高のコピー”と賞賛されたラリー・ホームズでさえ、オリジナルを超えるバリューには程遠かった。

「コピーはどこまで行ってもコピー」

確かにその通りだとは思うけれど、ご本家の高く分厚い壁に迫り、「ひょっとしたら突き破るのでは」と注視されているのが、135ポンドで1つ目の載冠を目指すヘイニーである。


「ザ・ドリーム(The Dream)」のニックネームを持ち、MGMグランドのメイン・アリーナに史上最年少(17歳)で登場したヘイニーは、幼い頃から実父のビルに教わった親子鷹で、元々はオークランド(カリフォルニア州)の出身。

ご他聞に漏れず生活環境はよろしいものではなく、ボクシングに抜群の適性を発揮する息子の将来の為にと、父は一家を率いてラスベガスに移る。アマチュアで瞬く間に頭角を現し、憧れのメイウェザー・ジムで練習するようになったヘイニーは、フロイド・シニアの指導を受けて成長。

アリが震える手にトーチを持ち、聖火台に立って点火の大役を果たしたアトランタ(1996年)で、フェザー級の銅メダルを獲得したフロイドのように、リオ五輪でのメダルを目指していたヘイニーだが、ヘッドギアの廃止に伴い男子シニア(エリート)の年齢が引き上げられ、五輪開催期間に出場資格を満たすことができなくなったことから、アマの活動に見切りを着けた。




愛する息子のプロデビュー(2015年12月)に備えて、父は一念発起して自前の興行会社を立ち上げ、マネージメントの一切を取り仕切りながら、チーフ・トレーナーとして今もコーナーを守り続けている。

バンタム級を主戦場にしていたヘイニーは、フェザー級が消滅したアマのラスト・シーズンをライト級で戦うと、132ポンド(アマのライト級リミット上限)前後の調整でプロキャリアをスタート。

格下を相手に順調に白星を重ねつつ、フィジカルの強化に取り組み、1年半をかけて135ポンド(プロのライト級リミット上限)にアジャストした。まずはこの階級で載冠を狙うが、今や最も稼げる階級となったウェルター級進出を見据えて、140ポンドに近い調整も複数回経験済み。


秀でたスピードと溢れんばかりのボクシング・センスに加えて、スキルフルかつ滑らかなムーヴ故に「最も優れたメイウェザー・クローン」の最右翼と目されてはいるが、J・ライト級時代のご本家以上に好戦的なスタイルで戦っている。

「性急なモデル・チェンジは不要だ。相手の実力や特徴に合わせて、最も適切な戦術を瞬時に取捨選択する能力を持っているからね。必要が無いからやらないだけで、アウトボックスも完璧にこなす。」

自信満々に語る父のビルは、漏れ伝わってくる時期尚早の声をにこやかに一蹴。

「長くアマチュアで活動して20代後半でプロになり、30代でタイトルマッチに到達する選手が増えた。デヴィンは確かに若いが、アマで140戦近くやって、プロでも既に22戦を経験している。」

「みんな忘れているが、昔は十代後半~二十歳そこそこでチャンピオンになる選手も多かったんだ。間違いなくデヴィンは、世界のトップレベルで頂点を争う有資格者だ。」

まさに仰せの通り、20世紀のプロボクシングでは、20代半ばから後半にかけてがキャリアのピークで、20代の末尾から30代前半は立派なロートルがセオリーだった。プロ4年目での世界挑戦について、「問題ない」と胸を張る父の言葉にウソはない。

ただしプロが年間にこなす試合数も、今とは格段に違う。昔のプロは、修行時代にほとんど毎月のように戦い、1ヶ月に2~3試合というケースも珍しくなかった。ヘイニーは3年9ヶ月で22戦を消化しており、年平均およそ6試合。2ヶ月に1回はリングに上がっている計算で、現代のプロボクサーとしては確かに多い。


試合間隔を開け過ぎず、コンスタントに戦い続ける為には、ディフェンスがしっかりしていることが最低条件になる。被弾の増加はカットなどの負傷を招く上、ダメージを蓄積して遅かれ早かれキャリアにブレーキがかかり、長い休養を余儀なくされてしまう。

L字ガードやロープ際でのシームレスな攻防の切り替えに象徴される、伝統的なショルダー・ロールに独自のアレンジを加えたメイウェザー一流のスタイルを採り入れながらも、堅実なブロック&カバーとステップをサボらず、ヘイニーはリスク回避にも努める。

ディフェンス技術とトータルの戦術選択において、(例えばブローナーのように)格好の良さに囚われ過ぎることなく、現実的な判断が迷い無くできる点は、ヘイニーの大きな長所と言っていい。


そしてアンダードッグの立場を深く理解した上で、「彼(ヘイニー)はまだ若い。私の敵ではない。」と不適な笑みを浮かべる遠来のロシア人チームも、興行の主役を仰せつかったヘイニーに比べれば慎ましやかではあったが、会見で勝利への揺ぎない確信を述べている。

「負ける為に、わざわざアメリカまで来たりはしない。彼は尊敬に値する優れたボクサーで、チャンピオンに相応しい実力の持ち主だが、我々の準備にも抜かりや不足はない。」

セミクラウチングの基本形を堅持しつつ、的確な左(ジャブ,ショートのストレート&フック,アッパー)を伸ばして、硬そうな拳をコツコツと当てて行く。KO率は高いがけっして荒ぶるファイターではなく、長いアマキャリアで培った高い技術をベースに、着実に相手を削りポイントを引き寄せる。

時折見せる左のガードを下げたヒットマン・スタイル(サーシャ・バクティンを思い出す)も含めて、旧ソ連時代から連綿と続くステート・アマの流儀をそのまま受け継ぐ、痩躯のロシアン・スナイパー。

オーバーワークで腰を傷めて引退した、不運のミドル級王者ドミトリー・ピログを想起させるが、陣営もしっかり意識はしているようで、「そう言われることは素直に嬉しい」と喜びを隠さない。


※右の大男はチーフ・トレーナーのスタニスラフ・ベレージン


一般的に言って、プロを選択するロシア(及び旧ソ連領内)のトップアマたちの多くは、想像以上に好戦的でなおかつクリーンに戦う。アブドゥラエフもそうした系譜に連なる選手で、だからこそヘイニーのチームはより一層勝利への手応えを感じてもいる。

一定の技術と経験を持つプロボクサーに、ディフェンス7割の専守防衛に閉じこもられると、どんなに優れたパンチャーでも崩すのは大変。積極的に前に出てプレスをかけ、ただヒットを奪うだけでなく、多少の無理を押しても倒しにかかるアブドゥラエフを、ヘイニーは組し易いと捉えているようだ。

公称175センチのアブドゥラエフが、公称173センチのヘイニーと並んで立つと、ほとんど背格好は同じだったことも、自信を深める要因になったと思われる。


アマチュアで56キロ上限のバンタム級だったヘイニーに対して、アブドゥラエフはジュニア時代から、64キロ上限のL・ウェルター級で戦っていた。ライト級でも問題なく調整はできたらしいが、ロシアはキューバやアメリカ以上に国内でのライバル争いが熾烈で、当時のアブドゥラエフは、L・ウェルターの方が代表入りのチャンスが高いと考えていたらしい。

2017年3月のプロ転向から暫くは137ポンド台での調整が大半で、140ポンド(63.5キロ)上限のS・ライト級でトップを目指していたが、昨年からライト級に定住。身長はさほど変わらなくても、計画的に増量してきたヘイニーに比べて、階級を下げてきたアブドゥラエフに体格的なアドバンテージがある。

実際に対峙してみて、目に見える身長差が無かったことを、ヘイニー陣営がプラス要因と捉えるのは間違いではない。


そのアブドゥラエフと、拳を合わせた日本人がいる。三迫ジムの川西真央で、2017年7月9日にエカテリンブルグで開催された、地元のWBAクルーザー級王者デニス・レベデフに、マーク・フラナガン(豪)が挑戦する防衛戦のアンダーカードだった。

世界再挑戦を見据えた金子大樹(横浜光/S・フェザー級)、OPBFライト級2位(当時)の市川大樹(駿河男児)、三迫ジムの同門,三浦仁(フェザー級)も参戦し、日露対抗戦の様相を呈したが、邦人選手は全員枕を並べて返り討ち。

アブドゥラエフ VS 川西戦は4回戦だった為、辛くもKOは免れたものの、接近戦に活路を見出すべく、懸命に前に出て手数を繰り出す川西を、アブドゥラエフはクリンチワークも駆使しながら余裕でいなし、イン&アウト両サイドから正確なパンチを叩き込む。

川西のフックやアッパーも、それなりに当たっているようには見えるが、巧みなボディワークとブロッキングに阻まれ、ほとんど効果を為さない。果敢に攻めながらも、確実に被弾の危険から身をを守るアブドゥラエフの技術は、紛れも無くワールドクラスだった。


アマで多様なスタイルを経験してきたアブドゥラエフは、ヘイニーの秀逸なスピード&ムーヴについて聞かれると、「勿論素晴らしいとは思うが、十分に対処できる。」と、特に気負うこともなく答えている。




冷静に両雄の現在地を見つめ直すと、やはりヘイニーの優位は動かし難いけれど、実際の実力にオッズほどの開きがあるとも思えない。

「Styles make fights.」

王国アメリカで使い古された格言の1つだが、我が国のファンには正確に伝わっていないフシがうかがえる。この言葉は単なるスタイルの相性(ボクサー VS ファイター,パンチャーのように)を表そうとしているのではなく、一見すると不利に見えるボクサーが、誰もが有利と信じて疑わない相手を倒すこともできる,という意味を含み、それこそが肝なのだ。


細かい駆け引きや小細工をせず、近めのミドルレンジで正面に留まり、ある程度相手に打たせながら間隙を縫ってヒットするアブドゥラエフのスタイルは、才気闊達なヘイニーに比して凡庸で鈍くさく映るだろう。

スピード&シャープネスに優るヘイニーが、文字通りストロング・ポイントを最大限に活かし、遠来のロシア人を翻弄し尽して、ワンサイドの判定(もしくは中盤~後半にかけてのTKO)に下すと見るのが筋ではあるが、想像以上に巧みなディフェンスワークとフィジカルの強さを武器に、接近戦を制したアブドゥラエフが回を追うごとに圧力を強め、予期せぬアップセットを実現する確率も、それなりにある(少なく見積もっても4割以上)と考える。

テヴィン・ファーマー VS 尾川堅一(帝拳)戦、クリストファー・ディアス VS 伊藤雅雪(伴流)戦に近い展開が繰り広げられる可能性が、ゼロではないということ。

ヘイニー陣営はWBC暫定王座の獲得を前提に、11月9日にステープルズ・センター(L.A./出身地のカリフォルニア:WBO S・ミドル級王者となったビリー・ジョー・サンダースの防衛戦がメイン)で予定されている興行にも参戦が内定しており、「2020年の秋までに、打倒ロマチェンコを達成する。」と意気込む。

ルーク・キャンベル(英)の指名挑戦に応じて渡英し、文句無しの3-0判定で退けた絶対王者は、12月14日に内定したIBF王者リチャード・コミー VS テオフィモ・ロペス戦の結果を待ち、来春の4団体統一(135ポンドの完全制覇)を目論んでいる。

WBA王座の返上とライト級進出を正式に表明したジャーボンティ・デイヴィス(130ポンド切ってのダーティ・ファイター)、テオフィモに続いて世界に名乗りを上げるであろうライアン・ガルシアらのロマチェンコ争奪戦に、ファンと関係者の関心は完全にシフトしまっているが、くれぐれも油断は禁物。


◎ヘイニー(20歳)/前日計量:134ポンド1/2
戦績:22戦全勝(14KO)
アマ通算:130勝8敗
2013年ジュニア世界選手権(キエフ/ウクライナ)ベスト8(バンタム級)
2015年ユース全米選手権優勝(ライト級)
2014年ジュニア全米選手権優勝(バンタム級)
2013年ジュニア全米選手権準優勝(バンタム級)
身長:173センチ,リーチ:180センチ
右ボクサーファイター

◎アブドゥラエフ(25歳)/前日計量:134ポンド1/2
戦績:11戦全勝(7KO)
アマ戦績:不明
2011年ユース欧州選手権(U-19)銀メダル
2012年ユースロシア選手権(U-19)ベスト8
2010年ジュニアロシア選手権(U-17)準優勝
※階級:L・ウェルター級
身長:175センチ
右ボクサーファイター




○○○○○○○○○○○○○○○○○○

□オフィシャル

審判団:未発表

立会人(スーパーバイザー):セイモア・ジヴィック(米)


もともとジヴィック(Seymour Zivick)は、ゲイリー・ショウ(プロモーター)の下でマッチメイカーをしていた人物で、調べてみたら、2015年8月のアヴ・ユルドゥルム VS グレン・ジョンソン戦から、今年1月のヘイニー VS オソリャニ・ヌドゥゲニ(Xolisani Ndongeni/南ア)戦まで、WBCのタイトルが懸けられた4試合の立会人を勤めていた。

昨年6月のクリスティーナ・ハマー VS トーリ・ネルソン戦(女子ミドル級WBC・WBO統一戦)を除く3試合は、いずれもWBC直轄のローカル王座戦で、男子の世界(暫定)戦は今回が初めてになる。



リニューアルされたWBCの公式サイトには、以前のように幹部や役員を一覧できるページが無くなってしまい、ジヴィックがどんな役職に就いているかは不明。また、何時マッチメイカーから足を洗い、WBC(あるいはWBCの下部組織)の役員に転身したのかもよくわからない。

2012年~2013年頃までは、自ら交渉に当たった試合の現場に姿を見せていたし、国際ボクシング殿堂やBWAAの表彰イベントにも、ゲストとして呼ばれたりしていた。