ネットオヤジのぼやき録

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熟練のハイテク VS 若きテクニシャン - ロマチェンコ VS J・オルティズ プレビュー III -

2022年10月30日 | Preview

■10月29日/MSGシアター N.Y./ライト級契約12回戦
元4団体統一ライト級王者/WBC・WBO1位 ヴァシル・ロマチェンコ(ウクライナ) VS WBC8位 ジャメイン・オルティズ(米)




前評判でとんでもない大差を付けられたジャメイン・オルティズは、マサチューセッツ州ウースター出身の25歳。プエルトリコ人の父とドミニカ生まれの母との間に誕生した(7人兄弟の1人)。

ハンド・スピードとアジリティに恵まれ、反応の良さと柔軟性に秀でているだけでなく、積極果敢に打ち合う勇気も充分。スムーズかつナチュラルに左右をスイッチする器用さを併せ持つ。縦横無尽かつ自由自在なスイッチと言えば、ボストンをホームにしていたマーヴェラス・マーヴィン・ハグラーの顔と名前がすぐに思い浮かぶ。

同時代を生きた我らが渡辺二郎のように、ハグラーから直接的な影響を受けた訳ではないらしいが、「意識はしている」とも話す。この階級で世界のトップを覗うだけあり、けっしてパンチが無い訳ではないが、1発でし止めるハードパンチャーではなく、スタイル的には「スピード豊かな技巧派」に分類される。


センシブルな足の運び,ムーヴィング・センスにも目立った不足はなく、興が乗ればガードをダラリと下げて、目と上体の動きだけでかわすアクロバティックなディフェンスもお手のもの。

まだまだ青臭さは残るものの、”テクニシャン(The Technician)”のニックネームも納得のボクサーファイターと評していい。


ボクシングを学び始めたのは7歳の時で、近隣にある「ウースター・ボーイズ&ガールズ・クラブ(Worcester Boys & Girls Club)」に通うようになり、クラブで30年以上教えているカルロス・ガルシアというトレーナーの指導を受けて育つ。

古希を迎えて間もないガルシアは、100人を超えるニューイングランド・ゴールデン・グローブスのチャンピオンを育成し、そのうち2人は全国トーナメント(ナショナル・ゴールデン・グローブス)で優勝を遂げている。

2003年にWBAウェルター級王座を獲得し、2005年には同じくWBAのS・ウェルター級王者となったホセ・アントニオ・リベラ(生まれはフィラデルフィアだがウースターを拠点に活動)も、アマ時代にガルシアの指導を受けた選手の1人。

間もなく50歳になる筈のリベラだが、2018年に突如としてカムバック。ハードワークでミドル級まで絞り、2019年にも1試合をこなして連勝(8回戦)を収めたものの、パンデミックの影響で休止に追い込まれた。

長年の功績を認められたガルシアは、2016年にナショナル・ゴールデン・グローブスの殿堂入りを果たすなど、アマチュアのコーチとして確固たる評価を得ている。


オルティズが3人目の覇者となる目論みだったが、2015年の本戦決勝でテオフィモ・ロペスにポイントで敗れ、惜しくも準優勝に止まった。

リオ五輪の米国最終予選にも当然選抜されたが、キャメロン・ダンキンと契約してプロ入りしたジャロン・エニス(25歳/29戦全勝27KO)、トップランクの支配下選手となったエイブラハム・ノヴァ(28歳/21勝15KO1敗)に阻まれ、夢舞台への参戦は叶わずアマの活動を終了。


「その時は、オリンピックで金メダルを獲ることしか考えていなかった。目の前のオリンピック・トライアル(米国最終予選)を勝ち上がること。それだけに集中していたんだ。だから、プロに行くとか行かないとかも含めて、次のステップについて何も考えていなかった。」

「国内予選で負けてしまった後、突然目標が無くなって宙ぶらりんの状態になった。ただ漠然と、4年後(2020年東京大会)を目指しかないのかと考え始めるのがやっとだった。」

「そんな時、ジミー・バーチフィールド(Jimmy Burchfield/ロードアイランドのプロモーター)から声がかかって、リチャード・シャッピー(Richard Shappy/ロードアイランドの実業家でバーチフィールドのスポンサー)を紹介された。僕をプロとして成功に導く計画について、事細かく説明を受けたんだ。」


王国アメリカでしのぎを削り合うトップ・アマの大半が、「プロの世界チャンピオン(アメリカン・ドリーム)」を最終的な目標、最大の夢として日夜トレーニングに励む。

中には「アマチュアでボクシングは終わり」と始めから考えていて、大学で経済学やビジネス・マネージメントの専門課程を終え、安定したホワイトカラーを志向する選手もいるし、選手ではなく指導者のプロに進む者もいる。

それでも、世界チャンピオン以外は大きく稼ぐことができず、過酷な練習と節制の日々を求められ、試合では現実に命を危険に晒す、いわば3Kの極地とも言うべきボクシングをわざわざ選ぶのは、最下層の貧民街に生まれ育った黒人や移民(有色人種)の若者たちに限らず、デラ・ホーヤメイウェザー,パッキャオに象徴される経済的な成功を渇望しているからに他ならない。


「オリンピックへの出場を逃して、次に何をしていいのかわからない。ボクシングを始めた時から、プロの世界一を意識はしていたけれど、それほど具体的なイメージは持っていなかった。」

7人兄弟のオルティズ一家は、ジャメインが15歳の時に父を亡くしている。年長の兄や姉が何人かいて、既に仕事に就いて収入を得ていたのかもしれないが、基本的に生計を支えるのはドミニカからやってきた母親1人。裕福で恵まれた環境だったとは考えにくい。

そうした状況下でそんな風に話すオルティズは、むしろ少数派なのではないか。いずれにしても、契約金や日々の生活費に関する事柄ではなく、二十歳になるかならないかの無名の若者は、「才能と将来性を評価して貰えた」ことに手応えを感じる。

「プロとしてスタートを切る準備も心構えも、何も出来ていない。それでもジミーは熱心に僕を誘ってくれた。性急に事を運ぼうとはせず、カルロス(ガルシア=最初のトレーナー)と相談する猶予も与えてくれた。それで、CES(クラシック・エンターテイメント・スポーツ/バーチフィールドの興行会社)と契約することに決めたんだ。」


80年代後半~90年代にかけて東西両海岸で大人気を博したビニー・パジエンザ(元IBFライト,WBA S・ウェルター級王者)や、2004年アテネ五輪代表のヘビー級,ジェイソン・エストラーダ(プロでは大成できなかった)など、ロードアイランドやマサチューセッツのトップ・ボクサーを数多く手掛けたバーチフィールドの目に狂いはなく、プロに転じたオルティズは類稀なスピード&シャープネスを武器に連戦連勝。

高齢のカルロス・ガルシアに代わってコーナーを取り仕切るチーフは、ガルシアの薫陶を受けたロッキー・ゴンザレス。チームの息はぴったりとフィットし、今日ただ今の時点においては、破綻や瓦解を心配する必要は無さそう。


※チーム・オルティズ/左から:ロッキー・ゴンザレス(チーフ・トレーナー),ニック・ブリッグス(スパーリング・パートナーでもあるウェルター級の現役選手),ジミー・バーチフィールド,ジャメイン・オルティズ,カルロス・ガルシア(恩師とも言うべき最初のトレーナー)


※写真左:人気者パジエンザとバーチフィールド/写真右:伝説の拳豪マーヴィン・ハグラーとともにファイティング・ポーズを取るバーチフィールド


指揮者の小澤征爾、野茂英雄,松坂大輔,上原浩治,斎藤隆,岡島秀樹らが活躍したMLBレッドソックスのお陰で、私たち日本人にも比較的馴染み深い州都ボストンから車で1時間ほどの距離にあり、人口はおよそ18万人とのことで、立川や千葉の習志野,大阪の和泉市と同じ程度だが、ボストンの郊外都市に位置づけられる(都市圏人口:90万人超)。

ボルティモア・オリオールズとサンディエゴ・パドレスのCEOを歴任した弁護士ラリー・ルッキーノが、ロードアイランド州に本拠を置いていたレッドソックス傘下の3Aチームを買収して、2018年にウースターに移転させた。

市の協力を得て1万人規模のボールパークが整備され、昨年からリーグ戦に正式参戦。オルティズは始球式にも招かれるなど、地元では結構な知名度と人気を得ている様子。


そしてロマチェンコとオルティズには直接的な接点があり、元IBF王者リチャード・コミーとの再起第2戦(昨年12月11日/MSGシアター)に向けたキャンプに召集を受け、絶対王者のスパーリング・パートナーを務めている。

対戦が決まった若き無名のプロスペクトについて聞かれたロマチェンコは、「ナイス・ガイだ。技術もしっかりしていて、タフでスピードがあり簡単に音を上げない。キャンプ中のコミュニケーションも良好で、とても良い練習ができた。」と、半ば社交辞令を込みで好評価を口にしていた。



※サングラスを着用して会場に現れたオルティズ/何故かインタビュー中も外さなかった

◎参考映像:ファイナル・プレス・カンファレンス


◎ファイナル・プレス・カンファレンス:フル参考
Lomachenko vs Ortiz | Final Press Conference
https://www.youtube.com/watch?v=U331eFFlCF8


無敗を維持する若きテクニシャン。序盤にダウンを喫してしまい、キャリアで唯一引き分けたジョセフ・アドルノ戦(昨年4月/S・ライト級10回戦)は、激しい打撃戦に応じて一進一退となったが、熱くなり過ぎて足を使っていなす賢さを忘れたとの印象も。

今年5月のジャーメル・ヘリング戦(10回3-0判定勝ち)が出世試合ということになるが、伊藤雅雪を手玉に取った老練のサウスポー(五輪代表)を、スピードと勢いの差で何とか押し切った。

「いい線いってる。良い才能の持ち主なのは間違いないが、今すぐどうこうというレベルにはない。」

スパーリングでロマチェンコ陣営が値踏みしたオルティズに対する評価は、概ねそんなところに落ち着くのだろう。万馬券扱いのオッズはいささか離れ過ぎとの感も否めないが、現状の実績と知名度を考えれば致し方のないところ。

「確かにオルティズはいい。紛れもない”テクニシャン”だ。でも、ロマは”ハイ・テック”だからね。」

□主要ブックメイカーのオッズ
<1>BetMGM
ロマチェンコ:-2000(1.05倍)
J・オルティズ:+900(10倍)

<2>betway
ロマチェンコ:-2000(1.05倍)
J・オルティズ:+700(8倍)

<3>Bet365
ロマチェンコ:-2000(1.05倍)
J・オルティズ:+900(10倍)

<4>ウィリアム・ヒル
ロマチェンコ:1/14(約1.07倍)
J・オルティズ:8/1(9倍)
ドロー:22/1(23倍)

<5>Sky Sports
ロマチェンコ:1/33(約1.03倍)
J・オルティズ:10/1(11倍)
ドロー:13/1(14倍)


拙ブログの予想は・・・やはりロマチェンコを採らざるを得ないけれど、オッズが示すような10-0に近い9-1ではなく、7-3~6-4と見立てておきたい。

以下に両選手のトレーニング映像をご紹介しておくが、オルティズにはロマチェンコの動きをコピーしたスパーリングが含まれていて、なかなかに興味深い。

<1>Jamaine Ortiz Sparring & Training For Lomachenko Fight
2022/09/13


<2>Vasyl Lomachenko - All Access Training Camp
2022/10/17



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◎ロマチェンコ(34歳)/前日計量:134.6ポンド
前WBA・WBO統一ライト級王者(WBA:V2/WBO:V1),前WBCライト級(V0),元WBO J・ライト級(V3),元WBOフェザー級(V3)王者
※現在のランキング:WBA4位/WBC1位/IBF3位/WBO1位
戦績:18戦16勝(11KO)2敗
(2013年10月デビュー)
アマ戦績:397戦396勝1敗(2敗,あるいは3敗など諸説有り)
2012年ロンドン五輪ライト級金メダル
2008年北京五輪フェザー級金メダル
2011年世界選手権(バクー)ライト級金メダル
2009年世界選手権(ミラノ)フェザー級金メダル
2007年世界選手権(シカゴ)フェザー級銀メダル
2008年欧州選手権(リヴァプール)フェザー級金メダル
身長:170(168)センチ,リーチ:166センチ
※Boxrecの身長(身体データ)がまた修正されている
左ボクサーファイター


◎オルティズ(26歳)/前日計量:134ポンド
現在のランキング:WBC8位/WBO12位
戦績:17戦16勝(8KO)1分け
アマ通算:100勝14敗
2016年リオ五輪代表候補(L・ウェルター級)
2015年五輪米国最終予選ベスト8
※予選:決勝でジャロン・エニス(25歳/29戦全勝27KO)にポイント負け
※本戦:準々決勝でエイブラハム・ノヴァ(28歳/21勝15KO1敗)にポイント負け
2015年ナショナル・ゴールデン・グローブス準優勝(ライト級)
※決勝でテオフィモ・ロペスにポイント負け
2015年全米選手権ベスト4(ライト級)
※準決勝でヘナロ・ガメス(27歳/10勝7KO1敗)にポイント負け
身長:173センチ,リーチ:175センチ
左右ボクサーファイター(スウィッチ・ヒッター)






プレス・カンファレンスだけでなく、計量にもサングラスをかけて登場したオルティズ。意図はよくわからないが、最後のフェイス・オフでサングラスを外して絶対王者と向かい合った。

◎参考映像:前日計量


◎前日計量:フル映像
Lomachenko vs Ortiz | Official Weigh-In
https://www.youtube.com/watch?v=5Vpoab7Lkk4


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■リング・オフィシャル:未発表

 

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■主なアンダーカード

6月に上述したエイブラハム・ノヴァを5回KOに下したロベイシー・ラミレス(キューバ/五輪連覇の天才型)が、26勝2敗のアルゼンチン人との10回戦でセミ格に登場。舐めてかかると、タフなラウンドを強いられる恐れはある。

東京五輪で銀メダルに輝いたオハイオ出身のフェザー級,デューク・レーガン(7戦全勝1KO)、同じく東京のS・ヘビー級で準優勝を遂げたリチャード・トーレス、ヴァージニア期待のS・ウェルター,トロイ・アイズリー(2017年世界選手権銀メダル)ら、東京五輪の代表選手たちが前を締める。