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ネットオヤジのぼやき録

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早いKOが続出/弟拓真,移籍組み溜田,話題のトップアマ桑原らが順当な勝利 - 拳四朗 VS G・ロペス アンダーカードレビュー -

2018年07月01日 | Review

<1>5月25日/大田区総合体育館/54.5キロ契約10回戦
井上拓真(大橋) KO1R ワルド・サブ(インドネシア)



非常に良く仕上がった拓真が、切れ味抜群のボディショットでインドネシアのローカルランカーを瞬殺。汗もかかずに試合を終わらせた。バンタム級の元ナショナル王者との触れ込みも、これでは形無しである。

OPBF王者だった和氣慎吾(S・バンタム級/古口→山上)に挑戦して、5回KOに退いた後、元国内チャンプは13試合を戦い5勝8敗。KO勝ちは1つもなく、逆にKO(TKO)負けは5つ。長らく122ポンドを主戦場にしながら、条件次第でフェザー級にも上げる。

昨年12月の前戦では中国まで足を伸ばし、地元のS・フェザー級ホープ(計量時点での体重差は5ポンド)に2回TKO負け。今のサブは、白星配給を生業にする完全なアンダードッグだ。そのサブに、1階級下のバンタム級(契約は54.5キロ/120ポンド)を呑ませて招聘した。
※S・バンタムのリミット上限:55.34キロ/122ポンド

手間隙かけずに早い時間帯で倒さなければならない相手を、注文通りにフィニッシュしたのだから、あれこれ煩いことは言わずに、「良くやった」と褒めておけばいいものを、余計な事に触れるから・・・。


それにしても、この日の拓真はパンチがキレていた。この相手だから,ということも確かではあるものの、難なくプレッシャーがかかり、しっかり体重を乗せて打ち切れる一番いい距離を、労せずして得ることができた。

デビュー以来パワー不足に泣かされる場面が多く、兄尚弥(桁外れのビッグ・パンチャー)との比較に加えて、KOの少なさに大橋会長も頭を悩ませて(?)きたに違いない。

一定水準以上の相手(リアルな世界ランカー)にも、同じように打ち切れるなら、118ポンドでの世界タイトル奪取に太鼓判を押したいところだが、そう簡単に事は運ばないだろう。




2016年の暮れ、フジと組んだ大橋ジムの恒例となった晦日興行で、当時のWBOバンタム級王者マーロン・タパレス(比)への挑戦が決まりながら、練習中の怪我(右拳の負傷)で棒に振った後、1年近いブランクを作ってしまう。

昨年8月の再起戦でバンタム級への本格参戦を表明すると、いきなり10回戦で久高寛之(仲里)と激突。スピード&精度の違いでセーフティリードを確保しながらも、フライ級とS・フライ級で4度世界戦を経験した久高の意地とプライドに触発され、打ち合いに応じて後半追い上げを許す。

そして昨年晦日の再起第2戦も、元日本王者,益田健太郎(新日本木村)との10回戦。やはりクィックネスと正確さで優位を保ち、採点上はまったく問題のない3-0判定をモノにはしたが、しつこく食い下がり接近戦を挑む益田に手を焼く。

前半の堅調なペースを中盤以降崩され、自分の間合いをキープし切れなくなり、打ち合いに雪崩れ込んでしまう悪癖は、久高戦のデジャヴを見るよう。勢いに任せて強振を繰り返し、どうしてもボクシングが粗くなる。

確かな地力を持つベテラン2人、同じ流れと展開で苦闘を強いられたのは、厳しい局面に立たされた時、強引にでも相手を押し返す体力とパンチ力の不足が原因。


人間離れした破壊力を、これでもかと見せ付ける兄尚弥との対比は不可避とは言え、弟拓真の真価・本領はそこにはない。スピードに優れたボクサータイプの多くが、決定不の足に悩み苦しむ。しかし、無いものをいくらねだったところで意味がない。

1発に恵まれなかったボクサーは、豊富な運動量と手数,回転の速さで有利な展開を作り出すのがセオリー。捨てパンチも含めたジャブ&軽打を多用し、ハンド&パンチフェイントも駆使しつつ、インファイトには極力付き合わないのが鉄則。

当て逃げ安全策との批判を覚悟で、余計なリスクは冒さず、10ポイント・マスト・システムを最大限に利用し、ポイントメイクに徹する。何が何でも倒して勝ちたければ、カウンターの腕を必死で磨き、タイミングを見極める感覚を研ぎ澄ます以外に選択肢はない。


兄の尚弥は、突出した爆発力と手足の速さに、左右のスイッチを難なく操る器用さを併せ持つだけでなく、秀逸なカウンター・センスまで発揮する。ボクシングをする為に生まれて来たと、そう称しても間違いのない本物の天才が身近にいて、幼い頃から実父の手でともに仕込まれてきた。

超ド級の豪打と才能を持つ兄と、同じ競技で日々精進を続け、心の内にどれほどの相克を抱えようと、焦らず腐らず結果を残してきた。それだけを持ってしても、この人がいかに素晴らしいボクサーであるかがわかる。

兄尚弥のパワーは望むべくも無い替わりに、コンビネーションの冴えと妙を天は弟拓真に授けた。公称160センチのタッパで、160センチ台後半~170センチ台前半がザラにいる118ポンドのワールドクラスでしのぎを削る。

当たり前にやっていたのでは、十中八九勝ち残れない。人と異なる能力(武器)を己の中に見出し、徹底的に磨き上げて行く必要がある。そこを見誤ると、兄弟チャンピオンの夢は水泡に帰す。


2013年暮れのプロデビュー戦は、108ポンド契約のL・フライ級。胸を貸してくれたのは、昨年105ポンドに落として、一度はWBOの王座に就いた福原辰弥(本田フィットネス)だった。

2~3戦目をフライ級契約で戦った後、兄尚弥がセンセーショナルな全世界デビューを飾った東京都体育館の同じリングで、オマール・ナルバエスの実弟ネストールに大差の8回判定勝ちを収め、115ポンドの初陣を飾る。

続く5戦目で、マーク・A・ヘラルド(比)を明白な3-0判定に下し、無事OPBF王座を獲得。このベルトを2度防衛した後、大森将平(WOZ)との決定戦を制したタパレスへの挑戦交渉が具体化した。

兄に比べてKOが格段に少ないのは、対戦相手に歴戦の兵(つわもの)が多いからで、兄以上にハードコアなマッチメイクゆえと表してもいい。また、矢継ぎ早の階級アップも考慮しなければならない。だからこそ、今回のマッチメイクには不満と物足りなさが付いて回るのだが・・・。


118ポンドで載冠を目指す以上、主要4団体中唯一王座が空いているWBCをターゲットにせざるを得ない。WBAのレギュラー王者となった兄尚弥を含めて、ライアン・バーネット(英/WBAスーパー),ゾラニ・テテ(南ア/WBO),エマニュエル・ロドリゲス(プエルトリコ/IBF)の3王者、すなわち王者不在のWBCを除くバンタム級のチャンピオン全員が、WBSS(World Boxing Super Series)」への参戦を決定済み。

ただし、拓真のWBCランクは9位。いくら大橋会長の政治&資金力でも、いきなり決定戦に押し込むのは難しい。本来なら、1位でシルバー王者のナルディーヌ・ウバーリ(仏/31歳/14勝11KO/2大会連続五輪出場)と、46連勝(31KO)中の2位ペッチ・CPフレッシュマート(タイ/24歳)がとっくに後継王座を懸けて対戦している筈だが、WBCの通告による交渉は頓挫した模様。なのに、何故かマウリシオ・スレイマン会長はナシのつぶて。

相手の体重超過で3月の再起戦を流した大森将平とまでは言わないが、元気のいいフィリピン勢(主要4団体のランクに目ぼしい選手が数名)に声をかける手もあったと思う。

昨年11月、ティファナに遠征してルイス・ネリーに6回TKOで敗れたアーサー・ビリャヌエバ(29歳/32勝3敗,18KO/今月9日に地元で再起に成功)は、ランクを落としてしまった(WBC12位)ものの、未だ実力は健在。

3月にロシアで勝利したIBF5位ケニー・デメシーリョ(25歳/14勝4敗2分け,8KO)も、本格的な腕試しには持ってこいの水準。いずれもオーソドックスで、しっかりした地力の持ち主。簡単に崩れてはくれないが、極端なやりにくさも無い。


4年前の夏に来日を果たし、木村隼人(ワタナベ)を大差の8回判定に下した長身のサウスポー,マイケル・ダスマリナス(25歳/28勝2敗,19KO)は、2016年以降バンタム級に定住して急成長。

4月にシンガポールまで飛び、元欧州王者カリム・グェルフィ(仏)に4回KO勝ちを収めている。現在WBC5位に付けており、敗北のリスクはかなり増すけれど、拓真自身のリアルな現在地を把握するにはうってつけ。


そして、現実的かつ一番狙い目な選択肢となるのが、六島ジムと契約して日本に腰を落ち着け、4月にOPBF王座のV3に成功したマーク・ジョン・ヤップ(比/29歳/29勝12敗,14KO)だ。


※左から:枝川孝(えだがわ・たかし)六島ジム会長,マーク・ジョン・ヤップ

現IBF J・フェザー級王者,岩佐亮佑(セレス)をあわやKO寸前まで追い詰めた右ストレートのキレは衰えることなく、なんとWBC3位に昇格。もっとも、ウバーリとペッチの動向次第では決定戦のお鉢が回ってくる位置だけに、仮に大橋会長からオファーを受けたとしても、スムーズに妥結しない可能性もある。

あるいは、ヤップの決定戦出場を大橋会長も強力にバックアップし、見事WBCの新チャンプとなった暁に、年末の興行で拓真をぶつけるという手もあるが、ファイナル・エリミネーションの相手がタイのペッチなら、ウバーリのようにアウトボックスされる心配がなく、ヤップ勝利の確率はより高くなる。


さらに今年3月、2度目の渡米でWBAの暫定王座を獲得したレイマート・ガバーリョ(比)はどうか。170センチクラスのサイズを持つ右の本格派で、正面からジャブ,ワンツーを軸にした組み立てで崩す正攻法を貫く。

兄尚弥から逃げ回ったアントニオ・ニエヴェスと3年前に拳を交えて、引き分けまで持ち込んだ黒人サウスポー,ステファン・ヤングを大差の3-0判定に下して載冠したばかり。

21歳と若いが、ボクシングは良くまとまっている。当然の帰結として意外性や変化は乏しく、バンタム級の王者たちと地力で伍して行くには、いま少し経験の積み上げが必要。まともに打ち合うと危ないが、現時点では拓真の技量とスピードに軍配が上がる。

そんなことをつらつらと考えていたら、ヤップとのエリミネーター(WBC)が正式に発表された。9月11日に後楽園ホールでの開催と報じられているが、3位と9位の挑戦者決定戦と言われても、どうにもピンと来ない。
※関連記事:9.11井上拓vsヤップ WBCバンタム級挑戦者決定戦
6月21日/Boxing News
http://boxingnews.jp/news/58905/

不当なやり方で山中から王座を強奪したことへの負い目からか、日本側に気を使っていたWBCも、大方の読み通りネリーの処分を解いた。その見返り、バーターという訳ではないだろうが、日本国内に活動拠点を置くヤップと拓真にチャンスが回ってきた。場合によっては、山中 VS クリスチャン・エスキベル戦の時と同じく、土壇場で王座決定戦に格上げという事態もありやなしや・・・。


サブ戦のリバウンドがどのくらいだったのか、まったく数字はわからないが、身体が大きくなった分、上半身の締まり方に物足りなさを感じた。兄との比較云々ではなく、筋肉で増量し切れていないとの印象。

そしてもう1つの小さからぬ懸念材料が、「ハードヒット」への欲求。ボクサーである以上、豪快に倒して勝ちたいのはわかるが、KOへのこだわりが拓真本来のボクシングを壊すのではないか。そうした恐れを禁じ得ない。タパレス戦前に傷めた拳も、「強打への渇望」が招いた落とし穴でなければ良いのだけれども。

井上拓真というボクサーは、いわゆる”パワー・ハウス(Power House)”ではけっしてない。スピードに乗ったフットワークで出はいりを自在に繰り返しながら、鋭いジャブとワンツーで距離をコントロールし、高速・高精度のコンビネーションで崩しを入れ、着実にポイントを引き離す。

倒すチャンスが巡って来るとすれば、相手が十分に疲れた後半~終盤にかけて、反撃の隙を与えて自分の間合いに引き出し、右のカウンター一閃・・・。


彼にとって何よりも大切なのは、パンチの強さと重さではなくスピードとキレ。豊富な運動量に、高い命中精度を誇るショートのコンビネーション。サイズの不利を一撃で振り払うパワーの不足は、必ずしもマイナスばかりを意味しない。崩しの労を厭わぬ堅実かつ丁寧なボクシングにこそ、井上拓真の真骨頂がある。



◎拓真(22歳)/前日計量:118ポンド(53.5キロ)
戦績:11戦全勝(3KO)
アマ通算:57戦52勝(14RSC)5敗
2012年インターハイ準優勝(決勝で田中恒成に7-10で惜敗)
2012年高校選抜優勝(ジュニア・オリンピックを兼ねる)
2011年ジュニア世界選手権(アスタナ/カザフスタン)ベスト16
2011年山口国体準優勝(決勝で田中恒成に5-8で惜敗)
2011年インターハイ優勝(3回戦で田中恒成に9-3で勝利)
※階級:L・フライ級
身長:160センチ

◎サブ(29歳)/前日計量:117.5ポンド(53.3キロ)
戦績:24戦12勝(2KO)12敗
正確な身体データ:不明


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<2>58キロ契約8回戦
日本フェザー級14位/同ユース王者 溜田剛士(大橋) TKO3R リボ・レンクン(インドネシア)



10位以下の二桁ではあるものの、ようやく日本ランク入りを果たした”名門ヨネクラ最後の王者”溜田が、インドネシアから調達されたアンダードッグをあっさりと料理。格下の負け役が放つ右の強振を、何発かまともに食らいそうになる場面もあったが、まずは危なげのない、目論見通りの勝利で一息。

溜田の移籍を受け入れた大橋会長のみならず、チーフを仰せつかった松本好二トレーナーもヨネクラ出身。溜田の強烈な右に、”未来の世界王者”を予感した米倉会長に思いを馳せながら、大橋会長は言った。

「ジムを閉じると聞いた時は寂しかったし、存続の方法もあるんじゃないかと思ったけど、(米倉)会長が決めたことだからと納得するしかなかった。所属していたプロ選手は、どこか移籍先を見つけてあげないといけない。会長が最後の最後まで、ありったけの情熱を注いだのが溜田です。だから、彼にはどうしてもウチに来て欲しかった。」

「名門ヨネクラの最後の遺伝子。溜田の総仕上げは、自分にしかできないと思っています。勝手な言い分かもしれませんが、(米倉)会長から託されたと確信している。」


拙ブログで初めてこの選手を採り上げた2月の記事でも言及したが、相手が典型的なアンダードッグということもあり、右の決定力に依存する傾向に大きな変化は無し。自身も軽量級離れしたパンチャーで、自慢の強打をカウンターで合わせる独自のスタイルを作り上げた大橋会長の眼に、溜田の持ち味はどう映っているのだろう。

運動量と手数を減らし、相手にもそれなりに打たせて右の1発で勝負を決めようとする大橋会長の姿が、そこはかとなくダブって見えるのは気のせいか。

自信を持つ顔面への右強打のみならず、この日は、ボディに狙いを定めた組み立ても試していた。締めの左ボディは、タイミング,威力ともに納得のパンチ。ただし、相手の正面に留まり過ぎでは・・・。

デビューした頃のように、ある程度足を使ってハードワークした方が被弾のリスクも減るし、結果的にカウンターのチャンスも増す筈。今のままで経験豊富な上位の選手に通用すればいいけれど、倒される危うさを懸念せざるを得ない。次戦はもう少し歯応えのある相手、できれば一桁台の日本ランカーとのマッチメイクを・・・。


◎溜田(24歳)/前日計量:128ポンド(58キロ)
戦績:22戦17勝(15KO)3敗2分け
身長:166センチ
右ボクサーパンチャー

◎レンクン(34歳)/前日計量:127ポンド(57.6キロ)
戦績:67戦36勝(14KO)25敗6分け
身体データ:不明
右ボクサーファイター


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<3>51キロ契約6回戦
桑原拓(大橋) TKO1R モハマッド・ソリミン(インドネシア)



大阪市出身の桑原拓(くわはら・たく)は、小学5年から大鵬ジムに通った幼年エリート組み。発端は父の命令(?)で半強制だったらしいが、桑原自身すぐにボクシングの魅力に憑り依かれたとのこと。

親子鷹(桑原の場合直接的な指導はしていないとは言え)で、階級も同じ。それだけでなく、興国高→東農大へと進んだアマ・キャリアなど、共通項の多い井岡一翔(引退)と良く比較されるのは、独特の距離感とカウンター・センスに優れたスタイルに負うところが大。
※興国高校時代に井岡ジムに通っていた時期もあるとのこと。

全日本で優勝を逃した後、井岡は2年で中退してプロに転じたが、桑原は卒業まで大学生活を送り、主将の重責を努め上げた。もっとも、興国高時代にアマのタイトルを席巻し、大学2年で全日本準優勝を成し遂げた井岡に比して、桑原がアマで残した戦果は華々しいものではない。

しかし、今年4月18日に後楽園ホールで行われたプロテストに参加。膝の故障で一度は競技生活を諦めた元高校王者の高橋拓磨(24歳/南京都高→東洋大/ワールドスポーツジム所属,S・ライト級)、高校選抜,国体,全日本で2位止まりながらも、好戦的なスタイルとハートの強さを買われ、セレス小林会長に口説かれてプロ入りを決断した南出仁(22歳/和歌山東高→駒澤大/セレスジム所属,バンタム級)とともに、「世界王者候補のトップアマ3名が揃ってB級合格!」と大きく報道された通り、プロ関係者の桑原に対する評価は押しなべて高い。

惜しむらくは、1発に欠けるパワー不足。プロテストの実技(スパーリング)で胸を貸した八重樫東も、かつてミニマム級の王座統一戦を争ったライバルを思い出しながら、次のように課題(とストロング・ポイント)を指摘している。

「井岡君に似てますよね。距離の取り方が上手くて、当て勘がいいんです。テクニックもあるし、駆け引きもできる。僕がプロに入った頃よりも、レベルはかなり高いと思います。確かにパンチは無いんですが、彼の場合、必ずしもそれはマイナスだけじゃない。」

「ガードだけで相手のパンチを殺すんじゃなくて、ちゃんと足も使いながら、いい意味でディフェンスに対する意識が高い。(右の)カウンターは今でも上手いので、プロ(のスタイル)に慣れて身体が出来てくれば、倒すパワーも自然と付いてくると思います。」


プロ転向直後の井岡一翔と比較した場合、桑原の方が状態はいいと感じる。井岡の場合、低いガードのまま上半身だけ正面を向き、ガニ股のすり足で前後に動く独特のステップと構えが、明らかに隙になっていた。格落ちの負け役にダウンを奪われるなど、パフォーマンスはイマイチ冴えを欠く。

突然の進境は日本タイトル挑戦の直前、遥々フロリダまで飛び、叔父の弘樹会長を支えたイスマエル・サラスに弟子入りしたおかげ。いかにもアンバランスな構えを修正して、クロスレンジでの対応とディフェンスを大きく改善。最大の武器である危険察知能力、抜群の感度と迅速な反応を誇るセンサーに磨きをかけ、無謀とも思える階級ダウンとオーレイドン攻略を現実のものとした。



前日計量制で一晩の休息とリバウンド込みで戦うことができる、プロの利点を目一杯利用した井岡と同様、桑原も無理をすればL・フライまで絞れそうだが、八重樫と井上兄弟の成功に手応えを掴んだに違いない大橋会長は、体格差のアドバンテージよりも、減量による消耗を避ける方が賢明との判断なのだろう。

27歳になる小さな無名選手を、大き過ぎる体格差以上に、スピードと精度の差で立ち上がりから圧倒。しっかり3度倒して、初回終了のゴングが鳴る直前(1秒前)にレフェリー・ストップ。右はフック,ストレートともにキレていて、効果的な左ボディも狙い通り。連打をまとめて右ボディでし止めたフィニッシュも、及第点(以上?)と評するべきか。

見事に初陣を飾った・・・と賞賛したいところではあるものの、気負い過ぎて慌て気味に突っかける場面もあり、インドネシアからまとめてやって来た早倒れのアンダードッグだけに、諸手を上げてバンザイ!という訳にもなかなかいかない。

「井岡二世」のように呼ばれるのが、桑原の本意なのかどうかまではわからないが、取り合えず国内スポーツメディアを賑わす話題があるのは、プロとして悪いことではないとしておこう。


◎桑原(23歳)
戦績:1戦1勝(1KO)/前日計量:112ポンド1/4(50.9キロ)
アマ通算:50勝18敗
興国高→東農大
2016年全日本選手権L・フライ級3位
2013年東京国体L・フライ級優勝(ジュニア)
2013年佐賀国体ピン級準優勝(ジュニア)
2012年北信越かがやき国体ピン級優勝(ジュニア)
身長:164センチ
右ボクサーファイター

◎ソリミン(27歳)/前日計量:111ポンド(50.35キロ)
戦績:10戦3勝(3KO)7敗
身長:162センチ,リーチ:165センチ


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<4>58キロ契約4回戦
後藤竜也(宇都宮金田) TKO1R 柏山直樹(K&W)



ともにデビュー戦の2人。協栄ジムでマネージャーも兼務していた新井史朗トレーナーが、独立して横浜市内に開いたK&Wジム所属の柏山を、有望株の1人らしい(失礼)後藤が2度倒してレフェリー・ストップ。理想的な内容と結果で、無事に初勝利を上げた。

宇都宮金田ジムは、もともと「宇都宮小川ジム」の名称で永く活動していたが、2006年6月に小川政男会長が引退。後を引き継いだのが現在の金田政二会長で、代替わりに際して現在の名称に変更。

10余名のプロ選手を抱え、幼い頃からキックボクシングで顔と名前を売り、現役高校生ボクサーとして注目を集めたミニマム級の新人王,赤羽根烈(あかばね・れつ/ワタナベジムに移籍)を輩出するなど、北関東を代表するジムの1つ。

日本にボクシングの種を撒いた開祖渡辺勇次郎、渡辺の弟子だった戦前の英雄ピストン堀口(堀口4兄弟)を筆頭に、日本(東洋)人初のライト級王者となったガッツ石松、80年代に天才の名を欲しいままにした中量級の雄,亀田昭雄ら、栃木県出身の有名ボクサーは少なくない。

プロ入りに際する二重契約が大きな騒ぎとなり、「ボクシング界の江川事件(史上に名高い”空白の一日騒動”に準えた)」と呼ばれて全国区の知名度を得た古口哲(現古口ジム会長)、ワタナベジムからプロ入りした女子アマチュアの第一人者,箕輪綾子(宇都宮文星女子高→日体大)、やはりワタナベジムの所属で、モデルからの転向組みで大成を予感させる後藤あゆみ(宇都宮中央女子高→法政大)も栃木である。


宇都宮にジムを作った小川政男は、渡辺勇次郎が開いた日倶(日本拳闘倶楽部)の門下生,馬場勝夫(栃木出身)の指導を受けた人で、日倶の流れを汲む。初代会長の小川が果たせなかったチャンピオン育成の夢を実現するべく、2代目金田会長の赤羽根に寄せる期待は大きかったが、移籍によりジムの顔を失った格好。

ワタナベジムの渡辺均会長も日倶門下生であり、古臭い表現だが一門内での移籍と言うこともできる。そして近い将来赤羽根の穴を埋めて、看板選手への成長を託されているのが後藤という次第。

互いに初戦ということもあってか、開始ゴングと同時に接近して打ち合いになった。やや深めのセミクラウチングで本格的にボクシングを始めて1年程度らしいが、間の取り方にセンスの良さを感じさせる。

試合を決定付けたと言っていい右ストレートは、タイミング,精度,威力の三拍子が揃った見事なパンチ。ガクンとリングに崩れ落ちた柏山は、気力を振り絞って立ち上がりはしたものの、余力は残っておらずたちまち倒されてフィニッシュ。

27歳の遅いデビュー戦を白星で飾れなかった柏山は、実戦の数は少ないがアマを経験しているという。残念なことに、詳しい経歴を私は知らない。勝者の後藤についても、つまびらかな来歴は不明。

ポーカーフェイスで落ち着きがあり、何か他の競技をやっていたような印象も。まだ何事かを断定的に語ることはできないけれど、痩躯から打ち下ろすストレートの切れ味に、非凡な才気を垣間見せてくれた。将来的にS・フェザー~ライト級に上げても、充分にやれそうな雰囲気を持っている。


◎後藤(年齢不明)/前日計量:127ポンド(57.6キロ)
戦績:1戦1勝(1KO)
身体データ:不明
右ボクサーファイター

◎柏山(27歳)/前日計量:126ポンド1/2(57.3キロ)
戦績:1戦1敗
身体データ:不明
右ボクサーファイター