日本の心

激動する時代に日本人はいかに対処したのか振りかえる。

魯迅 『阿Q正伝』第七章 革命

2018-11-18 23:34:05 | 中国・中国人

 万里の長城の慕田峪長城の全容   
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魯迅 『阿Q正伝』

   第七章 革命 

 宣統3年9月14日――すなわち阿Qが巾着を趙白眼に売ってやったその日――真夜中過ぎに一つの大きな黒苫(くろとま)船が趙家の川岸に横づけになった。この船は暗闇の中に揺られて来た。 村人はぐっすり寝込んでいたので、皆知らなかった。しかし出て行く時は明け方近かったので目撃したものもあった。こっそり調べ出した結果に拠ると、船は結局挙人旦那の船であると知れた。


 この船はとりもなおさず大不安を未荘に運んでくれて、昼にもならぬうちに全村の人心はひどく動揺した。船の使命はもとより趙家では堅く秘していたが、茶館や居酒屋の中では、革命党が入城するので、挙人旦那がわれわれの村に避難して来たと、皆言った。


 ただ鄒七嫂だけはそうとは言わず、あれは詰らぬガラクタ道具やボロ着物を入れた箱で挙人旦那が預かってくれるかと頼んで来たが、趙旦那が突返してしまったと言った。
 実際挙人旦那と趙秀才はもとからあんまり仲のいい方ではないので 「艱難を共にする」などの情誼はない。まして鄒七嫂は趙家の隣にいるので見聞が割合に確実だ。おそらくこの説の方が正しいのだろう。


 そういうものの、謡言(ようげん)はなかなか盛んだ。挙人旦那は自身来たかったらしいが、長い手紙を寄越して、系図を辿ると趙家とは「縁戚」になると言ってよこしたそうな、趙旦那は腹の中が一変して、いずれ損はないことだから、衣装箱を引きかったそうな、今では奥さんの寝台の下に隠してある、という噂まで立った。


 革命党のことについては、彼等はその晩城に入って、どれもこれも白鉢巻、白兜を身にまとっている、明の崇正皇帝の喪を示すものだ、というのである。

 阿Qの耳にも、とうから革命党という言葉はとっくに話を聞き及んで、今年またまじかに革命党の殺されるのを見た。だが彼は、革命党というのは謀叛だ。謀叛というのは謀叛だ。一種の意見を持っていた。

 革命党は謀反人だ、謀反人は俺はいやだ、悪(にく)むべき者だ、断絶すべき者だ、と一途にこう思っていた。ところが意外にも其れは百里四方にその名の知られた挙人旦那さえ恐れおののいたときいては、彼もまたいささか感心させられずにはいられない。まして末荘の男女が慌て惑う有様は、彼をしてますます愉快にもなるのだ。



「革命も悪くないぞ」と阿Qは考えた。
「ここらにいる馬鹿野郎どもの運命を革命してやる。恨むべき奴等だ。憎むべき奴等だ……そうだ、おいらだって革命党に入れるぞ」

 阿Qはこのところ生活の費用に苦しみ内々かなりの不平があった。おまけに昼間飲んだ空きっ腹の2杯の酒がバカにきいた。考え考え歩くうちに、身体がふらふらとなってきた。どうしたはずみか、ふと革命党が自分であるように思われた。未荘の人は皆彼の俘虜(とりこ)となった。彼は得意のあまり叫ばずにはいられなかった。

「謀叛だぞ、謀叛だぞ」

 未荘の人は皆おびえたような眼で彼を見た。こういう哀れな眼は、阿Qは今まで見たことがなかった。ちょっと見たばかりで彼は真夏に氷水を飲んだようにせいせいした。彼はいっそう元気づいて歩きながら怒鳴った。

「よし、……ほしいものは何だっておれのものだ。おいらが気に入った女は誰だって俺のものだ。

 タッ、タッ、チャン、チャン。

 後悔するには及ばねえ。酔うて見まいが、あやめたる鄭賢弟。

 後悔するには及ばねえ。ああ、ああ、ああ・・・・・・・

 タッ、タッ、チャン、チャン、タッ、チャン、リン、チャン。

 鉄の鞭でてめえ達を叩きのめすぞ……」

 ちょうどその時、趙家の2人の旦那と本家の2人の男は、表門の入口に立って革命について論じあって居た。阿Qはそれに目も呉れず頭をもたげて行き過ぎようとした。

「ドン、ドン……」

「Qキューさん」と趙旦那はおずおずしながら小声で彼をかけた。

「チャン、チャン」 阿Qは彼の名前の下に、「さん」という字が繋がって来ようとは、まさか思ってもいなかった。これは自分と関係がないと思ったから、ただ「タッ、チャン、チャン、リン、チャン」と言っていた。

「Qさん」

「思切ってやっつけろ……」

「阿Q!」秀才は、やむを得ず呼び捨てにした。

 阿Qはようやく立ちどまって首をかしげて「なんだね」と答えた。

「Qさん……近頃は……」 と趙旦那は口を切ったが、言い出す言葉もなかった。「ちかごろは……もうかるかね」

「もうかる? あたりまえよ。何をしようがおいらの勝手だ」

「阿……Q、わしのような貧乏仲間は大丈夫だろうな」と趙白眼はこわごわ訊いた。革命党の口裏を探りたいらしく、恐る恐るそう言った。

「貧乏仲間? てめえはおいらより金持ちだ」阿Qはそう言いながらすぐに立去った。

みんな萎れ返って物も言わない。話はそれっきり絶えた。趙旦那の親子は家に入って灯(ひ)ともしごろまで相談した。趙白眼も家に帰るとすぐに腰のまわりの巾着を外して女房に渡し、行李の中にしまい込むように命じた。

 阿Qは一通りぶらぶら飛び廻って土穀祠(おいなりさま)に帰って来ると、もう酔はすっかり醒めていた。 その晩、廟祝(みやばん)の老人もバカに親切で阿Qにお茶をふるまってくれた。阿Qは彼に2枚の餅をねだり、食べてしまうとさらに使いかけの四十匁(め)蝋燭一本と燭台を借りた。蝋燭に火をつけ、自分の小部屋に横になった。

彼は口に」出して言いようのない位くらい気分が良かった。蝋燭の火は元宵(げんしょう、「正月」)の晩のようにパチパチと撥(は)ね迸(ほとばし)ったが、彼の思想も火のように撥ね迸った。

「謀反? 面白いな……来たぞ来たぞ。一陣の白鉢巻、白兜、革命党は手に青竜刀、鉄の鞭、爆弾、鉄砲、菱形に尖った両刃の劒、鎖鎌。土穀祠の前を通り過ぎて『阿Q、一緒に来い』と誘った。

そこで一緒に行く、この時未荘の村烏(むらがらす)、一群の男女こそは、いかにも気の毒千万だぜ。『阿Q、命だけはどうぞお赦ゆるし下さいまし』と来るだろう。誰が赦してやるもんか。まず第一に死ぬべき奴は小Dと趙旦那だ。その外秀才もある。偽毛唐もある。……何匹残してやるかな。髭の王なんて奴は残してやるべき筋合の者だが、まあどうでもいいや、やっちまえ」

「ぶんどり物は……すぐに入り込んで箱を開けるんだ。元宝(げんほう)、銀貨、モスリンの着物……秀才夫人の寝台をまずこの廟(おみや)へ運んでくる。そのほか錢家の卓と椅子、あるいは趙家の物でもいい。

自分は手を出さないで、小Dなどにお運ばせてやる。おい、早くやれ。愚図々々するとぶんなぐるぞ」

「趙司晨の妹はまずい。鄒七嫂の娘は二、三年早い。偽毛唐の女房は辮子の無い男と寝てやがる、はッ、こいつはたちが好よくねえぞ。秀才の女房は眼蓋(まぶた)の上に疵がある――しばらく逢わないが呉媽はどこへ行ったかしらん……惜しいことにあいつ少し脚が太過ぎる」

 おしまいまで考えきらぬうちに阿Qは鼾をかいていた。四十匁蝋燭は5分とは燃えていない。赤々とゆらゆらした光が、彼の開いた口もとを照していた。

「すまねえ、すまねえ」 阿Qはたちまち大声を上げて起き上った。頭を挙げてきょろきょろあたりを見廻して四十匁蝋燭に目をつけると、すぐにまた頭をおろして睡ってしまった。

 次の日彼は遅く起きて往来に出てみたが、何一つ変わっていない。相変わらず腹がへる。彼は何か思い出そうと思っても思い出せない。しかし彼は、何か考えが浮かんだようである。のそりのそりと大跨で歩き出した。いつの間にか靜修庵の前まで来ていた。

 

 庵は春の頃と同じような静けさであった。白壁と黒門、彼はちょっと考えてから、前へ行って門を叩いた。一疋の犬が中で吠えた。彼は急いで瓦のカケラを拾い集めた。もう一度前へ行って、今度は力任せに黒門をたたいた。幾つも痘瘡(あばた)が出来た時、ようやく中から人が出て来る足音がした。

 

 阿Qは慌てて瓦を握り直し足をふんばって、黒犬との開戦の準備をした。だが庵の門は細目にあいただけで、黒犬が飛び出てくる気配はない。近寄って行ゆくと、そこに一人の老いたる尼がいた。

「お前はまた来たのか。何の用だえ」と尼はびっくりして言った。

「革命だぞ。てめえ知っているか」と阿Qは口籠(くちごも)った。

「革命、革命とお言いだが、革命はもう済んだよ。……お前達は何だってそんな騒ぎをするんだえ」尼は眼のふちを赤くしながら言った。

「何だと?」阿Qは訝(いぶか)った。

「お前はまだ知らないのだね。もう来て革命を済ましたんだよ」

「誰だ?」阿Qはますます腑に落ちない。

「秀才と偽毛唐さ」

 阿Qは意外のことにぶっつかってわけもなく面喰った。

尼は彼の出鼻をへし折ってすかさず門を閉めた。阿Qはすぐに押し返したが固く締っていた。もう一度叩いてみたが返辞もしない。

 これもやっぱりその日の午前中の出来事だった。機を見るに敏なる趙秀才は革命党が城内に入ったと聞いて、すぐに辮子を頭の上に巻き込み、今までずっと交際がなかった錢毛唐(せんけとう)の処へ御機嫌伺いに行った。


時は正に「御一新」の時である。彼等はウマが合って立ちどころに情意投合し、互に相約して革命に投じた。

 彼等はいろいろ思い廻して、やっと思い出したのは靜修庵の中の「皇帝万歳万、万歳!」と書かれた竜牌(りゅうはい)があることだ。
 これを革命の血祭りにあげようと話がきまり、早速相携えて庵へ革命しに行った。
 靜修庵に着くと老いたる尼が邪魔をしたので、彼等は尼を満州政府と見做し、頭の上に少からざる棍棒と鉄拳を加えた。尼は彼等が帰ったあとで気を静めてよく見ると、竜牌はすでに已(すで)に砕けて地上に横たわっているのはもっともだが、観音様の前にあった一つの宣徳焼の香炉が見当らなかった。 



 そのことを阿Qは後に成って知った。自分が朝寝坊をしたことを悔んだ。

それにしても彼等が阿Qを誘わなかったのは奇ッ怪千万である。阿Qは一歩しりぞいてこうも考えるのだ。

「さて奴らが、おれが革命党になったのをまだ知らないな。」
 


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