陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その113・釉薬がけ大会

2010-04-21 10:03:57 | 日記
 三日間の素焼きを終えると、翌週の本焼き前に釉薬がけ大会が待っている。レンタル窯屋のせま苦しい窯小屋の中で釉薬と作品群をひろげ、乾燥コーナーや絵付け場もしつらえると、足の踏み場もなくなった。四人の大人たちは、そのせまいスペースを迷子のアリのように行ったり来たりして作業した。釉薬は、釉薬屋さんに無理を言い、1リットル単位の小分けにして売ってもらったものだ。その液体をタッパーに移しかえ、ささやかな量をオタマですくってはちょぼちょぼとかける。巨大なオケにためられたたっぷりの釉薬をじゃぶじゃぶ使い放題、という学校の環境のすばらしさを思い返し、ため息が出た。
 次々にかけてちゃっちゃと窯詰めしていく男どもに対して、時間をかけて最後まで苦闘しているのがあっこやんだった。釉薬をかけてはぬぐい取り、霧吹きで吹きかけては筆を走らせ、丹念に汚し、気ままに描き、表現にこだわり抜き、また熱中している。創作の悦びに囚われているのかもしれない。その姿をうらやましく思いつつ、はよせーや、とせっかちにイライラした。
 大人の分別と作家の身勝手が交錯する窯詰めがようやく終わり、そのまま本焼きにはいる。ここから一昼夜ぶっ通しだ。めんどくさくて神経をつかう釉薬がけ後の寝ずの番は、体力的にかなりしんどい。しかし楽しさの方がはるかに上まわっていた。みんな火を見ればハイテンションになれる種類の人間なのだ。
 窯神様に祈りをささげ、ガス管を開いて点火する。炎はすぐに窯内にまわり、たちまち温度は上昇した。マキ窯では考えられないペースだ。そのうちに上昇角が落ち着き、あとはガスの供給量と、ダンパー、ドラフトの操作で、温度と「炉内雰囲気」をコントロールする。
 炉内雰囲気とは、酸素量の調整、すなわち「酸化炎」「還元炎」のバランス操作だ。土の素肌に直接火をあてる焼き締めとちがって、釉薬をかけたデリケート肌の作品は、炉内雰囲気によってもろに色の影響を受ける。「酸化」とは、つまり大ざっぱにいえば「物質をサビつかせること」だ。たとえば鉄を含有した釉薬は、酸化炎によって鉄サビ色である黄色や赤になったり、また銅を含有したものだと緑青(ろくしょう)の緑になったりする。
 逆に「還元」は、作品の素地と釉薬から酸素を強奪し、サビ色を抜く。そのため鉄は、還元炎によって研ぎあげた刀のようなブルーになり、銅はあかがねの赤になる(原理的には、だが)。同じ原料を使っても、酸化と還元ではまったくちがった焼きあがりになるわけだ。だから炉内雰囲気のコントロールは非常に重要なのだ。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園